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屍人は蜜月の夢を見ない。  作者: 梔子
1章 屍人は暗闇の夢を見る
4/13

4話 変異 1/2

「──仕事?」


 自宅に帰還してから一夜明け、私はクジョウの部屋に呼ばれた。

 彼女はいつも通りの表情で私に一枚の写真を見せてきた。


「このトラックが何か?」


 写真には二台のトラックとその護衛である探索者(ヤマネコ)が写っている。運転手の一人が探索者のカメラを借りて撮影したのだろう。

 背景は区域(エリア)内ではなく外。きっと記録のためというより、息抜きのためのものだ。

 するとクジョウが頭を掻きながら言った。


「いやぁ、実はこれを撮った後、屍人(リビングデッド)に襲われて探索者含めてほとんど死んじゃったみたいで」

「それで?」


 残酷だがよくある話だ。これだけで話が終わるとは思えない。


「トラック一台と運転手一人が唯一生存者として帰ってきたんだけど、彼曰く他のトラックの中には貴重な食糧と燃料が残ってるみたいで」

「その回収……ってことですか?」


 クジョウが頷く。

 たしかに食糧も燃料も有限でできることなら失うという事態は避けたいはずだ。幸い屍人が人間の食糧を口にすることはないし、彼らには燃料で車を動かすなんて知能はない。

 しかし、違和感があった。何故わざわざそんな綱渡りのようなことをする必要があるのだろうか。


「それと、襲われた付近に様子のおかしい屍人がいたんだって」

「……なるほど」


 そちらがメインなのは明白だった。

 屍人の調査、私たちにとってそれはどんなことよりも重要なものだ。どんなに些細で曖昧な情報でも逃すことはできない。

 だが、他の探索者はそうではない。だからこそそれらしい名目が必要なのだ。


「それで、ユキちゃんのことなんだけど」

「わかってますよそれくらい」


 私と二人で行動するのと、周りに他の探索者がいるのでは危険度が段違いだ。

 少なくとも、今回はクジョウにユキのことは任せるべきだろう。


「昨日あんなこと言った手前、情けないんだけどね」

「仕方ないですよ。他の探索者にユキのことを見せるわけにもいきませんし」


 実際、区域内でもユキの行動はかなり制限されている。

 まず彼女は私が同行しない限り、原則的に自室以外の区域内を出歩くことは許可されていない。今も彼女はあの何もない部屋で待機している。

 あそこは安息の地であるのと同時に、不安定な存在を隔離する檻でもあるのだ。

 ただ、それはユキだけにとってというわけではない。少なからず、私もクジョウの監視下に置かれている。今のところ自由に行動できているのは彼女の気まぐれだ。


「他の探索者たちもそれなりに腕はいいのを揃えたけど、あんまりトラブル起こさないでね」

「……それは、向こうの出方次第ですね。努力はしますけど」


 正直努力するつもりはまったくなかった。

 だが、あんな人物たちの前では努力したとしても無駄だったはずだ。そう私は数日後に痛感した。



 危険な外を三台の自動車が走っている。私が乗っているのは最後部を走る車、運転は同乗者に任せていた。

 車内に取り付けられている通信機からは、先程からずっと他二台に乗る探索者たちの声が垂れ流しになっている。


『クジョウのやつが一人女を参加させるって言った時は()()()()()()だと思ったのによぉ、あんなガキを連れてくるなんて』

『俺たちがガキで満足する安い男だとあのババァは考えてるんだよ』


 ……ガキで悪かったな。だが私はもうとっくに二十を超えている。

 別にあんたたちの相手をしてやる気は毛頭ないのだが。私は思わず舌打ちをした。


『せめて足は引っ張らないでほしいがな』


 低俗な笑い声が通信機から流れる。

 恐らく男たちは私が通信を聞いていることを知ってわざと下劣な会話をしているのだ。


「……はぁ」

「すみません。余計なことに巻き込んでしまったみたいで」


 運転している同乗者が頬を掻く。

 彼は探索者ではない。屍人に襲われ壊滅したトラックの運転手だ。


「構いませんよ。仕事ですから。それより、一つ教えてほしいことがあるんですけど」

「私に答えられることでしたら」

「貴方が見かけた屍人のことです」


 すると運転手の表情が変わった。彼は私のことを警戒していた。


「クジョウさんにも同じことを聞かれました。たしかに様子のおかしい屍人を見かけて報告したのは私ですが、そんなに気になりますか?」

「まぁ、そうですね」


 たしかに屍人のことを気にするのは私とクジョウくらいだろう。他の探索者たちの目的は食糧と燃料だ。

 成功報酬自体はクジョウから支払われる。しかし、彼らの目的はそれだけではないはずだ。きっとトラックの積荷を横取りする計画すらしているはずだ。


「もしかしたら気のせいかもしれないんですけど」


 そう前置きして運転手は語り始めた。


「普通の屍人は身体の一部、特に噛まれた周りに苔が生えていますよね」

「えぇ、嫌というほど見ました」


 本当に嫌になるほど……。ユキとシャワーを浴びた時のことが頭に浮かんだが、すぐに考えないようにした。

 屍人の身体には苔のようなものが生えている。大きさは個体ごとにそれぞれ異なる。しかし大抵は屍人が生前に噛まれた場所の周りを囲むように生える。


「だけど、その屍人は全身に苔が生えていたんです。特に腕は一面緑色でした」

「たしかに、それは変ですね」


 全身を噛まれたのでもない限り、そんなことが起きるとは思えない。

 それとも、時間が経った屍人はそうなってしまうのだろうか。……ユキの全身に苔が覆う姿を想像して吐き気を催してしまう。


『おい! ポイントはまだ先なのか⁉』


 通信機から怒鳴り声が流れる。

 運転手は嫌そうな顔をしながら通信機を手に取った。


「あと五分ほど走れば到着するはずです」


 その言葉と同時に、前方を走る二台のスピードが急激に上がる。

 車はあっという間に離れていき、通信機からは男たちの興奮した様子の声が流れた。いち早くたどり着いて物資を独占したいのだろう。


「こうなるから嫌だったんですよ……」

「まあ、正確な位置は貴方しか知らないわけですから」


 別に私は物資を求めているわけではないが、遅れたからといって問題はないだろう。

 問題があるとすれば、何かあった時すぐに彼らと連携が取れなくなることだ。別に彼らが感染しようが殺されようが私には関係ない。だが、クジョウに小言を言われることは確実だ。できることならそれは避けたい。


「私たちも急ぎましょう。……えぇと」

「トキタです。そういえばまだ名乗っていませんでしたね」


 トキタがアクセルを踏む力を強めた。

 五分ほど走ると、今は雑草が生い茂る元田園地帯からボロボロの市街地に景色が変わった。道路の端にはもう十年以上は放置されているであろう車が何台も鎮座していた。

 私はトキタに車を停めさせ、通信機を手に取って車から降りた。そして荷台に置かれていたアタッシュケースを持ち上げる。


「トキタさんも降りてください。このビルの屋上から狙撃します」

「は、はい……」


 私の今回の仕事は後方支援、他の探索者たちに近づく屍人を高いところから狙撃することだ。トキタが私と同行しているのは彼を安全な場所に置くという意味もあるのだろう。

 トキタの情報が正しいのなら、この近くに件のトラックがあるはずだ。

 通信機は先程からノイズしか流さない。男たちが電源を切ってしまったのだろう。


「そこまでして積荷が欲しいわけ……?」


 私は彼らの無事を一応祈りながらビルに足を踏み入れた。

 アタッシュケースをトキタに渡すと、彼は重そうにそれを抱えた。そして腰のホルダーから自動式拳銃を取り出して構える。


「もしかしたら屍人がいるかもしれないので、絶対に物音は立てないでください」


 トキタが無言で頷いた。そして一歩ずつゆっくりと階段を上る。

 私だけ、もしくはユキと二人ならここまで警戒することはなかった。だが、今は状況が異なっている。

 彼はあくまで一般人、屍人との戦闘の知識はほとんどない。つまり屍人と遭遇するだけでもかなりのリスクなのだ。

 普段ならすぐに屋上にたどり着くのだが、警戒しながら上ったせいでたどり着くのに五分もかかってしまった。しかし、幸い屍人は建物内にはいなかった。

 銃を構えたまま屋上を歩く。安全を確認したところでホルダーに戻し、トキタを呼んだ。


「あの、これ……」


 トキタに持たせていたアタッシュケースを受け取り、床に置いて開いた。中には分割された狙撃銃が入っている。

 私が普段使っているものではない。今回の仕事のためにクジョウから貸し与えられたものだ。


「トラックはあそこです」

「……了解」


 トキタが指差した方向に狙撃銃を設置してスコープを覗く。

 一台のトラックがビルに激突しているのが見えた。運転席の様子はここからでは確認できない。荷台の扉は開いてるが中に人はいない。少なくとも他の探索者たちはまだ到着していないようだ。

 位置を報告したいのだが、通信機は未だにノイズを発するだけでこちらの言葉にも反応はない。

 トラックの近場を歩いていた屍人の頭を狙い、引鉄に指をかける。


「とりあえず、掃討くらいはしておきますか」


 高速で発射された弾丸が屍人に命中し、頭部が潰れた柘榴のように弾けた。すぐに次弾を装填して狙いを定める。

 二発目は子供の屍人の首に当たり、吹き飛んだ頭が地面を転がった。


「ぅぷ……」


 隣を見ると、双眼鏡でトラックの方を見るトキタが顔を真っ青にしながら口を押えていた。


「子供の屍人を見るのは初めてですか?」


 屍人に銃を使う知能はない。つまり屋上から狙撃している限り反撃の心配をする必要もない。今の私たちは間違いなく安全な状態と言える。

 ただ虚ろな目で徘徊する屍人を撃つ作業。普段ならこんな時はユキが隣にいたのに。私は自然と話し相手を求めていた。


「はい。わかってはいるんですけど……よく撃てますね」

「あいつらはもう人じゃありません。だから躊躇う必要もないですね」


 話しながらも、私の放った弾丸は次々と人間だったものを破壊していく。


『ホントウニ?』


 頭の中で聞き覚えのある声がした。

 狙いが逸れ、弾丸が女性の屍人の左肩を貫いた。撃たれた人がゆっくりとこちらを見る。


「ひっ……」


 その表情に感情はない。しかし、屍人は私に何かを伝えたいのかずっとこちらを見つめている。

 一瞬、屍人の顔があの子と重なった。その直後に胃から熱い液体がせり上げてくる。トキタに気づかれないように、液体を飲みこむ。

 ……そして私は彼女の顔を吹き飛ばした。


「大丈夫ですか? ナツさんも顔色が悪いようですけど」

「……平気です。それより、他の探索者たちはどこに……」


『助けてくれッ!』


 通信機から男の叫び声が流れる。私はすぐに通信機に向かって叫んだ。


「今どこにいるんですか⁉ 屍人に追われてるならこちらから援護します!」


 返事はなく、必死に逃げる男が何度も銃を撃つ音だけが流れた。それと同時にすぐ近くで発砲音もした。

 私はトキタから双眼鏡を奪い、音のした方向を見た。


「何…あれ……」


 私は目を疑った。

 たしかに男が屍人に追われている。しかし、その屍人は今まで見てきたものとは全く異なる外見をしていた。

 とにかく目を引くのはその巨体だ。屍人は追われている男のほぼ倍の大きさ、少なく見積もっても三メートル以上はある。

 そして身体中に苔が生えている。特に両腕は完全に緑色に染まっていて歪なほどに膨らんでいた。

 情報は一致している。恐らくあれが先程トキタの言っていた様子のおかしかった屍人だ。


「……まさか」


 その存在だけは噂で聞いたことがある。だが実際に目にしたことは今まで一度もなかった。だからただの都市伝説だと思っていた。

 身体中にウイルスが周り異常なほどに体躯が発達した屍人──


「──変異種」

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