世界を救い、日々を過ごし
その日は、ひどい暑さだった。
ただ、こんなにも暑い夏だというのに、あのうだってしまいそうなセミの音はない。
ただ、破壊を続けるあの化け物の音が、その静寂さを一際目立たせる。
人は一人もいない。
この場にいるのは、俺と、目の前に広がる化け物のみ。
これが最後の戦いになるのだと、自分を鼓舞しようとするがなんとなく力が入らない。
ただ、不思議と負ける気はしなかった。
猛然と化け物と戦うが、嫌に冷静な自分がいる。
淡々と迫りくる化け物の猛撃が来るが、依然として冷静に、そして沈着に化け物の破壊を続ける。
気づけば、雨が降っていた。
空は嫌に快晴だけれど、しとしとと降ってくる。
それが化け物の血と気づくのは、化け物を破滅しつくし、最後の核部を破壊した時だった。
地面の雨血を照らす太陽のせいか、雨上がりのような匂いが立ち込める。
途中、何か失った気がしたが、すぐにそんなことを考えなくなる。
その日、俺は世界を救った。
それから5年後、なんとない日常を過ごしながらも俺は高校生となった。
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「えー、であるからして、五年前に無事地球寄生型悪性物質の核を破壊することに成功し、私たちの平穏な日常が100年という月日を経て戻ってきたのです。その際、国間の貿易等、移動規制などへの簡易化を図るなどしてグローバリズムは進んでいきーーーーー
近代社会の授業は眠たくてたまらない。教卓で何やら難しげな事を淡々と述べているが、前の授業の水泳のせいもあり、窓から流れる風が眠気を誘う。
少し周りを見てみれば、寝てるやつらが数名。まぁ、いつもつるんでいる奴らは、その数名に該当するのだが。
俺も例に漏れず、うつらうつらと眠りの世界に行ってしまう。
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「やっぱ思うんだよ。僕の中でのNo. 1はやっぱりナナチなんだなって」
無造作な長い髪に、度の強い眼鏡をした剣助が、ぐっすり眠った後の昼食時にいきなりそんな事を言い放つ。
「ナナチってあれ? この前つるぎが言ってたあのアイドルだっけ? 藪から棒にどうしたよ」
俺は購買で買ったサンドイッチを貪りながら聞いた。
「昨日、徹夜で最近流行のアイドル総集編ってやつ見てたんだけどさ、やっぱ別格なんだよ。ナナチのあの笑顔の輝きって」
「はっ、何がアイドルだ。あれは偶像でしかもクソみたいな三次元だぜ? しかもアイドルって闇深そうじゃん? 笑顔の裏には何があるやら」
そういう風に穿った意を物申すのが、京だった。こいつはほとんど毎日ゲームで夜更かしをしているので目の下のくまが深く、さらには人相も悪い。そして目が死んでいる。そんなやつだ。
「あ? やっぱオメー表でろや。白黒つけてやっから」
「上等だよ。この根暗キモオタ。今日こそどっちが上かわからせてやるよ」
「オメーだけには根暗キモオタとは言われたくねーよ」
「いや、そんなんで喧嘩すんなよ」
微苦笑を浮かべながら諫めるが、言葉が悪かったのか俺が標的となった。
「そんなの? おい。陽はどっちなんだよ。お前この前ナナチの写真見せたら可愛いって言ってたよな。やっぱナナチがナンバーワンだよな?」
圧がすごい。
「おいおい、待てよ。陽はこの前アルカンディアのアルア(アニメのタイトルとキャラの名前)が一番可愛いって言ってたぞ」
それはアニメの中で、だからな。
「「で、どっちが可愛いんだ?」」
仲良くハモリ、嫌そうな表情を二人は浮かべる。
とにかく、俺は詰められていた。
「ど、どっちも可愛いんじゃね」
「「.......」」
少しの沈黙。
「はぁー、これだから主体性のねぇ若者は」
「自分をもとうぜ、な?」
京は呆れ顔、剣助は憐憫の表情を浮かべながら俺の肩をポンポンと叩く。
当たり障りない発言をしてやったのに、はっ倒してやろうかと思った。
とまぁ、こんなバカみたいなやり取りするようなのが常であり、そんな常を周りの人たちから(主に女子)多少の白い目を向けられる、そんな日々を過ごしている。
そんな日の放課後の帰り道。
「...おい、暑すぎるんだが」
じりじりと太陽はアスファルトを焼き、セミは暑苦しく歌っている。少し先は陽炎で、これでもかと夏を体現させている。
汗が止まらない中、三人のうち一人は自転車を押し、二人はとぼとぼと歩いている。
自転車を押すのが俺で、この暑さに訴えたのが京だった。
「...つるぎ、頼む。涼しくしてくれ」
俺はけだるげに呟いた。
「......はぁっ!」
何をやるかと思ったが、いきなり訳の分からない掛け声を発した。
「...何したの?」
俺は聞く。
「...今ので外気温度を1.5度下げた」
「.......まじか」
京は呟く。
俺ら三人はとうに限界を迎えていた。
こんな意味不明なやりとりがその証拠である。
「...そういや陽って世界救ったって言ってたよな。今ならそのバカみたいな話信じてやるから、この暑さから僕たちを救ってくれよ」
確かに言った。こいつらならいいかなって軽い気持ちで言えた。
「...むり」
でも無理なものは無理だ。
「んだよ。やっぱ嘘じゃねぇか」
反論する力も、この暑さの中ではありはしない。
そんな俺たちが出会ったのはコンビニだった。
通学路なので、いつもこのコンビニは見えるが、その輝かしさは500カラットのダイヤでさえ凌ぐほどの輝いた希望を満たしていた。
自然と立ち止まる俺たち。
俺たちは目配せだけ済ませて、吸い込まれるように店内へと入る。
感じる冷房の素晴らしい涼しさ。無限に広がる砂漠からようやっとオアシスを見つけ出した気分に浸れる。
「あー、まじで涼しい」
京は幸せそうな表情でそう呟いた。
「生き返るってこういう事を言うんだろうな、っああ! てかこの雑誌の表紙ナナチじゃん!?」
そう言っては、雑誌を途端に手に取る。
「なんで、こんなのがあるって気づかなかったんだぁ、僕ッ...!」
そんな様子に俺は微苦笑、京は呆れ顔だった。
「あ!? しかも来週にやるイベントのチケットが当たるかもしれない...だと!? か、買うしかねぇ!」
なんだか危ない表情を浮かべている。
「そんなん買うより、普通にイベントのチケット買えよ」
京は未だ呆れながらそう助言する。
「おっまえは分かってない! このチケットはな抽選制で、しかもその倍率は限りなく高い! あったんねぇんだよ、普通に応募しても!」
「お、おう、そうか」
つるぎの勢いに、少し引く京。
「でも、応募はしてみてもいいんじゃない」
諦めるにはまだ早い。俺はそう言った。その言葉につるぎは目に見えて落胆した。
「はは、もう外れてんだよ」
その目にはおよそ光は存在し得なかった。が、一筋の光がその暗い瞳に走った。
「...だが、これを買えば僕はまだ輝ける...!」
「...輝けるって...お前...」
なんだか京のつるぎを見る瞳が、いつもの俺たちが女子に向けられている瞳のそれだった。
が、つるぎはそんな事なんなその。すぐに財布を取り出し中身を見る。
「くぅっ! せいぜい買えて三冊か...」
そういえば、つるぎは一人暮らしで親からの仕送りとバイトの給料を糧として生活しているらしい。が、少々アイドル方面のグッズを買いすぎて、今なかなか困窮しているとか言ってたような。
「三冊も買って、生活は大丈夫?」
「...はっ、塩と水がまだ家には残ってる。それでなんとかなるだろ」
「塩と水って、お前はどこの僧侶だよ」
終始呆れ顔の京はつっこむ。
「店員さん、この三冊お願いします!!」
「あ、はい...」
引いてる。お前の勢いに引いてるよ店員さん。しかもなかなか若い女性の方だ。
いつもなら、耐性がない故か異性に対しては素っ気ない(そんな話しかけられたところ見た事ないけど)感じだったが、今はそんな影も見せずに勢いという言葉が似合うほど危機迫っている。
そうして、俺たちはこのオアシスであるコンビニから離れるのだった。
舞い戻ってきた灼熱の帰路。一回、冷房の涼しさを体感したせいか暑さは一際その猛烈さを増した。
「...おい、さっき店員さんおもっくそ引いてたぞ」
京は汗を拭いながら、そんな事をごちる。
「いいんだよ! 目の前にナナチがいるんだ! 構ってられるか」
暑さにやられる俺たちとは打って変わって、つるぎの表情は明るかった。満面の笑みを浮かべている。
「ナナチは...いないぞ...って、もう開けるんかい」
早速、つるぎは袋から一冊取り出して包装を解く。
そして、開いて中身を確認した。
「...................」
が、何も言わずに、表情も変化させずに本を閉じた。
「当たってなかったのか?」
京は聞くが、つるぎは答えずにすぐに二冊目に手を取る。
中を見て、同じように一瞬止まり、表情は固めたまま三冊目を手に取る。
中を確認し、また同じように一瞬静止する。
そして、いきなりその表情は焦りを満たして、それから何度も何度も本を順繰りに回しては中を確認していた。そして終いにはワナワナと震えだす。
「だから当たらねーってそう言うのは。現実を見るんだな」
反応から察するに、やはり当たらなかったのだろう。京はこんな事を言い、俺は「どんまい」と端的に伝えた。
「............た」
依然として、ワナワナと震えるつるぎ。立ち止まり顔を下に向けているせいか、何を言ったのか聞こえなかった。
「「ん?」」
いきなり立ち止まり、ななか言ったが聞き取れなかったので俺ら二人はそんなつるぎを見る。
「あた...った...っ!....ししし、しかも、ささ、さ、三枚も、当たりやがったァア!!!」
目に見えて興奮しだすつるぎ。側から見れば狂人のそれだ。
「...まじかよ。どんな確率だよ」
「てか、暑苦しいねあれ」
何をとち狂ったのか、ブレイクダンスをし始めるつるぎ。
「無視して帰るか」
京の意見に俺は首肯し、前を向き直す。
「ちょおおおっと待て! 行こうぜ! 僕たちでっ!」
爛々とした瞳で、力強く肩を掴む。
「...いや、ゲームしてぇんだけど」
京は嫌そうな顔をする。
「んなもんいつでも出来るだろうが!! 三枚あんだぞ! 行こうぜ」
そう言ってがっつくつるぎに、京は嫌そうな表情を浮かべ「あー、暑苦しいなッ、てか売れよそれ。金ねぇんだろう」と、つるぎを振り解いた。
「んな、転売ヤーみたいな事するかよっ!! あいつらはクズだっ! ゴミだっ! あいつらのせいで僕がどれくらい苦汁を飲まされたかっ! あいつらみたいなことはしたくねぇっ!!」
と、熱く語り、終いには相当汚い言葉を転売ヤーに向けて放ち続けていた。
「て、言うことで行こうぜっ!」
「いやだ」
俺的には行ってもいいけれど、京はそんな風にシンプルに拒否をするのだった。
セミも歌い、暑さも踊るというのに、俺の友達はそれ以上に暑苦しい存在となるのだった。
結局、俺たちはつるぎの勢いに負ける結果となり、ついぞ電車に揺られながらその現地へと向かう事となってしまった。
⭐︎
「ねぇ、いま夏だよね」
電車の中はまばらに立っている人もいるが、俺らは運良く座席に座ることが出来た。
中は冷房が効いていて、暑さは感じないが外はさんざんときらめく太陽がぎらぎらとその凶悪な日差しを出していた。
そんな俺たちの服装は、俺がクニクロ一式で固め、つるぎはアイドルの痛T、そして京は長袖長ズボンのジャージだった。およそ一人だけ夏とは思えない服装につるぎは疑問の声を投げかけていた。
「そりゃ夏だろ。周り見てみろよ。半袖ばっかだろ」
「じゃあお前は自分をみろよ」
「...?」
「おい、不思議そうな顔をするな」
「それ暑くない?」
率直に俺は聞く。
「暑いに決まってるだろ」
さっきまで狙って呆けていた京は俺の問いかけに真っ直ぐ言った。
いや、まぁそうだろう。集合は駅だったけれど、汗を拭いながら京は来ていたのだから。
「ならジャージでもいいから半袖か半ズボンぐらいにしろよな」
「はっ、俺を舐めるなよ。外に出るような服はこれしかねぇ」
「ドヤっていうことかよそれ」
とにかく、京の生活様式が垣間見えた光景だった。
「この、クソガキが!!」
これは、俺たちの声ではない。
俺たちの意味なんてない会話は、突如でたけたたましい怒声によって、遮られた。
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少女は運命という言葉が嫌いだった。決まり切った、変えようのない、側面から見れば残忍で残酷なその言葉が、嫌いだった。
運命の出会いとか、運命の再会とか、運命のなんとかとか。そんな綺麗な表現があるけれど、まるでそれは第三者の他者である何者かが仕組んだかのような錯覚に感じられるそれに少女は嫌気がさしていた。
私は運命という名の歯車だなんて、死んでもごめんだ。
どんなに整えられた道を用意され、鎖を繋がれどんなに正しい道を行こうとも、それらに意義を感じることなんてなく。
少女はどんなに荒れた道などと呼べない道を、どんなに間違えようと鎖のない自由な自分の道を行きたい。
それに、少女は不運という言葉を更に嫌う。
不運だから、仕方がない。不運だったから、どうしようもない。
『これは不運な運命なんだよ』
それこそ、腸が煮え繰り返るほどの不快感と不愉快を感じてならない。
だから、目の前の不運が見過ごせなかった。
これは陳腐な正義感を振りかざすのではなく。そんな自分の中の憤りをどうにかしたい行為だった。
だから少女は手を掴み、声を上げる。
「痴漢なんて、きめーぞおっさん」
そのおっさんが逆上し、怒号を上げ、その少女に手を出そうとするのはまた別の話。
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目の前で手がふりかざされていた。それは唐突で、あまりにも見慣れない光景だったから、時が止まったかのような感覚に陥る。
そのあと、止めないとと思い至る。
ただそんな最中で、最も早く反応できたのがつるぎだった。
肌を刺激するような、摩擦で起きたときの静電気みたいなものがつるぎがいた席から感じられる。
かと思えば、つるぎは痴漢魔であろうおっさんの手をつかんでいた。
その際の衝撃で少女は何やら紙切れを落とす。
「それは...だめでしょ」
ざわめき出す、電車内。
そんな中、タイミングよく次の停車駅に止まり、ドアが開くと、痴漢魔は慌てたようにつるぎの手を振り解き、脱兎の如く逃げ出した。
つるぎは深追いはしないのか、呆れたような表情を浮かべては、少女が落とした紙切れを手に取って、それを少女に渡した。