陛下との謁見
長くなってしまいすみません。流し読み程度で問題ないと思います。
7/24文体があまりに変わっていたので諸々修正しています。今後も修正するかもしれません。
昨日の、クラウスさんの様子から、彼は周囲の人々に私とあまり仲が良いと思われたく無さそうだということがわかってしまった。
これ以上私と仲良くなりたくなさそうだということも推測される。
けれど、私の立場としては安易に納得できるわけではなかった。
なぜならば、クラウスさんのことはこの世界での私の救世主兼救いの神に勝手に任命しているからだ。
そう易々とこの関係性を手放したくはないし、今はまだ…手放せるわけでもない。
当然ながら、クラウスさんにもう近付くなと直接言われたならば、それはもうどうしようもない。その時は諦めるつもりではいるが、今はまだ彼から何かを言われたわけではない。
それなら、次に私が考えること。
それは、身勝手でわがままな私と救いの神である彼の希望の妥協点を探すこと。
私としては、彼との関係性について、個人的、私的、プライベートというものを出来る限り排除しつつ、最大限彼との関わりを持てるようにしたい。
つまり、「ビジネスライク」しかないという結論に至った。
が、当初予定していた奴隷というのは、あまりにも彼に近すぎる。彼の自宅で働くことになるだろうから、プライベートの関わりも出来やすい。いや、普通ならできないのかもしれないが、私が多分会いに行ってしまうし、クラウスさんは優しいからそれを断らない、かもしれない…。
出来ることならずっとそばに居たいが、彼が望んで無さそうなことを無理矢理押し付けるのは、正直嫌われそうで怖い。
そもそも、今の私が受けているこの待遇を見るに、奴隷だなんてまず無理そうだ。
「面をあげよ」
頭の中は別のことでフル回転していたが、現在の私の状況はといえば、この国の王様との謁見という恐らく重要なイベントの真っ只中だった。
ふっかふかの絨毯の上で跪き項べを垂れていた私は、王様に促されるまま顔を上げる。ふくよかな体型で豊かな顎髭を蓄え頭に黄金の冠を被ったまさに王様、という見た目の男が数段高い位置にある玉座から私を見下ろしていた。
「ワシはこのマルフェス王国国王のサルバルだ。雨宮殿、そなたの来訪を我が国は心から歓迎する。末長く我が国に滞在しておくれ」
「陛下の寛大なる御心に感謝します」
「そのようにかしこまらなくとも良い。そなたは異世界からの客人だ。そなたの願いは出来る限り叶えてやりたいと思うておる」
柔らかな笑顔を浮かべて見せたサルバル陛下に私はここが正念場だと理解する。国王自ら欲しいものをくれるというのだ、遠慮なくもらっておくべきだろう。
「では、陛下、私をマルフェス王立騎士団第三部隊に入隊させて頂きたいのです」
「それは、構わぬが。騎士団に入りたいとは、そなた騎士になりたいのか?」
サルバル陛下から何の躊躇いもなく許可されたので私はホッと安堵した。これで、クラウスさんと職場を共にすることができるだろう。クラウスさんが今内心どう思ってるか、非常に気がかりではあるけれど、相談する暇なんてなかったし、もし迷惑だと言われたら辞めればいいだけだ。
……ん?
王様が続けて何事か言ってる。私が騎士になりたいのか、と。そんな馬鹿なことあるわけ…って、そうでもないのか。騎士団なのだから、騎士じゃなきゃ入隊は無理なのかもしれない。
いや、流石にそんなことはないだろう。騎士じゃなくても事務方とか、雑用係とかはいるはずだ。
「いえ、そうではなく、先日助けて頂いた騎士の皆様のお役に立ちたく、雑用係とかでも良いので…」
「おお!なんと高潔な心がけじゃ。しかし、雑用係とな?うーむ、そのようなことを雨宮殿にさせるわけにはいかぬな。そもそもそなたは働く必要などないぞ。欲しいものがあればワシや宰相が用意しよう」
違う。そうじゃなくて。
サルバル陛下、私はクラウスさんのそばに居たいだけ。その為の大義名分として騎士団に入れてほしいだけ。
しかし、それをそのまま言うわけにはいかない。この場にはクラウスさんを筆頭にこの国の貴族もたくさん集まっている。絶対に、クラウスさんへの個人的な感情からこんなことを言っているだなんて、悟られてはならない。クラウスさんの嫌がることは極力したくない。
あぁ、困った。
これだけでは、私がクラウスさんの騎士隊に入りたい理由が非常に弱くなる。奴隷商人から助けてくれたから、だけじゃ何で騎士隊で働きたいのかという理由には少し欠ける。しかも、誰かを救う騎士としてじゃなくて、雑用係希望だし…。
どうしたものか…。
途方に暮れかけた私の背に、突如凛とした声が響いた。私は王様の御前であることも忘れて声のした方向を振り向く。そこには臣下の礼を取るクラウスさんが居た。クラウスさんの周囲だけ人が少ないため、遠くからでもすぐにわかった。
「陛下、発言をお許しいただけますでしょうか?」
「ん?うむ、ユーネル公爵か、どうした?」
「雨宮殿をこの王都までお連れする際に馬車内に同乗し護衛していた女性騎士より、先の事件にて雨宮殿が我が部隊に恩義を感じてくださっており、さらに雨宮殿本人がその恩義に報いたいと仰られていたと報告を受けております。何より、雨宮殿の意思は尊重すべきもののはず。恐れながら、先程の雨宮殿の申し出を受けるにはそれだけでも充分な理由かと存じます。また、陛下から私が隊長としてお預かりしている王立騎士団第三部隊において、現在隊長補佐の任が空席の為、もし雨宮殿が入隊された際には、私の補佐役として内地にて書類仕事等をお任せすることになるかと。もちろん無理のない範囲で雨宮殿の負担にならぬよう調節致します。隊長補佐となれば身分も保障されますし、現場にお連れすることはないため危険は限りなく少ないかと」
凛としてハキハキと話すクラウスさんに思わず見惚れてしまう。その麗しい容姿と騎士らしく真面目な性格の彼に私はもうたぶん、恋をしてしまった。
彼のそばにいたい理由が、明確に増えてしまった。
自覚したというのとは少し違う。もうずっと前からわかっていてあえて言葉にしていなかっただけ。逃れようもなく、きっと叶う見込みは低いだろうが、それでも、彼に好きになってもらえたらと、夢を見てしまう。
そんな馬鹿みたいなことを考えていた私は、クラウスさんの話す内容に驚いた。そんなこと、ルベラや他の騎士に言った覚えはない。そもそもクラウスさんとおんなじ職場で働きたいって思ったのも昨日だ。
クラウスさんの発言後、シーンと耳に痛いくらいの静寂が場を支配していた。何故か誰一人として口を開かず、身動ぎもしない。ただ一人王様の近くに立っていたマクスベル宰相だけが口元を抑えて僅かに肩を震わせていた。どうやら笑いを噛み殺しているらしい。
「うむ、そうじゃな。ユーネル公爵の言う通りじゃ。雨宮殿の意志を尊重し、我がマルフェス王立騎士団第三部隊への入隊を許可しよう。ユーネル公爵、くれぐれも雨宮殿が怪我などすることがないよう配慮せよ」
「御意。我が愚考をお聞き届けくださり感謝致します。この身に替えても必ず雨宮殿をお守り致します」
「うむ。ユーネル公爵なら安心じゃ」
柔らかく笑った王様は大きく頷き、改めて私にマルフェス王立騎士団第三部隊への入隊を認めることを告げた。希望通りに話がまとまって安堵する。
それにしても意外だ。クラウスさんが私の入隊の希望を王様に嘘をついてまで後押ししてくれたことが。しかも、隊長補佐とか言う、かなりクラウスさんに近い役職を自ら提案してくれるなんて。
私が困っていたから、助け舟を出してくれた。それはもちろん飛び跳ねたくなるほど嬉しいのに、その理由が見えなくてほんの少し複雑な気持ちにもなってしまう。
その後、王様との謁見はつつがなく進行した。私の住居は、とりあえず王城の一室を借りることになった。これは王様の強い要望であり、特に拒否する理由もなかったので頷いた。家賃はゼロで、三食ご飯付き、掃除も洗濯もしてくれて、断る理由は見つからない。最後に、王様から今日夕食を共にしたいと言われそれにも頷いた。そこで、謁見は終了した。
王様が退出した後、私も謁見の間を後にする。本当は今すぐにでもクラウスさんに駆け寄って色々と話を聞きたかったが、こんな公衆の面前ではそうもいかない。部屋に戻って、メイドさん達にこれからもここでお世話になること、今後マルフェス王立騎士団第三部隊で働くことを報告した。そして、明日はクラウスさんと騎士団の皆に挨拶に行きたいということを伝えると、メイドさんは何故か引きつった笑顔で了承してくれた。
夕食の時間になり、私は王様との夕食の部屋へと連れて行かれていた。映画でしか見たことないようなとんでも無く大きなテーブルに用意された椅子に座って王様の到着を待つ。数分と経たないうちに、王様は姿を現した。立ち上がって挨拶をする。そして、王様の許しを得て再び席についた。落ち着いたところで食事が運ばれてくる。
「今日はワシのわがままに付きおうてくれてありがとう」
「いえ、とんでもありません。サルバル陛下」
「…ほんにそなたがこの国に来てくれたことはありがたいことじゃ。にも関わらず保護が遅れすまなかった。怖い思いをさせてしまった。だが、これからはそのような事はあり得ぬ。我が国を挙げてそなたを守護する」
今のところ、クラウスさんがこの国にいる限りは、私もこの国で生きるつもりだ。そのトップに嫌われるのは得策ではなさそうなので、私は愛想良く微笑んで王様との会話を続ける。王様はやはりというべきか、とてつもなくコミュニケーション能力が高かった。自らもほどよく話し、私の居た世界の話を本当に興味深そうに聞いて、話しやすいように質問や相槌を入れてくれる。終始穏やかに夕食は進んでいた。
「そういえば、雨宮殿はユーネル公爵のことをどう思っているのじゃ?」
急に飛んできた豪速球に私は軽く目を見開く。なんだその質問は…。もしや私の恋心がバレているのだろうか。王様の前でそんな様子を見せた覚えはない筈だが。
「…クラウスさんのことは、私のことを助けてくれたとてもお優しい方だと思っています」
「そうか!そうなのだ。ユーネル公爵はとても誠実でワシの良き臣下でもある。そなたがアレを厭わんでくれてワシは嬉しいよ」
「クラウスさんには感謝こそすれ、厭うだなんてそんなこと考えられません」
「そなたはの心はそのかんばせに負けず劣らず美しい。色眼鏡で物を見ない純粋な心を持っておるのじゃな」
今の会話の中に、私の性格を褒められるようなところはなかったと思うのだが…。性格を褒められるのは見た目を褒められるよりも、圧倒的に恥ずかしい。見た目を褒められるのは全部お世辞だってわかるし。
しかし、クラウスさんについてそれ以上突っ込まれないところを見ると、どうやら私の恋心がバレていたわけではないらしい。安心した。
「そんなことはありません。サルバル陛下」
王様は褒めてくれたが、事実、私は基本的に自分本意な性格だ。王様相手に愛想良く振る舞ってるのも打算あってのこと。
「心優しく見目麗しいそなたのこと、これより幾人もの男達がそなたに求婚するだろう。じゃが、決して上辺に騙されぬようにな。心からそなたを大切にする者を選んでくれ。そなたが傷つく顔などワシは見たくはないからな」
気の早い話だが、まぁ仕方ないことなのだろう。私をこの国に繋ぎ止めるためには、誰かと結婚させるのが一番だろうし。もし私がクラウスさんに好意を寄せていることを王様に告げれば、きっと私はクラウスさんと結婚できてしまう。そして、クラウスさんは結婚したらきっと私を大事にしてくれる。王様からの命令だし、私は異世界からの来訪者だし、クラウスさんは誠実な人だから。
でも、それは決してクラウスさんが望むことではない。だから、私は曖昧に頷いた。
決して、この恋心をバラすわけにはいかないと改めて心に誓った。