救いの神に会いに
「もう、終わりましたよ」
特に何が変わったわけでもなさそうだけれど、藍色の瞳をステファンがゆっくりと瞬せた。
そして、すぐさまフードをかぶる。わりと表情豊かだったその美貌はすっぽりと隠されてしまった。
「護衛対象に、私の顔を知らせないわけには参りませんでしたので、丁度良い機会でした…」
「護衛対象じゃなければ顔は見せない主義なの?」
「…えぇ」
ほんとかどうか怪しいものだ。それにちょっと勿体無い気もするけれど、魔法師なんていう私には全く理解の及ばない職業ならば、普通のことなのかもしれない。
「これで、私は誰にも惑わせられない?」
「それは、私には何とも。少なくとも、魔法で貴方様の意思が捻じ曲げられることはございません」
「それで、充分だよ」
「…貴方様は、私を何故信じてくださったのですか?」
「この世界のこと、ステファンが一番最初に教えてくれたから、かな」
「…、たった、それだけで」
「一番最初、というのは、やっぱり大事だよ。それが親切な忠告でも、悪意からの嘘でも。それ以外に判断のしようもないし、信じられるのは自分だけ。私は、ステファンを信じるって、それが悪意からのものじゃないって信じたいって、決めただけ」
「…ご自身の判断に自信がお有りなのですね」
そんなことはない。私は首を横に振った。
言語チートだけじゃなくて、もっとすごい力が有ればどれほどよかったかと思う。例えば嘘を見抜いたり、どんな知識でも考えれば即座に答えが返って来たり。けれど、ないものねだりをしたところで仕方がない。
例え、この判断が間違いでも、自分がその時に信じると決めたことなら、諦めもつく。
「あっ!もうこんな時間」
時計を見れば、クラウスさんとの約束の時間を随分過ぎてしまっている。慌てて、私はルベラとアイリスさん達を部屋に呼び戻した。誰にも部屋の中を覗かせないようにと、部屋の周囲で見張ってくれていた4人にお礼を言って、ステファンに魔法をかけてもらったことを伝えた。ルベラははっきりと複雑そうな表情で、ステファンを睨みつけている。美女の怒った顔は少し怖い。しかし、今の私にその美しさを堪能している余裕はなかった。
「どうしよう。クラウスさん待たせちゃってるよね」
ルベラを先頭に私、ステファンの順番で、足早にクラウスさんが待っている隊長室へと急いでいた。長い足を優雅に動かしてさほど急いでいるようには見えないルベラ。私の歩く速さに合わせてくれているのだろう。私は内心半泣きになりながら、一生懸命に足を動かす。施設の入り口から、クラウスさんのいる隊長室まで大して長くもないのに、もう息が切れそうだ。
騎士団は第六部隊まであるらしい。第一部隊は近衛兵のため王城内に、第二〜第三部隊までは、王城の近くに管理施設と訓練場とが一緒になったような駐屯所のようなものがあるのだという。ここまでは王城から馬車を使って20分程度の距離だった。
「大丈夫だって。隊長は理由を話せばわかってくれるよ」
「私が雨宮様に魔法をかけていた為遅れたのですから、ユーネル隊長には私から謝罪致しましょう」
「いや、それこそ私が望んだことだし」
「…その件ですが、どうして、ドロージー副師団長は、私を紫乃の部屋から追い出したのですか?紫乃の侍女達はともかく、私はユーネル隊長と毎日顔を突き合わせていますし、自らもこの容姿です。今更貴殿の顔を見たところで騒ぐことはありません。…紫乃に怪しい魔術を使ったのではありませんか」
ルベラは私とステファンが二人きりになったことを怒っていた。かなり直接的な表現に私は少し焦ってしまう。たぶん、ステファンはルベラよりも団が違うとはいえかなり上の役職だし、そんなこと言って大丈夫なのだろうか。
「貴様、無礼が過ぎるな。今ここに雨宮様がいたことに感謝しろ。でなければ、殺しているところだ」
「っ!」
その口調のゾッとするような冷たさに、ステファンが私以外に話しかけたのが初めてだということがわかった。慇懃無礼な、決して好ましくはない話し方だったが、私には丁寧な言葉遣いをしていたのは確かだったから。これはまずいと私は慌てて声を上げる。
「ぶ、物騒なこと言わないで!ステファン。けど、ルベラもさっきのはステファンに失礼だわ。私が望んで魔法をかけてもらったのだし、ルベラ達に部屋の外に出てもらうように言ったのも、私だし…。だから、心配かけてごめんね」
「紫乃が、謝る必要は…ないよ」
ルベラは困ったように私を見つめる。それににっこりと笑いかけた。
あとで、アイリスさん達にもきちんと謝っておかないと。私を送り出す時たぶん少し不安そうな顔をしていたから。
「雨宮様のお耳を汚してしまい申し訳ございません」
あくまで、私に向かって謝罪するステファン。ルベラも同様だが互いに話しかけるつもりはないらしい。なんだか先が思いやられる。私としては今後私の護衛についてくれるらしいステファンと、同僚となるルベラには仲良くして欲しかったのだが。
いや、今はそれよりも、クラウスさんの元にいそがなきゃ。