むかしむかし、あるところに(~中略~)おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃(推定直径1000m超)が流れてきました。
むかしむかし、あるところに(~中略~)おばあさんが川で洗濯をしていると、川上からどんぶらこどんぶらこと大きな桃(推定直径1000m超)が流れてきました。
いやまあ川幅より遥かに大きいサイズなので、流れてきたというよりはたまたま川の流れに沿ったルートで転がってきたというのが正確なのだけれども、そんな桃が間近に迫ってきたおばあさんとしては堪ったものではありません。
大きさが大きさなだけに早めに発見できたのは不幸中の幸いでしたが、このまま呑気に洗濯を続けていたら間違いなく巨大な桃に潰されてしまいます。
総重量がいったい何千、何万トンになるかも分かりません。
よくよく目を凝らしてみれば転がってくる桃の手前に生えていた木々が枯れ枝の如くに圧し折られ、下敷きになっていくのが見えたでしょう。万が一、人里にでも転がってきたら大惨事は確実です。
おばあさんは手元の洗濯物も放り出し、老骨に鞭打って全力ダッシュでその場から逃げ出しました。生物が命の危機に晒された時に普段は使っていない能力が目覚めることが稀にあると言われますが、今がまさにその危機。俗に火事場の馬鹿力などとも呼ばれる現象が、か弱い老婆を一人のアスリートへと変貌させたのです。
背後から迫り来る桃。
メキメキと木々の折れ、岩が砕ける音が聞こえてきますが、おばあさんに背後を振り替える余裕はありません。安全圏に出るまでは恐らくまだ300m以上。僅かにでもスピードを緩めれば、巨大な桃に追い付かれ無惨な最期を遂げるのみ。
おばあさんはいつの間にやら自分でも気付かぬうちに走りにくい草履を脱ぎ捨てて裸足となり、また訓練された短距離ランナーのように鋭く手足を振る走法を会得していました。
無論、おばあさんに専門的なスポーツ理論の知識などあろうはずもなし。
強いストレス下に置かれた生存本能が自然とそうさせたのでしょう。
走るのに最適化されたフォームと潜在的な身体能力の開花。
二つの奇跡が避けられぬはずであった死の運命を老婆の背から引き離しました。
普段の腰の曲がったおばあさんからは考えられないような瞬発力で、巨大な桃はいつの間にやら遥か後ろに。やがて川沿いに転がる桃の進路から完全に抜けたと確信できたところで、おばあさんはようやく足を止めて一息吐いたのでありました。
ちなみに大きな桃はというとそのまま川下に向けてどんぶらこどんぶらこ……という擬音的表現が適切かはさておき、やがて海に出て海流に乗って流れに流れ、たまたま進路上にあった鬼ヶ島を圧し潰してなんやかんや都の人々は救われたのでありました。めでたし、めでたし。