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1話:ラトゥールは雪山から…

 (私はユリ、3日ほど前にラトゥールにやって来た転移者…なのかな?)


「いまだに実感がわかないなあ〜」


右手で短剣を振り回し、自分より背の高い草藪を掻き分けながら道なき道を進む。


…ここをまっすぐ進めば、さっき見えた街に着くはず…


ユリは昨日に遠くに見えた街を目指している。

あの小屋からすでに3日が過ぎ、水は沢などで補給出来るがこの世界で実っている食べ物は怖くて手がでない…


「この草…生えすぎよ!?どんだけ高いのよ!」


愚痴を溢しながらもユリは食事にありつくため、空腹感に襲われながらも懸命に進む。


(もう駄目、終りが見えない…)


挫けそうになるユリだがもうすぐ日が落ちるという時間が迫り、やっとのことで草藪を抜けた。


「はぁはぁ…やっと抜けたわ…はぁはぁ…」


草藪を抜けると、まだ少しだけ遠いが街明かり見える。


この虚しい時間とはおさらばできる。

何せ出会う人がいなかった…人肌恋しいとまでは行かないが、ユリは(この世界には人が居ないのかも…)と思うほど不安でしょうがなかった。


「あのノルンって人も、人里近くに送ってくれれば……」


本当にノルンが人里近くに転移させればユリも楽だったかもしれない。

だがユリは、この3日間をただ歩くだけで過ごした訳ではなく初日に何故か魔法が使える事に気づき、それを色々と教えてもらい自分で確めながら進んでいた。

現に前半のユリが通ってきた道は自然とは言い難い道に変わり、また森も一つ消し去ってしまっている。


そのユリが山小屋を出て、町明かりを見つけるまでの行動を振り返ようと思う…



「さむっ!?」


小屋を出るとそこは一面の銀世界。

空は晴天、地球と変わらない青い空とその中を漂う白い雲、そして空気の薄い山岳地帯に放り出されたユリ。


「ありえない…いきなり雪山に放り出すとかどうかしてるわ……えっ?」


悪態をつきながら一度小屋へ戻ろうと振り返る。

まだ数歩しか離れていなかったはずだが振り返った先に小屋は無く、また小屋が有った形跡すらも無かった。


「雪の上で死ねと?女神が人殺しですか…」


ユリは何も無い…雪に向かって問いかけるが返事などあるはずもない。

寒さなのか悔しさなのか歯ぎしりをしながら小屋が有った場所を睨み付ける。


「…もう、あきらめるしかないわね…とりあえず麓まで降りよ…」


辺りを見回してからため息をついてトボトボと歩きだしたユリの心情は計り知れない。

辺りは切り立った崖と目の前が緩やかな坂だ…ここを行けと言わんばかりの場所からの異世界生活のスタートとは、なんとも…


そんなユリは雪を踏み固めながら雪山を降り始める。

意外にも人生初の登山(下山するだけ)なユリは普通ではありえないくらいの速さでおりて行くが、案の定途中途中でスッ転び女神から頂いた衣服はびちょびちょだ。


「ひゃっこっ!?んもっ、雪さ消えれー!!」


5度目の転倒でさすがにキレたユリは、流暢な東北弁を叫ぶ。

誰も居ないところで雪に八つ当たりをするユリだが、ここは雪山と言うことを忘れている…と、言うよりも初登山のユリはその存在すらも考えることはなかった。


ゴゴゴゴーーー


「なにかしら?……なっ!?」


地鳴りの様な音に気づいたユリは後ろを振り向く。

小屋が有った場所よりさらに上から積もりに積もった雪が轟音をとともにユリに向かってくる。

雪崩…あまり人の声では起きないのだが、ユリの力強い声は山肌と雪の境目を振動させるには充分であり、本人は気づいていないが無意識のうちに風魔法を声に乗せて放っている事も付け加えておく。


「ななな、雪崩ー!?」


目前に迫る雪崩。ユリはここで雪に埋もれ誰の助けが無いままラトゥール初日で亡くなってしまうのか…


「あぁ…」


ただ呆然と立ち尽くすユリへ白い壁が飲み込…まない。

雪崩はユリを避ける様に流れていき、飲まれる寸前にしゃがんでいたユリはまだ気づいていない。


「いゃぁーーーぁーーぁーぁ……え?」


やっと気づいたユリは雪に囲まれた状態を不思議に思い始める。

もしや女神が助けてくれたのか、それとも自分がやったのか…答えは出ないが助かった事には違いないのでユリは重い鞄を雪の上に置きロープを取り出すと、自分の腰と鞄に括りつける。


「よし!」


鞄を上まで放り投げ気合いを入れて雪の壁をよじ登り始めたユリ。やはりと言うべきか、ユリは自分の背よりも登れず下に落下し鞄も上から落ちてくる。


「でっ!…いてて、ツルツルする…」


雪の重みで下の層は固まっているためまるで氷の様な固さだ。

もう一度と鞄を投げるユリはコントロールをミスり氷の壁に鞄が当たり、壁に穴を開ける。

ユリは「あっ!?」と何かを思い出した様に声をだしすぐに鞄を回収する。


「……これにしよ!」


鞄から壁に当たった部分である鉄製の円盤を取り出し、律儀に説明書きを読む。


「魔法シールド…各属性の壁を造り出す…中央の魔石に魔力注ぎ、"オープン"と唱えると作動します…」


魔力と呟くユリはとりあえず書かれている通りに魔石に手をかざし力強く目をつむるながら唸り始める。

カチッ、と音がした。

音に気づいたユリは目を開けオープンと唱える。

すると円盤から目映い光が発生し地を這う雷が暴れ始める。


「きゃー!?」


ユリは氷の壁にぶつかり粉砕する雷を見ることなくその場に蹲る。

発動は2分くらいで治まり、パラパラと氷の落ちる音が響きわたる。


「…なにこれ」


雷は氷の壁を壊しただけではなくユリより少し高い立派な雪像を作り残していった。


「ノルン?」


羽衣を纏い、いかにも女神と主張している雪像を眺めるユリは腰にかけた剣を抜き当然の様に雪像を粉砕する。


「…クソ似てたわね…」


ノルンとは女神の事である。間違いなくあの雪像はノルンだったので怒りを込めて壊したのだ。


『あー壊した〜』

「誰!?」


後ろ向くが誰もいない、右左を見ても人の姿はなく、声がするのは何処なのかと考えるユリにまた声が聞こえてきた。


『ユリちゃんここ、ここだよ!剣を見てー!』

「剣を…」

『そう!わたしだよ、魔剣なんだよ〜♪』


自分に握られた剣を見るユリは、意味がわからず確める様に剣を振り回す。


『ちょっ、ちょっと話し聞いてるー!?』

「…これって幻聴かしら?」

『念話だよ念話!』


振り回すのを止め頭の中に響く声を聞く。

魔剣と名乗る声の主はなんともオカルト風な事を言うのでユリは怪しんでいる。


(念話?なにそれオカルトチックね…)

『そう念話だよ?…知らないの?』

「えっ!?」


ユリは心の中で思った事に返事が返ってきた事に驚き声をあげ、魔剣は『わたしに触れてるからだよー♪』と、嬉しそうに言ってくる。


(うそ…この剣に触れてると心の声が筒抜なの……それに私の名前も知ってるみたいだし…)

『ユリちゃんでしょ!わたし、ある程度の記憶なら見透せるんだ〜♪』

「……えいっ」


やはり心の声に返事が返ってきたので、ユリは魔剣を雪の上に投げ捨てる。


(これでも聞こえてたら怖いわね…とりあえず杏仁豆腐と…)


声に出さず魔剣を見つめ、10秒ほどで魔剣を拾う。


『ちょっと!冷たいよもー!』

「ただの剣に雪の冷たさが解るの?…それよりも、手を放した時に考えていた事を言い当てなさい…」

『剣じゃないし魔剣だよ〜…うん〜……杏仁豆腐って何かなぁ〜?』


ユリが大好きな杏仁豆腐を言い当てられ、悔しさとどこか諦めたよう表情をするユリは魔剣を持ち上げ細部まで作りを観察する。


「…正解ね、一応あなたの話が本当か確めただけだから。しかしこの世界には色々いるのね…」

『そだよ〜、わたしもラトゥールは初めてだけどね〜♪』

「は、初めて!?」

『うん、ノルン様に作られてから天界しか知らないんだー。けど大丈夫!知識はたくさん詰め込まれてるから♪』

「知識ねぇ…」


知識は有ると豪語する魔剣だがユリはあまり期待していない。

ノルンが作った物だということもあるが、そもそも会話が出来て知能がある剣というのがユリにはいまいち理解出来ない。


「…聞きたいんだけど、魔剣は全部喋るの?」

『え?魔剣が喋るわけないよ〜♪ただの鉄の固まりだしーただ魔法力が高いだしー、特別なのはわたしだけだよ♪』

「そ、そうなのね…まだ名前を聞いてなかったわ、名前を教えてちょうだい?」


魔剣さえ知らないのに聞いた事が浅はかであったユリは魔剣の名を訊ねる。

だが魔剣からの返事が無い。ユリは「どうしたの?」と訊ねると魔剣はおずおずとしながら言う。


『えとー…そのー…無いんだ、名前…』

「そうなの…女神のくせにノルンも甲斐性が無いのね…」


憎きノルンをここぞとばかりに悪口を言うユリ。


『ノルン様は悪くないよ〜、わたしがいらないって言ったんだー…名前は使ってくれる人に付けてもらうからって…うふ♪ユリちゃんが付けてくれるよね♪』


ユリは(魔剣のくせに健気過ぎる)と感じたらしく、心の中を読んだ魔剣が嬉しそうに言っている。


「…まぁ……いいわ、私が名付けしてあげる」

『やったー♪』

「その代わり魔法の使い方を教えてちょうだい…何か、あなたの特徴とかはあるかしら?」

『うん、いいよー♪…特徴ならさっきの雷が得意だし、わたしの属性でユリちゃんの属性と一緒だよ!』


たぶん魔法のことだろうと思うユリ、「私は雷使いに成ったのね…」と呟き魔剣の名前を考える。


『…その子、助けられなかったんだね…』

「えっ!?……あぁ…ごめんなさい、ちゃんと考えるから…」


名前を考えているユリは知っている名でいい名を探していたが、その中で助けられなかった子の名前であの時の事を思い出してしまった。


『うん…小咲っていい名前だね…』

「そうね…小さく咲く…いいえ、"小さくともたくさんの花を咲かせる"だって小咲ちゃんは言ってた…よし、決めたわ」


ユリの心の声を読んだ魔剣が小咲と言う名を褒める。

ユリは同意しながらも今は亡き彼女の名からヒントをもらい魔剣にふさわしい名を思いつく。

魔剣は『なにかななにかな〜♪』と言いつつも心の声を読んでいてわかっているが、ユリが発表するのが楽しみなようだ。


雷華ライカ)いかずち)を華やかに咲かせる。咲き誇る花のような雷は、まるで夜空に浮かぶ花火の様に儚く華やかである…いい名前でしょ?」

『うん!雷華、わたしは雷華♪』


声だけなのに魔剣改め雷華が嬉しそうに小躍りする様子が目に浮かぶユリは少し笑い雷華に「喜んでもらえて良かったわ」と言った。

そんな雷華は『雷華♪雷華♪』と、人間であれば本当に小躍りしている様に自分の名前を連呼している。


「へくちゅっ…」

『――華〜♪…?…どうしたの〜』

「服がびちょびちょで…風が出てきたから寒いのよ…」

『なら火を出せば乾くよ?手を前にだして、火よでろー!って唱えるの♪』

「…手をね…」


火を出せば大したものだが、魔法の概念すら知らないユリは言われた通りに手を前にだして「火よ出なさい!」とかなりの力を込めて唱えた。

唱えた途端にユリの手から火の玉が発現し、何故かその火の玉は眼下に見える森に向かって飛び立っていき大爆発した。


「……」

『すごいねー!一瞬で森が焼き払われたよ♪』


雷華はユリの魔法を手放しで喜んでいる。本来ならユリが喜ぶのだが、望まぬ結果に開いた口が塞がらない様だ。


『けど、あれじゃ乾く前に燃えちゃうね?』

「燃えちゃうねって…はぁ〜、雷華の言った通りだと大変な事になるのね…まずは小さめでいきたいからちゃんと教えてもらえる?」


人が居ない事を願いつつユリは雷華に言う。

雷華は『なんで〜?』と不思議がるが、ユリが「なんでもです!」と強めに言うので心を読んだ雷華は二つ返事で了承する。


『小さめで、だね!たぶんすぐ出来るよ、小さめでーって考えればいいんだよ♪』

「……なんか適当に言ってないかしら?」


不安しかないユリは渋渋しながら「小さめで、小さめで」と手を前に出して念じる。

すると、ユリの手の前には人の顔ほどの火が揺らめきながら出現した。


「おおー!すごーい♪」


年甲斐もなく若者風に驚くユリ。


『出来たでしょ!簡単なんだから♪』

「ホントね、これで服を乾かせ…その前にあそこまで移動しましょう…消すときは消えろと念じればいいかしら?」

『そだよー』


ユリが(消えろ)と念じると火は消えた。

爆発しなかった事に安堵の表情になるユリは、先ほど示した崖の窪みに向け歩き出そうと一歩足を踏み出すが…


「え?」


足を前に出した途端に目眩と脱力感に襲われその場に膝をつく。

さすがに雪の上では休めないのでユリは雷華を杖がわりになんとか立とうとするが、雷華が『まってユリちゃん!?』と声をかけるので中腰のまま耳を傾ける。


『ごめんなさい…言い忘れでね、わたしは念話してる時にユリちゃんの魔力を使ってるの…それとさっきの火の玉には大量の魔力が込められてたから、たぶん魔力が枯渇して体が悲鳴を上げたのかも…』

「それは…先に…言いなさい…」

『ある程度回復するまで念話は禁止した方がいいよ?』

「わかった…わ…」


喋るのも辛くなったユリは腰から鞘を外し雷華を鞘にしまい柄から手を放す。

少しばかり楽になったと思い、雷華とは違う剣を鞘から出さずに杖がわりにして、千鳥足になりながらもなんとか目的の窪みまで歩いた。


「つらっ!」


岩肌にもたれ掛かったユリは早速魔法を使い服を乾かしたい所だが、魔力枯渇状態なので使う事が出来ない。

回復するまでは使わない方がいいらしいので、ユリは仕方なくびちょびちょのまま焼け野原になった森跡を眺める。


「魔法ってスゴいわね…」


雷華に言った訳ではない、ただの独り言だ。


「魔法少女…ユリ……キモ!」


やることが無いので、ユリはボケたらツッコムを繰り返す。

ずっと独身だった名残からか、テレビや他人の行動にぼやきを入れるのが癖になっていたユリは誰も居ない雪山で、魔力が回復するまで孤独を気を紛らすつもりでそれを繰り返した。


30分ほど経過し、ユリはもう大丈夫だろうと思い暖かいイメージで火魔法を試してみる。


「できた、暖か〜い…」


細心の注意をはらい手のひらに浮かぶ炎を岩に干してある上着に近づける。

ユリは今ローブと下着だけしか着用していない。勿論ローブも下着もびちょびちょなので順順に乾かすつもりだ。


「上着よし!」


10分ほどで上着が乾く。

実は途中からドライヤーの原理を取り入れ、左手でそよ風を炎に当てながら乾かしていたみたいだ。

次はズボン、その次はローブ、最後に下着を乾かす。


「これでよし!…以外と魔力が減らなかったのね、30分しか休んでないから…また枯渇状態になると思ったけど大丈夫だったわね…」


休憩時間を含め、計1時間半で作業が終わった。

ユリは空を見上げ太陽らしきものが高い位置にあるのを確認すると腰に手を回し雷華の柄を握る。


「…雷華」

『なになに〜♪』

「…まだ陽が高いから山を下ろうと思うのだけど、移動が楽になる魔法とか何かないかしら?」


魔法が使える事に味をしめたユリは、知識が豊富であるとおもわれる雷華にわざわざ魔力を吸われながら訊ねる。


『うーん…あるかもだけどー、ユリちゃんには使えないよ?』

「難しいの?」

『なんだろ〜…難しいというか、わたしもよく解んなーい』


先ほど雷華は自分から知識はどうちゃらと言っていたはずだが、ここぞという時に使えないのだなと思うユリ。


「雷華が解らないならしょうがないわね…歩きましょうか…」

『ごめんなさい…わたし、ユリちゃんの役に立って無いよね…』

「あ…」


雷華は心が読める。それをつい忘れていたユリはばつが悪そうな表情になり、心の中で雷華に謝る。

声に出さずに心の中で謝るのはそれが本心だからで、ユリの気持ちを雷華に知って欲しいからだ。


『うん♪わたしも話しができて嬉しい!』

「ちょっと、私の気持ちを言葉にしないの…」

『?…わたしとユリちゃんしか解らないけど?』


それもそうだ、念話なのだから…

ユリは「また枯渇したくないから、またあとでね」と言い雷華の柄から手を放した。


まず向かうは焼け野原に変わった森へ…



ユリは雪山からゴツゴツした岩肌が剥き出しになる標高まで降りてきた。

途中ユリが起こした雪崩の終着地で熊の様な猛獣の亡骸が数体転がっていたが、それ以外は魔獣も猛獣も出会わなかった。


「ちょっと休憩…」


手頃な岩に腰を掛けるユリは靴を脱いで覚えたてのドライヤー魔法(ユリ命名)を使い乾かし始める。


「…このくらいでいいかしら?」


靴の中に手を入れて乾燥具合を確める。

言い感じだと表情で解るくらいの笑顔をしたユリは鼻歌混じりで靴を履き直す。


「さてと、暗くなる前にあそこまで行きますか…」


ユリは「よいしょ…」と見かけとかけ離れたおばちゃんみたいな(実際におばちゃんだが)かけ声を言いながら立ち上がる。

あそこまでとはユリが焼け野原にした森跡のことだ。


森があったであろう森跡に着いたユリは、夕暮れのオレンジに染まった焼け野原があまりにも酷く、そして焼け焦げた臭いを助長している有り様を見て心に誓う。


(魔法を上手く使えるように、私はなる!)

どこぞの海賊が言ってそうな事を誓いつつユリは焼け野原に別れを告げ、今日の野宿場所を探しに歩き出す。


1時間ほど歩くと辺りは完全に暗くなり、夜空には星が輝き始め、焼け野原は更に静寂さを増す。


「猛獣が出ませんように…」


いくら魔法が使えようとも、ラトゥールに来てまだ初日であり、日本では普通の看護士だったので正直一人は怖いと思うユリ。

ビクビクしながも歩き続け、やっとのことで焼け野原になった森から普通の森にたどり着く。

ユリは「少し疲れた」と言いながら木にもたれ掛かる。しかし、休みたいユリをこの森は歓迎していなかった。

急に耳鳴りの様な音がユリを襲い、ユリは耳を押さえるが大した効果はない。出てけ、出てけ、とエコーの様な声がユリに届き、(もしかして幽霊!?)と思ったユリは雷華に助けを求めようと柄を握る。


「雷華、もしかしてだけど…」

『ユリちゃんにも分かるの?精霊達がモサッと取り囲んでるよー』

「幽…精霊ね…」


幽霊ではなく森の精霊だった。

雷華が記憶を読んだらしく『幽霊とかいないよ〜♪』と、からかう声がするがユリはそれを無視して「精霊ならどうすればいいかしら?」と、幽霊だと怖がっていた事を隠す。


『幽霊なら塩を撒けば――』

「――幽霊?なにを言っているのか解らないわ…で、精霊は私のなにが気に入らないの?」


認めようとしないユリに雷華は『火の玉ー♪』と教えてくれる。

わざとではないが、ユリが森を焼け野原にしはのは明白なので精霊達に返す言葉が見つからない。


「そう…なら出ていきましょうか…」


ユリは立ち上がる。来た道を引き返そうとするのを雷華が『なら魔力をあげれば?』と能天気に言ってくる。


「魔力をあげる?…それで精霊達は許してくれるの?」

『う〜ん…たぶんかな?』

「……」


知識云々はもう信じないと思ったユリは精霊達が許す許さないは別として、まずは謝る事が大事だと思い精霊との会話を試みる。


「精霊さん、さっきの事を謝りたいの。少しだけお話しできますか?」


精霊などお伽噺でしか知らないユリだが、ここは地球ではなくラトゥールなので精霊は居るものと思い話しかける。


((魔力をよこせ!))


「!?」

『ほらね〜♪』


話しかけた途端に精霊の声が森に響きわたる。

驚くユリに、然も当然だと言いたげな雷華。ユリは「うるさい」と一言言うと精霊に訊ねる。


「魔力はどうすれば差し上げられますか?」


((じめんに手をかざせ!こっちでお前から魔力をもう!))


精霊から返事が返ってきたがユリは違和感を感じた。

それは子供が大人に命令するような口ぶりで、ユリが看護士の仕事で何度も体験した感じと似ていた。

ユリは精霊がどんな姿なのか興味が湧き、どうすれば見れるのかを考え始めるとある映画でやっていた事をやろうと考え着く。

途中、雷華が『エルフ族しか姿は見えないよ?』と言っていたが、こうと決めたユリにその言葉は無意味だ。


「エルフもいるのね、ますます見たいわ!」

『え〜、エルフなんて大したことないよー』

「私は見たいのよ。雷華は大人しく見てて…」

『わたしが吸う魔力なんて――』


ユリは微々たるものだと言いたかった雷華の柄から手を放すと精霊に話しかける。


「私、姿を見せない人は信用しないの。あなた達は魔力をあげるために地面に手をかざした私をどうするつもりかしら…焼き払われた森みたいにされるのかしら?」

((な、なにをー!?ボクらが見えないれっとうしゅがー!大人しくいうことを聞けよー!))

「魔力はあげるわ。その劣等種の私に見えるように姿を現しなさい…」


あの時の罪悪感はどこへやら…欲望のままに精霊に命令口調で言うユリはさらにとんでもない事を言う。


「…でないと、この森も燃やすわよ?…でるの?でないの?」

((うわわ〜!?ど、どうしよ〜!!))


森を燃やすと言われ慌てる精霊達。

半ば呆れてしまうがユリは本当に燃やしたりはしない…ただ、そのやり口はヤ○ザそのものだ。

実はユリは意外とVシネが好きな女性でもあり、好きな男性のタイプは菅○○○だったりする。


「どうするの?早くしないと森が消えちゃうわよ?」

((うぅ〜))


ユリは少女の容姿で凄む。なんとも可愛らしい感じだが、言ってることは支離滅裂だ。

悪いのはユリであって精霊達ではない。

しかしこの転換術は効果てきめんで、精霊達は森を燃やされたくない思いからかユリの言葉にのまれてしまう。

それよりも、精霊がユリの様な人間に屈することはあるはずが無いのだが、それは姿を現した精霊達が語ってくれる。


((こ、これ以上燃やされたらお母様に怒られちゃう!だ、だから燃やしちゃダメー!!))

「あら、双子…」


現れたのは顔も体つきも瓜二つな狐顔の子供だった。勿論尻尾も生えておりモフモフだ。

そんな精霊達にユリは待ってたと言わんばかりに手を伸ばして捕まえる。


「…これが精霊?」

((は、はなせー!?))


ユリの腕の中でジタバタと暴れる双子の子狐をそのままでユリはモフモフを堪能する。

嫌がっているように見えるが、双子の子狐はどこか嬉しそうだ。


((はなせー!はなせー!))

「なにもしないから大人しくしなさい。そうでないと森が消えちゃうわよ?」

((ぅしゅ〜……))


ユリは「お利口さんね」と口ずさんでから先ほど考えていた事を思いだし本題に入る。


「私はユリと言うのだけど山で遭難して帰り方がわからないの。それで、道を聞きたいのだけど…あなた達は人の住む場所は知ってる?」

((はなっ!……ひと〜?ひと〜?))


急にモフモフタイムが終わり少し残念そうだが、双子の子狐は顔を見合わせてクエスチョンマークが互いの頭を飛び交う。


((?…わかんなーい))

「かわ…そう、なら魔力はお預けね…」

((な、なんでー!?魔力取らないと罰にならないよ〜…怒られちゃうよ〜))


項垂れる双子の子狐は同時に泣き出してしまう。

やり過ぎたと感じたユリは、二人を下ろして「冗談だから泣き止んで」と頭を撫でながらあやす。


((ぐすっ…魔力くれりゅ?))

「ええ、あげるわ…意地悪してごめんなさいね」

((うん、じゃあ…はい))


右の子狐がユリの手を握り、左の子狐がもう片方の手を握った。

ユリは抵抗することなくそれを受け入れる。


「魔力を取るの?」

((うん♪))


魔力を吸われるのを感じたユリが訊ねると双子の子狐は元気よく頷いた。

しかし、魔力を吸い続ける双子の子狐は次第に顔が青ざめ、そして自らユリの手を放す。

ユリは「どうしたの?」と訊ねるが、なぜか双子の子狐はユリから一歩ほど後退った。


((魔力が取りきれないよ〜、ボクらよりも多いよ〜))

「魔力の量のことを言ってるの?私の魔力ってそん――」


ブルブルと震える双子の子狐の言葉にユリが問おうとするが、子狐は((魔獣だー!))と叫びなから姿を消してしまった。

その場に一人取り残されたユリは膝をついたまま呆気に取られる。


「…魔獣じゃ無いんだけど…」


もっとモフモフしたかったと思いつつも、ユリは雷華に相談しようと柄を握る。

雷華はすぐに『あれは生まれたばかりの精霊だったね〜』と能天気に言うが、ユリはそんな事を聞きたいのではない。


「あの子狐達、魔力量がどうとか言ってたけど…私ってどのくらいの量を持ってるの?」『ユリちゃんの〜?…普通のミュア族の20倍かな〜♪』


ユリはミュア族ってなんだろう?と思い、雷華が心を読んで『魔力の高い種族だよー』と教えてくれる。


『あの火の玉もね、ちっちゃな太陽なんだよ〜。普通ならあそこまで魔力を圧縮出来ないんだからー♪』


雷華の言う火の玉とは森を焼け野原にしたユリが誤って放った魔法のことだ。

詳しく説明する雷華の話を簡単に説明すると、ユリのたぐいまれな集中力が大量のに作り出され続ける炎の熱を極限まで圧縮し、集中が切れた途端にユリの魔力波と反発して手を伸ばしていた方向、森の方向へ飛んでいったらしい。

普通の看護士だったユリが魔獣級に魔力を持っているというとはこれで解ったが、何故こんな量の魔力が備わってしまったのかは謎だ。


だからかと言う訳ではないないが、雷華は執拗にユリとの会話を延ばそうと色んな話をしてくる。

今は子狐達が去ってしまい何の傷害も無い森を左手で火を出しながら歩くユリは、火魔法も使用しているので雷華から手を放すと言うも雷華は頑なに嫌がる。


『いいじゃーん!そんだけあれば10日は話せるよー』

「節約しないとダメよ。火の玉と子狐たちに取られた魔力は全体の3分の2…なら今は3分の1以上は無いということだから、雷華に吸われ続けるのはデメリットでしかないわ」

『ぶ〜』

「ぶー垂れてもダメ。何かあったらまた念話するから…」


そう言うとユリは柄から手を放すと「火は不味いから…」と呟き、ふと立ち止まったユリは空いた右手に魔力を集め出しながら真っ直ぐ前につき出す。


「…かまいたちって出来るかしら?」


出来るかどうかは半信半疑だが、ユリは記憶の片隅にあった忍術まがいの魔法を試してみる様だ。

高まる魔力を最初の失敗を踏まえてセーブしながらイメージを固める。


「かまいたち!」


このくらいでと思い、言葉に力を込めて魔法を放つ。

かまいたちは無数の風の刃で真っ直ぐ飛んでゆき、森の木を木っ端微塵にしながらユリが見えない所まで行ってしまった。


「…なんか違う…」


障害物であった木が無くなったのは良いがイメージ通りの魔法とはいかなかったようでユリは少し不服な様だが、本来二つの魔法を同時に使用していることですら凄いことなのに、まだ何かをしようとしている。


「歩きやすい方がいいしね…」


右の手のひらを地面に当てながら念じる。

ユリは「舗装…舗装…」とブツブツ言いながら地面に魔力を注ぐと、目の前から地面が隆起して木屑を飲み込みキレイに一本道が作り出されいく。

なんでも試す、やってみなければ始まらない、とユリは本で読んだ気がしたらしく、魔法を使えるとわかった今はそれを実践しているのだ。


「これくらいかしら…うん、歩きやすい」


森に道を作ったユリは満足そうにまた歩き出す。魔力はまだ枯渇状態に無い。

ユリは空いた右手を確めるように魔力を込めたり消したりを繰り返す。

途中水を出せた事には驚いていたが、それを飲み水として使うのは憚るので陽が出てから沢か川を探そうと決めた。


少し目眩がしたところで魔法の練習をやめ、ユリは左手の火を少しだけ弱めて歩き続ける。

歩きながら「猛獣が出ませんように」と、また言っているが、先ほどのかまいたちで猛獣はおろか、森に住む動物までもがユリが発する魔力を恐れて近づかない事を本人は知らない。






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