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英雄アルグラーフ 対 魔人テレジア  作者: キロール
激闘、空を飛ぶ騎士
7/15

邂逅

 一人、アルグラーフは街を歩いている。

 今日は非番だが、軍服を纏わずとも軍用コートを羽織って居れば嫌でもその職業は分かってしまう。

 ましてや、目立つ赤毛だ。

 その為、時折すれ違う治安維持部隊の兵士達から敬礼を受ける度に、アルグラーフは返礼を行う。

 これが今の日常かと、微かに息を吐きながら。


 戦争は終わった。

 それも三年も前に終わった。

 三年の月日は長いようで短く、その逆もしかり。

 だと言うのに、帝国は未だに復興に手が付かない状態に陥っている。


 街並みは精彩を欠き、それが冬の寒空の所為ばかりでは無い事は、誰の目にも明らかである。

 街中で其処彼処に見受けられるのは、ボロボロになった男達と疲れた女達。 

 無事に生きて帰ってきた夫や息子を暖かく迎えた妻や母も、働かず働けず薬に溺れる彼等の世話に疲れ切っている。

 帰還兵三十五万のうち、約三割が鎮痛剤モフィン中毒となれば、これが帝都のみならず帝国全土で見受けられる情景なのだ。


 三年の月日は、帰還兵に安らぎを与える事もあれば、一層の苦しみを与えもした。

 薬物中毒にならずに済んだ幸運の者や、依存が軽かったのか自力で回復したものには、少なからずの安らぎが戻っただろう。

 逆に、未だに薬物に依存している者や重度の怪我を負った傷痍兵は苦しみの只中に居る。

 そんな者達からすれば、復興どころでは無い。

 

 いや、彼等のみならず、薬物対策は帝国の火急の課題とも言えた。

 帰還兵の社会復帰は労働力の回復には必要不可欠である。

 また、鎮痛剤モフィンを麻薬代わりに流通させる者がおり、前線を知らないはずの少年、少女までもが手を出し始めている現状は何としても改善せねばならない。

 

 そもそもモフィンが如何なる経路で持ち込まれたのかが今一つはっきりしない。

 使い方を誤らなければ有用な鎮痛剤であることは、帝国医学局の臨床実験で確認できているし、その効力は素晴らしいものがある。

 だが、モフィンの副作用には悪心嘔吐、血圧低下、呼吸抑制等。

 重度になるとそれらに加え幻覚、幻聴、狂暴化が挙げられている。

 眠りを司ったと言う魔神モフィルウニムンの名からモフィンと名付けられたらしいこの薬は、正に諸刃の剣であった。


 結局、しっかり管理できれば上手く運用できるとの医学局の見解は、結論ありきと批判される事態になったのは言うまでも無い。 

 軍部の誰かが目先の欲に釣られて麻薬として売り出した為に、薬は帝国を傷つけている。


 今の帝国の復興を遅らせる原因の一つは間違いなくこの薬物である。

 それが証拠に、今日も何処かで中毒患者が暴れて、治安維持部隊が出動し射殺している事だろう。

 その陰鬱な事実は、帝国の活力をじっくりと奪っていくのだ、まるで病の様に。


 その暗い影差す帝都を一人、アルグラーフは進んでいる。

 目指すのは、レディ・ダリアの店。

 帝国最古の理髪店だ。

 父に連れられて初めてレディ・ダリアに出会ったのは20年は前の話だが、彼女はその頃から老いる事も無く、姿もまるで変わらない。

 故にか、レディ・ダリアの店と呼ぶものは少なく、ウィッチ・ダリアの店と一般的には呼ばれていた。


 客が殆ど居ない理髪店としても有名ではあるが、それは腕前の所為ではない。

 彼女の腕は、安心して全てを任せる事が出来る。

 では、何故に客が居ないのかと言えば、それはレディ・ダリア自身が断るからだ。

 淑女レディが相手をするのは、紳士ジェントル淑女レディ、人を魔女ウィッチ呼ばわりするような輩は此方から願い下げですわ、と言うのが彼女の言である。

 

 レディ・ダリアの店は東地区の大通りを一本路地裏に回った場所にある。

 古めかしい石造りの建物にレディ・ダリアとだけ書かれた看板を掲げた理髪店。

 オープンの札がぶら下がる扉を押し開けるとベルが鳴り、店内に来客がある音を伝えた。


「あら、バンデス卿。ようこそ、レディ・ダリアの店に。まずはお掛けになって、ドリンクでも如何?」


 声を掛けてきたのは、男装の麗人と言った風情の女性だ。

 結い上げた銀色の髪、赤い瞳、白いシャツに黒いズボン、シャツの上には黒いベスト。

 化粧っ気は薄いが美しい顔立ちで、瞳の色と同じ色合いのマニキュアが目を引く。

 彼女がレディ・ダリア。

 帝国において一、二を争う程に魔術の扱いに長けた存在。

 その彼女がバーカウンターの向こうからこちらに向けて、来ることが分かっていたようにドリンクを差し出してきた。


 そう、バーカウンター。

 理髪店でありながら、バーカウンターを常備しているこの店は、確かに普通の理髪店とは言い難い。


「このドリンクは?」

「幾つかのハーブを漬け込んだ蜂蜜を炭酸水で割った物ですわ、疲れが取れますよ。」


 彼女の出すドリンクはその時々によって変わる。

 アルコールの有無はともかく、健康面を気にした飲み物である事は共通している。

 時折、健康に良さそうな苦味が強い飲み物を出されるが今日のは問題なさそうだ。

 しゅわしゅわと炭酸の泡音が耳に心地よい。

 アルグラーフは慣れた様子でストールに腰を落として、グラスを掴み一口口に含むと蜂蜜の甘さをハーブの爽やかな苦みと炭酸が中和して飲みやすい。

 ドリンクを飲んで知らずに息を吐き出すと、ダリアは赤い双眸を細めてカウンターに両腕を置いて少しだけ身を乗り出した。


「お気に召されて何より。……相変わらず眠りの中にいるようですが、それもそろそろ終わりにしませんとね。」


 そう謎めいたことを告げる。

 彼女曰く、戦地から帰ってきたアルグラーフは常に眠っているようなものだとか。

 起きて行動している心算ではいるが、彼女に言われてしまうと強く言い返すことができない。

 何より、その言葉に半ば納得している自分がいるのだ。


「それにバンデス卿、わたくし予感がします。貴方に再び出逢いがあると。」

「レディ・ダリア、それは……。」


 嘗てその様に言われた翌日に、アルグラーフは魔神器ギルスラに出会った。

 あれ程の出逢いはもうあり得ない。

 あり得ない筈だ。

 だから、それは無いのだと抗弁しようとしたが、柔らかな眼差しとその鮮やかな赤い瞳を向けられると黙らざる得ない。

 結局、髪を切り終わり店を出る段になっても、有効な反論は出来なかった。


 奇妙なわだかまりを覚え、まっすぐ家に帰る気にならなかったアルグラーフは、馴染みの酒場に向かう。

 浄水システムが不完全だった過去の名残で、水代わりにワインを飲む風習が残る帝国では、酒場は日中から開いている。

 代わりに零時を回る頃には何処も閉まっているが。

 ともあれ、日がまだある内から飲むなど帝国では良くある事だ。


 酒場に足を踏み入れると、微かに違和感を感じる。

 昼と呼ぶには遅く、夕刻と呼ぶにはまだ早いこの時間なら、酔客の1人も居るはずだ。

 だが、珍しい事に店内には自分一人。

 そう言う事もあるかと、店のカウンター席に座り小さく息を吐き出すアルグラーフは気付いては居なかった。

 店の外、酒場の壁に貼られている符が、誰の手により張られ、如何なる意味を持つのかを。


 店主は奥に居るのか中々出てこない。

 訝しく思いながら待っていると、店の扉が開く音がした。

 店主かと思われたが、店内に響くのはブーツが床を規則正しく鳴らす音。

 どうやら新たな客の様だ。

 その音の主と思われる気配がアルグラーフに近づき、傍らに立った。


「ご一緒しても宜しいか、紳士殿。」


 アルグラーフが視線を向けると、そこには旅装姿の女が微笑んでいた。


 美しい女だ。

 目鼻立ち整った顔立ちながら、戦を司る女神のように意志の強さを感じる。

 金色の髪を背で一本に纏めた姿は、見栄えより動きやすさに重きを置いている様に見えた。

 コートを纏った姿であれば、その体系ははっきりとは分からない。

 だが、肩幅や垣間見える白い素肌に残る傷の跡が告げる事は一つだ。


「如何なるご用向きですか?」

「酒場でご一緒と言えば、並んで飲むくらいなものだが?」


 青い双眸を意外そうに細め、笑みを含んだ声で答えを返す女。

 アルグラーフは僅かに眉根を寄せたが、女はお構いなしに隣の椅子に座る。

 (……何だ、この違和感は。)

 女の行動に驚きはあるが怒りを覚えるような事でもない、ただ、何かが引っ掛かる。

 それが何に起因しているのかは定かではない。

 女から視線を外して、俯き気味に前を見る。

 女もそれ以上言葉を掛けることなく、ただ横に座ったのみ。

 暫くして、店主が奥からやってきて、驚いたように二人の客を見た。

 そして、謝りつつも首を傾げながら、注文を受ける。

 カウンター席の二人が頼んだのは赤ワイン。

 ヤイア王国産のそこそこ値段が張るワインを互いが頼めば、店主は肩を竦めてグラスを二つとボルトを一本持ってきた。

 そこにもアルグラーフは引っ掛かりを覚える。


 そして、突然思い出すのだ。

 士官学生の頃、魔神器と引き合わせられ、ギルスラに気に入られて契約したての頃。

 一人で酒場に来ていたアルグラーフにギルスラが後からやって来て、声を掛けたのだ、ご一緒しても宜しいか、紳士殿、と。

 その際に二人が頼んだのはヤイア王国産のそこそこ値段が張るワイン……つまり、今し方頼んだ銘柄だ。

 それに気づいた瞬間にアルグラーフの背すじに、冷たいものが流れ落ちた。

 隣の女は、まさか全てを承知しているのか、それともただの偶然か。

 女は気にした風もなくグラスにワインを注ぎ、アルグラーフに差し出した。

 そして、自身のグラスにも注げば、そのグラスを掲げて見せた。


「再会に。」


 乾杯だ、そう笑い女はワインを飲み干す。

 そして、ほう、と息を一つ吐き出せば、満面の笑みで告げたのだ。


「こんなに美味いワインを飲んだのは初めてだ。……儂は、テレジア・ヴァルストーム。お主の敵であり、伴侶足らんとする者だ。長い付き合いになると思うが一つ宜しく頼む。」


 その言葉の意味は一瞬分らなかったが、浮かぶ笑みには懐かしさと、それと相反する新鮮さを含んだある種の美を。アルグラーフは見出していた。


 その後、どう言う会話をしたのか、或いは争ったのかは定かではない。

 店主に聞いても客は自分一人だったと言う。

 出ていたグラスも一つだけ。

 レディ・ダリアに言われたことが引っ掛かり、少量のアルコールで白昼夢でも見たのかとアルグラーフは考えた。

 だが、そうでは無い事が家に戻ってから分かる。

 懐に忍ばされた手紙、そこには情熱的で挑発的な宣戦布告の文章と共にあの名が記されていたからだ。

 テレジア・ヴァルストームと。



 あの日の不可思議な邂逅から数日が経った。

 闇が迫る夕刻の時間、帝都の街中を歩む影が一つ。

 赤い髪の軍人が向かう先は、部下が行きつけだと言う酒場。

 戦時下に部下であった三人に加え、今一人加わった自分を含めた計五人の小さな部隊の隊長には然程仕事は無い。

 だから、いくら治安維持部隊が忙しそうでもやる事は無いのだ。

 そう言って、この3年間を逃げていただけかも知れない。

 現実と向き合う事無く、正に眠って過ごしてきたのだろうか。

 先日のあの女は眠りから覚めろと警告しに来たのではないか。

 街中を進む赤毛の男には考えるべき事は多々あった。

 故に、彼が向かう先で騒ぎが起きている事に気づかなかった。

 ……或いは、この程度では命の危険が無い事が分かりきっていたからか。

 何方であるにせよ、目的地に着いた彼が見た物は、荒くれた男達と魔道鎧マジックアーマーを纏った何者かが、酒場の入り口を占拠している光景であった。


 そんな異様な光景を見ても、アルグラーフは何の躊躇いもなく近づき声を掛ける。


「この店で予約をしている筈なんだが。」


 店内を向いていた荒くれ達や魔道鎧マジックアーマーが此方を向く。

 (……バケツ頭じゃないか。)

 今更気付いたが、入り口を占拠している魔道鎧マジックアーマーは、そのヘルムの形状からバケツ頭の通称で呼ばれるカルセニック魔工社の「C107」だった。

 認識が遅れたのは、考え込んでいた為でもあるが、その塗装が戦場では見ないピンク色であった為でもある。

 此方を向いた荒くれ達や魔道鎧から敵意を感じてしまえば、最早止める術は無かった。

 アルグラーフの体は勝手に動き、今は仄かに光が灯る事のない右腕を一閃させた。

 荒くれ三人は顎を砕かれ、呻くことすら無く地に倒れ。

 魔道鎧はバケツ頭の下半分を削られた様を晒して、暫し立っていたが力無く膝から崩れ落ちる。

 可哀そうに、装着者の顔を垣間見たアルグラーフは他人事のように呟いた。

 装着者の顎も己の一撃で削られていたのだから。

 視界を遮る者なくなったので、店内を見やれば部下二人と店の者と思しき二人が此方を見ていた。

 (ああ、この店で良かったのだ。)

 そう思えば、アルグラーフは安堵の笑みを浮かべて店内に入っていった。



 この騒ぎを外で見ている者達が居た。

 コート姿の金髪の女と髭面の中年の男がやじ馬に混じりアルグラーフの事を見ていた。


「凄まじい威力ですな。」

「出力だけはな。しかし、そう言う事か……。」

 

 女は、テレジアは得心したように呟いた。

 そして、双眸に怒りの炎を宿らせれば、アマルヒ宮殿を睨み付け。


「誰が、封じた? ダスティー・イズボーンか?」


 吐き捨てるよ言うに呟けば、テレジアは歩きだす。

 その後を追うように髭面の男は続いた。


「やはり、あれでも全盛時には及びませんか?」

「意思の欠ける攻撃など唾棄すべき物だ。しかし、考えてみれば当然か。魔神器を殺せる程の力であれば、平時には必要ない。」

「如何なさいますか、少佐。」

「戦時に引き戻してやれば良い。……一応は王室連中の思い通りに事は運び出す訳だ。儂は急ぎ戻り新型の用意を進める。バラッジ大尉、お主は協力者に帝国公用語でビラを刷らせろ。文言は後で伝える。」

「了解しました。」


 矢継ぎ早に指示を出したテレジアは、一度だけ酒場へと振り返り。


「眠りは深いのか、アルグラーフ。なに、直ぐに覚まさせてやる。」


 そう愛しげに呟いた。

 バラッジはその言葉を聞き、背筋が凍る様な感覚に襲われたが、同時に帝国の英雄に同情めいたものを覚える。

 テレジアとの付き合いは長い、彼女に命を救われた事も再三ある。

 だが、この何処か空虚な伯爵がこれ程の熱意をもって他者に関わろうとする事など無かった。

 一体、これから何が起こるのか……。

 そう恐れる一方では彼は何処か楽しみにしている自分が居る事に気付いていた。

 手の掛かる娘が、その恋を成就させようと足掻いているようにも見えるからだ。

 先方にとって、それが良い事かどうか、定かで無い事が問題ではあるのだが。

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