不思議な少年
「桜の舞」は失敗に終わった。
なぜなら美都が緊張のあまり舞の途中で枝を落とし、枝が折れてしまったからだ。
そして舞を失敗してしまった美都は当然母に厳しい言葉をかけられていた。
「どうしてできないの?あなたはいずれこの神社を継ぐのよ。わかっているの?」
声を荒げるのではなく、母は冷たく静かに言う。
「申し訳ありません」
「あなたはこの神社の顔に泥をつける気なの?」
「いえ」
「だったら、今後このようなことがないようにして」
「申し訳ありませんでした」
美都はなんと返すべきかわからず、ただ謝ることしかできないでいた。
するとそんな娘に愛想をつかしたかのように母はため息をつくと
「もういいわ」
と一言だけ告げ、娘を置いて部屋を出て行った。
置いていかれた娘は凛とした母の背中を苦しそうに見つめている。
自分なりに美都は必死にやった。
しかし、母のように美しくなれなかった。
「この神社の後継......か......」
別に神社を継ぐことは嫌とは感じていなかった。
いや、違う。
継ぐという選択肢以外を与えられなかったのだ。
小さな頃から神社の後継なのだと言われ続けた美都にとってそれ以外の道などわからなかった。
二階にある自分の部屋に向かうために階段を上る。
なんだかいつもよりも足が重くうまく階段を上ることができなかった。
美都は自分の部屋へ戻り窓を開けた。
夜空には大きな月が輝いている。
「満月か......」
しかし美都にはそこで輝く満月も美しく見えなかった。
しばらく窓の外を眺めていると、どこからか美しい笛の音が聴こえてきた。
笛の音はどうやら裏山の方から聴こえてきているようだ。
なぜだろか。
心がざわつく。
暖かく何故か懐かしいような、そんな音色。
美都は引き寄せられるように笛の音を追って家を出た。
美都は手に持った小さな懐中電灯の明かりと笛の音だけを頼りに歩いていた。
懐中電灯の明かりは足元を照らしているだけで、あたりは真っ暗な森。
どれくらいの歩いたのかも分からないまま笛の音をたどる。
すると目の前の視界が開けた。
そこは桜の森だった。
美都は笛の音がする森の奥に引き寄せられるように足を進める。
さらに進んでいくと、あの巨木が見えてきた。
「え......」
と美都は突然立ち止まった。
なんとそこには太い枝に座り、街を見下ろしながら笛を吹いている人物がいた。
それは美都と同い年くらいの少年。
しかし、その少年の髪は白銀に輝き、少年は着物を身にまとっている。
美都は少年の姿を見て驚いた。
それと同時に今までに感じたことのない好奇心が湧いてきた。
何か不思議なことがこれから始まるような気がしたからだ。
しかし少年が何者なのかわからない。
もし人間でなく恐ろしい化け物だったらと思うと少し怖くなり、美都は巨木にそっと近づいていく。
するとぴたりと笛の音がやんだ。
「早く神社に戻れ、美都」
少年は美都に背を向けたまま静かにそう言った。
「え、なんで私の名前......」
美都は驚いた。
しかし少年は美都の反応などは一切気にせず、さらに美都の言葉を遮り
「この山は夜になるとお前みたいな人間を狙う妖が出てくる、食われたくなければ早く戻れ」
と少し焦りを含んでいるような口調で言った。
「妖って」
「いいから早く戻るんだ!」
少年はなかなか帰ろうとしない美都に苛立ったのか、振り返り怒鳴った。
森中に少年の声が響く。
少年の顔は獣のような恐ろしく、そして少年の目は黄金に輝いていた。
美都はそんな少年の迫力に体が一瞬こわばってしまった。
こんなにも怖いと感じたことは初めてだったからだ。
しかしここにいては妖に食べられるかもしれないと
「っ......う、うん」
そう少女は返事をして走り出すと、桜の森を出て神社へ向かって真っ暗な山道を必死に下った。
そんな少女の姿が見えなくなると金色の瞳の少年は
「美都......」
と静かに呟いた。
次の日、美都は学校の窓から外を眺めていた。
あの森がある神社の裏山を。
しかし学校からは桜の森は見えない。
昨日、あんなに怖い思いをしたというのに美都はあの不思議な少年のことが忘れられないでいた。
『早く神社に戻れ、美都』
ふと少年が自分の名前を口にしていたことを思い出した。
「どうしてあの人は私の名前を......」
そう美都が考え込んでいると
「如月!」
と大きな声で名前を呼ばれていることに気づいた。
教室へと視線を戻すと教卓に両手をつき体重をかけて前のめりになって美都を睨む先生がいた。
「授業中だ。集中しろ」
先生の低い声。
「すみません」
「はあ......じゃあ授業を続けるぞ」
先生は大きくため息をつくと、何事もなかったかのように授業を始めた。
ため息を聞くと自分は母にだけでなく、先生からも見放されているのだと美都には感じられた。
家に帰った美都は部屋にこもっていた。
誰とも会いたくなかったからだ。
家族でさえも。
違う。
美都にとって一番会いたくないのは家族であった。
家族といる時間が美都には最も苦痛だったのだ。
ふと美都は昨日、日が暮れた頃に笛の音が聴こえてきたことを思い出した。
ゆっくりと部屋の窓を開ける。
「あ、聴こえる......」
窓を開けると昨日と同じように笛の音が聴こえてきた。
いつのまにか外は暗くなり、月が登っていた。
昨日の少年のことを鮮明に思い出す。
あの白銀の髪と黄金の瞳。
美都はあんなにも美しいものを見たのは初めてだった。
そしていつのまにか家を抜け出し桜の森へと向かっていたのだった。