表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄アルグラーフ 対 魔人テレジア  作者: キロール
終戦前
2/15

軍人への道

 さて、英雄と魔人の二人が何故に戦い、如何なる因縁があるのかを記す前に二人の出自や、三年前に終わりを迎えた戦争について記さねばならない。

 正確には二五年前のガラシス王国を含む西方の思想の硬直化や種族主義の台頭について記す必要がある。


 アルグラーフは、西方の強国ガラシス王国から逃げ延びた難民の一人である。

 親の顔も知らず孤児院で生活していた彼は、ガラシス王国の定めた法により国を追われることになったのだ。


 西方の果ての国、ズフタフより広がりを見せていたある種の思想が、種族主義と重なり合い化学反応を起こし、特定の種族を排斥する悪法を生み出した。

 魔力の強弱が一般的、そして絶対的格差として存在しているこの世界は、種族間差別は表立って行われては来なかった。

 人間であろうと、妖精族であろうと、獣人であろうとも……それこそ魔族や神族であっても魔力の多少は完全に個人の素質でしかないと世界を統一した古の魔導王が定めていたからだ。


 しかし、ズフタフで生まれた思想は従来の価値観に一石を投じることになった。

 それは魔術とは魔に属するものを礼賛してこそ真なる力を発揮する、という物であり神族などはその恩恵を受けているにすぎないと言う物だった。

 神とは創造主の事を示さず、過去に偉業を成し遂げた者が神格化されただけの事。

 そうであれば、魔に属する者の方が創造主に近い筈、と言う欺瞞だらけの思想は神族を排斥したがっていた者達には格好の拠り所になった。


 神族等と言った所で、現状の扱いは古い血筋で先祖が英雄扱いされた、という程度の物でしかない。

 確かに著しく秀でた者が、英雄となり神となるのは事実だ。

 故にその血筋はある種の尊敬を受けていたが、それは権力基盤を侵す様な物ではなかった。

 だが、その古くから伝わる血筋に対してすら劣等感を抱く者達により、彼らは疎まれて国を追われ散り散りとなった。


 親の顔も知らないアルグラーフも、赤い髪がとある神の系譜に現れやすいと言うだけで国を追われた。

 検査も何もない、一方的な通達は僅か10才の少年には荷が勝ちすぎていた。

 多くの偶然と見知らぬ人やガラシスの一般兵の何気ない優しさが無ければ、彼はアマルヒ帝国には辿り着けなかっただろう。

 

 国境を接する隣国アマルヒ帝国は、難民を追い返しもしなかったが、積極的に支援する事もなかった。

 だから、多くの排斥された民は帝国を通り、中央国家群を抜けて東方の国々に向かったのだ。


 東方の思想では、魔力の高まりを生むのは神と成り得た者に対する礼賛であると言う物が蔓延っている。

 そして、魔族とは彼らに逆らった者達の慣れの果てだとも。

 結局、西方とは真逆の考えが蔓延っている東方に行けば、出自がはっきりしている神族難民は、より良い暮らしを約束されているのだ。


 この二五年前の難民騒動が、単なる種族の住み分けとはならず戦争へと発展したのは、これらの魔力に対する思想が暴走した為である。

 魔力の多少が軍事力や工業力に直結するため、魔力を高める方法を模索するのは常の事ではあったが、長い間培われてきた種族間の軋轢までもが加わり、酷い有様となっていた。


 これに迷惑をこうむる形になったのが 大陸中央に位置する国家群、つまりアマルヒ帝国、レヴェ統一連邦、ヤイア王国を中心とした国家群である。

 これらの国々には、東西の極端な思想が広まる事は無かった。

 古くから伝わる魔力の多少は個人の資質にのみ左右される、と言う従来通りの考え方で満足していたからだ。

 

 そして、その考え方は、少年としか呼べない年齢のアルグラーフにも納得できるもので在った。

 故に彼は帝都に住み着く浮浪孤児となり、雑用をこなして小銭を貯める生活を開始した。

 その生活が当然辛いものなのは分かり切っていたが、孤児院での生活とて楽な物ではなかった。

 ここには自由があり、上前をはね、意味もない暴力を振るう職員もいない。

 この地で死ぬかもしれないが、少年ながら気骨あるアルグラーフはそれで良しとした。


 アルグラーフが浮浪孤児として帝都に住み着き三年が過ぎたある日、路地裏に迷い込んだらしい老婦人をアルグラーフは助けた。

 西方と東方の断続的な戦争は、帝国にも治安悪化の影を忍ばせるには十分なもので、路地裏に身なりの良い老婦人が長時間居れば何が起きるかは、火を見るより明らかだった。

 少年アルグラーフは、そんな状況を良しとせずに老婦人を表通りに案内した。

 

 それが縁でアルグラーフは、バンデス家の老夫婦と知己を得た。

 彼らは何かと年若いアルグラーフに目を掛けてくれた。

 老婦人はアルグラーフにお菓子を作ってくれたり、食事をご馳走してくれた。

 初めて食べたクリーム・パフの衝撃は今でも覚えている。

 老紳士は帝国公用文字を教えてくれ、食事のマナーや立ち振る舞いまで教えてくれた。

 また、元軍人であった為か、喧嘩の立ち回りも教えてくれた。

 何より重要な事は、彼等はアルグラーフに対して同情等抱かず、年の離れた友人の様に接してくれたことだ。

 彼等と共にする時間は1週間の内の二、三回と限られた物でしかなかったが、この縁は何時しかアルグラーフの血肉となっていた。


 年上の友人夫婦との出会いは、アルグラーフの生活環境を変えた。

 例えば、無学と言っても差し支えなかったアルグラーフが文字を読めるようになった事だ。

 本来ならば、文字が読めれば出来る仕事は増えるはずだが、無学な少年を雇うような者達には、アルグラーフが余計な知識を得た様にしか見えなかった。

 文字が読め、知識を得始めたアルグラーフは、最早お手軽な簡易労働者ではなくなったのである。

 結局、彼は学び始めたことで日銭を得る仕事を失った。

 しかし、アルグラーフは諦めも無ければ、老夫婦に対して悪感情を抱くことは無く、働き口を自ら見つけ出した。

 日銭を得ていた頃より、マシな条件の働き口を。


 日当から週給を得る給与体系に変わったが、変わったのは仕事の中身もだ。

 以前は肉体のみ酷使してきたが、今度の仕事は体力と頭の双方を働かせる仕事だった。

 魔動機馬車の運営会社に雇われたのだ。

 浮浪孤児が真っ当な職につけたのは、身につけた知識もさることながら、バンデス家が身元引受人となってくれたおかげである。


 現在では魔動機馬車は早朝8時から夕刻17時までの運行制限があるが、当時は出来たばかりの新技術であり、参入会社同士の争いが激化して過剰なサービスが横行していた。

 低料金実現を目指したコストカットの一環で、雑用に限れば賃金を安くでき、かつ相応に頭の回るなら浮浪少年でも文句はない、と言う背景がアルグラーフに有利に働いたことは想像に難しくない。


 ちなみに魔動機馬車とは、魔動機関で走る車であり、その形状は線路を走る魔動機関車を小型にして、乗客が乗る馬車部分とを一体化させたような形状をしている。

 会社によっては、列車の様に馬車部分をけん引するタイプの物もある。


 業務内容は雑用一般であったが、信用を得た後には運転手や魔力注入者のシフト調整や、魔動機馬車のメンテナンススケジュールを組むと言う重要な仕事まで任されていた。

 魔動機関は各人の持つ魔力を動力源とし、内部の増幅魔力炉で熱エネルギーへと変換し、そのエネルギーを用いて機械的運動を始動させる魔工学の賜物である。

 開発者エリック・ラントの名を取り、ラント機関とも呼ばれている。


 開発当初は、4=7(フォー セブン)フィロソファス位階の者が、つまり一般的職業に従事することができる最高魔力保持者が、昏倒するほど魔力を注いでも動かない事もあった代物だ。

 大方の人々の予想を裏切り、この革新的な魔道機関は完成し、今では1=10(ワン テン)ジェレーター位階、最低魔力保持者でも、数時間の休憩で回復できる魔力を注ぐだけで半日は稼働出来る程になった。


 この様に新技術を運用する会社に潜り込んだアルグラーフは、浮浪孤児から立派な労働者へと這い上がる事が出来た。

 15才になればバンデス家の老夫婦に養子に来ないかと誘われて、親子となる。

 この家族は血の繋がりこそ無かったが、人並み以上の幸せを手にしていた。

 

 だが、帝国臣民となったアルグラーフが16才の誕生日を迎えると、魔力保持量検査を受けなくてはならなかった。

 アルグラーフ自身考えもしなかったことだが、アルグラーフ・バンデスの魔力保持位階は7=4(セブン フォー)アデプタス・イグセンプタス位階であったのだ。

 それは肉体持つものが持ち得る最高位の魔力保持量であり、最早軍属となる以外に道は無かった。


 アルグラーフは仕方なく仕事を止めて、士官学校へと入校することになる。

 難民の浮浪孤児と馬鹿にする者も少なくなかったが、紳士然とした振る舞いを叩き込まれていたアルグラーフは気にすることなく、堂々と振舞った。

 家族を馬鹿にするものには容赦なかったが、それも真っ向勝負で戦っていたので次第に馬鹿にする者は居なくなった。

 他にもからかいの対象ならば幾らでもいるのだ、獅子の尾を踏みに行く事は無い。


 士官学校には三年に渡り在籍し、座学、実技共に優秀な成績を収めて、帝国が保有していた魔神器に触れる栄誉を得た。

 それが魔神器ギルスラとの出会いである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ