救いの神に尋ねる
「お待ちしておりました。雨宮様」
ルベラが扉をノックして、返事を待つ間もなく扉は開かれた。開け放たれた扉から姿を表したのは、大柄な騎士服姿の男。赤茶の髪は短く刈り上げられており顔立ちは厳しく、けれど瞳は柔らかな色を宿していた。
そういえば、奴隷商人の館で見かけたことがあるような気がする。
「ありがとう。クラウスさんは、中にいますか?遅くなってしまって」
「紫乃」
「あ…」
大柄な男の後ろから低く落ち着いた声がかかった。
別に、久々に会ったわけではない。昨日だって遠目ではあるけれど、顔を見て声も聞いている。
それでも、やっぱり、クラウスさんの姿を見ると安心してしまう。
本当は泣きたくなるくらい不安だったのだとわかってしまう。
長身の鍛え上げられたその体に抱きつきたくなる衝動をぐっと堪えて、私はクラウスさんに頭を下げた。
「こちらから挨拶をしたいとお願いしたのに、遅くなってしまってごめんなさい」
「いや、気にしていない。貴女が無事に辿り着けたならばそれでいい」
私が頭を上げると、鮮やかな色彩のその両眼が優しく細められた。クラウスさんは初めて会った時から変わらない。優しくて、美しい、わたしの救いの神。
けれど、救いの神について私は知らないことばかりだ。聞きたいことは山ほどあったが、まずは挨拶に来たことを思い出す。それに個人的なことを聞くには今は人が多すぎる。
「クラウスさん、私のことを第三部隊に迎えてくれてありがとう。なんでもするから、どうかおそばに置いてね」
クラウスさんを見上げてお礼を言った。しかし、なかなかクラウスさんからの返事がない。それに、周りの空気もなんだか固まっているような気がする。私が周囲を見渡せば、ルベラと、赤茶の髪の騎士は顔を赤くして固まっていた。ステファンは顔をフードに隠されているので、特に変化は見られない。
「…隊長補佐として、だな。ありがとう。頼りにしている。これからよろしく頼む」
長い沈黙の後、クラウスさんがそう言ってくれたので、私は大きく頷いた。嬉しい。クラウスさんとのビジネスライクな関係が今ここにはじまろうとしている。
「知っているとは思うが、私は、マルフェス王立騎士団第三部隊の隊長を務めているクラウス・ファン・ユーネルだ。そして、副隊長を務めているのが、紫乃の隣にいるマークスだ」
「第三部隊副隊長のマークス・フランベルです。隊内で何か不便があればいつでも言ってください」
「ルベラ・ベルベットです。隊には女性騎士も何人かいるから、仲良くしてくださいね」
赤茶髪の大柄な男はマークスというらしい。頭を下げてくれたマークスに私もペコリと頭を下げた。上官に囲まれているからか少し気恥ずかしそうに敬語で話すルベラに私は笑顔で頷いた。
「雨宮紫乃です。それと、フードの彼は今日から私の護衛についてくれることになったステファンです」
「…マルフェス王立魔法師団副団長のステファン・ドロージーです。まずは、こちらへの到着が遅れたことを謝罪致します。私が雨宮様に精神干渉に対する守護魔法をかけていたためこちらへの到着が遅れました。雨宮様に責はありませんので、その点は何卒ご理解ください」
「わかった。しかし、お前が謝る必要もない。異世界からの来訪者の守護者として、紫乃の安全よりも優先すべきものなどないだろう」
「…寛大な御心に感謝いたします」
ステファンの慇懃無礼な口調を見るに、クラウスさんはどうやらかなり偉い人みたいだ。
「ステファン、ありがとう」
ステファンは先程言ったことを実行してくれた。別に言わなくても良いことだっただろうに、謝罪までしてくれた。私はステファンに笑いかける。
「当然のことをしたまでです。…私は基本的に雨宮様の外出時の護衛を務めます。第三部隊での勤務中は、そちらで護衛をされると伺っていますので、お会いすることは少ないでしょうが、どうぞお見知り置きを」
ステファンは、一応私の護衛としてここまで来てくれたので、私から紹介した方が良いかなと思ったのだが、やはりというかなんというか彼等は知り合い同士だったらしい。というか、私の護衛としてステファンがついていたことも知っていたようだ。
そして、ステファンのフードに関して突っ込みが入らないところを見ると、やはり魔法師はこのような出立ちがわりと普通なのかもしれない。
その後、ルベラとマークスは他の業務があるのか、私に挨拶をして部屋から出て行った。
今日は他の隊員達にも一通り挨拶する予定だが、その前にまずは私の業務内容を聞いておきたいと思った。そう伝えると、クラウスさんに隊長室に備え付けられた大きなソファに座るよう促された。ステファンと共にソファに座る。クラウスさんが慣れた様子で淹れてくれた紅茶を頂いた。
向かい側のソファに座ったクラウスさんは紅茶を飲む姿まで神々しく美しい。思わず見惚れそうになりながら、慌てて人の目があることを思い出す。ステファンは、紅茶には手をつけず私の隣に静かに座っていた。
「まず、我が部隊での紫乃の役職は隊長補佐にはなるが、私のそばで仕事をする必要はない。紫乃に関しては出仕日も時間も特に決まりは設けない。好きな時に好きなように働いてくれて構わない」
「え…?」
「仕事内容は、追々相談しながら決めていきたいと思っている。当然のことだが貴女の身の安全は、我が第三部隊が必ず守ってみせる。だから、ここでは安心して過ごして」
「ちょっと、待って。どういうこと?クラウスさんは、私のことを必要としてくれたから、ここに呼んでくれたんじゃないの?」
「紫乃、誤解しないでくれ。もちろん貴女がここで働いてくれれば私たちは助かる」
「じゃあ、今のってなに…。働いても働かなくても、来ても来なくても良いって」
「…雨宮様、ユーネル隊長の言葉は仕方がないことかと。貴方様は異世界からの来訪者、無理に労働を強いれば、この国は破滅しかねません」
「…そう」
ステファンの冴きった冷たい声になんとか平静を取り戻す。
そうだ。
言わば私はスーパー企業にコネだけで入社したようなもの。わかっていた筈だ。私がこの世界で特別な存在だから、クラウスさんがとても良い人だから、私の願いは叶えられただけ。
それでも、クラウスさんのそばで、クラウスさんを支える仕事ができるのだと、私は喜んでしまっていた。
私には彼に望んで貰えるような能力なんてありはしないのに。
そもそも、クラウスさんが王様に嘘をついてまで、私をこの部隊に入れてくれた理由も知らないのに、ぬか喜びしてしまったのだ。その理由を聞きたくてここを訪れたというのに。
私は私が思っていた以上に、浮かれてしまっていた…。
「ステファン、ごめん、ちょっとクラウスさんと二人で話したい」
「わかりました。雨宮様、こちらをお持ちください」
ステファンから渡されたのは小さな指輪だった。私の指では小指にしか入りそうにない。
「この指輪には私の魔力を込めています。一度きりではありますが、どんな魔法も貴方様に害を成すことはできません。私が居ない間は肌身離さずお持ちください。では、今日は私はこれで失礼します。ユーネル隊長、雨宮様の護衛はお願いします」
それだけ言って、ステファンは立ち上がるとサッとその姿を消した。突然の魔法に目を見開いていたが、すぐに二人きりにしてもらった理由を思い出して、真向かいに座るクラウスさんを見つめた。
「クラウスさん。どうして昨日、サルバル陛下に嘘をついてまで、私をこの部隊に入れてくれたんですか?」




