異世界からの来訪者-1-
王都に入った。馬車の小窓から見える景色は明らかに様変わりしていた。それまでは牧歌的な田園風景が続いていたが、王都に近づくにつれ活気ある城下町の様相を呈している。詳しくはないが中世ヨーロッパ風の街並みに近いように思う。整然と商店が並び人の数も明らかに多い。洒落た服装の者も多かった。
その中でも特に大きく荘厳なお城の前で馬車は止まった。ルベラに手を引かれ私は馬車から降りる。親切な騎士隊の人々はまるで私のことをお姫様か何かのように扱ってくれる。こんな待遇、今まで受けたことがないので戸惑ってしまう。
馬車に乗ってる間も、常に周囲を護衛の騎士が馬で並走し、馬車の中には女性騎士が必ず同乗していた。更に、何泊かを道中の街や村の宿で過ごしたが、用意された部屋は恐らくその宿の中で最も高級な部屋だったと思う。
どうやらそれらの理由は、異世界からの来訪者(仮)、という私の肩書きにあるらしい。
この世界において私のように異世界からやって来たものというのは多くはないが少なくもないらしい。歴史上に名を残すほどに世界中に認知されたものも幾人かいるという。
『異世界からの来訪者は幸福の使者である』
それはこの世界では有名な話。
戦争で圧倒的に不利な苦境に立たされた国が異世界からの来訪者が訪れたら何故か勝利したとか、水が枯れ果てた砂漠の国に異世界からの来訪者が訪れたらコンコンと水が湧き出る泉が出来たとか、国家反逆と隣国の裏切りにより家族を殺され命からがら逃げ延びた王子が異世界からの来訪者と結婚したら王家に返り咲いたとか。噂には事欠かない存在らしい。
「だから、紫乃が本当に異世界からの来訪者なら、きっとこの国で手厚く保護してもらえると思うよ」
「そうなら良いんだけど」
「大丈夫!」
「ありがとう。ルベラ」
実のところ、私は今不安しかなかった。私が異世界から来たことは明らかだ。けれど、それを証明してくれる者が正しく判断してくれるだろうか。また、それを判断する方法とはどのような物なのだろうか。
そして、今私の近くには救いの神ことクラウスさんがいない。
奴隷商人を捕縛した後の処理があるらしくこの王城の前で待ち合わせの予定だった。
第三騎士隊の人々の中で宰相と面識があり、騎士隊の隊長であり、また貴族として一番序列が高いのがクラウスさんらしい。だから、ここからはクラウスさんが私を案内してくれる予定になっていた。
さほど待つこともなく馬の蹄の音が聞こえてくる。遠くからでもクラウスさんの御する馬の早さは驚嘆に値した。馬車の数十メートル手前から速度を明らかに落としたクラウスさんは馬を静かに停止させると私の前にヒラリと優雅に降り立った。急いできた為かうっすらと上気した頬や流れる汗があまりにも艶めかしくて私の心臓はうるさく鳴り響く。
「すまない。待たせたようだな」
「クラウスさん」
思わずフラフラと彼に近寄りその汗を私は持っていたハンカチで拭き取ろうと背伸びをした。そんな私からクラウスさんは驚いたように後ずさった。
ハッとして私は頭を抱えたくなる。
やってしまった。
距離感を私はまた間違えたらしい。クラウスさんの美しさは人間の域を超えているためか、普段ならこんなにも不用意に親しくない間柄の人に近づいたりはしないのに、蝶が花に吸い寄せられるようについつい近づきすぎてしまう。
あぁ、私に近付かれるのはそんなにも嫌だったろうか。
仕方がないこととは言え少し悲しくなる。人に好まれる容姿でないことは理解しているつもりだ。だからといって、それで人との関わりを避けるほど若くもないのだが。
「紫乃。見ての通り私は今汗をかいているし普段以上に見苦しいだろう。だからお前のような者が私に近づくのはやめた方がいい」
「…うん。近づきすぎたわ。ごめんなさい」
はっきりとした拒絶の言葉に思わず涙が零れそうになる。私は私の救いの神にだけは嫌われたくなかった。怒りのためか先程よりも明らかに朱色に染まったクラウスさんの頬を見て、さっとうつむき気付かれぬよう眦に溜まった涙を拭った。
「誤解させたのならすまない。貴女に触れられるのが、嫌だった訳では、ないんだ。だが、紫乃は私に触れるべきではない」
「そう、わかった」
私は大人しく頷いて、救いの神に嫌われては無さそうだと安堵する。その場でルベラ達とは別れ、私はクラウスさんと共に王城の中へと足を踏み入れた。門番らしき人達は私達をぎょっとした目で見たあと直ぐに門の中へと通してくれた。どうやらクラウスさんは顔パスで城内に入れるくらいには偉いらしい。
そのまま迷うことなくスタスタと歩いていく彼は王城の内部をよく把握しているようだった。それに一歩遅れて歩きながら私はぼんやりと豪奢な内装に目を向けていた。
「クラウスさん」
「なんだ。疲れたのか?もうすぐ着く」
「ううん。疲れてない」
慣れない馬車の旅で疲れなかったと言ったら嘘だが、馬で全速力で駆けてきた彼を思えばそんなことは言えなかった。
「宰相との謁見が住めば恐らく住居を提供してもらえる筈だ。そうすればゆっくり休めるだろう。だから、もう少し頑張れ」
「クラウスさんは優しいのね」
心の底からそう思った。