権兵衛との出会い
練習作です。拙いところばかりだとは思いますが、読んでもらえると幸いです。
齢が七つほどの鬼を探している。
そう言うと、宿の女将は怪訝そうな顔をした。
「子鬼、ですか」
「そうだ。覚えはないか」
「あいにく、子鬼の話はこの辺りでは聞きませんね。ですが、東に四日ほどの村で、大きな鬼が出たと聞いています。家畜に被害が出て困っているとか」
「そうか、ありがとう。世話になったな」
この宿には、昨晩泊めてもらった。値段の割には居心地の良い宿であったので、銭を少し余分に払っておいた。おれは、良いものには対価をしっかり払う。母の教えである。
宿を出て、ふらふらと街を歩きながら、保存食の買い足しができる店を探す。
しかし困った。童の鬼を追って西へ旅して来たが、この街でも、前の街でも覚えが無いと言う。さては追い越してしまったか。東へ引き返すか。
そういえば、東に大鬼が出たと女将が言っていたな。俺も東から来たが、その話は知らなかった。街道から外れたところにある村だろう。気になる。鬼つながりで、何か知っているやもしれぬ。
女将に村の場所を聞いておけば良かった。銭を余分に払っておいてもう一度戻るというのは、なんともかっこうがつかぬ。
おれは燻製の店を見つけ、保存食を買って鬼の話を聞いた。だが、旅人に情報はやれぬと言う。そういうことは、この街では宿の女将の領分なのだと。
こんなことでごねても仕方がない。結局おれは、なんとも気恥ずかしい心持ちで宿へと向かうことになるのだった。
*
おれは武には自信がある。兄弟の中で、剣術も弓術も一番であった。鬼退治はしたことが無いが、畑に悪さをする大猪を退治したことはある。鬼とて変わらぬ、と高を括っている。
件の村に着いたおれは、さっそく村人に大鬼とやらについて話を聞いた。見上げるような体躯で、山羊を二頭抱えて持ち去っていったらしい。驚くべき怪力である。
おれが退治してやると言うと、みな驚き、やめておけ、一人では無理だと言う。ではどうするのかと聞くと、御武家様が兵を送ってくれるまで待てと言う。なんとも真っ当な話であったが、それではおれが鬼に会えぬ。おれにとっては、退治はついでで、童の鬼の話を聞くのが主目的である。
おれは、斥候として鬼の住処を探るだけにしておく、と適当なことを言い、村人をあしらって鬼の足跡を追った。
この村から街に連絡が届くのに四日、俺がこの村に着くのに四日。日にちが経っている分、追跡は難しい。だが、鬼の体躯は大きい。山羊を抱えている分、重さもある。足跡は深く大きく、猪よりは楽に追えた。
*
鬼を見つけた。呑気に草の上で昼寝などしている。近づく前に、周囲を確認した。鬼の知能は人と同等であるから、罠がある可能性もある。
鬼の住処は林の中にあった。丸太で建てられた小屋があり、その周辺だけ木々が無い。小屋は粗末なものだが、大きさだけはなかなかのものだった。鬼が入るためであろう。しかし、あれでは雨風を大して防げまい。
山羊もいる。とっくに食われたものだと思っていたが、縄で木に繋がれ、粗末な柵で囲われている。あの程度では容易に逃げられるだろうに、山羊は呑気に草を食っていた。
罠は見る限り無い。改めて鬼を見た。大きい。八尺近くはある。おれも大きい方だが、六尺を少し超える程度である。正面に立てば、見上げなくては顔を拝めまい。
俺は鬼に少しだけ近づき、声を掛けた。
「おい、大鬼。貴様に聞きたいことがある。起きろ」
声を掛けたことに、深い考えがあった訳ではない。退治してから話を聞くか、話を聞いてから退治するか。おれにとって重要な方を先にしようと思っただけだ。
鬼はむくりと起き上がった。寝ぼけた様子は無い。さては狸寝入りであったか。迂闊に近づけば危うかったやもしれぬ。
「鬼の話が聞きたいとは妙な奴め。何用だ。聞くだけ聞いてやろう」
「齢が七つほどの、童の鬼を追っている。刀を持った鬼だ。何か知らぬか」
ふむ、と鬼が考えるそぶりを見せた。思わず心が逸る。正直なところ、そう期待していた訳では無かったが、何か知っているならありがたい。鬼が口を開くのを待った。
「知らんな」
少し期待してしまった分、落胆は大きかった。さっさと退治してしまおう。
「だが、思いつくことはある。教えてやろうか」
「なんだと」
刀に伸ばそうとした手が止まった。紛らわしいことを言いやがる。童の鬼のことは、実のところほとんど知らないのだ。おれは奴に恨みがあるが、顔を見たのは一度きりだ。何か分かるなら少しでも聞きたかった。
「だが、人に施すなど鬼が廃る。聞きたければ、わしに勝ってみせろ」
そういうことなら話が早い。もともと退治するつもりではあったのだ。おれは刀を抜き、構えた。
「おれは弥七だ。山元家が七男、弥七。貴様も名乗れ」
「名乗りか。御上品なことだな。わしは……まあ権兵衛とでもしておくか」
「権兵衛か。いざ、勝負」
権兵衛の武器は棍棒であった。狸寝入りをしていた時から、おれの死角に用意していたようだ。木製だが、おれの太腿ほどの太さがある。おれの刀では、まともに受けることはできまい。
先手必勝。おれは奇声を上げて斬り掛かった。
「うりゃあっ」
しかし、棍棒で受け止められる。刀が棍棒に半ばまで食い込み、抜けない。権兵衛は棍棒を刀ごと引きながら蹴り上げてきた。最初から棍棒はおれの動きを封じるための罠だったのだ。
しかし、おれはあっさりと刀を離し、蹴りを躱した。目論見が外れてたたらを踏んだ権兵衛に、腰に差していた小太刀で居合斬りを放つ。こちらも、刀は最初から囮であった。
小太刀が権兵衛の腹を斬る。だが浅い。体勢の崩れた状態から、ほとんど片足の力だけで飛び退いたのだ。馬鹿げた脚力である。
距離を取られて仕切り直しである。こちらは刀を取られたが、権兵衛も腹に傷を受けた。浅いとはいえ、これまでと同じ動きはできまい。
権兵衛は棍棒を刀ごと背後に放り投げた。小太刀相手なら素手で十分と考えたのか、何かの拍子に刀を取り返されることを恐れたのか。勝負の最中に拾いに行ける距離では無い。
おれは楽しくなってきた。旅を始めてから、これほどの強敵は初めてである。負けるやもしれぬ、とは一片も考えなかった。奴の動きを見ながら、じりじりと間合いを詰めていく。
奴から踏み込んできた。今度は拳である。見えていた。身体が大きい分、動きの起こりも分かりやすい。だが速すぎる。見えているのに躱しきれなかった。右肩に激痛が走り、吹き飛ばされた。転がりながら、追撃に備えてすぐさま立ち上がる。小太刀はなんとか離さなかった。
権兵衛が迫ってくる。蹴りか、拳か。見てからでは間に合わぬ。読み違えれば死ぬ。多分拳だ。ほとんど直感に従って、身体を屈めて右前方へ転がった。その拍子にまた、肩が痛む。折れているのか、もはや右腕は使えぬ。立ち上がり、小太刀を左手に持ち替えた。
まだ自分は生きている。先ほどの直感は当たっていた。蹴りは一度躱し、反撃した。拳は躱せずに食らった。なら、また拳でくるだろう、という理由が、今になって思い浮かぶ。直感というのは得てしてそういうものだ。理由はあるが、それがはっきりとまとまる前に答えが出るから、その瞬間には何となくで行動することになる。
追撃が来ない。権兵衛は動きを止めていた。お互いに息は荒く、痛みに脂汗をかいている。しかし、今優勢なのは向こうである。追撃しない理由が分からぬ。だが、ありがたい。息を整え、権兵衛を見据えたまま、負傷の具合を確かめる。折れているのか、脱臼しているのか、やはり右肩に力が入らぬ。しかし、肘から先は動くから、腕の芯は無事なようだ。
「お前、強いな。わしよりは弱いが、人間にしては強い」
ふざけたことを言いやがる。
「まだ勝負の途中だろう。強いだの弱いだのは、おれが勝った後でおれが決めることだ」
権兵衛はにやりと笑った。
「わしが勝ったときのことを決めていなかったな。わしが勝ったら、わしに従ってもらうぞ、弥七」
「好きにしろ、おれが勝つ」
次の攻防で勝負が決まる。奴はともかく、おれには余力が無い。右肩の痛みがどんどん増している。次で勝たねばならぬ。
身を深く沈め、滑るように踏み込んだ。もとより背丈に差がある。姿勢を低くすれば、拳は当てにくい。蹴りが来る。凄まじい勢いの蹴りだ。だが、おれはさらに姿勢を低くした。ほとんど地を這うような姿勢で、蹴り足をくぐる。
権兵衛のつま先がおれの頭を掠める。頭皮が抉れ、髪が引きちぎられるのを感じる。無視して突き進んだ。奴の軸足の横を駆け抜け、すれ違い様に膝裏に小太刀を突き刺し、引き抜いた。
「ぬおぉっ」
権兵衛は堪らずよろめき、膝をついた。だが油断はできぬ。奴は片足だけで距離を離せる。蹴り足がまともに地に着く前に、首に小太刀を突き付けた。
「おれの勝ちだな、権兵衛」
小太刀は首に僅かに食い込んでいる。おれがその気なら深く切り裂くことができた。誰の目で見ても明らかに、おれの勝利であった。
*
権兵衛は負けを認めた。悔しそうな様子はなく、何故か晴々とした表情であった。約束通り話をすると言うが、念の為縛り上げ、おれの怪我を手当てしてから聞くことにした。
右肩は脱臼であった。骨折よりは長引かぬので助かったが、骨を嵌め込むのは思わず奇声を上げてしまうほどの痛みであった。骨は無事に嵌まったが、青黒く腫れ上がり、未だ激しく痛む。数日はまともに動かせぬだろう。
頭の傷は浅いが、出血は激しい。手持ちの包帯できつく抑え、何とか血は止まった。
手当ての間も、縛り上げている間も、権兵衛は抵抗しなかった。潔い奴である。
権兵衛の手当ては当然していない。話が終われば殺すつもりであるし、話している間に死ぬような傷でもないからだ。膝裏の傷は深いが、正座させて強く縛れば出血はかなり収まった。
権兵衛の前に座り込み、話を促す。
権兵衛はゆっくりと話し始めた。
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