弱さ
「さぁ、転校生を紹介するぞ」
まだまだ暑さが続いている高一の9月、担任の小野寺先生の言葉で、私は電動車椅子を動かし教室に入る。クラスのみんなが私を好奇の目で見ているのが分かる。
「望月夢花です。よろしくお願いします」
私はうつむきながらそう言い、頭を下げた。まばらな拍手が起こる。
「望月さんは生まれつき足が悪くて、車椅子生活なんだ。みんなできる限りサポートしてやってくれ」
先生が私の肩に手を置く。
「よろしくお願いします」
私は再びそう言った。
「じゃあ望月さんはあそこの席な」
先生は1番後ろの席を指さした。隣には日によく焼けた元気そうな男子が座っている。私はその席まで車椅子を動かした。すると私の前の席に座っている女子が振り向き、
「車椅子とかダサ」
そう言ってバカにした笑みを浮かべた。その隣の女子もクスクスと笑っている。
「え…」
私が何も返せずにいると、
「おいやめろよ」
私の隣の男子が女子をにらんだ。女子は不満そうな顔をし、前に向き直った。
「大丈夫か?気にすんなよ」
男子は私の顔を覗き込むように見てきた。
「うん、大丈夫。慣れてるから。ありがとう」
私がそう返すと、
「俺は谷口裕貴。よろしくな」
と男子は自己紹介した。そして声を落として続ける。
「さっきのやつは篠崎瑠衣っていうんだ。隣は池内紗菜。2人ともかなり性格悪いから気をつけろよ」
「そうなんだ。ありがとう」
初日から車椅子をいじられ、慣れているとはいえかなりショックだったが、裕貴の優しさに少し安心した。
放課後、この高校では部活は必須らしいので先生にもらった部活冊子を読んでいると、
「望月はどこの部活入るんだ?」
裕貴が話しかけてきた。
「文芸部に入ろうかと思って」
私は身体を動かせない分、文章を書くのが得意で前の学校でも文芸部に入っていた。
「おー俺も文芸部だよ」
「あ、そうなんだ!」
裕貴と一緒なのは心強い。
「まぁ、瑠衣と紗菜もだけど」
「あ…」
どうしよう。正直あの子たちのは関わりたくないが、そのせいで好きなことを諦めるのはもったいない。
「大丈夫、何かあったら俺が言い返してやるよ。一緒にやろうぜ」
裕貴もそう言ってくれたので、私は文芸部に入ることにした。
部室に行き自己紹介が終わると、顧問の先生が
「同じクラスでまとまって班を作ってるから望月さんはあの班に入ってね」
裕貴や瑠衣がいる班を指さして言った。
「あ、はい」
私は空いている瑠衣の隣へ行った。
「やだ、あんたここに来たの?」
瑠衣と紗菜がさっきと同じバカにした笑みで言ってくる。私は無視して班員を見渡した。裕貴と瑠衣と紗菜の他に、もう1人男子がいた。さっきは気づかなかったが同じ班ということは同じクラスなのだろう。やせ細った身体で、ずっと軽くうつむいている。
「2ヶ月後に小説コンクールがあります。班のみんなと読みあって、みなさん入賞を目指しましょう」
先生がポスターを配りながら説明する。小説コンクールか。楽しそうだ。先生の説明が終わると、みんな各々小説を書き始めた。私は隣に座っている初めて会った男子に話しかけた。
「望月夢花です。転校してきてまだ慣れてないけどよろしくね」
するとその子はビクッとしたように顔を上げ、恐る恐ると言った感じで口を開いた。
「…あ、あ…た、たち…」
そこまで言うとうつむいてしまった。
「あ、そいつは立花蓮だよ」
裕貴がペンを止めて言った。
「蓮は病気で上手く喋れないんだ。でもめっちゃ頭良くて、いいやつだから仲良くしてやって」
そう裕貴が教えてくれた。
「そっか。よろしく」
私が改めて蓮に言うと、蓮はうなずいた。病気でみんなと同じようにはできない。私は勝手に親近感を覚え、もっと仲良くなりたいと思った。すると、瑠衣がわざとらしくため息を着いた。
「あ~あ。障害者は蓮だけで十分だったのに、もう1人増えちゃった」
「ほんとほんと。もううんざり」
紗菜も言う。なんなの、この子たちは。なんでそんな人を傷つけることを平気で言えるの。
「お前らいいかげんにしろよ!」
裕貴が立ち上がって怒鳴った。
「なんなの?偽善者もウザいんだけど」
全く反省した様子もなく瑠衣と紗菜は笑う。
「ほらほら、そこ静かにして」
先生に注意され、裕貴は仕方なく座った。文芸部、入らなきゃよかったかも。これから先嫌な思いをする予感しかない。でもこんな風に庇ってくれる裕貴や仲良くなれそうな蓮もいる。とにかく頑張ってみよう。
部活が終わり下校時間になって、先生に手伝ってもらい校門へ行くと、迎えに来てくれた母の車があった。
「夢花、おかえり」
母に支えられ助手席に座る。
「ありがとうお母さん」
車椅子をたたみ、後ろの座席に起きながら母は聞いてきた。
「学校はどうだった?楽しかった?」
瑠衣と紗菜のことが思い浮かんだが、心配をかけないように私は笑顔で答える。
「うん。楽しかったよ」
母は私の一瞬の迷いを感じ取ったのか、
「せっかく前の学校で友達いっぱいできたのに、お父さんの仕事の都合で転校させちゃってごめんね」
と申し訳なさそうに言った。
「大丈夫だよ。ここも楽しいから」
私はそう答えた。
次の日、教室へ入ると瑠衣の甲高い声が聞こえた。
「いいかげんなんか喋んなさいよ」
見ると蓮の席の周りに瑠衣と紗菜がいる。
「そうだよ、喋れよ」
周りの男子たちも面白そうにはやし立てた。蓮は泣きそうな顔でうつむいている。すると私の気配に気づいたのか瑠衣が振り向いてニヤッと笑った。
「あ、そうだ。暇つぶしがもう1人増えたんだった」
紗菜もニヤニヤしている。
「暇つぶしって…」
私の声をかき消すように瑠衣は私の机を蹴り倒した。
「また後で遊んであげる」
そう笑って瑠衣は紗菜を引き連れて教室を出て行った。
「ひどい…」
私は肩を震わせている蓮の元へ行った。
「蓮、大丈夫…?」
蓮は目をこすってうなづくと、私の倒れた机を元に戻してくれた。
「ありがとう」
ふと蓮の足元を見ると上ぐつを履いていない。
「上ぐつは?」
「あ…あ…あの…」
蓮は教室の扉の方を向いた。
「もしかして、瑠衣たちに隠されたの?」
蓮はうつむいた。
「ねぇ、いつもこんなことされてるの?」
「だ、だ、だっ…て、ぼ、僕が…う、うま…くしゃ、喋れ…な、ない…から」
「そんな…」
必死に喋る蓮を見て私は泣きそうになった。そのときチャイムが鳴って、蓮は目を潤ませながら席に座って突っ伏してしまった。
「ねぇ昨日の新曲聴いた?」
「聴いた聴いた!めっちゃ良かったよね!」
さっきのことを忘れたかのように楽しそうに喋りながら教室に戻ってきた瑠衣と紗菜を、私は殴ってやりたかった。その気持ちをグッとこらえて私は席に向かった。
その日の授業が全て終わり、今日は部活がないのでそのまま下足室に行った。車椅子でも取りやすい位置にしてもらった私の靴箱に手を入れると、
「これ…」
泥水でびちゃびちゃになった蓮の上ぐつがつっこまれていた。私の靴も泥にまみれている。
「なんなのよ…」
私も蓮も、どうしてこんなことをされないといけないのか…。蓮はずっと耐えてきたのか…。いろんな感情が溢れて涙が止まらなかった。
「ど、ど、ど…どう、した…の…?」
いつの間にか後ろに蓮がいた。
「あ…そ…そ、れ…」
蓮は泥まみれの自分の上ぐつを見て悲しそうに眉をひそめた。
「私の靴箱に入ってたの。たぶん瑠衣たちが…」
「ご、ご、ごめ…ん…ね…ゆ、ゆめ…か、ちゃん…のく、靴…ま、で」
蓮は私の靴を見て言った。
「蓮は悪くないよ。一緒に洗おう」
私たちは冷えきった暗い廊下の水道で、黙って靴を洗った。
そこから1ヶ月経っても瑠衣たちの嫌がらせは収まるどころかどんどんエスカレートしていき、私は疲れ切っていた。今日もせっかく書いた小説の原稿をビリビリに破られ、みんなが帰った後の部室で私は涙をこらえていた。
「望月」
振り返ると裕貴が部室に入って来ていた。
「ごめんな、文芸部に誘って」
「そんなことないよ。好きなことできて楽しいよ」
私は首を横に振った。裕貴は隣に座って言う。
「蓮、部活やめたいんだって」
「え…なんで…」
なんで、とは言ったが理由は分かる。瑠衣たちに毎日ひどいことをされて、そりゃやめたくなる。しかも蓮は私より長い間されているのだ。でも…。
「やめてほしくないな…」
私が文芸部を続けているのは文章を書くのが好きだから、裕貴が庇ってくれるから、というのもあるが、それだけじゃない。
「蓮がいるから、私続けられてるのに…」
裕貴もそうだし、前の学校でも私に優しくしてくれる人はいっぱいいた。でもその優しさが、同情や哀れみの目に感じて仕方がないのだ。感謝しているけど、どうしても辛くなってしまう。だけど蓮なら、自分らしく対等にいられる気がするのだ。
「俺も蓮にやめてほしくないよ。でも聞いてくれなくてさ。望月からも言ってくれないか?」
「うん。わかった」
次の日、教室前で蓮を見つけた私は話しかけた。
「蓮!」
「あ…」
「蓮、部活やめちゃうの?」
蓮は悲しそうにうなずいた。
「やめないでよ。瑠衣たちにひどいことされて辛いのは私もだけど、蓮がいるから頑張ってきたの!もうちょっと一緒に頑張ろ?」
「だ、だ…だっ…て…」
蓮の目から涙が溢れる。
「しゃ、しゃ…べれ…な…ない…ぼ、僕…なん、か、い、いても…しか…たな…いから…」
「そんなこと言わないで!」
私は思わず叫んでいた。蓮は驚いたように私を見た。
「蓮がいないとみんな困るよ!私どうやって頑張ればいいの?蓮のおかげで毎日過ごせてるのに!お願い、私のために部活続けて」
私は蓮の元へ行って手を握った。
「あ、あ、あり…が…と、う」
「え?」
「そ、そ、そんな…風に、言っ…ても…らえ…たの、は、はじめ…て…う、嬉しい…」
蓮は涙を流して笑った。
「も、も、もうちょ…っと…ぶ、部活…がん…ばる…ね」
「蓮…ありがとう」
私は嬉しかった。私の言った言葉で誰かに喜んでもらえるとか、今までなかったから。ずっと励まされる側だったから。
1ヶ月後、小説コンクールの締め切りが迫った私たちは日曜日だが部室に籠ってペンを進めていた。蓮も部活はやめずに頑張って続けている。しかし瑠衣たちの嫌がらせは相変わらずだ。
「はぁ、まともに喋れない奴と歩けない奴と一緒に過ごすとか、最低な日曜日だわ」
「ほんとそれ」
今日は裕貴が用事で休みなので2人はより自由にしてくる。
「あ~あ、早くやめてくんないかなぁ」
瑠衣は私たちを見ながらため息をつく。横にいる蓮の肩が震えているのが分かる。
「マジいるだけで迷惑だよね~」
紗菜も笑って言う。裕貴に頼ってばかりじゃだめだ。私は意を決して口を開いた。
「もうやめてよ!」
「は?何なの?障害者のくせに」
瑠衣は声を荒らげる。
「何でこんなこと言われきゃいけないの…」
私の目から涙がこぼれた。
「泣くとかマジないわ。泣けば何でもしてもらえるとでも思ってんの?」
瑠衣がそう言ったとき、蓮が立ち上がった。
「や、や、やめ…て…」
「は?聞こえないんだけど」
蓮の声に被せるように瑠衣が言う。すると蓮は走って部室を出て行ってしまった。
「ちょっと、蓮!」
私はあわてて車椅子を走らせ追いかける。部室を出てすぐの階段の前で蓮はうずくまっていた。
「蓮…」
「も、も、もう…無理…だよ…」
「そんなことない…」
私は静かに蓮のそばに行った。
「ゆ、夢花…ちゃ、ちゃんに、も、迷惑…かかる…し、もう…や、める…」
「前も言ったけど蓮は悪くないよ。瑠衣たちが最低なだけ。それに私たち友達でしょ?助け合わないと」
「だ、だ、だけど…」
私は体重を傾けて落ちるように車椅子から降りた。蓮の横に這って移動して座る。
「ちょ、ゆ、夢花…ちゃん…」
「気遣っちゃうなら、友達やめて、カップルになろうか」
「え、え…?」
蓮は口を開けたまま私の顔を見る。
「私、蓮のことが好き。付き合ってください」
私は蓮の顔を見つめ返す。蓮は驚いたまま固まっている。
「だめ…?」
私が不安になって聞くと、蓮はブルブルと首を横に振った。
「ぼ、僕…で、よかっ、た…ら…」
「嬉しい!ありがとう!」
私は蓮に抱きついた。緊張で蓮の身体は硬かったが抱きしめ返してくれた。彼氏なんか、一生できないと思ってた。私も頑張れば幸せになれるのかな。初めてそう感じることができた。
数日後、学校が終わり家に帰ってソファでくつろいでいると、母が興奮した様子でやって来た。
「夢花!」
「どうしたの、お母さん」
母は私の隣に座る。
「行きつけの病院の先生から連絡があって、夢花の足の新しい治療法が見つかったって!」
「え、ほんと?」
私の足治るの?歩けるようになるの?
「全力で走ったりはできないかもしれないけど、車椅子なしで動けるようになるって」母は嬉しそうに続ける。
「治療受ける?」
「うん、もちろん!」
私は自由に動ける自分を想像して、ワクワクが止まらなかった。
授業が終わると、部活がなくても部室に行って蓮と話すのが日課になった。
「あ、ある、け、るよう…になる…んだ」
「そうなの!冬休みに手術受ける予定」
私が治療のことを話すと、蓮は笑って
「が、がんばっ…て、ね」
と言ってくれた。
「うん、ありがとう!」
このときの私は舞い上がっていて、蓮が一瞬だけ悲しそうに目を伏せたことに気づかなかった。
冬休みに入ってすぐ私は入院し、数回に及ぶ手術を受けた。私の足は回復し、今日からリハビリが始まった。
「あ、蓮!来てくれたんだ」
リハビリテーション室で理学療法士の人に支えてもらいながら歩く練習をしていると、先生に案内されて蓮が入って来た。
「もうすぐ歩けるようになるよ!」
「そ、そう…なん、だ」
蓮のためにも頑張らないと。私はよりリハビリに力を入れた。
そのかいあってか、私はもうすぐ冬休みが終わる頃にはだいぶ1人で歩けるようになっていた。
「望月歩けてるじゃん!」
退院して部室に顔を出すと、裕貴がバタバタと駆け寄ってきた。
「うん!まだ速くは歩けないけどね」
すると瑠衣と紗菜もやって来て
「ちょっと歩けるようになっただけで調子乗らないでよ?」
「暇つぶしなくなってつまんなーい」
と不満そうに言った。私は2人には気にせず蓮の元へ行く。
「蓮、入院中来てくれてありがとね」
「あ、う、うん…」
「今度遠くに遊びに行こ!私もう歩けるし」
「う、うん…」
あれ、なんだろうこの感じ。いつもと違う。蓮との会話に何か違和感を感じた私だったが、何が原因かはわからなかった。
冬休みが終わりしばらく経った2月、放課後の部室に先生が嬉しそうに入って来た。「みなさん、この前応募した小説コンクール、立花蓮さんの作品が優秀賞に選ばれました」
みんなが一斉に蓮を見る。蓮は驚いたように目を見開いた。
「たくさんの応募があった中で大変素晴らしいです。拍手!」
先生の言葉でみんなが拍手をする。恥ずかしそうに、でも誇らしそうな顔をしている蓮を見て、私の中での違和感が大きくなるのを感じた。
「さすがだなお前!おめでとう」
部活が終わり裕貴が蓮の肩を叩きながら帰る支度をする。周りの子たちにも囲まれ、蓮は嬉しそうだ。
「ゆ、ゆめ…かちゃん、のおかげ、だよ…あり、が、とう」
みんなが出て行ってから、蓮は私の元へ来てそう言った。
「あ、うん。よかったね」
私は早口でそう言った。
「私用事あるから、先帰ってて」
「う、うん」
蓮が部室を出て行くと、私は1人で席に座った。
「はぁ」
なぜか、素直におめでとうと思えなかった。私はこぶしをにぎる。だって、私もう歩けるようになったし、蓮よりも私の方が…。
「あ…」
そこまで考えて、私は気づいた。私は、手術して他の人と同じようにできるようになって、蓮に対して優越感を抱いてしまっていたんだ。上手く喋れない蓮よりも、人と同じようにできる私の方が偉い。そんなことを無意識に思っていたのではないか。
「私、最低じゃん…」
私はどんどん薄暗くなっていく窓の外を眺め、唇を噛み締めた。
次の日、学校に登校すると下足室で蓮に会った。
「あ、ゆ、夢花…ちゃん、おは、よう」
「おはよう」
ぶっきらぼうな言い方になってしまい、罪悪感がどんどん膨らんでいく。
「ど、どうした、の?」
蓮が心配そうに聞いてくる。
「何でもないよ!もう話しかけないで!」
私は下足室を飛び出して階段をかけ上った。私、何やってるんだ。何も悪くない蓮にひどいこと言って、瑠衣たちと一緒じゃないか。
「痛っ!」
無理に走ったことで足に激痛が走り、踊り場で私はうずくまってしまった。
「ちょっとあんた何してんの?」
ちょうど紗奈が階段を降りてきて、私を怪訝そうな顔で見ている。
「足が…」
すると紗奈はため息をつき、私の肩に手をかけて起こした。
「行くよ」
「え…?」
「歩けないんでしょ?保健室に連れてってあげるって言ってんの」
紗奈は重い重いと文句を言いながら、保健室まで送り届けてくれた。まさか、紗奈がこんなことしてくれるなんて…。そんなことを考えている内に母が迎えに来て、私は病院に連れて行かれた。
「おい、望月大丈夫か?」
夕方、裕貴が私の病室に来てくれた。
「うん。特に大きな問題はなかったって。念のため今日1日入院するけど」
「そうか。ならよかった」
裕貴はベッドの横の椅子に座った。
「冬休み明けくらいにさ、蓮から相談受けたんだ」
裕貴が静かに話し出す。
「望月と一緒にいるのが辛いって」
「え…」
冬休み明けと言えば、私の手術が終わった直後だ。
「歩けるようになって楽しそうな望月を見てると、なんか劣等感を感じて辛くなるって」
「…」
私たちは、弱さを共有することで上手くいっていたんだな。私が歩けるようになったことで、それが崩れてしまった。私は蓮に優越感を感じてしまい、蓮は劣等感を感じるようになってしまった。
「こんなこと望月に言うべきじゃないと思うけど、心配で。蓮と話し合った方がいいんじゃないか?」
裕貴はそう言うとまた明日、と病室を出て行った。
2日後私は登校し、蓮と話そうと決意して教室に入ると、そこに蓮の姿はなかった。
「この時間にはいつも来てたのにな…」
すると、後ろから紗奈の声が聞こえた。
「夢花、おはよ」
また何か言われるかと無意識に身構えたが、紗奈は静かに言った。
「ちょっといいかな?」
「…うん、いいけど」
紗奈に連れられ私は人気のない廊下に行った。
「どうしたの?」
「夢花、今まで本当にごめん」
そう言って紗奈は頭を下げた。紗奈はそのまま続ける。
「私、中学生のとき同級生にいじめられてて、高校に行ったらもう辛い思いをするのが嫌で、いじめる側になろうと思ったの。そうしたらいじめられないから」
紗奈は辛そうに話す。
「ほんとにバカたよね私。最低だよね。瑠衣といる内にだんだん、やめ方がわかんなくなっちゃって」
「私が歩けるようになって、いじめる理由がなくなったから謝ってきてるの?」
思ったよりもキツい言い方になってしまった。
「違う!ずっと夢花や蓮が羨ましかった。人よりできないことがあっても一生懸命生活しているのが、ほんとにすごいと思った。でも、2人に比べて私はなんてダメな奴なんだって…」
紗奈の肩が震えている。
「夢花は足が治っても何も変わらず生活してて、ハンデなんか関係なく、夢花は私より凄い人なんだなって思った。それで我に返ったの」
…私は凄くなんかない。歩けるようになって、私は自分の弱いところがより見えた。蓮にもひどいことを言った。
「私も紗奈と一緒だよ。きっと蓮も」
人はみんな弱いんだ。目に見える弱さと見えない弱さがあるけど、みんな平等に弱いんだ。たまたま私と蓮は見える弱さを持っていただけ。
「あ、あ…の…」
声が聞こえて振り向くと蓮がいた。
「蓮も、私ひどいことしてほんとにごめん!」
紗奈は私のそばまで駆け寄った。
「う、ううん…」
「私もごめん、蓮」
私は蓮に言った。
「私、歩けるようになってから自分の本当の弱さに気づいたよ。本当にごめん」
「ぼ、僕…も、ごめん、ね…歩ける、夢花…ちゃん…を、見るの、がなん…か、辛くて…でも、やっ、ぱり、ずっと…一緒に、いたい…」
蓮はうつむきながら言う。
「私もだよ、蓮。大丈夫、弱いのはみんなだから」
私は蓮に微笑んだ。すると、
「ほら、早く!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
裕貴が瑠衣の腕を掴んでやって来た。瑠衣はしばらく黙っていたがやがて決心したように私と蓮の前に来た。
「悔しかったの…私よりも生きにくいはずの2人が楽しそうに過ごすのが。それで、つい…ごめんなさい」
瑠衣はうつむいた。
「正直、瑠衣たちに嫌なこといっぱいされて辛かったよ」
私は口を開いた。
「でも、謝ってくれて嬉しい。お互いの弱いところも分かったし、これからは仲良くなれるかな?」
「な、な、なれる、よ」
蓮が言った。
「みんな、と、なかよ…くなり、たい」
その言葉に私たちはうなずいた。
「あ、チャイム鳴ってる」
私たちは教室に向かって歩き出した。