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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

破棄系

とある夏の婚約破棄

作者: アロエ



じっとりとした、なにもしていなくとも肌が汗ばむような、そんな日の出来事だった。


ここ最近どうにも体調が優れないのも、きっとこの暑さのせいだといつもは節制に努めて口にする事を制限していた冷たい飲み物を従者に求める。


お腹を壊すだなんだと小さな子を諌めるようないつものお小言が飛ばないあたり、従者や周りのものも相当参っているのだろう。この灼熱のような日和に。少ししてから出された待望の果実水、カランとガラスの内で揺れて音を立てる氷。キラキラと光を反射する様がまたどうしてこんなにも心踊らせるのか。


喉を下って胃に落ちるそれにホッと一息つくも束の間、バンと扉が乱暴に押し開けられずかずかと無遠慮にやって来た一行に思わず目を見開いた。



「ここにいたか!エルメラサ・シュザーデン!私は今この時をもってお前との婚約を破棄し、キャサリン・ハルナットとの婚約を結ぶ!」



金糸のような輝く黄金の髪を振り乱し、汗を散らしながら入ってきたのは婚約者である第二王子パウバン様だった。


貴重な書物も所蔵されている為に空調がいつも整えられている図書館なら兎も角、人も疎らなカフェテリアで声高に、叫ぶようにそう宣言したのを受け、何て暑苦しい姿だと顰め面をしていたが再び思考が停止する。


その間にもパウバン様付きの貴族の子息(取り巻きともいう)が私を親の仇かなにかのように睨んでくるので、少しずつ状況を飲み込もうと試みるが……やはり駄目だ。



「お尋ねしたいことは多々ありますが、先ず確認を……。今、キャサリン様と仰いまして?ハルナット男爵の、長子であらせられるあの?」



ああ、嫌だ。先程まであんなに暑さを感じていたはずなのに、今は背中に氷をあてられたかのよう。見れば従者や周りのものらの中にも私と同じような思いをしていると思しき顔色の悪い方に、震えていらっしゃる方も点々と。


元々暴君のような性格の殿下ですけれど、それにしたって今回のような事、冗談にしても質が悪すぎる。私にそこまで嫌がらせしたいのかしら。


政略的な婚約で私にしろ彼にしろ恋愛の情を感じた事は一度もない。寧ろ私は無関心を貫いたし彼は彼で私を嫌なものでも見るように、毎度舌打ちしたり嫌みな文句をつけてきた。


王太子妃程ではないがそれなりの地位に将来就かねばならないからと、幼い頃より頼りない婚約者様の事もあり勉学やマナー、友好国との関係者の名前や歴史を叩き込んでいる。


まぁ、それはそれとして。



「ハルナット男爵の長子、キャサリン様は半年前に第三棟の西階段より足を踏み外され……その、お亡くなりになられた筈ですわ。校内でも同じような方が出ない様にと注意書きが貼られたりしていましたでしょう?」



キャサリン嬢は男爵の愛人の娘だそうで。本妻がお亡くなりになられた折りに引き取り、学園にも入られたのだそうですが、色々と言動に問題があったとか様々噂があるお方でした。


しかし私達とは何分学年が違いましたし、身分の差、領地の距離、産物等も全くと言っていいほど接点がなかったので話した記憶もあまりございませんの。


ですから、私との婚約破棄、まぁこれも気にかかるはかかりますがその後釜に彼女をというのは到底あり得ない事なのです。それにしてもどうしてパウバン様は彼女の名を口になされたのか。パウバン様とて私と同じでキャサリン嬢と学年は違いますし、亡くなる前も後もお知り合いになどなれる機会がそもそもないはずですのに。


もしや幽霊……と思いながらパウバン様を眺めていればそんな筈はないとか昨日も会ったとか恐ろしい事を仲間内でもにょもにょと。


途中、カフェテリアに休憩にいらしていた先生方が間に入って私の言葉が嘘でない事を証明して下さいましたが。狼狽えるパウバン様方を薄気味悪そうに見る生徒たち、それに足早に席を立って逃げていく者、距離を置こうとする者。


私もできることなら後を追いたい。幽霊騒動なんて巻き込まれたくない。けれどそんな私の思いを知ってか知らずか、パウバン様は焦ったように捲し立てる。



「そ、そんなはずがあるか!私達はキャサリン嬢と共にあるのだぞ!?現に今こうしてお前に怯えて私の腕に……。あ、あれ?キャサリン?」



誰もいない左腕を見やったパウバン様は困惑したように辺りを見回し誰かを探すかのような素振りをなさる……。


流石の私もいてもたってもいられずガタンと席を立ちあがると同じように顔を青くする従者を引き連れて一歩、二歩と距離を取り一礼する。



「でで殿下、わ、わたっ、わたくし急用を思い出しましたのでこれで失礼致します……!!ごきげんよう!」



我ながら素早い逃げ足だと思いながらも祟られたりなんだりなんて事に巻き込まれたくはないが為にパウバン様の引き留める声も聞こえないふりを決め込みその場を後にした。


去り際にふわりと漂った血生臭さと安物のきつい香水が入り混じったような悪臭が鼻をついたのは絶対に気のせいだと思いたい。思いたい!






後日、王家より正式な謝罪の文とパウバン様がご病気を患い静養の為に無期限で辺境の地へと旅立った旨を父づてに聞かされ私と従者は顔を見合わせた。


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