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2話:夜空を見上げ、星座を語る。

 6時間ほど歩き続けるも、ユリが舗装した道はまだまだ続く。

ユリは自分でしでかした事の重大さを今まさに実感しているところだ。


「湖が…」


今、ユリが歩いている所は湖にできた道だ。まるで地球にあるモンサンなんちゃらに続く道にそっくりである。


「まだ半分か…気が滅入るわね」


ピチピチと跳ねる小魚を「右と左、どっちかしら?」と迷いながら交互に湖へ戻す。たぶんどっちでもいいと思う。


「なんか、食べても美味しくなさそう…」


加害者の発言にしては失礼極まりないが、打ち上げられた小魚は色鮮やかで深海魚ようなブヨブヨした姿をしている。

先ほど湖へ戻すと言ったが、ユリはそのブヨブヨした姿が気持ち悪くて素手ではなく足先でつついて湖へと落としている。

まあ、ちゃんと戻してあげる辺りユリの優しさが出ているとしておこう。


そんなユリは小魚を戻しつつ(蹴り落として)3時間ほど歩いて湖の反対側までたどり着いた。

ラートゥルの空にはすでに朝日が昇り、森から小鳥の囀りが聞こえている。


「長かった。ほんとーに、長かったぁ〜」


ユリは湖の畔にある根元が朽ち果てて倒れいた木にもたれ掛かる。別に疲れた訳ではないが休憩場所にはちょうどいいらしい。


「雷華はどうしてるかしら?」


明るくなってきた辺りから火魔法を使わなくなり、ある程度は魔力が回復しているとユリは感じている。

魔力を節約するのは勿論だが、一人寂しく休憩するのも退屈なので雷華の様子でもと柄を握り「起きてる雷華?」と人ではない鉄の塊…魔剣に話しかける。。

雷華は『やほ〜♪』と心を踊らせたような念話を飛ばしてくる。


『ユリちゃんスゴいねー!自分で道を作るなんて、普通なら誰も考えないよ〜』

「また記憶を覗いたの?まあいいけど…普通ならって、ラートゥルには魔法を使える人がたくさんいるでしょ?」


ユリの情報や記憶は雷華に筒抜けだ。雷華はユリの問いに『いるよー』と答えて言葉を続ける。


『でも、ユリちゃんの魔力量じゃないと出来ないかなぁ〜?』

「そうなの?」

『そだよー♪たぶん普通ならこの木の長さで魔力が枯渇で〜、無理に長くしたら死んじゃうかもー』

「これだけで…死ぬ…」


雷華の話しにユリは改めて自身の魔力量が如何に膨大なのかを悟る。

なにせユリが舗装した道はまだまだ先へと続いているのだ。

ユリはキレイに舗装した一本道を見る。どう考えても普通の人の数百、いや、数千倍の魔力量を持っている。


そんな人外な魔力量をほこるユリに雷華が『ユリちゃん後ろ、後ろ!?』と念話を送ってくる。

ユリは「後ろ?」と言いながら振り向く。


「…あら」


振り向いた先は森が広がり、朝日に照らされ木漏れ日が差している。

その木の影に昨日魔力を取っていった双子の狐がユリを覗き見ていた。

二匹はまだユリに気づかれていないと思っているが、ユリから見たらモフモフの尻尾とツンと尖った耳が丸見えである。


『またイジメるの?』

「違うわよ、ただ話を聞きに行くだけ…」


立ち上がるユリに雷華が訊ね、ユリは違うと言うが心は何処かソワソワしている。たぶん双子達のモフモフを堪能したいのだ。


ユリは双子達に気づかれないように忍び足で近づく。


((嫌だなぁ〜、帰りたいなぁ〜))


土をいじっている二匹はまだ気づかない、まずここで何をしに来たのかは不明だが、残念なことに迫り来る魔獣(ユリ)のモフモフタイムが始まってしまう。


「昨日ぶりね♪」

((ぎゃぁーー!?))


ユリに抱き抱えられた双子の狐。驚きのあまり毛を逆立てたまま硬直してしまった。

そんなことはお構い無しにユリがモフモフを堪能する。


「はぁ〜、モフモフ〜」


満足したのか、ユリは固まる二匹を交互に見て地面に下ろしてあげる。

地面に着いたのがわかったのか、硬直していた体がまるで金縛りが解けるように急に動きだし、二匹は互いに抱き合うと震えながら生きている喜びを分かち合う。


((よかったよ〜!?よかったね〜!?生きてる〜、生きてるよ〜))


いまだに足はガクガクと震えている。たぶんユリに食べられる(殺されてしまう)と思ってたに違いない。

そんな二匹の前にユリはしゃがんで話しかける。


「おはよう。こんな所で何をしているの?」

((な、なにもしてないよ!?お母様に怒られてないよ!?))

「お母様?」


なにもしていないと言いつつも二匹のお母様からお叱りを受けてここにいることがわかった。

まあ、間違いなくユリの件で怒られたのだろうが、なぜまたユリの前に現れたのかは不明だ。


((は、早く出ていってくれないと、僕たちまた怒られちゃう!!))


ユリは何となくだが状況を理解する。

双子の狐はユリへの罰を中途半端に切り上げた(魔獣と怖がり逃げた)のと、この異常な道を作られたことに対する非常識極まりないことにご立腹なのだと。

雷華が教えてくれたことだが、精霊とはその土地を管理する土地神みたいなもので、子供みたいな姿の精霊はその土地神の子なのだと言っていた。


早く出ていけと、そんな事を言われてもここが何処なのかもわからないユリは困ってしまう。


「そしたいのはやまやまなのだけど、私は迷子でどこへ行けばいいのかわからないの、一応真っ直ぐ行けば森から出れると思うのだけど…」

((あちはダメー!?む、向こう側に行って!))


双子の狐が指差す先は舗装した道を90度くらい右に外れた方角で、少し行くと山になっているところだ。


「山に登れ、か……この道は――」

((――ダメー!?あっち、あっちー!))


山に登るのが面倒なユリ。舗装した道を見ながら訊ねるが、双子の狐はユリを警戒しながら山の方へ行けと言う。

そこまで頑なに言う理由はなんなのか、気になるユリは双子の狐に訊ねようと口を開こうとした。


「なに、この嫌な感じ…」


なんと言えばいいのか。ユリは姿の見えない視線なのか雰囲気なのか、なんだかとてつもなく強い気を感じ取る。

双子の狐が((お母様だぁー!?))と震えながら叫んでいるので、この気はこの子達のお母様の精霊なのだろう。


「お、お母様は怒ってるの?」

((うん!?そう!?だから、早く出てってよぉ〜、怖いよ〜))


ユリでも恐怖するほどの殺気だ。双子の狐も自分達に向けられた殺気を怖がり、早くユリを追い出そうと泣きながら懇願する。

なんだか可哀相になってきたので、ユリは「じゃ、じゃぁ行くわね」とモフモフを名残惜しそうにしながらな去ることにする。


「…モフモフ…」


後ろ髪を引かれながらトボトボ歩くユリ。一方、双子の狐達はユリを見届けるために木の影から覗いている。


((行ったね、行ったよ。怒られちゃうけど…))


ユリの後ろ姿を眺めながら塞ぎ込む双子の狐。


((今はまだ。いつの日か、また来たら…))


そう呟いた双子の狐はユリが山に入るのを確認すると、隠れていた木の影からスッと姿を消した。





 山に入り急な斜面を避けながら前に進むユリ。

雨が降ったのか、地面は泥濘るんでいてユリの手足は泥まみれだ。


「きゃっ!?」


泥濘に足を取られ、前のめりで地面にダイブする。今度は泥かと、ラートゥルに来てたか踏んだり蹴ったりなユリは、日が差し込んでいる場所を見てけ、とりあえず泥を洗い流そうと魔法を使う。


「水、バケツくらいの水…」


慎重に魔力を左手に集める。灯り代わりに使っていた火属性魔法で慣れた左手を使うのは、あの太陽モドキを再現しないためだ。

上手く水を出せたユリは、とりあえず腕を洗いローブを脱いで装備品を外す。


「うわっ、ドロドロ…」


リアクション芸人顔負けな泥塗れなユリ。今回は乾かすだけではダメなので、まずはローブを洗って乾かしてからそれ以外の服を洗うことにする。


「そよ風に熱気を〜」


十八番のドライヤー魔法もバージョンアップした。ローブはすぐに乾き、ユリは着ている服を脱ぐ。

洗濯板なる物がないので洗い方は洗濯機の要領だ。バケツサイズの水に回転を加え、1つずつ丁寧に洗っていく。

洗い終われば脱水だ。これはもう自分で絞るしかないので装具以外を中学年か小学生か分からない腕力で懸命に絞る。


「早く乾け〜」


洗った服を木の枝に掛けてドライヤー魔法を両手で使う。

なんだか言ってもユリはコツを掴むのが早い。魔力の消費を先ほどよりも抑えながら発動している辺り、十八番と言うよりユリ自身がドライヤーになったみたいだ。


服を着て装具を取り付けているユリ。


(今思うと、ド○○エみたい…)


そんな事を思いながらバックを背負い「行きますかっ」と気合いを入れ直す。

ちょっと喉が渇いたので、両手でお椀を作り水を出す。


「ゴクッゴクッ、はぁ〜」


ユリは勢いよく水を飲み干す。

昨日までは川の水がどうのと言っていたが、やはり喉の渇きに耐えられず自分で出した水を山を登る前辺りから飲むことにしたのだ。


休憩を挟みつつ山を登る。休憩中は雷華の念話を聞くのだが、雷華は『木を伐っちゃえばー?』『道とか作れば?』と無責任な事を言ってくる。

その都度ユリが「ダメ」と言ってから理由を説明している。


頂上に着いて計4度目の休憩中。


『やるッきゃないでしょ!』

「でもねぇ…」


登ってきた斜面の反対側だが、山の裏側は大草原が広がっていた。

そして、すぐ先には行く手を阻むようにチフラウルフ(雷華が教えてくれた)の群が大きな水溜まりで水を飲んでいる。


「迂回しようかしら…」

『見つかったら追い付かれちゃうよ?大丈夫!ユリちゃんなら倒せるよ♪』


それは間違いないと思うがユリは魔法を使う事を躊躇する。

すでに魔法を使い始めてから丸一日が経つが、ユリは魔法を使う時は精神状態が正常でないと魔法が暴走してしまうと考えている。

今、またあのようなことになれば大惨事必死だ。


『雷なんてどうかな?』

「…雷ねぇ」


躊躇しているユリへ雷華が能天気に提案してくる。

ここは殺らねば殺られる世界だ、雷華が『やっちやいなyo♪』とラップ調で言ったところでユリも腹を括る。


「雷〜、一本だけ〜…一本だけよ〜…」


目を瞑り、ユリはイメージしながら魔力を高める。

雲一つない空にどす黒い雲ができ始め、チフラウルフの図上から黄色い閃光が落ちる。


「えっ!?きゃぁーー!?」


けたたましい轟音とともに爆風が舞い起こる。

吹き飛ばされそうになるユリは木にしがみつきなんとか爆風を耐えた。


「な、なんだったの今の…」


自分でもなにが起きたのか解っていないユリは雷華を掴み説明を求める。


『魔力の調節が取れてなくて、慣れてない属性だからかも〜』

「慣れて……あっ!」


雷華の説明を聞いたユリは心当りがあった。

今の雷属性、太陽モドキの火属性、かまいたちと名付けた風属性、道を舗装した土属性、そして山に登る前に水を飲もうとしたら広範囲がスコールになった。山の地面が泥濘るんでいたのはユリの魔法によるものだ。

一度目は魔法を暴走させるが、二度目はちゃんと調節出来る。まあなんだ、一度は失敗しろと言われているのだと考えるしかない。


『もう一回やって♪』

「やりません!」


呑気な雷華は『いいじゃ〜ん』と駄々をこねる。

ユリは「良くないの!」と言いながら雷が落ちた場所を見に行く。


『隕石でも落ちたかな?』

「わかってて言ってない?これは私がやったのよ…」

『知ってる〜♪比喩だよ比喩〜♪』

「まったくもぅ、とりあえず平らにしなくちゃ…」


ユリが落とした雷は水溜まりを蒸発させ、水蒸気爆発を起こし、地面を隕石が落ちたくらいのクレーターを作っていた。

別に元に戻さなくてもいいのだが、ユリは魔法の練習を兼ねてクレーターを平地に戻すようだ。


「この範囲だけ、この範囲だけ…」


少しずつ魔力を込めて地面を戻す。


「ふぅ〜、こんな感じで上手くなれば…」


直した箇所を歩くユリ。地面はしっかり固く、平らで不純物も無い土建屋が驚くほどの立派な基礎が出来上がった。


あまりにもキレイに戻せたので、ユリは真ん中に魔法で石版を設置する。


「ラートゥル二日目、魔法で空けた穴を埋め戻す。細谷友里、と…」


なんの記念かはわからないが、ユリは満足そうな顔でその場を去る。

もうすぐ夜だが、魔法を極めたユリには怖いものなど無い…はず。





「星がキレイに見えるわね〜」

『ね〜♪』


大草原のど真ん中で仰向けになって星を見ているユリと雷華。


「ね〜♪って、雷華は見えないでしょ?」

『見えないよ〜?でも、ユリちゃんが感動してるのはわかるし、あとで記憶を読めばOK♪』

「適当ねぇー、まぁ雷華がいいならいいけど…」


そんな話をしつつ二人(一人と一本)は夜空を見続ける。

直接見ることのできない雷華にユリは星座を教える。


「あれがペガサス…えっ?」

『どうしたの〜?』

「同じ…同じだわ…」


星座を指差すユリは気づいてしまった。

ラートゥルの夜空と、地球で見ていた夜空が丸っきり一緒だったのだ。ユリは(まさか?)と思い北を見る。


「北斗…七星」

『あれ?ユリちゃん知らないの?』

「知らないのって、雷華は何を知ってるの?『ぇえ!?ラートゥルと地球は隣り合わせで存在してるんだよー!ノルン様に聞いて無いのー!?』


聞いて無いもなにも、ユリはノルンにさっさと行け言わんばかりにラートゥルへ放り出されたので知るわけがない。

(またしてもノルンか…)と、ユリは怒りがこみ上げる。


「どういうことか説明してくれる?」

『んとね〜――』


説明を雷華に求める。

雷華は難しい言葉は苦手なようで、途中途中で理解に苦しむユリだがなんとか理解する事ができた。


「――別空間ね〜」


雷華の説明はこうだ。


・地球の公転の内側をラートゥルが公転している。

・近くと言っても宇宙空間が別なので互いからは見えない。

・二つの星は反発し合うように並んで公転してるため、ラートゥルの自転は地球とは真逆。

・ラートゥルから見た天体そのものも地球から見た天体と位置は一緒だが、地球での宇宙空間とは別の星らしい。


『不思議だねー』

「…そうねぇ」


貴女も不思議魔剣ですが?と言いたそうなユリ。

また夜空を見上げて雷華の説明を思い返す。指を差しながら声に出して星座の名を雷華に教える。


「あれが…箱座」

『はこ〜♪』

「あれは、皿座」

『さらさらー♪』


主要な星座を言い終わり、ユリは適当に星座を作る。

雷華はユリが適当に作る星座を、楽しそうに復唱している。

ちなみに雷華は星座の知識は無いらしい。と、言うよりも天体はもとより全ての惑星の名を知っているので、星座とかの知識はあまり必要ないのだ。

かといってどれがどの惑星かは、ラートゥルの夜空を見てもわからないので、無駄な知識だと言っていた。


「さてと、よいしょ…」

『あそこに行くの〜?』


オバサンくさい口癖で立ち上がるユリ。

雷華があそこと言ったのは、ユリが仰向けに寝そべる前、ずーと先に光を見つけてユリが「街灯り!」と歓喜したことだ。


「だいぶ遠いから、もう行こうと思うの…」

『寝ないの〜?大丈夫?』


雷華はユリがここで休むのだと思っていたようだ。

しかしユリは「寝むくないの…、あと、早く人にも会いたいしね」と返事を返す。


『そうだよね…うん、早く会えるといいね!』

「…どうかしたの雷華?」

『な、なんにもないよ!?ほ、ほら!?魔力も消費しちゃうから念話は終りー!』

「雷華?」


自分から終りを告げる雷華。

その後もユリは雷華に話しかけるが念話は返ってこない。

なにか雷華の気にさわることでも言ったのか、そう考えながらユリは草原を歩く。


30分ほど歩きユリは雷華の柄を握る。


(雷華、聞こえてる?)


今まで声に出して話していたが、今回は声に出さずに自身も雷華の念話と同じように念じる。

しかし、雷華からの返事は無い。

それでもユリは雷華に話しかける。


(拗ねないで雷華…大丈夫。私は雷華を忘れたりしないわ…だから、こうして頭の中で話しかけてるのだけど――)

『……』


返事は無いが、ユリはわかっている。雷華はユリの話を聞いていることを。


(――我慢して聞き分けよくしないと、なんて思わなくていいのよ?雷華はそんな事を気にしなくていいから……でないと――)

『……』


雷華は知識はあるのだが、ユリから見ればまだ子供だ。

雷華が拗ねていると気付いたのも、それだけの経験がユリに合ったからだと思う。

優しく諭すユリだが、雷華は返事をしない。雷華の剣先が地面に触れる。


(ここに突き刺して置いてくけど――)

『――やだやだー!?一緒にいくっ!置いてかないでよ〜!?』


地面に触れると雷華は慌てて念話を送ってきた。

やっとか、とユリは思ったが少し安堵した表情をして地面から雷華を放す。


(嘘よ。雷華を置いていかないわ…)

『で、でも今、本気だった!』

(ちゃんと返事をすればこんなことしないわよ?)

『だ、だってだって!街に行ったらユリちゃん……わたしと、お話ししてくれなくなるかもって……』


ユリは「やっぱり…」と呆れたように呟く。

雷華はユリが人と出会えば、自分をかまってくれなくなると思ったようだ。

ユリは雷華の鞘をベシッ!と叩く。


『って!?』

(痛くないでしょ?もう、雷華を蔑ろにしないわよ…)

『うぅ〜、ほんとにー?』

(ほんとにほんと、私の心を読めばわかるんじゃないかしら?)


ユリに促されるまま、雷華はユリの気持ちを読む。


『…ともだち?』

(そう友達。もう雷華と私は友達でしょ?違う?)


雷華は『友達!』と元気に言ってくる。

ユリは鞘から雷華を抜いて横にひと振りする。


「雷華は魔剣、私は人。でも、こうして言葉を交わしてる。それと、私だけじゃここまで来れなかったしね♪)


照れ隠しでおどけてみせる。ラートゥルに来て不安だらけのユリがどれだけ雷華に助けられたか。

そんな雷華を蔑ろになんかしない。


(じゃっ、行きますか)

『行こー行こー♪』


二人なら、これからの困難を乗り越えられる。ユリはそう想いながら雷華と草原を進む。

満天の星空の下、ユリと雷華の想いが繋がた。





 大草原から湿地に変わり、湿地を抜けるとまた草原に変わる。

それを繰り返すこと三回、今はユリの背丈よりも高い草藪を進んでいるところだ。


「もう腕がパンパン…」

『ガンバレー♪』


草苅機にされた雷華は楽しそうにユリを応援している。

雷華の切れ味は抜群なのだが、何分、ユリは空腹過ぎて雷華を振るのには不十分な力しか発揮出来ない。


「たぶん、もう少しで…ごはん…」


残りの力を振り絞り草を苅る。

時刻は夕方だ、風に乗って美味しそうな匂いがユリの元へと届いている。


空腹に耐え、最後のひと振りを草にお見舞いする。


「消えれーー!」


疲れからかユリのネイティブな方言は、かなり広範囲に響いた。

野犬かなに暗くてかわからないが、動物達がユリとは逆の方へと逃げて行く。


「ご、ごはんが!お肉!?」


ユリは逃げて行く野犬を肉の塊と間違えるほど空腹らしい。

雷華が『お肉〜♪』と一緒になって間違えるが、ユリに『あと少しで街だよー!ガンバレー♪』と本来の道筋に戻してあげる。

しかし街はすぐそこだといいつつもまた草藪が現れた。

またか、と思ったユリ。正直、頑張れとしか言いようがない。




そして、ユリと雷華の3日間は、一話の冒頭へと戻り現在へと到る。

。ユリは「ごはん、ごはん」と呪文を唱えながら街に向かう。


着いたとたん、ユリは人目もはばからず地面にへばりつく。

見た目が少女なユリが倒れたのだが田舎な街人が寄ってくる事はなく、それよりも大変な事が起きていた。


「おい!子供が荷馬車に引かれたぞ!」

「早く治療士を呼んでこい!」

「ち…血が止まんねーよ!」


地面にへばりつくユリの数メール先に人だかりができ、皆が荷馬車に引かれた子供を心配そうに眺めている。

とうの荷馬車の御者は顔面蒼白で佇んでいた。


「き…急に、出てきたんだ…急に…」


御者は引いてしまった子供を見るが、自分は悪くないと言い聞かせている。


「ダメだ!駐在治療士は隣村に行ってて、早馬を出しても1刻は来れねぇって!?」

「1刻じゃ死んじまう!」

「でも、俺らじゃ何も出来ねぇ…」


街の大人達は、治療士が不在で子供の治療が出来ない事に諦めかける。

すると、野次馬の後ろがざわめきだし、徐々に中心へと伝播する。


『ユリちゃん!』

(わかってる!)


たまたま雷華が手に触れていてユリに念話を送る。ユリは起き上がり人混みの中へと駆け込んで行く。


「…通して…うっ、早くっ…通してください…きゃっ!?」


人垣を掻き分けてきたユリは、荷馬車と子供の元へたどり着く…


「いたたっ……引かれた子供は!?」

「なんだ、子供はひっこんでろ」

「他の街のもんがしゃしゃりでるな!」


ユリが叫びながら聞くが、子供の近くにいた大人達は街の者ではないユリを、冷たくあしらう。


「……」


あしらわれたユリは、その言葉を無視して子供の元へ歩きだす。


「んだから!よそもんは!…?」


ユリを止めようとした男性が、ユリの肩を掴もうとしたが躊躇する。

それは、ユリがローブの袖をちぎりはじめ、引かれた子供の足に巻き付けはじめたからだ。


「…右半身を、完全に引き潰されたのね…」


ユリは大量に血が出て折れ曲がった右足の付け根を硬く縛りながら他の出血箇所を探す。


(腕は折れてない…あばらは……!?)


ユリは右側の胴体を手で触り、何かに気づいて服を破いた。


「…やはり、左の肺を圧迫してる……」


子供のあばら骨は右の肺を貫通していて、しかも右の肺は完全に潰されいる。


「血抜きで…しかも左の肺の保護をしながら…その後に止血…」


おもむろに短剣を抜いたユリに周りがざわめくが、それをユリは無視して短剣に火魔法をかざす。


「我慢するのよ…」


右脇から火であぶした短剣をゆっくりと差し込む。周りには肉を焼いたときの臭いが立ちこめる。


(たぶん、これで血が止まる…)


右脇から計3ヵ所を刺して、うち1ヶ所は血抜きのために炙っていない短剣で指し抜く。


「…おい、あんた…子供になんて事を!」


一人の男性がユリの肩を掴むみ、怒りを向けながら言う。


「治療士…と言う人が来るまで何時間?」


ユリは肩を掴まれながらも男性に質問する。

男性は質問に質問を返された事に腹を立てて激情した。


「子供を殺しておいて、なにが時間だ!?子供だからって容赦し――」

「――3時間までなら持つはずよ…それまでに治療士と言うのが来ないなら、この子は助からない…」


今にも殴りかかりそうな男性に、ユリは平静を保ちながら答える。


「な…なにが持つだ!今刺していたのはなんだ!?」


ユリの言葉に何を信じるかは別として、刺していた事実を男性は問いただす。

ユリは周りを見ながらそれに答える。


「今のはあくまで応急処置よ、肺から血を抜いて、出血ヵ所を熱で止めた…足に巻いたのも止血するため…誰か、板を貰えない?」


そう言いきるとユリは立ち上がりながら、板を求めて周りの野次馬に声をかける。

だが誰も顔を合わせようとしない、閉鎖的な田舎街の住人は、ユリの言葉に気概的なのだ。


「…そう、なら…」


ユリは荷馬車に積んである積み荷の1つを荷台から降ろし、木箱の蓋を破壊する。

破壊した木片を持ち、子供の折れて止血中の右足に当て固定する。


「ボケッとしないで、子供を板に乗せて!治療士が使ってる施設に運んで!」


ユリの怒号に周りの者が慌てて動き始めた。

板にしっかりと子供を固定していると人混みを掻き分け兵士らしき二人組が現れる。


「この騒ぎはなんだ!」

「こ、このガキがっ!?」


男性がユリを指差し兵士に告げる。

二人組の兵士はユリに槍を突き付け、中年の兵士が訊ねる。


「騒ぎの元凶はお前か!」

「私は応急措置をしただけよ?」


手についた血を拭きなが答えるユリ。

兵士はユリの態度が気に食わないのか、隣にいる若い兵士に「つれてけっ!」と命令す

る。


「悪いけど訳は駐屯所で聞くから僕に付いて来てくれ…」

「大人しく付いてこいよ!」


ユリはこの世界に来てはじめて心の底から怒りを覚える。

しかし、ここでの弁解は無意味だ。はたから見れば、ユリが子供を刺し殺した様にも見れるため言い訳が立たない。

自分は悪いことをしていないが、ここで騒ぎを大きくしたくないユリは言うことを聞いた方が良いと思い、兵士達に促されながら駐屯所へと向かった…






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