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僕の夏休み

世間は春休み前ですが、夏休みのお話を投稿します。

 この世界に来て今日でちょうど30日だ。体感としてはもっと長く感じたが、こまめにつけていた日記にもそれ以上の日数は記されていなかった。


 あれは、ちょうど夏休みの初日だった。友達と海に行くバスで急な睡魔に襲われ、気付けば友達と一緒に見慣れないお城の中で見慣れない人々に囲まれていた。僕らは異世界に召喚されたのだった。


 異世界に召喚されて、色んな人と出会い、もとの世界ではできない体験をして、興奮し、感動し、笑った。反面、悲しいことも苦しいことも死を覚悟することもあった。


「うぉぉぉぉん! マリアさぁぁぁぁぁん! 今日でお別れなんてぇぇぇぇ! いやだぁぁぁぁぁ!」


 あっちで叫んでいるのはシュン。幼稚園のころからの親友だ。こちらでの職業はスカウト。もとから身軽で手先も器用だったためすぐに成長した。だが、中身はまだまだ子どもっぽく、マリアにベッタリだ。


「ちょっと、シュン! 見てて恥ずかしすぎるから今すぐ止めなさい! 燃やすわよ!」


 シュンを叱っているのは、ミサトだ。シュンと同様に幼稚園の頃からの友達だ。こちらでの職業は魔法使い。持ち前の好奇心と知性で魔法を次々と覚えていった。


「シュンさん、そんなに泣かないで。ミサトさんも抑えて抑えて」


 二人をなだめているのがマリアだ。マリアは異世界の住人であり召喚の巫女であり、凄腕の僧侶でもあった。怪我や状態異常、何でも治してくれた。また、年上のお姉さんで、落ち着きがあり、突っ走って暴走してしまいそうになる僕らをいつもなだめてくれていた。


「タケルもそんなところで日記つけてないで! さっさとこっちへ来なさい! ……もうすぐお別れなんだから」


 そして、今呼ばれたのが僕。名前はタケル。こちらでの職業は戦士だ。特に何か優れたものがあったわけではなかったが、戦士としてみんなの盾となって戦ってきた。


「うん、今いくよ」


 僕は日記を閉じて、皆のところへ行く。


「まったく! こんなときでもマイペースなんだから……」


 あきれた様子でミサトが言う。シュンは対称的に興奮した様子だった。


「そうだぞ! タケルもマリアさんに世話になったんだからもっと別れを惜しめ!!」



 今日は、異世界から元の世界への帰還の日だ。時計の針が0:00を指した時、僕らは自動的に元の世界へ戻る。そういう決まりになっている。


 異世界はいわゆる剣と魔法の世界で、魔族との戦いが繰り広げられていた。古代からの魔族との争いに終焉を告げるものは異世界から来るとの言い伝えがあり、転移魔法を行使したところ僕らが呼ばれたとのことだった。

 しかし、一つ誤算があった。それは、僕らがまだ子どもだったことだ。


 古代から受け継がれてきた勇者を呼び出す転移魔法は、無作為に適正のある異世界人を選んで呼び寄せるものだったが、一つだけ制約があった。


「年齢が12歳以下の子どもが転移させられた場合、30日経過で自動的に送り返されてしまう」


 異世界転移の魔法を作った古代の賢者たちがせめてもの良心としてつけた制約だそうだ。「勇者の適正があるとはいえ、未来を担う子どもたちを関係のない異世界の戦いに巻き込みたくない」という思いがあったと言い伝えが残っている。


 正直、僕らが転移させられたとき、異世界の人たちはがっかりした顔をしていた。仕方がないことだ、世界を救う勇者を呼び寄せたいのに、30日で帰ってしまう子どもが来たんじゃ、がっかりもする。


 そんなことで周囲の人たちはよそよそしい雰囲気を出していたが、召喚の巫女であるマリアは僕らをいつも気にかけていてくれた。


 この異世界のことを何でも教えてくれて、体験させてくれた。僕らが、異世界を冒険したいと言い出した時もはじめは反対をしていたが、説得の結果、マリア自身が同行することで許可をもらう手助けをしてくれた。



「タケルさん、シュンさん、ミサトさん、あなた方がこの世界に来てから今日で30日になります。こちらの都合で皆さんをこんな目にわせてしまい、申し訳ありませんでした」


 マリアが深々と頭を下げる。長い金髪が地面に着いて、汚れてしまわないか少しハラハラする。


「そんなぁぁぁ! 謝らないで下さい! マリアさぁん! 最高の30日間でした! 異世界を冒険できたし! マリアさんと出会えたし! 絶対に忘れません!」


「そうよ! 最高に楽しかったわ!……それにマリアが謝ることなんてないわ。私たち、ちゃんと元の世界に帰れるもの! 最高の思い出ができたわ!」


 シュンとミサトがそれぞれ声をかける。僕も頷いて同意する。


「ありがとうございます、みなさん」


 マリアが顔をあげる。顔は笑っているが、目は潤んでいた。


「もうすぐお別れです。せめて、最後の時は手を繋ぎませんか」


 マリアの言葉で輪になり手を繋ぐ。みんな見つめあって時を待つ。


 時計のすべての針が真上を指す。光が僕らを包む。目の前が真っ白になる刹那、マリアがまた「ごめんなさい」と言った気がした。





 しだいに光が収まる。身に付けているものも体の感覚も特に変わりない。


 変わったのはシュンもミサトもマリアもいないこと。それに加えて、1ヶ月ぶりに自分の部屋に帰ってきていたこと。

 電子時計を確認すると、0:00と表示されており、その傍らに「8月31日」と表示されていた。


 僕は夏休み最終日にこの世界へと帰還したのだった。


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