王都に向かう馬車にて
「ねぇ、あなた、隊長のことどう思ってるの?」
唐突な質問に目を見開く。今は、一人の女性騎士と共に馬車に乗って王都に向かっている最中。王都はあの奴隷商人の屋敷から馬車で数日のところにあるらしい。
艶やかなオレンジがかったブロンドの髪に濃い茶色の瞳のとてもスタイルの良い美女。名前はルベラ。年は私よりも二つ下だが騎士として働いているだけあってしっかりしている。彼女はとても気さくな性格で長い馬車の旅も彼女と一緒にいるお陰で退屈しなかった。
ルベラからの質問に私は小首をかしげた。
「っ!可愛いって罪ね…」
「そうねぇ」
確かに目の前の彼女の可愛さがあれば大抵のことはどうでもよくなりそうだ。そう思いながら、私は質問に答えるべく口を開いた。
「救いの神」
「な、なるほど…。それってつまり好きか嫌いかで言ったら?」
「なんでそんなこと聞くの?」
私は当然の疑問を口にした。そもそも、ルベラはどういう意図でそのようなことを私に尋ねるのだろう。
短い関わりのなかでもクラウスさんが騎士隊の人達に好かれているのはわかった。
つまり、これは何だ?牽制?私みたいな素性もよくわからない女にクラウスさんは相応しくないとでも言いたいのだろうか?
いや、そんなの言われなくてもわかってるんだけど。
「その、なんだか、紫乃が隊長のこと気に入っているっぽい気がしたからさ!もしかして、と思って。あぁ見えて隊長ってば貴族だし滅茶苦茶強いし人格者だし。紫乃が言うように神様みたいに優しいし。わりと良い条件は揃ってると思うのよ」
「そう、なの?」
あれ?なんだか、牽制されてる、というか、むしろおすすめされてる?
クラウスさんは婚活女子からしたら信じられないほどの好条件だったらしい。だって、身分もあって強くて優しくて顔も良いだなんて、いったいどこの物語のヒーローだろうか。
ならば、なぜルベラはクラウスさんを私に勧めるような言葉を吐くのだろうか?私なんかに勧めなくったって、どう考えてもクラウスさんならば引く手あまた、よりどりみどりだろうに。
「まぁ、私が言えた義理でもないんだけど、顔以外は最高だと思うのよ…隊長」
「何言ってるの?」
「真面目な話、隊長ってばあの見た目でしょ。見た目で苦労したり、陰で酷いこと言われたりもしてるの。それに今まで浮いた話なんて聞いたこともないし、だから、異世界からの来訪者である紫乃が隊長に幸せを与えてくれないかなぁって思って」
「ちょっと待って、クラウスさんの顔は最高じゃないの?」
「えっ、明らかに最悪でしょ」
「…あはは。ルベラ、あなたがいくら美女だからって、言って良いことと悪いことがあると思うのよ」
ルベラももちろん美人だが、クラウスさんの美貌の前では霞む。あんなにも神々しく整った顔なんて見たことない。
「なっ!私が美女だなんてからかわないでよ!紫乃ってば嫌味?」
なんだその反応は。こっちこそ嫌味かと問いたい。だが、明らかに憤慨した様子のルベラに、彼女が本当にそう思って言っていることが伝わってきたので、私は小さくため息をついた。どうやら彼女は無自覚な美女のようだ。ここは年上の私が大人になるべきだろう。
「私は真実あなたが美しいと思ったからそう言っただけ」
「んんっ!」
彼女の頬が真っ赤に染まったのを見て私は困惑する。こんなにもちょろくて可愛くて彼女は大丈夫なのだろうか?連れ去られたりしない?まぁ、ルベラは強いから大丈夫なのだろうけど。
「反則!紫乃みたいな美少女に真面目な顔でそんなこと言われたら何も言えなくなるでしょ!」
「…ルベラ、なんだか、私、あなたのことが心配だわ」
私を美少女とか、何を言ってるんだこの美女は。嘘をつくにしてももう少しましな嘘をつけよと言いたい。この世に生を受けて早21年、美少女だなんて一度も言われたことはない。自分の顔面に落胆することはあれど、それにばかりかかずらってはいられないので、特に悲観することもなく生きてきたが、こればかりは否定する他ないだろう。私の顔面はわりと残念な部類なのだから。
「なんでよ?」
「一度お医者さんに目を見てもらった方が良いんじゃない?」
「だから、なんでよ!」
そんな他愛もない会話にクスクスと笑い合いながら、私達は馬車に揺られ王都までの道を進んでいた。