4話:ユリ、転移者に会う。
治療所は朝が一番忙しい。特に今日は、昨日が休診日だけあって、いつもの倍は居るのではないかと思うほどだ。
「はい、終わり!次、次!!」
「えっ!?いつもはもっと――」
「――軽症!打撲!数日安静!以上!」
そんな治療所の治療士のルーラは機嫌が悪い。
道端で転んでしまったおじいちゃんの治療を、擦り傷のみを治療魔法で治療し、後は大人しくしてろ張りの指示をして診療を終わらせる。
「次は!?なによ?風邪気味?薬師の所に行って、薬でも貰ってきなさいよ?」
まともな診断もせずに他力な事を言うルーラ。普段なら『大丈夫?』『いい薬はね?』など、親身になってくれる良い治療士なのだが、昨日の件で怒り心頭なルーラは診療を蔑ろにする。
「ゴホッゴホッ!でも咳が…」
「薬師に紹介状を書くから、診療終わり。はい次ー!――でしっ!?」
「…いい加減にしなさいよルーラ!診療をないがしろにしないのよ。公私は分けなさい!」
とうとうルーラにユリがキレた。
書類版の角がヒットしたルーラの頭にたん瘤ができる。
「いったいんだけどー!?」
「それは患者さんが一番思ってるでしょ!公私を分ける!昨日は昨日!」
「なによー!雷華が――モガモガッ!?」
危うく雷華の事を喋ろうとするルーラの口を塞ぐユリ。
ユリは「しょ、少々お待ちください!?」と患者に声をかけて、ルーラを引きずりながら退室していく。
何故ルーラがここまで機嫌が悪いのか?
それは、昨日の濃密なお出かけの話を聞かされたルーラがユリと一緒に行けなかった事と、ルーラが案内したかった秘密の場所に、なんと、成人した男と行ったと知ったからである。
では昨日、ラフォール初の濃密なお出かけをしたユリの話をしようと思う。
「ユリ〜…ユリ〜…」
「なによ〜、うっ!?頭痛が……」
ルーラの声に呑みすぎたユリは頭を抱える。
まだ日が昇る前の時間帯なので、ユリは「早く寝なさい…」と、まだ起きているルーラに言い布団を被る。
「ユリ〜…体が、動かないよ〜…」
「えっ!?」
ガバッと起き上がりながら布団を払うユリ。隣で仰向けになって青ざめているルーラを見てユリは確信する。
「魔力、枯渇…」
「…助けて〜、ユリ〜」
顔面蒼白なルーラの横にはインテリア…ではなく、インテリジェンスウェポンの雷華が寄り添うように置かれている。
ルーラが魔力枯渇になった原因は、間違いなく雷華との念話だ。
ユリは雷華を掴み上げて問いかける。
「何をやってるの雷華?」
『ぐぅ〜ぐぅ〜』
寝ていますよ?アピールをする雷華。
ユリはバシッと雷華を叩いて「寝たふりしない!そもそも寝ないでしょ!」と叱る。
『うぅ〜、だってだってぇルーラちゃんが――』
「――だってもそってもないでしょ!?なんでルーラにちゃんと説明しなかったの!」
『したもん!ルーラちゃんが「私はミュア族だよ!魔力なんて、有り余るほどあるから♪」って言ってたんだもん!?』
「……」
そう、雷華はちゃんと説明したのだ。
身のほど知らずなルーラが、見栄を張ったからこそ起きるべくして起きたことであり、お喋りに付き合った雷華は悪くない。
そして、今まさに苦しみながら唸っているルーラに、ユリはかける言葉が見つからない。
ルーラが魔力枯渇状態になったのは自業自得だと、その様子に呆れ果てるユリは悟った。
「…取り敢えず、ルーラの魔力をなんとかしないと…、どうすれば早く回復するか解る雷華?」
『うんと〜?自然に回復するのを待つ!かなぁ〜♪』
「自然に…、私の魔力を分けたらダメかしら?」
『ダメじゃないかなぁ〜?治療魔法じゃないと体内に魔力が浸透しないから〜』
ユリのベッドの上で「デ〜ト〜、デ〜ト〜」と苦しそうに唸っているルーラを、少しでも早く魔力枯渇状態から回復させてあげようとしたユリだが、他人の魔力を回復させるためには治療魔法が使えないとダメらしい。
そして、この街ヘランにはルーラ以外の治療士はいない。
「はぁ〜……よいしょっと――」
ユリはルーラをシーツごと雑に引きずり、ベッドから床へずり落とす。
ルーラが「もっと、やさしく〜」と弱々しい声で抗議されるが、ユリは無言でシーツを引きずる。
ずりずりとシーツに乗ったルーラを引きずるユリは、ルーラの部屋へと入る。ひょいとベッドにルーラを乗せると炊事場へと向かい水差しと果物を用意してルーラの部屋に戻ってきた。
「はい、お昼前には腕くらいなら動くらしいわ…」
ユリはお盆をルーラの枕元に置いて声をかける。
「デ、デェトは〜…」
「無理ね…明日には問題なく動けるようになるから、今日一日はお留守番なさい」
「そ、そんなぁ〜…」
喋ることしか出来ないルーラは大粒の涙を流しながら弱々しい声で項垂れる。
しまいには鼻水を垂らしながら子供のように喚き出した。
「う゛ぅ〜…行きだい〜!ユリどデェ〜ドゥ〜!でぇ〜どぉおーー!うわぁあ〜〜ん!」
「…はぁ〜、泣くくらいなら見栄を張らずに、雷華の言うことを聞けば良かったじゃない…」
「ずぴぃー!?…うぅ〜……」
ユリは呆れながも泣き喚くルーラの鼻にハンカチを当てる。
ルーラは鼻をかんで、少しばかり落ち着いた。
「行きたいぅ〜」
「もう、いい大人なんだから聞き分けなさいよ…今日行けなくても、来週の休診日に行けばいいでしょ?」
「……嫌!」
ユリは駄々を捏ねるルーラに言い聞かす。
それでもルーラは諦めようとしないので、ユリが「来週は、二人だけで行きたいですね〜」とわざとらしく呟いてみる。
「二人で!?……わかった。今日は大人しくし〜とこっ!楽しみだなぁ〜…うひひっ♪」
「うひひっ、て……まぁ、また約束を破れば――聞いてないわね…」
ルーラは品の無い笑み浮かべ、妄想の世界へと旅立つ。笑み浮かべているということは、表情筋を動かせるほどの元気は取り戻せたようだ。
ユリはべちゃべちゃになったハンカチを摘まんでから立ち上がり、妄想を継続中のルーラに気づかれないようにそっと部屋を出る。
ルーラの部屋から向かうは、自室ではなく炊事場だ。ユリは袖を捲り、米が入ったタライから米汁を捨て、それを土鍋風の鍋に水瓶から汲んだ水と一緒に移し、魔法でかまどに火をつける。
「玉子粥、それと…一昨日漬けた、キュウリの浅漬けでいいわよね…」
水瓶の上に一昨日から設置されたユリ特製漬物棚に置いてある日本語で"キュウリ"と書かれた小壺を取り小鉢に移す。
やることが無くなり、火にかけている土鍋を気にしながら20分ほどかまどの火入れ口を眺める。
「ふぁあ〜……ねむ…」
目を擦り、グツグツと音を立てる土鍋をかまどから外す。
蓋を取り味見とばかりにスプーンでお粥を掬いふぅふぅと息を吹き掛けてから口に運ぶ。
「ん…うん、しょっぱくも無く薄くもない…私的には美味く出来たけど、ルーラはお粥とか食べたことあるかしら?」
もう一口とばかりにお粥を口に運ぶユリ。
ここ5日間の食事はルーラが作ってくれていた。もちろん米を使った料理も作ってくれたが、白米のみでの料理は出てこなかった。
(風邪って訳でもないから――)
「――ふぅぁあ〜……眠い…もう少しだけ寝よ…」
眠気に負けて考える事をやめたユリは、かまどの火を水属性の魔法を使って消し、お粥が入った土鍋の蓋を閉めてから自室へと戻った。
休診日の治療所にやって来たメニュとアマティセ。今日はユリ達がヘラン街を散策する日だ。
昨日、酔っ払ったユリに誘われた二人は、ニコニコとしながら診療所のドアをノックする。
「「おはよーごさいまーす♪」」
ノックのあとに元気な挨拶をするが返事は無い。
姉弟は互いに顔を見合わせ首を傾げる。
「3の次(9時)だよねメニュ姉?」
「うん、ユリさん寝坊かなぁ〜?」
アマティセの問いに、ドアの鍵穴に髪止めを差し込んで、ガチャガチャと髪止めをいじりながら答えるメニュ。
鍵穴に差し込んだ髪止めに手応えがあったのか、「んっ?」と唸りドアノブを回す。
手先が器用なメニュの手にかかれば鍵を開けることなど朝飯前である。
「メニュ姉、泥棒みたいだよ…」
「…うるさい。さてと…入りますよ〜?」
「暗い…」
「暗いねぇ〜…」
二人は中へ入るがユリ達が起きている気配がない。たぶんまだ寝ているのであろうと、二人は真っ直ぐユリの部屋へと向かう。
「…ここかなぁ」
「ここだね、ユリさーん!」
「あっ!?また勝手に入っちゃ――」
メニュがドアを開けてユリが寝ている部屋の中へ突撃する。中では、ベッドの縁に手をかけたまま床に転がり「すー…すー…」と寝息を立てるユリがいた。
「ユ〜リっさん!起きてー」
「寝坊寝坊!」
「んぁ……ん、ぅん〜ん?…えっ!?メニュ、アマティセ!?」
姉弟に揺すられ慌てて目を覚ますユリ。ベッドの縁に押し付けていた右頬がマットの角にピッタリとハマる形になっているが、そこは気にせずルーラから借りた肩掛け鞄を雑に取りながら「お、お待たせ!?」と何とか取り繕う。
ちなみにユリは二度寝前に、これもルーラから借りた服に着替えていたので何時でも出掛ける事が可能だ。
「え?ルーラさんは?」
「先生も寝坊!」
「あっ!ふ、二人ども少しだげまっでて!?」
「「?」」
飛び起きたせいか故郷の鈍りが駄々漏れなユリは、バタバタと慌ててルーラの部屋へ行ってしまった。
アマティセが「先生も寝坊でしょ?」とメニュに訊ね、メニュは「そうっポイね」とユリのベッドに座りながら答える。
「ユリさんの寝顔、可愛かったね…」
「うん……って!ち、違う!違うからな!?」
「あはは♪顔が真っ赤だよ〜!」
「うるさい!うるさい!メニュ姉はいじわるだー!」
「あははは♪――」
メニュはアマティセをからかいながらユリ達を待つ。
しかし、部屋に戻って来たのはユリだけでルーラは姿はない。
「ルーラさんは?まだ起きないの?」
「あ、えと…ルーラは体調が優れないみたいで……」
「先生飲みすぎたんだよ!」
「残念〜ユリさんは酔いは大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
体調が優れないのはあながち嘘ではないが、雷華とお喋りし過ぎて魔力枯渇になったと話すには、余りにも色々とヤバすぎて二人には本当の事を話せない。
ルーラは飲みすぎによる体調不良ということにして二人には納得してもらった。
「やっぱり似合うよ!」
「え、う…少し可愛すぎ、かも…」
お出かけ一発目のお店は、街一番の子供服を取り扱うお店で、メニュの職場でもある。
服に興味がないアマティセは店の奥へお菓子を食べに行ってしまい、メニュの暴走を止める者がいない。
何故子供服のお店なのか?それはユリがツルペタ…まあ、察して欲しい。
「?…その服、いい感じに似合ってるよ!」
「ほらね!店長もああ言ってるし、買っちゃお買っちゃお♪」
「は…はぁ…」
ユリは黒を基調としたゴスロリ風の服を着せられたまま、メニュとメニュの上司で店長の女性にごり押し気味に売り込まれ、「半額でいいよ!」と店長がいい、メニュが「買った!」と勝手に購入した。
「ちょ、メニュ!?」
「大丈夫大丈夫〜♪」
戸惑うユリをよそにメニュは店の奥へと行ってしまう。
ユリは着ているゴスロリ風の服を見てため息をついていると、店長な商談用のスペースに案内され「座って!」と冷たいお茶を出される。
「い、いただきます…」
「どうぞ〜♪」
「!…お茶、緑茶!?」
「ご名答〜!ユーステリア産の日本茶だ。ユリちゃんは転移者だね?」
「は、はい」
「やっぱりか…うん、私はトキワ(常磐)・リエ(理依)。日本人で、2年前に転移してきた転移者だ!」
次はユリの番だと言わんばかりに、どうぞと手をさしのべるリエ店長。ユリは急すぎる展開に思考が追い付いていないようだ。
「ん?…もしかして、ユリちゃんは転移してきたばかり?」
「え!…そ、そうです。まだ1週間程しか…」
「そうだったかぁ〜。一応ね、転移者同士は『名前、自国、転移年数』を教え合う決まりだからさ!」
「あ、はい。ホソタニ(細谷)・ユリ(友里)です。同じ日本から転移しました。」
「おお!日本から!やったね♪そうかそうか、1週間だとまだ協会から管理員が来てないね?」
「管理、員?」
「そっ、管理員。国際転移者協会の人でね、色々世話してくれるんだよ。みんな良いやつらばっかだからね、この店を持てたのも協会のお陰さ♪」
リエが自慢の店を見渡しながらユリに説明する。
国際転移者協会の管理員は、転移者がラトゥールに現れた際、最低でも一ヶ月以内には接触してくる。
その時、協会に保護されるか自身で生きて行くかは転移者自身が決められるが、犯罪や奴隷になった転移者は強制的に協会へ身柄を拘束されるらしい。
また、リエのように保護されてから店を持ちたいと言えば支援してくれる制度もある。
ニコニコと嬉しそうに話すリエ。この街にはリエしか転移者がいないそうで、しかも同郷日本の転移者はひさしぶりだという。
「良い人達ですね♪」
「でしょ!転移者はみんなが家族、みんなで助け合おうって精神なんだよ!ユリにもそのうち来るからさ、楽しみにしてなよ♪」
「ええ、そうします。そう言えばリエさん、転移する前ノルンから体のどこかををいじられましたか?」
ユリの質問に、リエは「からだ?」と言いながら額に手を当てる。数秒ほど唸り「からだ〜……う〜ん、無いかな?」とユリに答え、ユリは「そうですか…」と少しだけ残念そうに呟く。
そこにメニュがアマティセを連れて店の奥から戻ってきた。
「ユリさん!こ、これ!?」
「あら…アマティセが作ったの?」
「つ、使えばいいよ!」
「ふふっ、ありがとうございます♪」
「ユリさんに『好きです!』って言わなくていいの〜♪」
「う、うるさいよメニュ姉!」
甥っ子に貰ったプレゼントは、髪を縛るため帯状になったカラフルな髪止めだ。
ユリは昨日から貰いっぱなしでは悪いので、アマティセの頭を撫でる。もちろんアマティセにはご褒美なのでまたメニュにからかわれた。
「ん〜?」
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんで"さん"づけなのかなって――」
ユリ達の会話に違和感を感じたらしく、リエは「メニュの弱みでも握ったの?」とユリに疑念を漏らす。
「弱みなんて…――」
「――店長違いますよ、ユリさんは見た目よりも年上なんですよ!」
「昨日、ルーラ先生と同じって言ってた!」
不穏な雰囲気を感じた姉弟がユリを庇う。
リエは二人の言葉に威圧感が消え、ユリを見て「ルーラさんと?」と声を溢し、しだいに驚いた表情に変わる。
「ぇえー!?こここっ、こんなに可愛いのに、アラフォーなのー!?」
「アラ…アラフォー…」
リエが驚く無理もない。
くどいようだがユリは、心は42才なババ…中年期の女性で、体はノルンのせいで12才か13才ほどまで若返ってしまっているのだ。
そんなユリは、アラフォーと言われて少し心が傷ついたようだが、なにも店長の言い方が悪い訳ではなく事実なので開き直るしかない。
「…そ、そうです!転移前の私は42才のおばさんです!!」
「「おおー!」」
「ぶふぅー♪(笑)」
ちょっぴり恥ずかしそうに頬を赤らませ、どこか変なおじさんを放出させる言い方なユリ。
姉弟は感嘆の声をあげ、リエは笑いのツボが浅いのか、口を押さえながら吹き出して笑い転げている。
「そこまで笑わなくても…」
「ごめんごめん!なんか違和感だらけで説得力無さすぎだからさ、それがめっちゃ面白くてね♪」
「違和…まぁ、私もいまだに違和感ばかりで、ルーラにも指摘されました…」
ユリは深刻な顔になる。実はリエが笑った理由はルーラからもからかわれたことで、ここ数日は、どうすれば話し方を変えられるのか悩んでいた。
「そう!そのしゃべり方!小学生みたいなのにすごく丁寧なしゃべり方だからしっくりこないんだ!」
「しょ、小学生…」
「試しにさ、『ユリはユリなの〜、よろしくねっ♪』って言ってみて!」
「なんでですか?バカっぽいのでお断り――」
「――いいからいいから♪3、2――」
ユリが年上と分かっても関係の無いことに興味を示すリエ。
リエの無茶ぶりに戸惑うユリは、リエのカウントを無視しようとメニュ達に目を向けるが、メニュとアマティセは期待の眼差しをユリに送っていた。
「――1、はい!」
「…はぁ〜…ユリはユリなの、夜露死苦ネ…」
期待に答え、リエの合図のあとにセリフを喋る。しかし、少し苛ついたのか殺気が漏れてしまい、メニュ達の顔が青ざめる。
「ひぃっ!?」
「メニュ姉ぇ!?」
「…こわっ!?夜露死苦とか死語だから!」
「死語って、普通に声に出しただけですが…」
「いやいやいや!?よろしくが夜露死苦になってたから!殺し屋みたいなオーラ出てたから!?」
殺気は無自覚なのでユリは気づいていない。
リエも、殺気と言うよりユリの姿と声色の雰囲気で言っただけのようだ。
その言葉にユリは「殺し屋、みたいなですか…」と、店の鏡に映る自分を見て呟く。
「そんなに落ち込まないでよ冗談だからさ、なんでそんな体になったのか聞かせてよ?」
「…それは――」
リエに着席を促され、ユリは椅子に座りノルンのせいで体が若返ってしまったと説明する。
ユリの説明中メニュはアマティセがユリにプレゼントした髪止めを使い、ユリのセミロングな髪型を可愛らしいポニーテールへと変えて遊んでいる。
「――それから雪山に…メニュ、いいかげん――」
ポニーテールにした毛先をふぁさふぁさして遊んでいるメニュにユリが注意をしようとしたが、丁度なのかタイミングが悪いのか、店のドアから若い兵士が剣を抜いたまま入ってくる。
「――大丈夫ですかリエさん!?ここから邪悪な気配が…え?」
「え?、じゃねぇから?何が邪悪なだ、バカかお前?」
キツネにでもつままれたような表情の兵士に、リエが耳を抓ながら兵士の言う邪悪な気配を発しながら組伏せる。
「お客様がいんのに、なに抜刀して入ってんだよ?帰ったら井戸に吊るすかんな?」
「い、いででっ!でも、たしかにリエさんのお店から――」
卍固めをされる兵士。メニュがユリに「リエさんの義理の弟さんです」と教えてくれた。転移者のリエは結婚していたようだ。
「義理の…あら、ロマウさんでしたか」
「いだだ!?…え?ぁあ!?君はこの前の!」
「なんだよユリとも知り合いか、ロマウのくせにムカつく――」
「なんでっ!?ぐぎがぎぎぐるじぃい!?………」
「こえぇー」
「かわいそ…」
ユリがロマウの事を思い出した。ロマウもユリの顔を見て思い出したが、腹の虫が治まらないリエから卍固めからの首締めをされて白眼を向いて気絶した。それを見ていた姉弟はロマウのだらしない顔にドン引きである。
「よっと…ごめんね、ロマウが驚かせたな!」
「あ、いえ…大丈夫――」
「相変わらず店長は強いです!」
「コブラ何とかやってよー!」
リエの謝罪に理解が追い付かないユリ。その逆で、姉弟達は見慣れた光景なのでリエを囃し立てる。
「コブラかぁ〜♪アマティセにかけるかなー!」
「わー!?やだやだー!」
「あっ逃げた!」
逃げたアマティセを追いかけるリエ。アマティセはすぐに捕まり、軽くコブラ何とかをかけられた。最後は姉のメニュも参戦してくすぐりの刑にされたアマティセ、笑い転げすぎて過呼吸になっている。
「あはは♪ユリさんそんなわけだからさ、その服はプレゼントするよ!」
「プレゼント?得体の知れない私にですか?」
リエは前ふりもなくユリに服をあげると伝える。
ユリは「ちゃんとお支払します」と断るが、リエは首を横に振り、いまだメニュにくすぐられているアマティセに目を向ける。
「ユリさんはアマティセを助けてくれた…」
「私は応急処置をしただけで――」
「――それが無ければ、アマティセは死んでた。メニュから聞いた…ルーラさんが驚くほど完璧な処置だったって、この世界ではまだ無い技術、ともね…」
リエの目が潤みがかり声色が涙声に変わる。
その表情からユリは、先ほどリエが転移者協会の話をした時の事を思い出し、リエにとってアマティセは大切な家族なのだと理解した。
「転移、者…元看護士ですので…」
「うん、アマティセ達と一緒に店に来た瞬間分かってた。でも、子供だったから警戒してた。ごめんなさい…」
リエは頭を下げてユリに謝罪する。
実はロマウが来たのはたまたまでも気配を感じたからでもない。アマティセの処置をしたユリを知る人物で、現場にいた身内であり記憶がたしかだったので事前に呼ばれていたのだ。
「謝らないでください。私もアマティセが元気になってくれたのは嬉しいですから…」
「うん…うん、ありがとうユリさん。アマティセを、助けてぐれてありがとう…ありがとう…」
「!?…リエ…」
ユリに抱きつき大粒の涙を流すリエ。
看護士に成り立てのユリが、始めて患者の家族から感謝された事を思い出し、リエの背中を優しく擦る。
その優しく温かいユリの心は、抱きつくリエも、いつの間にかリエと同じように泣いているメニュとアマティセも包み込んでいる様に感じた。
「ありがとう、ユリさん」
「また言いましたよ?ありがとうは何回も言うものではありません…」
「あっ、はい」
「店長が怒られてる…」
「すげぇー」
目を腫らしたリエは「あはは、怒られたわぁ♪」と恥ずかしそうに頬を掻く。
恥ずかしがるリエが転移してからの事をユリに教えてくれた。
転移してから半年でヘランに店を出せた。その時、店の内装をしていたロマウの兄と恋に落ち電撃結婚したそうで、まだ子供はいないそうだ。
「店長は口が悪いですが、すごく優しいです!」
「お菓子、いっばいくれる!」
「言葉は生まれつきだ!アマティセはお菓子ばっかだな!?」
「ふふふっ♪」
ここぞとばかりに店長であるリエをからかう姉のメニュとお菓子が大好きなアマティセ。
この姉弟も一緒に住んではいないがリエの家族だ。メニュは領立学校を出ていない"未修学生"と呼ばれる下級市民で、この世界にもスラムと呼ばれる裏町に住んでいたらしい。
開店当時リエの店は忙しいく、かといって人を雇う余裕はなかったので、リエと旦那さんで切り盛りしていたそうだ。
ある日、旦那さんが閉店後、店の鍵をかけ忘れてしまい、当時は冬場だったため、メニュとアマティセが寒さに凍えて店に侵入した。
翌日、リエが店に来ると姉弟が売り物の服を着て寝ていたが、リエは兵士につき出すことなくその日は店を休業し、メニュとアマティセに合いそうな服を作り始めたそうだ。
ガタガタとミシンの音で起きた姉弟は、リエにバレないよう逃げようとしたが、リエに『もうすぐ出来るから!パン食って待ってろ!!』と怒鳴られたそうで、逃げるに逃げれず、泣きながらパンをかじりつつリエの作業が終わるのを待っていたらしい。
リエは作業が終わると『着なさい!』とメニュとアマティセに服を渡して、『着替えて…』と目を輝かせてたらしい。
着替えてからリエはメニュとアマティセの可愛さに悶絶して喜び、ついでにと雇用契約書と書かれた紙を渡した。だが、メニュが読み書き出来ないとリエに伝えると、リエは号泣しながらメニュ達の生活を聞いてくれたらしい。
『今日から家族!いい!メニュ!アマティセ!』
リエのこの言葉で、メニュは店員に雇用され、アマティセはメニュの給金で学校に通える様になった。
「うぅ…ぐすん…いい話ね…ぐすん…」
先ほどのリエ以上に大粒の涙を流すユリ。見た目は少女だがユリの精神年齢はアラフォーなので、涙腺は年相応のようだ。
「…メニュも、アマティセも、リエさんに出会えて良かったわね!」
「もぐもぐ…まあねぇ」
「リエさんも、ユリさんも、私達姉弟の命の恩人です!」
感情的になるユリは、昨日の酔っ払った時の様にアマティセとメニュを抱きしめる。
メニュからもユリに抱きつき、アマティセは恥ずかしいのか頬を赤らませながら強がる。
「だな!アマティセはお菓子ばっか食ってないでちゃんと話を聞けよ?ユリに愛想を尽かされない様にな♪」
「ぐぶっ!?ゲホッゲホッ!!つ、尽かされないよ!変なこと言うなっ!?」
「可愛い可愛い、甥っ子だもんねぇ♪」
「う、うるさいメニュ姉!もういいよ!」
リエとメニュにからかれたアマティセは、店の奥へと逃げて行った。
「ませてんなぁ〜」
「リエさん、あの年齢なら普通ですよ?ませるのはもう少し後です」
「そうですよ!もう少し経つと、アマティセも生意気になっちゃいます!今がチャンスなんです!」
子供がいないうえ男勝りなリエにはわからないようで、ませるとは大人びると言う意味なので、アラフォー独身なユリと無学なメニュにまで指摘される。
「チャンスってなんだよ…まあいいや。でさ、さっきのプレゼントだけど、ユリさんが良ければ貰ってくれないか?」
リエはユリが着ている服を指して再度先ほどの事を訊ねる。
ユリは先ほど断ったが今の話を聞いて、リエの好意を無下になど出来ない。
「ええ、喜んで♪」
「うん、ありがとうなユリさん!」
「ですが…」
「うぇ?」
しかしユリは、リエに1つだけ断りを入れたいと思っていることがある。
自分が着ているゴスロリ風の服を苦笑いしながら眺める。いくらユリが小学生だか中学生だか分からない容姿になっても、心がアラフォーおばさんなので、こういった服には抵抗があるようだ。
ユリはメニュとリエを交互に見てこう言った。
「この服じゃ無いのでもいいかしら?」