事務室の面々
なんて、優しい言葉。
「ありがとうね。アッサム。でも、大丈夫よ。アッサムの妹分として、アッサムの手を煩わせることのないようにがんばるわ!」
アッサムの保護者宣言にうれしくって、思わず満面の笑みをしてしまう。
額に手を当てて、天を仰いでるアッサム。
「…先が思いやられる…。」
リアーノに聞こえないように小さくアッサムが呟く。
「ところで、アッサムはあの男2人が誰だかわかったの?わたしは、ぽっちゃりお腹の方に見覚えがあるんだけど、名前が思い出せなくて…。」
「あれはダナン宰相だよ。この間、執務室に来ただろう。」
おおっ!そうだった!
ダナン宰相!!
その名前だけで深刻な事態であることを察する。王族に次ぐ、大物ではないですか!
「まさかとは思ったんだけどな。偽札に手を出すとは…。」
「うん。アッサム。わたしでも深刻なことがわかるよ。偽札で通貨の信用を失墜させて、経済を撹乱し、国家転覆を狙っているってことだよね…。」
おじいさまがよくわたしに学校では習わない政治や経済のことを教えてくれたことを思い出す。
「そういうことだ。記念式典に向けてのこの活況を利用する気だろう。」
アッサムの表情がかなり硬い。
「明日は召集だな!リアーノも協力してくれるんだろう?」
「なにを召集するの?アッサムへの協力は惜しまないわ。」
「ありがとう。助かるよ。召集については明日ね。」
また、悪戯っ子の瞳をしている。ニヤッとしたアッサムの顔から何かが始まる予感がした。
「というわけで、リアーノ嬢に俺はアッサムだとバレたので、みんなよろしく頼みます。」
眼鏡姿の長い黒髪を束ねた麗しの殿下は穏やかな雰囲気で告げる。
翌日、レナード殿下の執務室に事務室のメンバー全員が呼ばれたと思ったら、この発言。
変装の共犯のホーシャック公爵はわかるとして、ダーリア殿にライラさままでーー!!
「ーーあの、皆さまは一体…。」
わたしは恐る恐る聞いてみる。
「ここのメンバーはレナード殿下の執務室の事務員兼諜報員だよ。ここでは、陛下や皇太子などが表立って動けない案件を扱っているんだよ。」
ホーシャック公爵がすかさず、確認したかったことを応えてくださった。
「リアーノがいつレナード殿下はアッサムだということに気づくのか、ワクワクしてたのよね。みんなでいつ気づくか賭けていたって知ったら、リアーノ怒る?」
「えっ!!わたしにバレていいことだったんですか?っていうか、みんなでそれを賭けにしていたんですか?」
みんなでこの状況を楽しんでいたんですね。
なんてこったーー
そういえば、孤児院に行く時にライラさまにレナード殿下との同行が不安だと打ち明けた時も、大丈夫よ!と、満面の笑みで励まされたっけーー。
そういうことだったんですね。
ということは、ホーシャック公爵は最初から何もかもご存知で、アッサムの幼馴染だから、わたしに声をかけてくださったということに…
ホーシャック公爵がわたしの思考を理解したのか、
「でも、リアーノ。君にここに来てもらった一番の理由は飾り字の腕を買ってのことだからね。招待状はがんばってもらうよ。それにレナード殿下の幼馴染であれば、きっと君はなにがあっても我々の味方でいてくれるということも信じている。」
「ホーシャック公爵、ありがとうございます。もちろん、レナード殿下のことは本当に驚きましたけど、わたしにとって、かけがえのない幼馴染を裏切る理由はひとつもありません。」
みんなの温かい視線がうれしい。
「皆様に大事な秘密を打ち明けて頂けたことは大変光栄です。これから、皆様の足手纏いにならないよう努めて参りますので、今後もよろしくお願いします。」
いろいろと驚きましたが、アッサムにこのような頼もしい仲間がいたことが一番うれしいです。
「では、ホーシャック公爵とダーリア殿は宰相の動向を探ってください。ライラ嬢とリアーノは、いつなにが起きてもすぐ動けるように招待状を仕上げておいてください。皆、早急によろしくお願いします。」
方向性を決め、指示を出していくレナード殿下は凛々しく、優しいアッサムとは違う一面だ。
わたしも身が引き締まる。
それから、招待状の量産に追われた。
ライラさまも忙しく準備をされている。いろいろとお喋りや無駄口を叩きたい気持ちを抑えて、私たちは一心不乱にひたすら作業を進めた。
そんな日が2〜3日経った頃、状況が一転する。
「ライラ嬢とリアーノ嬢、ちょっと執務室にいいかな?」
ダーリア殿が先ほどまでホーシャック室長と一緒にレナード殿下の執務室でなにか相談をされておられたのに、わざわざ呼びに来られた。
執務室ではソファに向かいあって、レナード殿下とホーシャック室長が座っている。
「ダナン宰相の屋敷で10日間ほどの期間、臨時の料理人を入れるらしいんだ。どうやら、勤めている料理人の実家で不幸があったらしく、里帰りをする間だけの交代だけどね。」
ホーシャック室長がこちらを向いて、一息に説明をしてくださる。
この2〜3日でよくそんな情報を掴みましたね。
一体どこから…。
「ライラ嬢かリアーノ嬢に料理人の助手として、潜り込んで欲しいんだ。料理人はこちらの協力人なので、心配することはない。ただ、料理人は立場上、動きにくいことが多いので助手が動くことが多くなる。」
立ったままのダーリア殿が少し緊張した面持ちでわたし達に説明される。
レナード殿下はソファに深く座り、腕を組んで険しい表情でライラさまとわたしを見ている。
「ライラ嬢は女官やお針子の潜入が得意だったよな。料理人はできそうか?」
レナード殿下がライラさまに声をかけられる。
ライラさまの表情が一気に強張る。
「…料理は…使い物になるほどでは…。」
すごく気まずそうに応えられ、シュンと俯かれる。
ライラさまは男爵ご令嬢だから、家には料理人がいるだろうし、料理を作る機会が多かったようには思えない。出来なくて当然だろう。
「あの… わたしは実家が食堂なので料理はできますよ。」
むしろ、女官やお針子の潜入の方がムリがある。
「…リアーノ、ねー。いいんじゃないでしょうか?」
ホーシャック室長が待っていましたよ。とばかりにすかさず発言をされる。目がかなり笑っていますよ。
「彼女なら、ここに来て日も浅いですし、面が割れているとも考え憎いので適任だと思います。」
ダーリア殿がホーシャック室長の発言に援護射撃される。
レナード殿下は、腕を組んで難しい顔をしたままだ。
「わたしなら、料理の作業もひと通り仕込まれていますので、他の料理人に怪しまれることもないと思います。」
最後の一撃を加えてみる。
みんなが一斉にレナード殿下の決断を促すようにみる。
険しい表情がますます険しくなる。
こんな滅多にないチャンスを新人のわたしに任せる程、怖いことはないよね。
しばらく室内に静寂が広がる。
「…では、リアーノに潜入をお願いしましょう。
ホーシャック室長、手配を進めてください。」
同調圧力に屈したレナード殿下が渋面で決定をくだされた。