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序章

ネミミミミズです。普段はボカロ曲などを作っています。小説投稿は初めてです。


本「序章」はアニメ(1クール?+α)の内のだいたい2話分程度の内容のつもりです。


ストーリーの流れは完結済みなので、あとは文字に起こせば投稿できる状態です。(完結感が命と思っている派閥の者なので完結まで描くつもりですが、ペースはモチベ次第です…)(つまり、何らかリアクションがもらえると次が早く出てくるかもです!!!)



※さいごに挿絵があります。

◆◆◆◆


 フラマは俺の親友だ。

 ガキの頃からの付き合いだが、頭が良くて頼りになるんで、最近は漁のことや商売のこととかでいろいろよく相談に乗ってもらっている。俺が「天才!」と言うと決まってフラマは「努力してるだけさ。僕は天才なんかじゃない」と返してくる。たしかにいっつも読書や時計いじりをしていてあんまり外に出てこないが、フラマの能力はその努力の賜物なんだろう。そんなひきこもりのフラマだが、たまに行動の思い切りがいい時もあって驚かされる。まあ危なっかしいこともあるんで、見守っといてやらねえとな。

 フラマの家は時計屋で、爺ちゃんのガラドムさんはロンディアで一番の時計職人だ。といっても俺はフラマんとこ以外に時計屋は知らないんだけどな。それでもガラドムさんの腕はどうやら確からしい。時計ってのは実はしょっちゅう修理や調整が要るモノらしいんだが、爺ちゃんの作った時計が壊れたなんて話はほとんど聞いたことがない。フラマは、「爺さんは馬鹿だよ。商売を何もわかっちゃいない。誰も修理にもって来ないからお客さんが来やしない。それなのに毎回妥協を許さず最高の時計を仕上げてしまうんだ」と呆れつつも、そんな爺ちゃんを誇りに思っているようだった。そもそもこの島の人間はだいぶ時間に無頓着にのんびり暮らしていて、懐中時計を買っても家に置きっぱなんて人もしばしばいるぐらいなんだが、フラマの家は大丈夫なんだろうか。

 フラマには両親がいない。ずいぶん前にただなんとなくで訊いてみたことがあるが、フラマも両親については何も覚えていないらしい。家には写真が何枚かあって、赤ん坊のフラマを抱いている写真もあるのだそうだが、見ても特にピンとこないという。それっきりあんまり気にしたことはないが、友達ってまあそんなもんじゃあないか?

 そんなわけでフラマは爺ちゃんと二人暮らしだ。あのデカい家に男二人きりだと家事とかいろいろ大変そうだ。二人とも流石にメシは作ってるし、ごちそうになったこともあるんだが、その、まあ、どっちも不味くはないんだが……なんというか、素朴だ。フラマの方は本とか読んで研究はしてるみたいなんだがなあ。残念ながら爺ちゃんよりちょっとマシな程度だ。

 …ってことで、よくウチのメシをおすそわけしてやってて、今もちょうどフラマを誘いにいくところだ。



◇◇◇◇


 カルソーは僕の親友で、いつも僕を連れ出してくれる。そんな存在だ。

 僕はそんなに体が丈夫でなく、外で遊ぶより家で本を読んでいるのが好きだった。爺さんの時計が売れてた頃はだいぶ余裕があったようで、うちの家は工房付きで無駄に広く、無駄にモノが多い。おかげで書斎には一生かかっても読み終わらなさそうな数の本が積んであるので、退屈することはなかった。

 カルソーと出会った時も、ちょうど本を読んでいた気がする。たしか天気がいい日だったので窓を開けていたところを見つかって、かくれんぼに連れ出されたのだ。普段ならそんな誘いには乗らない、というかそのような誘いを受けたこともほとんどないが、勉強で理解が行き詰まっていたこともあってその日は気まぐれでついていった。外での遊びは思ったより楽しめた。近所の子どもたちにどう思われるのだろうという心配はあったが、最年長のカルソーの紹介ということもあってかみんなやさしくてすんなり仲間にいれてくれた。それ以降、カルソーが声をかけてきて気が向いた時には外でも遊ぶようになった。

 今日も実に天気がいい。どうせ今日もお客は来ないだろうし、書斎で勉強をしていた。昼過ぎの陽を贅沢に浴びて、窓の外を蝶がひらひらと飛んでいる。さわやかな風を感じながら本を読んでいると、いつものでかい声が飛び込んできた。


 「おーーーい! フラマーーー!」


 「今行くよー」


 せっかくののどかな時間が台無しだ。でも、このうるささは嫌いじゃない。むしろちょっぴり心地いいとさえ感じなくもないが、そんなことを言ったらあいつは調子に乗るだろうな。僕は読書を中断してカルソーを出迎えた。


 「やあ。街からの帰りかい? 今日の漁の調子は?」


 「それがよお~、こんないい天気なんで意気揚々と海へ繰り出したってのにスグミ一匹釣れやしねえの。網の方も見てみたがアメダイもニゴも小さいのばかりで、ほとんど売り物にならなかった」


 カルソーの家は代々船乗りの家系だ。成人してからようやく親父さんから自由にしていい船を一艘もらって、一人で漁に出られるようになったそうで、それからは自分で獲った魚を街へよく売りに行っている。その道中でうちの前を通るのだ。


 「へぇ。嵐でも来るのかな」


 「そうか? こんなに晴れてんのに」


 「天気というのはどう変化するのか全然予測がつかないものらしいし、その可能性もないとは言い切れないだろうさ」


 「ほーん、まあいいや。で、この売れ残っちまった魚なんだけどよ。どうせだし一緒に食べちまわねえか? 爺ちゃんも一緒にさ」


 「いいのかい? 助かるよ。ああ、でも爺さんは今寝ているよ」


 ほんとうに、爺さんは寝ている時間が増えたように思う。そのせいで僕が家事をやることがますます多くなった。まあ時計を見せにいったらちゃんと相手をしてくれるしいいのだけれど。


 「そうか。それならフラマだけでもウチに来て一緒にどうだ?母ちゃんもきっと喜ぶぞ。爺ちゃんの分は後でもって帰ればいいしさ」


 「じゃあ、お言葉に甘えようか。ネールさんの料理は絶品だしね」



 爺さんに書き置きを残して、僕らはカルソーの家へと向かった。



◇◇◇◇


 ネールさんがルンルンでスープを作ってカルソーが魚を捌くなどを手伝っている間、僕はライドウさんの飲みに付き合っていた。

 ライドウさんと喋るのはやっぱりまだ緊張してしまう。カルソーもがっしりとしていい体つきだが父のライドウさんはさらに一回り大きく、筋肉量も半端ない。もう毎日は海に出ていないそうだが、まさに海の男といった貫禄で迫力がある。酔いがまわって上機嫌なのか、今日は少しばかり饒舌だ。


 「おい坊主、前に俺の船をカルソーと勝手に乗り回して傷をつけたことがあったろ」


 …よく覚えている。カルソーに無理やり連れ出された時だ。なかなか一人で漁に行かせてもらえないでムシャクシャしていたようで、爺さんになかなか一人前と認めてもらえない僕にもその気持ちはわかったので渋々付き合った。カルソーは「今になってみるとそんなことして何になるんだとも思うが、あん時は一緒に笑いあってめちゃめちゃ楽しかったな」なんてよく笑い話にしている。僕にとってはだいぶスリリングな体験だったが、正直僕も楽しかった。


 「あの時坊主がカルソーに無理を言って船を出させたっつってたが、ありゃあ嘘だろう?」


 「…気づいてたんですか?」


 「ハハハ! そらそうよ」


 「でも、じゃあどうして…?」


 「そうさなあ、俺は最初っからカルソーの仕業だと踏んでたんだが、急にお前さんが前に出てくるもんでよ。そんな度胸があるたぁ思わなかったよ。なんせ自分で言うのもアレだが、俺は"鬼のライドウ"だったからな」


 ライドウさんは子どものイタズラにも容赦はしないと、近所では恐れられていたものだった。


 「まあ、ウチのバカ息子にはあとでたっぷり説教してやったよ」


 「なんだ、じゃあ僕がかばったのはあんまり意味がなかったじゃないですか」


 「いいや。坊主に免じてぶん殴るのはやめといてやったぞ? ガハハハ!」


 父親は力強く笑う。その声が聞こえてか、台所からカルソーが顔を出した。


 「お? 父ちゃんがフラマと歓談とは珍しいな。いったい何の話だ?」


 「うるせえうるせえ! なんでもねえ。帰れ帰れ魚を捌けい!」


 気恥ずかしそうに笑いながら息子を追い返すと、また穏やかな表情で語りだした。


 「あん時は、うちの息子にも大切に思ってくれるようなダチがいるってわかって、嬉しかったんかなあ。カルソーも、お前がそこまでしてくれるとは思ってなかったようで、驚いてはいたが喜んでる風だったよ。まあ、その、なんだ。これからも息子をよろしくな」


 「……ええ、こちらこそ」


 お互い照れ臭い雰囲気になっていたところで、晩御飯が出来上がったのでみんなで食卓を囲んだ。

 お母さん特製ニゴのスープは感動的な美味しさだった。小さくて食べるところがなさそうだった魚も、出汁をとったらこんなに旨味が出るのか。僕の料理にはこういう発想の柔軟さが足りないのだろう。参考にしよう。カルソーの方も流石漁師なだけあって手際がいいものだ。あのワザを盗みたい。


 食事を終えてゆっくりしていると、外からガタッと何かが倒れるような音が聞こえてきた。



◆◆◆◆


 「ん? ちょっと見てくるわ」


 外の様子を確認しに表へ出てみると、さっきまでの澄んだ空にどんよりと雲がかかっていて、時折強い風が吹いていた。どうやらさっきの音はこの風のせいらしい。


 「嘘だろ…? おい、ほんとうに嵐が来そうだぞ! フラマの言うとおりだ。すげえな」


 「…僕も本気じゃあなかったんだけどなあ…」


フラマも唖然としていた。


 「おっと、マズい。小舟の方を桟橋につないだままだ。引き上げとかないと流されちまうかもな… 親父、ちょっと行ってくる!」


 「僕も手伝うよ」


 「おう、助かる」



 海沿いをたどって小舟を泊めた桟橋へと向かう。既に波が少し高い。自然の恐ろしさについては家族代々語り継がれていて、父さんにも「こうなっちまうと海はもう人の手には負えない。そもそも人間が自然をどうこうしようってのが間違いなんだ」とよく言い聞かされてきた。そのことは重々わかっているつもりではあるんだが、反面、大きな力を目の当たりにしてワクワクしてしまう気持ちもあるのはちょっぴり子どもっぽいだろうか。


 「着いたぞ。あれだ」


 小舟はまだ流されていないようだが、波を受けて大きく揺れている。今にも海に持っていかれてしまいそうだ。


 「急いで引き上げるぞ! …ん?」


 目に飛び込んできた光景は予想だにしないものであるはずなのに、何故かそれをすんなりと受け入れることができた。似たようなことが前にもあったのか? わからない。


 小舟の中には少女が目を閉じ横たわっていた。知ってる顔じゃあない。歳はフラマより少し下ぐらいか。変てこな服みたいな布はビリビリに破けて、透き通った白い肌が露になっている。というかほぼ何も纏っていないに等しい。長い髪は濡れてかがやいている。その姿はどこか心に訴えかけてくるような美しさがあって目を逸らせない。


 「おい、カルソー」


 「…! すまん。見蕩れちまってた。この女の子は…?」


 「いや、よく見ろ」


 フラマの方は俺より冷静に観察していたようだ。フラマの指差した先を見ると、少女は脇腹に深い傷を負っているようだった。まわりの皮膚は焦げたように黒くなっている。問題はその傷の内側だった。


 「…! 歯車!?」


 傷には血の痕がなく、その代わりに無数の歯車や管のようなものが覗いている。


 「これはおそらく…人形…?か何かだ」


 「マジか…」


 どっからどう見ても普通の人間にしか見えない。この傷がなかったらそんなことは露とも思わなかっただろう。


 とりあえず二人で小舟を波の届かないところまで引き上げた。

 人形の少女を抱えあげようとするとフラマが口を出してきた。


 「おい、カルソー。どうするつもりだい?」


 「たしかに人形かもしれねえが、なんだかほっとけねえよ」


 「君ならそう言うと思ったけど…」


 フラマが近づいてくると、突然少女が軋むような音を立てて体を捩らせ目を見開き、かすれた声のような音を発した。


 「ぅうっ…………い………さ…………やっと……………」


 そして、次の瞬間にはガクッとまた動かなくなってしまった。


 「今のは…!? コイツ、勝手に動けるのか? しかも何か喋ったぞ?」


 「どうやら、そのようだね…」


 「おい、フラマ。この傷、治してやれねえか? 人形にこんなことを言うのは変かもしれねえが、さっきの姿はひどく苦しそうに見えたんだ」


 「たしかにそうだったけれど…僕がかい?」


 「時計だって歯車で動いてるだろ?」


 「それはそうだが… うーん… こんなものは見たことがない。でも、あるいは爺さんなら… …わかった。うちへ連れていこう」


 そう言うとフラマは上着を脱いで人形の少女に被せた。


 「ありがとうな!」


 「まあ、この子の動く仕組みにも興味があるしね。運ぶのは君にまかせてもいいかい?」


 「合点だ!」


 俺は小舟の中から少女を抱え上げた。重さは普通のヒト並みのもので、すんなり持ち上がった。

 今にも雨の降りだしそうな中、俺達はさっき来た道を引き返していった。



◇◇◇◇


 家に着くと爺さんは流石に目を覚ましていた。事情を説明すると、


 「フム。作業台に…いや、空いている部屋が一つあったろう。そこのベッドへ運んでおけ」


 と言うと自分は機材の準備を始めた。驚くほどすんなり引き受けてくれたものだ。


 僕らは言われた通りに人形の少女を運び、機材を持ち込むのも手伝った。空き部屋は全く使っていなくて僕も存在を忘れかけていたが、たしかに時計用の作業台の上よりベッドの方が広く使えて今回の場合には適しているだろう。


 「カルソー、君はもう帰ったほうがいい」


 「でも…」


 「君がここに居ても出来ることはもうない。それにご両親も心配しているだろうし」


 「…わかった」


 「あと、人形のことは親に喋っちゃいけないよ」


 「どうしてだ?」


 「こんなものがあるって知れたら、街中が大騒ぎになるだろう。そもそも、これが島の中のものだと思うかい?」


 「…了解。黙っておく」


 「頼んだよ。明日になったらまた来てくれ」


 「おうよ!」



 カルソーを家に帰して、僕と爺さんは修理を始めた。といっても、再び傷口を覗き込んでみてもどういう仕組みで動いているのかは全然わかりそうにない。とりあえず体の中でバラバラになっていた歯車や部品がとっ散らかっていたのでは何もできないので、他の部分を傷つけないように注意しつつ全て取り出してはみたものの、だいぶ骨が折れて夜も更けてしまった。


 「爺さん、ここからどうしようか?」


 爺さんの方を向いて、僕は驚いた。こんなに生き生きとした爺さんを見るのはいつぶりだろうか。真剣な顔つきで数十歳ほど若返ったように見える。手元もまったくブレがない。ギラリと光る両の眼には橙の光が宿っていた。そうだ。僕の憧れる爺さんの姿が、そこにあった。


 「フラマ、お前はもう寝ろ。ここからはワシの仕事じゃ」


 「なんで。僕も見ていたいよ」


 「久々の大仕事じゃ。一人で集中したい」


 「でも…」


 「邪魔だ、と言っとるのだが?」


 「…わかったよ」


 「すまんのう」


 老人はにやつく。


 「この子は治せそう?」


 「フフフ。それはちとわからんが…ワシを誰だと思うとる?」


 「…よろしく。頑張ってね、爺さん」


 こうなってしまうと爺さんには口を出せない。僕は渋々自分の寝室へと向かった。

 悔しい。僕はまだ爺さんのいるところには到達できそうもない。努力を続けていればいつかはそのレベルに達するのだろうか。正直自信が持てない。自己鍛練で自分の能力を上げるのは好きだ。好きだが、もちろんそれは楽しいだけではない。いったいどれぐらい努力を続ければよいのだろうか。

いろいろあって疲れていたこともあってか、そんなことを考えているうちに知らぬ間に眠りに落ちていた。



◇◆◇◆


 視線の導く通りに細かい歯車を外し、嵌めていく。老いぼれた指も、まだなんとか意識についてこられるようだ。フラマには申し訳ないことをしたか。だが、久しぶりのこの瞬間を独り占めしてたっぷり味わいたかったのだ。


 「これは…!? なるほど… フンッ、おもしろい…!」


 …やることを全て終えた頃には、気づけば日がすっかり昇っていた。満足感に浸っていると外から声が聞こえてきた。



◇◇◇◇


 「おーーい! フラマー!」


 でかい声が聞こえて起こされた。目覚ましにするには少々うるさい声だな。夜遅くまで起きていたせいか、だいぶ遅くまで寝ていたようだ。


 「すまなーい! 今起きた」


 起き上がって部屋を出て、カルソーを迎え入れると、爺さんも廊下に出てきた。少々ふらついている。ずっと起きていたのだろうか。疲れた顔をしているがとても満ち足りた風だ。


 「人形は治した。久々に楽しい仕事じゃったよ。ワシはこれから寝る。しばらく起こすな」


 「すげえや!」


 「…まったく、爺さんにはかなわないな。お疲れ様。動く仕組みはわかったの?」


 「そっちはさっぱりじゃ。だがまあ、傷は治った。今は部屋におるが、じき目覚めるだろうよ」


 「…そうか。ありがとう」


 爺さんは寝室へと消えていった。



 カルソーと共に少女のいる部屋へ向かった。部屋には機材がそのまま残っていたので二人で片付けた。少女の方は…眠っている…のだろうか。傷の中身のパーツは昨日と違ってバッチリ嵌まっていて、しかも動いている。さすが僕の爺さんだ。


 「ガラドムのじいちゃん、すげえな」


 「ああ。ほんとうに、たいした人だよ」


 「で、コイツは寝てるわけか?人形ってのはどうやったら起きるんだ?」


 「…さあ。普通の女の子を起こすみたいにすればいいんじゃないかな」


 「ってもなあ。女の子を起こしたことなんかねえけどよ」


 そう言いながらカルソーが部屋のカーテンを開けた時だった。

 少女が突然目を見開き、その瞳から眩い光が放たれ、天井に像を作った。


 「…!?」


 カルソーにカーテンを閉めさせるとその像はくっきり鮮明になった。

 天井には写真のようにいろいろな風景が切り替わりながら映し出されている。それらはどれも見たことがあるようで違和感がある。そんな感じだった。


 「…これは…俺らの街か?」


 …そうだ。煉瓦の家、市場、海辺、大通り。どれも馴染んだロンディアの景色のはずだ。しかし、そこに人は一人もいなかった。ただ写っていないということではない。どこにも人が暮らしている気配がないのである。心なしか空気が灰色を帯び、どうしようもなく寂しい雰囲気が漂っているようにも見える。


 最後に少女の口から無機質な声で不気味な一言が発せられた。


 「いずれ、終わりはやってくる……ゆるやかに、だが確実に」


 そして少女の瞳は閉じられ、ビクリと身体が痙攣したかと思うとひたと動かなくなった。



 「ありゃ? また壊れちまったのか?」


 「…そんなわけはない。爺さんができたと言ったら、その仕事は完璧のはずだ」


 …何だったんだ? 今のは。得体の知れないモノを腹の底に落とされたような感じがした。


 「…カルソー、もう一度カーテンを開けてみてくれ」


 「お、おう」


 再び部屋に陽の光が差し込む。ダメ元での指示だったが、正解だったようだ。機械人形は再び起動した。


 「…ここは…あなた達は…」


 …様子がおかしい。さっきとはまるで別人のような普通の女の子の声だ。抑揚はあまりないが、不気味さが消えている。


 「ねえ、さっき見せた風景はなんだい? それに最後の言葉は」


 「さっき……? ……記録領域に大規模なデータ破損を確認。修復に移行……実行中……実行中……修復不可能」


 「なんだなんだ?いったいどういうことだ?」


 「よくわからないが…おそらく、記憶がないということだろう」


 「んなバカな。ついさっきのことだぞ?」


 「どうやら人形に僕達の常識は通用しないみたいだ。まあ、ひとまずコミュニケーションはとれるようになったみたいだね」



 会話ができるようになった少女に、僕らは質問を浴びせかけた。カルソーが名前なんかをきいていたが、ちゃんとエリダという名前があるらしい。でも、それ以外にはほとんど記憶がなく、どこから来たか、目的は何なのか、などもわからないという。話しぶりはしっかりとしていて、たまに難しい言葉も使ってくる。修理したことについての感謝の言葉もあった。でも、記憶を無くしているせいかあどけなさもあって、小さな子どもと話しているような気分だ。

 日光を当てたら動いたことについてはあっさり教えてくれた。彼女は日光を電気に変換することでエネルギー源としているらしい。とんでもない技術だ。さらには食事によってもエネルギーを補給できるというのだから、もう考えるのを放棄したくなる。

 もう一つ。話を聞いてはっきりしたことがある。


 「間違いない。この子は島の外から来ている」


 …海の向こう側…考えたこともなかった。僕にとってはこの家と、街と、カルソーの家が世界のすべてだったのだ。


 「《偽りの水平線》…」


 カルソーがおもむろに呟いた。


 「…何だい? それは」


 「親父に聞いたことがあるんだ。どこまでも続いてるように見える海だが、ずっと遠くに見えてる水平線に向かってひたすら進んでいくと、やがて"果て"にぶつかるって。そこはおそろしく海が荒れていて、まさに昨日の嵐みたいな状態がずっと続いてるんだとか。ウチのひいひい爺ちゃんぐらいだったかがそこで命を落としたらしくって、それ以来近づいた者はいないそうだ。でも…まさかそこを越えてきたってのか?」


 「…そう考えるしかないだろう。こんな技術はロンディアには存在しない。きっと海の向こうにこの子を作った何者かがいるはずだ」


 「だとしたら会ってみてえもんだな。向こうの世界ってのも気になるしよ」



 「フラマ、カルソー、」


 ふとエリダがベッドから立ち上がった。…と、昨日から彼女を覆っていた僕のジャケットが床に落ちる。


 「…………服を用意した方がよさそうだね」


 「…そうだな……。なんかねえのか?」


 「うちに女物の服なんか………」


 ………あった。いや、いくら物が多いとはいえこんな服まであるとは…しかもなかなかいい状態だ。これはかつての母親のものなのだろうか…

 とりあえず白のワンピースを着せてやった。…結構似合っているじゃないか。それにしても、この少女を見て人形だと見抜けるような人はまずいないだろう。


 「で、さっき僕達に何か言いかけてたようだけど…?」


 「…お腹がへらない?」


 「ハッハッハ、そうするか」



◆◆◆◆


 サッと簡単なものをこさえてメシにすることにした。ガラドムさんの方はノックをしたが返事はなかった。徹夜だったそうだし、まだ寝ているのだろう。


 人形だから表情がないのかと思ってたが、パンを頬張るエリダからは笑みが漏れているように見えた。かわいらしいもんだ。


 「うまいか?」


 「ん。んまい」


 「そうかそうか、よかったな」


 フラマはまたまた呆れている感じだ。無理もない。



 夜になっても爺ちゃんが起きてこないもんで、フラマが様子を見に行った。


 「爺さん…? 起きてよ! …起きてくれっ!」


 悲痛な声が聞こえた。寝室へ飛んでいくと、フラマが血相を変えて爺さんの体を揺すっている。目には涙を浮かべていた。


 「脈がないんだ…呼吸もしてない…」


 ガラドムさんは眠ったように死んでいた。ぴくりとも動かないその顔は、今朝の満足げな様子のままだ。


 「徹夜で無理させちまったのがいけなかったかな…」


 そういえば昨日のメシも持ってくるのを忘れてしまっていた。


 「…お?」


 昨日書き置きをしておいたメモの裏に、何やら走り書きがしてあるのを見つけた。フラマに渡してみる。


 「爺さんの字だ…」


 それは手紙のようだった。



 〈もう終わりがくるようだ。老いぼれのくせに無理をしすぎたか。でも、最後にあんなおもしろいモノを触れて満足だ。

 葬式なんかしなくていいし、誰にも伝えないでくれ。庭にでも埋めてくれると嬉しい。


 フラマ、いつもありがとう。そしてすまなかった。お前の憧れに応えてやりたかったが、自分の技術は勘頼みなところが多く、言葉にできなかったのだ。「見て盗め」などとカッコつけたことを言っていたが、それは教え手としては怠惰に過ぎない。ずっとそこを謝りたかった。


 カルソー、フラマをよろしく。〉



 「…ガラドムさん…でも、大仕事ができたのは幸せだったのかもな。こんなにいい顔をしている」


 「そんなのどうだっていいよっ…! 爺さん…こんなっ…僕はまだ一人前にもなれていないんだ…!」


 泣いているフラマは、なんだか子どもっぽく見えた。まあ当たり前か。ずっと二人だったんだ。しかも憧れの存在だ。さっきの言い方はよくなかったかもしれない。


 「…クソっ…あんな人形さえ来なければ…! こんなことには…」


 「おいフラマ! やめろ。エリダは悪くないだろ」


 「………すまない、その通りだ。…………少し一人にしてほしい」


 「いや…俺もごめんな。……今日はもう帰るよ。明日は、お別れをするのを手伝う」


 「…ああ。ありがとう。たのむよ…」


 部屋を出ると、様子を見にきたのかエリダがきょとんとした顔で立っていた。


 「しばらくそっとしておいてやれ」


 エリダを部屋に帰し、俺も家をあとにした。



◇◇◇◇


 その夜はずっと爺さんの部屋にいた。

 頭に浮かぶのは、昼に聞いた不気味な言葉だ。

 「いずれ、終わりはやってくる」

 …誰もいなくなった街……いつかこの島はああなるっていうのか?爺さんの死も、その"終わり"のはじまりなのだろうか?


 嫌だ。


 ずっと続いていくと思っていた平和な暮らしを、この島の風景を、そして大好きな親友を、僕は失いたくない。いつまでも。永遠に。


 僕は決心した。


 僕の中で、歯車が回り始めた。



◆◆◆◆


 翌朝、フラマの家の裏庭に穴を掘ってガラドムさんを埋めてやった。陽のよく当たるきれいな場所だ。花屋で買ってきたキビシャゲの花束を供えた。時間きっかりに花が開くってんでお気に入りの花だったらしい。

 昨日は取り乱していたフラマだったが今日は落ち着いている。



 埋葬が済むと、フラマが話しかけてきた。


 「カルソー、頼みがある」


 真剣な表情だ。


 「昨日エリダが見せた景色、あれはこの島の未来なんだと僕は思う」


 「なんだと?」


 「僕らの楽しい暮らしも、この島の人々も、やがては終わりを迎えてしまうんだ。僕はそれが怖い。嫌だ」


 「……そうだな」


 昨日の不気味な光景を思い出す。あの時感じたのは恐怖だったのか。素直な気持ちをぶつけてきたフラマに、俺は共感する。


 「だから絶対に回避したい。この時間を…、君との日々を、もう失いたくない。そのためならなんだってするつもりだ。……僕は外の世界へ出ようと思う」


 「……!」


 あのフラマが。自分から未知の世界に出ようと言っている。それほどまでに俺を大切に思ってくれた上での、覚悟に満ちた言葉だった。


 「外の世界には、エリダを作った技術がある。"終わり"を回避する方法が見つかるかもしれない。あるいは、みんながずっと平和に暮らせる場所があるかもしれない。…………わかってる。これは僕の願望に過ぎない。でも、何もしないでこのまま終わりなんて嫌なんだ。

 でも、僕一人じゃ無理だ。そもそも《偽りの水平線》さえ越えられやしない。………我が儘なのは承知の上だが、カルソー。僕と一緒に来てくれないかい?」


 「……お前にそうまで言われて、俺が断るようなヤツだと思うか? いいよ。どこまでも付き合ってやる」


 「ほんとうかい!? …それと、このことは他の人には伝えたくないんだ。怖がらせたくないから… でも、ご両親に心配をかけてしまうことになる…」


 「いいよ。みんなのためだろ? まあウチの父ちゃん母ちゃんは俺がしばらくいなくっても全然やっていけるさ」


 「…すまない。ありがとう…」


 「おうよ。それに、向こうの世界がどんななのか、俺も気になるしな」



 「フラマ、カルソー、私も同行させてほしい」


 いつから来ていたのか、エリダが名乗りをあげてきた。


 「みんな、助けてくれた。お礼をしたい。私は役に立つ」


 「おう、なんだ? 頼もしいな。いいよな、フラマ?」


 「…まあ、置いていくわけにもいかないしね」



◇◇◇◇


 数日かけて、僕らは出発の準備をした。街でカバンや服や保存のきく食糧などを買い集めた。いったい何があるといいものかわからないが、船旅なのでそう多く用意したところで無駄になる。

 船はライドウさんの持つ帆掛け船の一つを使うことになった。三人と荷物が乗るには申し分ないサイズだ。また無断で船を持ち出してしまうことになるが…



 旅立ちの日の夜明け前、爺さんの墓に声をかける。


 「これ、覚えているかな? 爺さんと一緒に初めて作った懐中時計だよ。爺さんこれ、完成した後で勝手に仕上げの調整をしたでしょ? まったく、余計なことしてさ…全然手入れがいらないんだ。今では形見になっちゃったよ… でも、僕の一番お気に入りの時計さ。外の世界にも持っていこうと思う。

 ………じゃあ、行ってくるね」



 カルソーが迎えに来て、三人で荷物を持って船のもとへ向かった。結構な重さの荷物だが、エリダは表情一つ変えずにその細い腕で軽々と持ち上げている。…そもそも人形が表情を変えるというのが普通ありえないか。


 船に荷物を積み込むと、日が昇ってきた。いよいよ出発だ。


 「さあ、行こうぜ。果て無き海の果て、《偽りの水平線》の向こうの世界へ! ……なんてな」


 …まったく。じつは冒険する気マンマンじゃあないか。エリダの方は…既に船の中でくつろいでいる。僕は苦笑した。



 カルソーはいつも僕を連れ出してくれる存在だった。

 今日はそいつと共にこの島を出ていく。人形の少女も一緒だ。

 未知の世界への不安は尽きない。でも、足掻くしかない。"終わり"から逃れるために。希望を見つけ出すんだ。


 「ああ、行こうか」


 「おう!」



 僕達の旅が、はじまった。

挿絵(By みてみん)

挿絵:E-Noteさん

https://www.pixiv.net/artworks/77444587

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