5話:ユリと一日を〜メニュとアマティセの願い〜
膝上丈ほどの水色のワンピース、上はブラウスのような作りでスカートはチェックの模様に添うように折り目がついている。
今の季節は冬場から春へと移り変わる頃だ。真っ白なシルクにも劣らないふわっふわのジャケットは水色のワンピースとよく合い、よりユリの少女らしさを際立たせる。
「……すごく、目立ってないかしら?」
「すんっっごく、かわいいですよ〜!」
ヘランの街中をメニュの案内で散策するユリ。
地球では少しだけモダンからかけ離れたお古なファッションではあるが、ラトゥールでは真新しいもの。ちらほらとユリを指差す少女が母親若しくは父親に私も欲しいとおねだりをしている。
そう、リエとメニュに無理矢理着させられた服は"エタナ(リエの店の名前)"の新作子供服であり、ユリはまんまとファッションモデルに仕立てあげられ、お客さまを呼び寄せるための客寄せパンダにされたのだ。
「あのね、そうじゃなくて――」
「メニュ姉、チラシ無くなっちゃたよ?」
「よし、これで心置き無く遊びに行けるよー!」
「やったー!」
「……はぁ〜」
ユリのことなどお構い無しで、リエから『休みにはしてあげるけど、チラシを配り終えたらね!』と仕事を言い渡され、チラシを配り終えたメニュとアマティセが手放しではしゃいでいる。
ユリは(こんなに宣伝したら、お店が大変そうだけど…)と思ったが、そこはリエの義弟であるロマウがいるので大丈夫だ。
本当ならメニュの休みは明日らしいのだが(お店も休み)、急きょユリからのお誘いのため昨晩に今日非番のロマウへ頼んでいたらしく、店長のリエは『報・連・相だろっ!』と今日知ったようで、メニュとロマウの頭に拳骨を落としていたが…、それでもチラシ配りだけで休ませてくれるリエも、甘いと言うかなんと言うか…。
ユリも手伝ったチラシ配りは、午前中いっぱいかかってしまったが午後からは完全にフリーになったので時間はたっぷりある。
ユリがチラシを配っている最中、街の人が口々にメニュやアマティセのことを「リエさんとこのお嬢さん・お坊ちゃん」「トキワの娘さん・息子さん」など呼んでいた。
二人はその呼ばれかたに笑顔で返事を返していた辺り、やっぱり家族なんだなと思うユリだった。
ちなみに初等科学生のアマティセは週一回の休校日でお休み。元々治療後の安静期間で学校自体を休んでいだが、明日からは登校するようだ。
「ねえ、早く行こうよ!」
「そうね、早く行かないと泣いてるかも♪」
「ボク、先に行ってるから!」
「パパさんの邪魔しちゃダメだからねー!」
「しないよー!」
ユリの心情など、はしゃぎ喜ぶこの姉弟には伝わらない。
メニュは駆け出したアマティセの背に声をかけてユリの手を握り「美味しいご飯が待ってます!」と、反対の手で口元のヨダレを拭う。ついでにメニュの腹の虫が「ぐぎゅるる〜!」と鳴り響く。
「ふふ…、お仕事の後はお腹が空くものね♪」
「あわわっ!?その!えと、えへへ…」
ヨダレを拭った手でお腹を押さえてハニカむメニュ。
ユリとメニュは手を繋いだままアマティセが走って行った道を歩きだす。
「メニュは街一番の腹ペコ虫を飼っていたのね♪」
「ちち、違いますよー!?こ、この、お、音はママさんの真似をして――!」
「うふふ♪」
ユリがメニュのお腹の虫をからかい、メニュが目を潤ませながら言い訳を言ってるが意味不明だ。ユリはそんな必死なメニュが可笑しくてまた笑ってしまう。
「ママさんに似て、メニュも腹ペコ虫を飼ってると…ふふ♪」
「ち、違いますぅー!?」
真っ赤な顔で抗議するメニュ。
ユリはニコニコしながら「少しからかっただけよ?」とメニュの頭を撫でる。
メニュは頬を膨らませてブーブーと文句を言っているが、何を言っているかは分からない。
先ほどからメニュが"ママさん"と言っているが、これはリエのことであり、仕事意外ではママさんと呼んでいるようだ。
ちなみにリエの旦那は常にパパさんらしい…。
目的地に向かいながらたわいない話をするユリ達。次第にメニュが愚痴をこぼし始め、差し障りのない言葉を返してはいるが、ユリはだんだんとメニュの元気がなくなっていくのを感じた。。
「…メニュの手も職人さんね」
「うっ…私、まだ下手だから…ママさん見たいにキレイに真っ直ぐ布を切れないし、手も傷だらけだし…売り物にならないし…」
ユリはメニュの手を褒めたつもりが、メニュはユリと繋いでいない片方の手を見てため息をこぼす。
「そんな手でも、傷を作りながら一つ一つ技術を学んでるのよ?ため息をついたら可愛そうよ」
「でも…」
またため息をこぼすメニュ。
ユリは握っていた手をメニュから放し、肩掛けの鞄から一枚の布を取り出す。
「…このハンカチも今回の新作だと、リエから聞きました」
「…これ、私が…」
ユリは、黒地に白のレースをあしらい右下には可愛らしい白猫を刺繍したハンカチをメニュの手に乗せる。
「『メニュが頑張って作ったから使ってね!ほかの色が欲しくなったら買ってね♪』と、無理矢理鞄に押し込まれましたが――!!?」
リエとの会話をメニュに教えていると、メニュはユリから渡されたハンカチを見つめて大粒の涙を流しながら小刻みに震えていた。
ユリはそれが嬉しさからくる涙なのだと直ぐに分かり、先ほどよりも更に優しさをもってメニュの頭を撫でる。
「…で…ぅ……」
「?……よかったですね。夢が一歩近づきましたか?」
「う゛ぁい!」
ユリの問いに元気よく返事をするメニュ。
実はユリ、男勝りな性格のリエからこのハンカチを貰う時にお願いをされていた。
それは、"このハンカチを販売する"ことを伝える事と、"自分の代わりにメニュを褒めて欲しい"というとだ。
リエは仕事に対して厳しい。それは家族であるメニュであっても例外にもれず、ユリがリエから聞いた話だが、お客さまに出せる物を作れなければ、いくら布をダメにしようとも納得のいく物が出来るまで妥協しないと言い聞かせているらしい。
今ユリが着ている服は全てリエ作の服だ(髪止めはアマティセ)。
いくらプレゼントであってもリエは納得のいく服だけをユリに見繕っていて、メニュもリエが作った服だけを店内から集めていた。まるでそれが当たり前のように…。
しかし、今メニュの手の中には自分が作ったハンカチがある。それがユリの鞄から出てきて、リエが新作と言っていたとなればメニュが涙を流す理由がよく伝わる。
「ほら、そんなに泣いては可愛らしいお顔が台無しですよ?」
「ばい…ぐすん……」
「綺麗なレース、可愛い白猫の刺繍が入ったハンカチ。私へのプレゼントは、メニュの自信につながったかしら?」
「…が、頑張って……お洋服も…ぐすん…」
いつの間にか歩みを止めて近くの広場にあるベンチに座るユリとメニュ。
メニュの涙を貰ったばかりのハンカチでユリが拭い、メニュの涙が止まるまで背中を一定のリズムでポンポンと撫でる。
「落ち着いた?」
「あ、はい…つい、嬉しくて…」
「ふふ♪私も、メニュの始めての商品を貰えたというのは嬉しいわ…最初に使ったのはメニュだけど♪」
「あわわわ!?ごごご、ごめんなさーい!」
メニュは慌ててハンカチをユリへ返すが、ユリはハンカチをしまうことなく、まだ涙の残るメニュの目元を拭いながら語りかける。
「今までリエの作った服を真似て作ってもリエから合格点を貰えなかった。色や模様を変えて同じものを作れた筈なのに…。、リエは何が悪いのかは教えてくれない。ただメニュが作った服を細かく裁断するだけ。メニュ、リエがお店を開いた理由は聞いてるわよね?」
「…子供達に、永遠の笑顔を届けたい…と――」
これもリエにお願いされたことだ。実はリエ、メニュを無理矢理雇ったことで後ろめたさがあり、なかなか言葉に出して直接メニュに言えないらしい。
「そうね。リエは常に子供達が喜ぶ顔を思い浮かべて服を作っていると言ってたわ。同じものを何着作ろうとも、一つ一つ丁寧に。メニュは技術は身に付いたたけれど、着る側、子供達の気持ちになって作れてないって…」
「……」
「…でも、このハンカチには気持ちがこもってる。メニュ自身の感謝の気持ちと、相手を思う心遣い。リエ言ってたわ『メニュがあそこまで、感謝と信頼を寄せた表情で、ユリさんにプレゼントするハンカチ作ってた』って、何故か不満そうだったけど?…」
「ええと、それは…――」
メニュは恥ずかしそうにもじもじしながら訳を話す。
2日前、ルーラとともにアマティセの経過を観察に来ていたユリを見て『あの時の女の子!?』と、アマティセへ応急処置するユリが居ることに驚いたらしい。
そしてユリから掛けられた言葉が、今でも忘れられないと言う。
「ユリさんに『大事な弟さんを傷つけしまい申し訳ございませんでした。今後、何かあればすぐに私に言ってください、出来る限りのことはしますので』って言われて、何で?あなたは悪くないのに…って思ったんです。それをママさんに訊ねたら――『黒髪?転移者!もしかしたら日本人かも!めちゃくちゃ謙虚じゃん!お礼しなきゃお礼!』――すごく興奮して、日本人は――日本は――日本とは――ママさんからたくさん日本のことを聞きました!」
「え、えぇ…少し落ち着いて…ね?」
言葉を重ねる毎に興奮しだすメニュ。ユリが少し困惑しながらメニュを落ち着かせるため、立ち上がりそうなメニュをベンチに座らせる。
「はい、落ち着きます!それで、すご〜くっ、かっこいいなって思ったんです!それでそれで!何かお礼しなきゃって、リエさんから『転移者は身一つでラトゥールに転移してくる…』って聞いたことがあるんです。私が唯一出来ることは裁縫で、色々作ってユリさんに使って貰えたらって!」
落ち着くどころか興奮しだすメニュ。
ゆりは、再度立ち上がろうとするメニュを「す、座ってはなしましょ…ね?」と両肩に手を乗せて言い聞かす。
「はい!」
返事はいいが、メニュは待てをされた犬のように目を輝かせており、すぐに口を開き喋りだす。
「私、ユリさんが大好きになったんです!昨日のこともふくめて、いっぱい、いーっぱい!大好きになったんです!!」
「あ、ありがとう…」
「ハンカチも…黒髪は転移者の人の特徴だから、黒のハンカチならお揃いだし汚れとか目立たないからっ!嬉しい…すっごく嬉しいです!商品化も嬉しいですけど、ユリさんに喜んで貰えたことが、いちばん嬉しいです!」
「ぇ、えぇ…ありがとう、メニュ…」
「はい♪」
ユリはリエの代わりにメニュを励ますつもりが、何故かメニュから大好きと言われてしまい、これからどう切り返すか分からなくなってしまった。
メニュはユリにハンカチを返しつつどさくさ紛れてユリに抱きつく。
「ギゅ〜!」
「!?急に、どうしたの?」
「…えへへ♪」
戸惑うユリにメニュはハニカミながら抱擁を解く。
「昨日ユリさんに抱きしめられたとき、お母さんのことを思い出したんです」
「…リエのことを?」
首を少し横に振るメニュ。
自身の白銀の髪を指で擦りながら口を開く。
「…私も元は黒髪で、いつの間にか色が変わっちゃって…マティセはお母さんのことを覚えてないけど、私は少し覚えてて…ユリさんと同じ黒髪だったから――」
お昼を告げる教会の鐘の音が鳴り響く。
鐘の音が止み、メニュは話を続ける。
「――強くて、優しくて、かっこよくて、大好きだった。お父さん戦争で死んじゃってお母さん、一人で大変だった――」
メニュの悲しい過去をユリは黙って聞く。
「――お母さんは治療士で、冒険者で、魔法士で、何でも出来ちゃう人だったんです。…転移者とは聞いたことがないけど、軍の人はお母さんを連れてっちゃて――」
メニュは目に涙をためながら話し続ける。
メニュとアマティセは神聖ミナルディ皇国に住んでいたが、母親が軍で従事している間は普通の生活を送っていたそうだ。
しかし、父親に続き母親までもが戦争で命を落とし、住む場所が無くなったメニュ達は父親の親戚をたらい回しされ、最後にここヘランに捨てられた。それはメニュが10才、アマティセが4才の時で、リエと出逢うまでの4年間をスラムで過ごしたことになる。
「リエも黒髪だけど…」とはユリは言わない。メニュはリエを『お姉ちゃんみたい』だと、先ほど店の中でリエと笑いながら話していたのを見ているからだ。
「――実は、アマティセはユリさんがお母さんじゃないかって言うんです…」
「え?」
「アマティセ、私がたくさん話したお母さんのことと、荷馬車に引かれた時のユリさんが一緒だと言うんです。『黒髪で背が小さくて、傷を癒し、強くて気高く、魔法を自在に操る、私とアマティセのお母さん…』小さい時から言い聞かせてたので、昨日ユリさんと会う前なんて『お母さんかな?お母さんかな?』って、ずっと言ってたんですよ♪違うって言ってるんですけどね…」
「アマティセ…」
母親の声も顔も知らないアマティセの気持ちを聞いたユリは言葉に詰まる。
「私はお母さんの顔を覚えているのですが…ユリさんの雰囲気がお母さんに似ているのは確かで、つい抱きつきたくて…懐かしくて…ぐすっ……」
「…メニュ、無理しないで…」
ユリはメニュを抱き寄せ強く抱きしめる。
辛く悲しい過去を語ってくれたメニュ。頭では分かっていても、その寂しさ悲しさは人一倍あり、弟のアマティセを守りながら必死に生きてきため、人に甘えるなどしたことは数えるくらいしかない。
リエとはママさんと呼ぶ間柄だが、店主と店員の雇用関係で師匠と弟子という関係が強い。
「ぐすん…お母さん。お母さん!――」
「メニュはいい娘、頑張ってる。嬉しかったわ、ハンカチ大事に使うわね…私も大好きよ」
「うぅ〜!うぅー!大好ぎぃ、大好きですぅ――!」
アマティセとパパさんが探しに来るまでメニュは今まで抑制していた物を吐き出すように泣き続けた。
もちろんユリはメニュを優しく抱擁し、メニュを心配したアマティセが近づいてくるとメニュと一緒に抱きしめた。
アマティセは公衆に晒され恥ずかしがるが、泣き続けたいたメニュが泣き笑いに変わったのでブツブツ何かを言いながら抱きしめられていた。
「すみませんでした、ご心配をおかけして…」
「いえいえ、貴女といればメニュが危険な目に遭うとは思いませんよ♪」
頭を下げるユリ。
ユリと会話をするのはリエの夫パステオール・パウダ・トキワで、通称パパさん。
リエがパステオールをパパと呼ぶので、メニュ達もパパさんと呼ぶ。リエがママさんと呼ばれる理由は『パステオールがパパなら、私はママだな!』と、ママの意味を教えず呼ばしているため、仕事意外ではメニュ達にママさんと呼んでもらっているのだ。
ユリはメニュがお母さんを恋しがる理由が分かった気がした。
「危険な目ですか?私はそこまで――」
「いやいや、ウィムヨ上級先任長を手も足も出さずに負かしたとなれば、ここいらのゴロツキなんぞはユリさんに勝てないでしょう」
「ユリさんは強ぇー!」
「は…はぁ…」
ウィムヨ上級先任長とはユリにアマティセの件の罪を被せようとした領軍の下士官であり、ヘラン駐屯所の責任者でロマウの上司だ。
ウィムヨ上級先任長はヘラン地区出身でこの街では顔が広く、叩き上げで、一般兵卒の下士官で最上位の准尉昇官が決まっているほどの経歴と人望をもち、また、剣術も"ヤマト宗武連ツキジマ流錬士"という称号も持つ達人らしい。
ちなみにユリがウィムヨ上級先任長を負かしたと噂を流したのはメニュ達の叔父で駐屯兵のロマウである。
ユリはメニュと手を繋ぎ、パパさんの案内で昼食を取る予定のリエの家トキワ邸に歩みを進める。
途中アマティセも空いている方を握ろうか握らないかともじもじしていたが、ユリから「みんなで仲良く繋ぎましょう♪」と手を握られ、メニュと同じくユリと並んで歩く。
「お母――!?ユリさん!ここがママさんの家だよ♪」
「デカイでしょ!」
「立派なお家ねー」
「…?」
ユリをお母さんと呼びそうになるメニュは慌てて言い間違いを訂正するが、パステオールには聞こえていた。
家の中へ入りメニュとアマティセが調理場へ行き、ユリはパステオールの案内で広々とし居間へ通される。
「…メニュから、聞きましたか?」
「聞いた、とは?」
ソファに座り、パステオールの目を見て聞き返すユリ。
パステオールは少し身震いをしてから頭を下げる。
「失礼しました。貴女を敵視している訳ではなく、メニュがユリさんのことを『お母さん』と言い間違えていたのもので…」
「あぁ…いえ、こちらこそ失礼をいたしました。何分、この"闘気"と言うものの制御がなかなか…ご気分は大丈夫でしょうか?」
「ええ、一応私も元は兵士でしたので、少し漏らしそうになりましたが…」
「…すみません」
ユリはパステオールに謝罪をし、広場でのメニュとの会話を伝える。
ユリが話している最中、時折パステオールはすすり泣き、涙を袖口で拭ってはユリの言葉に感極まってすすり泣くを繰り返した。
「ずずっ…なるほど、メニュは何でも自分だけで抱え込みやすい娘だと前々から思っていたのですが…」
「そのようですね。しばらくは抱きついたまま離れなかったですよ?」
「申し訳ない…私達がしっかり親の代わりを務めていれば――」
「…務める?」
パステオールの言葉にユリの右眉がつり上がる。
ユリは涙を拭うパステオールの手を叩き、顔を近づける。
「よくお聞きなさい…パステオールさんもリエも、メニュ達にとっては親の代わりと言うだけの関係ではないはずよ。家族とは一概に"これだ"とは言いきれない。家族とは色々な形があると私は思う。私は、メニュ達のお母さんではない…それはメニュが一番分かってる。辛い過去を、心にできた深い傷を…こんな私でよければ、いくらでもお母さんと呼んでもらっても構わない。でも、メニュとアマティセを救ったのはリエとパステオールさんよ。メニュとアマティセは二人のことを『お姉ちゃん、お兄ちゃん』だと言っていたわ…パパさん、親代わりなんて言っちゃダメよ?義務感で家族は続かない。メニュはリエを、アマティセはパステオールさんを尊敬しているわ――」
「メニュと、アマティセが…」
つい熱くなるユリ。
昔からユリは子供が大好きで、子供のことになると熱くなってしまう。何時からは忘れたが、昔、ユリも辛い出来事があった…。それだけに、パステオールの『親の代わりを務める』と言う言葉がユリの過去の出来事と引っ掛かり、パステオールに強く言葉を発してしまったのかもしれない。
「愛情は親だけなく、親戚、兄弟だけ?師や先輩、上司でも注ぐことが出来る。家族の関係を義務と思わないで…メニュとアマティセは二人が大好きなのだから…」
「…はい!」
ユリの言葉にパステオールが力強く頷く。
しかし、ポーカーフェイスを装おうユリは心の中で(やってしまったー!?)と慌てている。
まだ会って間もないアラフォー小娘に、家族とはと諭されるなど普通はあり得ない。
ユリはでしゃばり過ぎた?と思ったが、パステオールがユリの両手を握り、何度も感謝の言葉を言うので大丈夫なようだ。
「ユリさんのおかげであらためて気づかされました。私は二人を……愛しています!」
「――お昼持ってきた〜、ああーっ!!」
何ともタイミングが悪い。アマティセが料理片手に入ってくると、続いてメニュも居間に入る
「盛り付けたからパパさんも手伝って――ああーー!ユリさんに何してるのー!?」
「ん?あ、こ、これは違う――!?」
パステオールは慌てて握っていたユリの手を離すがすでに遅し。メニュが汚ない汚物を見るような目を向け、アマティセもメニュに習い「不倫だぁ」と呟きながらパステオールを見ている。
「ふ、不倫じゃない!俺は年下が好みだ!俺の年より倍で――」
パステオールは一言多い。
ユリは思わずパステオールを睨む。
「――ぶぁがばばっ!?」
「あっ」
「あー」
「っああ!?ちょ、ちょっと!」
ユリはすぐにキレる性格ではないが、目の前にいたパステオールが泡を吹いて気絶した。自分がパステオールに殺気を当てたと気づき、焦り体を揺するが反応がない…、まるで屍のようだ。
その後、なんとかパステオールを復活させ(ユリの往復ビンタ)、リエの席にユリが座り四人で少し遅い昼食をとる。
「…パパさん、手、震えてるよ?」
「アマティセ、パパさんのことはいいから早く食べなさい…」
「…うん」
ガチガチとスプーンを皿に当て、脂汗を滲ませ挙動不審なパステオール。
目の前に座るのが妻のリエではなく、恐ろしい闘気をお持ちであるユリなのだから震えるのも仕方がない。
アマティセが心配そうにしているが、メニュはどこかご立腹のようだ。たぶん、パステオールがユリに迫ったことが原因だろう。
「メニュ、パパさんは二人の事を愛してると言ったのよ?」
「わかってます。でも、お母――じゃなくて、ユリさんの手をガシっ!てしてたし…ユリさんの悪口言って…」
手を握られてたことは逃れようのない事実だが、ユリへの悪口はユリの殺気により口にする前にパステオールが気絶したのでセーフでは?と思うユリ。
ユリがいまだガチガチと震えてるパステオールを見ると…。「ひぃ!?す、すみませんでしたー!!」とスプーンを持ったまま椅子から転げ落ちるパパさん。そこまで怖がられると、逆にユリが申し訳ない気持ちなる。
「メニュ姉…今ユリさんのこと、お母さんって言った?」
「そんなことないわよ…ねぇ、メニュ――…メニュ?」
アマティセが食べ終わった皿にスプーンを置きながらメニュに訊ねる。
ユリがフォローしようとしたが、メニュは真剣な表情でユリを見て、そしてアマティセに向き直り口を開く。
「ユリさんは…アマティセに話してあげた、お母さんじゃないよ――」
メニュの言葉にユリは少しホッとする。何故かパステオールもホッとしているが…。
アマティセは、少し残念…と言うべきか、何だか悲しさが勝る表情で俯く。
「――だから!」
「メニュ?」
「だから?」
「メニュ姉?」
だから!と言いながら椅子から立ち上がったメニュがユリに抱きつく。
みんながメニュを見ると、メニュは自慢気に言い放つ。
「今から、お母さんなの♪」
「へ?」
「え?」
呆気に取られ、開いた口が塞がらないパステオールとアマティセ。
「…あぁ、ええと、パステオールさん?」
「はっ!?ムリです!すみません…」
「まだ何も言ってません。メニュはいったん椅子に座りなさい。アマティセも口を閉じて、虫が入りますよ」
「は〜い」
「あ、うん…」
ユリの言葉を素直に聞くメニュ。アマティセも聞くが、まだ戸惑いながらの返事を返す。
「メニュ?今からお母さんと言うけど、私は子供を産んだことも育てたこともないわよ?それに、見た目からしてメニュの方がお姉さんに見えるわ」
「うんうん、俺もそう思う…」
「ボクもー…」
ユリはもちろんとして、パステオールとアマティセも見た目からの判断はユリの方が幼く見えると同意する。
しかし、メニュは「違うよ〜」と口を先を尖らせ、アマティセの横へ行くと耳元でゴニョゴニョと何かを伝える。
「――ほら、アマティセもお願いして!」
「は、恥ずかしいよ〜」
伝え終えたメニュがアマティセの背中を押しながらユリの前に連れてくる。
ユリは「お願い?」と、始めは何のことか忘れていたが、アマティセが「き、昨日の…えと…」と言葉を詰まらせ、自分の前で恥ずかしがるのを見て思い出した。
ユリはアマティセの頭を撫で、メニュに目線を向ける。
「ふふ♪…願いは一つだけだけど、メニュ達はこれでいいの?」
「はい♪今日だけ、お母さんになってください!」
「今日はユリさんをお母さんて呼んで良いよね!」
二人は笑顔でユリに答える。
二人の願い。昨日、ユリは二人に『明日は二人に一つだけ、私に出来る範囲内で願いを叶えてあげます!』と、酔っ払った勢いで言っていた。もちろんユリは、自分が発した言葉は覚えている。
笑顔の二人に、ユリがダメだと言える筈がない。ユリにびびりまくりのパステオールも笑顔でその様子を伺っている。
「あと半日…二人との約束…」
ユリは立ち上がり、アマティセの右手を握る。
「アマティセと同い年に見えちゃうけど――」
「ぜんぜん気になんないよ!」
アマティセが強くユリの手を握り返す。
右手を伸ばし、メニュの左手を握るユリ。
「メニュよりも背の低いお母さんだけど――」
「悪口言われたら、『私のお母さん、可愛いでしょ?』って言い返すから♪」
ユリの問いに、二人の願いは揺るがない。
ユリは(今日だけ…か…)と表情には出さないが、ほんの少しだけ残念がる。
「…悪口を言われたら、お母さんに言いなさい。すぐに土下座させます…アマティセも、我慢せずにお母さんに教えてね♪」
「さっすがぁお母さん♪」
「うん!」
両手に抱きつかれるユリ。
この後は、ユリお母さんとしての一日(半日)が始まる。
母親としての経験などないユリ。それでもなんとかなってしまうのがユリであり、メニュとアマティセの一日お母さんなのだ。