出発前夜の街の灯り
それからすぐ、わたし達は慌ただしく引き継ぎを進める。
招待状が全て仕上がっているのが救いだ。
そして、出発の準備に追われた。
なんといっても、出発が翌日の朝だ。そんなゆっくりする時間がないとは思っていたけど、ここまでとは…
でも、自分で決めたこと。泣き言は言ってられない。
帰る間際にホーシャック室長に呼び止められた。
「リアーノ、明日からは気をつけて行ってくるんだよ。でも、これだけは覚えておいてくれ。無理に証拠を見つけようとしたり、探ったりしなくていい。ただ、リアーノが宰相の屋敷にいて、違和感に感じたことがあれば、それを報告してくれるだけでいい。その違和感が一番大事なんだ。我々には、ここにいる仲間もそれにいろいろなところで活動している仲間もいる。決してひとりではないから、無理にがんばらなくても、みんなでフォローすればいいからね。難しい局面の時はリアーノ自身の安全を一番に考えるんだよ。」
気づけば、ダーリア殿もライラさまも、温かい目でうんうんと頷いている。
「リアーノが無事であるならそれでいいから。帰って来たら、お休みもらって美味しいランチでも行こうね!」
ライラさまが明るく振る舞って、声を張り上げているのがわかる。
「皆様、ありがとうございます。無理はせずに料理人の助手の任務を精一杯がんばってきます。危ない時は一目散に逃げますのでご心配なく!」
みんなの気持ちがうれしくって、ちょっと泣きそうです。
夜、このままベットに入っても寝付けそうにないので、寮を抜け出し、お気に入りのいつもの倉庫の屋根に行ってみる。
誰もいないことを慎重に確認してから、木に登るが…
影がひとつ見える。
やっぱりやめておこうと、一瞬屋根に移ることを躊躇するが影がわたしに気づく。
アッサムだ。
昼間に会った時は長い黒髪の眼鏡をかけたレナード殿下だった。
いまは変装を解いて、アッサムだ。
静かに傍に寄る。
「アッサムも来てたのね。今日はレナード殿下じゃないんだ。」
「…ああ、レナードは病弱であまり外に出ない設定だからね。この間は緊急だったから、レナードだったけど。」
「そうなんだね。確かに病弱なレナード殿下が木に登って屋根にいたら、大騒ぎになるね。」
目が合って、お互い微笑む。
執務室に女官がいないのも、身代わりであることを伏せている所以であるんだろう。
わたしもアッサムの横に座る。
しばらく、どちらも喋らない静かな時間が流れる。
今日も王都の街の灯りが綺麗だ。
「リアーノは明日からの準備は出来たのか?」
「うん。出来てるわよ。今日はあと寝るだけ。」
「そうか… あまり、明日から無茶苦茶なことはするなよ… 俺が側に居てやれたらいいけど、レナードでは出れないし…。」
「アッサムはアッサムで「レナード殿下」の仕事が忙しいじゃない。心配しなくても大丈夫よ!それよりもアッサムの方が、毎日危険じゃないの?」
「…俺?俺は心配しなくても大丈夫だよ。」
アッサムがいつものように優しくわたしの頭をポンポンと撫でてくれる。
そして、その手がわたしの髪の先を捉えて離さない。
わたしを見つめる瞳が心配している。
なんだか真っ直ぐに見つめられると耳が熱くなってくる。
「そ、そういえば、アッサムはレナード殿下とよく会うの?やっぱりその変装はレナード殿下とよく似てる?」
咄嗟に話題を変えてみる。
本物のレナード殿下は小さい時に大きな病気をされてからあまり外に出られないと聞いているが、アッサムが身代わりをしているということは多少なりとも、似ているとこがあるのだろう。
「リアーノは本物のレナード殿下に興味があるの?」
アッサムが少しムッとして聞いてくる。
「いや… そうじゃないけど、ほら、アッサムが身代わりをするぐらいなんだから、2人はよく似ているのかなってーー」
アッサムが硬い表情をするのがわかった。
わたしの髪から手を離し、遠くの灯りに目をやる。
「…ああーー レナード殿下とは、ずっと前にそれこそずっとずっと前に一度会ったきりだよ…。」
ーーっ!!
思っていた答えと違った。
「…ごめん。あまり聞いてはいけなかったね。」
「…いや、リアーノになら知っていて欲しい。いまは話せることは少ないけど…。陛下や皇太子殿下は、俺はレナード殿下によく似ていると仰るよ。実際、1回きりだったけど会った時はよく似ていると思った。」
「…そっか…いつか機会があれば、並んでいるところを見てみたいわ。きっと麗しいお方だよね。早くレナード殿下はお元気になられて、たくさん外に出れるといいね。」
「… そうだね。」
アッサムが消え去りそうな声で頷く。
王宮を吹き抜ける風が少し肌寒い。
わたしはブルッと身震いをする。
「リアーノ、そろそろ戻ろう。風邪をひくよ。」
アッサムが立ち上がる。
「そうね。明日からはわたしも重大任務だしね!」
元気な声で応え、わたしも立ち上がる。
瞬間、不意に抱き寄せられアッサムの胸に頬があたる。そのまま、アッサムの腕がわたしを包み込む。
「…アッサム?」
「…このまま…。」
ぎゅっと、アッサムの腕に強く力が入る。
「リアーノ、無事に帰って来るんだぞ。」
アッサムの腕の中は、優しさに溢れている。
「…うん。」
胸が熱く締めつけられる。
小さく頷くことで精一杯だった。




