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英雄アルグラーフ 対 魔人テレジア  作者: キロール
激闘、空を飛ぶ騎士
10/15

帝都の空を舞う騎士(下)

 博士が見せられた水晶に映り込んでいたのは赤毛の青年だった。

 険しい表情で、油断なく何者かと相対してる様子だ。

 場所は破壊された建物の瓦礫が散乱する裏通りの様だ。

 近隣の住民は避難でもしたのか、周囲に人影は無い。

 映像が鮮明になれば、水晶から音すら聞こえてきた。


「ガラードより聞いた。単刀直入に言おう、力を貸してくれ。」

「ほう? 帝国に三人しかいないと言う『守護騎士』殿がガラシス軍の私に頭を下げるか?」


 こうべを垂れた赤毛の青年を苛むような声を発したのは、如何やらヴァルストーム伯爵その人のようだ。


「空を往く術はあるが、敵が散開していては逃してしまう。一か所に集める手段があるならば、誰にだって頭を下げて頼もう。最も、貴殿にそれが可能であるならばだが……テレジア・ヴァルストーム。」

「……不可能と断じるか? この儂に? ……良かろう、あやつらを一か所に集めてやろうぞ!」


 一人として帰す気が無いと知れて、テレジアは微かに笑ったようだったが可能であるならば、等と挑むように言われては心外だと言わんばかりに物言いを不快げな物へと変えて、最後にはやってやるさと力強く断言していた。


 博士には、これが一つの好機に思えた。

 伯爵は思った以上に挑発に乗りやすいようだ、そこを突けば生き残れる芽もある。

 そんなリーフェル博士の思惑を他所に場面は変わった。



 次に映し出されたのは散開していた五騎の鈍色の騎士達が集まってくる様子だ。

 博士の愛する魔道鎧とそれを装着した実験体達だ。

 勿論、その鎧の利を生かすために上空を飛んでおり、集まった彼女等は一斉にこちらを見ていた。

 何処か、高い建物の屋根に伯爵は登り彼女等が集まるのを眺めているのだろう。

 博士の指示通りに、一斉に小型野戦砲をこちらに向けたその瞬間に、それが起きた。

 何かが凄まじい速さで横切ったのだ。


 鈍色の騎士たちの通信すら傍受しているのか、彼女等の混乱する声が響く。

 帝国の対空兵器か、或いは空を飛ぶ技術を手にしていたのかと、騒ぐ同僚を01が叱咤した。

 そして、何かが飛んできた方角を見やり……言葉を止めた。

 絶句。

 その情景が信じがたい。

 01は冷静で感情すら希薄になった実験体だ。

 並みの指揮官であれば、軽く凌駕する判断力を備えている。

 一体何を見て絶句したのか、博士には分らない。

 だが、指示が止まって不審に思う他の実験体も01の見ている方角を見やって……一斉に黙った。

 重々しい沈黙の後に現れたその姿は、常軌を逸していた。

 徐々に失速する箒の上に、僅かに腰を落とし、コートを靡かせ赤毛の男が立っていたのだ。

 だが、その勢いが落ちていく。

 ここまで届かずその姿は重力に引っ張られて大地に落ちる筈……。

 そこにもう一本、彼の背後から凄まじい速さの棒状の何かが飛来してきた。


「まさか……。」


 それは誰の声だったろうか。

 博士とて思いもやらない登場を果たした男は、事もあろうに背後を見る事無く失速する箒から飛び上がり、新たに飛来したソレに乗り移った。

 そして、見る間に接近すれば、動きが止まっている騎士達を睨み付けて、飛んだ。

 足場とされた箒は、今度は地面に向けて落ちていく。

 飛んだ男は両肘、両膝をたたみ、体を丸めて回転しながら、恐ろしい速度で04に迫った。


「む、迎え撃てっ!」


 悲鳴じみた指示。

 だが、遅い。

 回転する男の体が04の頭部にぶつかると思いきや、体が不意に伸ばされ曲げられたままの両肘と両膝の間に隙間が生まれた。

 それはあたかも巨大生物のあぎとめいていた。

 そして、04に触れる瞬間に片肘、片膝が圧縮機の様に凄まじい音を立てて閉じ、ヘルムごと04の頭部を砕いた。

 ほんの一瞬の出来事、その僅かな時間に04は、博士の誇る魔道鎧マジックアーマーは粉砕された。

 生身の男によって。


 男は緑色の双眸に、明確な敵意を滾らせて、他の騎士達を見た。

 視線が交わった06は絶叫を放って野戦砲を男に向けたが、既に男は04の骸を蹴って、恐るべき脚力で空を飛び06の胸部に肘打ちを放っていた。

 鎧を通しても明確に打撃の衝撃が伝わるのか、06は動きを止めた。

 その僅かな間に男は、垂れ下がった06の腕を持ち上げて小型野戦砲の砲口を02に向けてた。


「にげっ!」


 01の指示は間に合わず、男は苦悶しながらも飛翔する06の体にしがみついて、小型野戦砲のトリガーを引き絞った。

 爆発に巻き込まれた02に頓着せずに、男は06の頭を両手で掴み、へし折る頃に漸く03が正気を取り戻した。


 だが、全てが遅すぎる。

 01と03が逃亡か、二人掛かりで襲うかを迷えば、最早勝敗は決した。

 落ちていく06を踏み台にして男は軍用コートを靡かせて、まずは近場の03へと飛び、避ける間もなくその腹を蹴れば、その反動を利用して一気に01へと強襲を掛けた。

 01は、小型野戦砲を捨て腰の剣を抜き迎え撃とうとしたが、仄かに光を放つ右腕の手刀がその件を粉砕した。

 そして、剣を粉砕しても全く勢いが止まらない手刀が01の首を切り裂き、すれ違い様に黒煙の中からその姿を現した02に向かう足場として、01の体を蹴った。

 その勢いに押されたように男とは逆の方に滑るように移動した01は、小さく呟いた。


「え?」


 そして、彼女の首はヘルムごと落ちていく。

 一拍置いて、鮮血が迸り帝都に紅い雨を降らした。

 落ちいく01の頭に微かにでも意識があるならば、何を思っただろうか。

 それは、博士にも分からない。

 ただただ、赤い髪の男が恐ろしい。


 だが、その光景を見て高らかに笑う者がある。

 嬉しげに、愛しげに笑う女の声は、明らかにヴァルスト一ム伯爵のものだ。

 普段の様子をかなぐり捨て、感極まったように笑い、ささやく声が響く中。

 このあまりに滑稽な悲劇は終幕を迎える。


 02は、小型野戦砲の直撃に耐えた。

 だが、耐えただけなのだ。

 次の行動を行う暇すら無く、消えいく煙の向こうから真っ直ぐに赤い髪の悪魔が迫ることに気付いた。


「く、来るなっ!!」


 薬で抑えられている筈の恐怖が体を縛る。

 喚こうと叫ぼうと赤い髪の悪魔は許しはしない。

 戦場以外で力を振るう鈍色の騎士を許しはしない。

 無言のままに迫り、02が突き出した小型野戦砲を足場に上昇回転し、恐るべき威力のかかと落としを繰り出した。

 やはりと言うべきか、ヘルムごと頭を砕き02も絶命した。


 残る03は死を覚悟した。

 蹴りの衝撃が抜けきらない様子で、逃げることすらしようとしない。

 ただ、突如狂ったように笑えば、街並みに向けて小型野戦砲を向けた。

 死なば諸共と叫んだ矢先に、03の胸板に風穴が空いた。

 伯爵が視線を転じたのか、映像が帝都の街並みを流れていくと、遠方で狙撃銃を構えた兵士が見えた。


「ガラードが一騎、カルサが一騎、儂が一騎、アルグラーフが四騎か。ふふ、まあ、良かろう。」


 視線を赤い髪の男に転じると、男は重力に従い、漸く落下していく。

 男は落ちながら、こちらを見ていた。

 伯爵も男を見返していたのか、何時までも、落ち行く彼を見ていた。

 落ちる先は如何やら公園のようで石畳ではないが、そのまま落ちれば死ぬだろう。

 だが、男は落ちる途中に不意に数度回転して足元から落ちるようにバランスを調整し、両足から大地に降り立てば、そのまま体を丸め公園の地面を転がり衝撃を分散させた様だ。

 そして、転がるのが止まれば何事も無かったように立ち上がった。


「ははっ、相変わらずだな、アルグラーフ。今度は邪魔が入らぬようにせねばなぁ。」


 その様子を嬉しげに見守っていた伯爵の声が響き、水晶に映っていた映像は消えた。

 これが、リーフェル博士の画策した帝都襲撃事件の顛末であった。


 

 片手に持って居た水晶を懐に仕舞いながら、博士を見やりテレジアは笑う。


「言い残すことはある……バラッジ!離れろっ!!」

「はっ!」

「な、なん……っっ!!」


 テレジアが凄まじい魔力の高まりを感じて叫ぶと後方へと飛び退る。

 バラッジはテレジアの言葉に従い躊躇なく離れた。

 リーフェル博士のみが状況が分からず、テレジアに問いただそうとしたが……問いの言葉も満足に言えずに燃えた。

 それは炎であるにも拘らず黄金色の輝きを放っていた。

 テレジアの背筋に冷たい物が走り抜け、その正体を自ずと口にしていた。


「黄金の炎っ!!ならば、お前は……。」

「……貴様は、何故我らを知る?」


 博士を燃やし尽くした炎は人の形をとった。

 正確には魔神ケイスファウラの形をだが。

 それは、黄金の長い髪を大地まで伸ばした年若い娘の形をしていた。


「良い、貴様は危険だ、ここで果てよ。」


 平坦な物言いで告げた魔神はその腕をテレジアに伸ばす。

 テレジアは、その青い瞳を細め、そして瞼を閉じ、両腕をだらりと下げた。


「しょ……少佐っ!」


 まるで諦めたかに見えたテレジアを見咎め、高密度の魔力に晒されながらもバレッジが叫ぶ。

 何ら感慨を浮かべぬ魔神の、その腕がテレジアに触れるか否かの瞬間に、テレジアは双眸を見開き刃を跳ね上げていた。

 虚空に浮かぶ黒雷の球体がテレジアの背後にあり、そこから刃を取り出したのだ。

 だが……。


「無駄な足掻きを……。我が身は何ら斬れておらぬ。」

「当たり前だ、我が刃は遅れて斬れるのだから。」


 途端に走り抜けた斬撃は、十重二十重と走り抜け、その衝撃でテントが揺れた。


「馬鹿な、これは剣魔のギルスラ……だと。」

「これで殺しきれんのだから堪らんな、魔神とは。魔導王が葬った魔神の数は111柱。だが、魔神の数は128柱。」


 魔神器ギルスラと一体化したことで知り得た知識。

 それをテレジアは語って見せ、その力を振るって見せた。

 魔神器と呼ばれた存在の頃よりも遥かに魔神に近しい力を。

 ぼとりと魔神の腕が落ち、黄金に燃えて消えた。


「残った17柱の内、3柱はこの世を去っている。1柱は全ての魔神が滅びてから自身も滅ぶと世を彷徨っている。残り13柱は何をしているのか……疑問だったが、そういう事か。」

「貴様、まさか……ギルスラと混じり合ったのか? ただの人間が?」


 魔神は初めて信じられないと言う表情を浮かべた。

 切り落とされた腕の付け根からは、炎が滴り落ちる。


「その体、所詮は幻体であろう? 疾くと去れ、黄金の炎ケイスファウラ。我が道を阻むと言うのならば、魔神であろうとも滅ぼしてくれようぞ。」

「貴様は、敵と言うわけだ。魔導王以来の敵……。」

「魔導王から逃げ隠れていたお前等では、この儂には勝てん。儂には愛の力が溢れんばかりにあるっ!」


 堂々とした物言い、だが、一瞬だけバラッジには魔神が鼻白んだ気配を感じた。

 それは、曲がりなりにも魔神が、一介の人間と共通に認識を持ったことになるので、きっと勘違いだと思う事にした。


「訳が分からぬ、狂人め……。だが、なまじ理性的な奴より貴様は恐ろしい事は分かった。何れは殺す。」


 告げやれば、首、腕、足、胴と遅れて切断されて、魔神の幻は消え去った。


「やれる物ならやってみよ。しかし、これは……共闘と言う手段がとれる可能性が高くなった。王家を滅ぼすついでの魔神殺しか、良かろう、良かろう。」


 何やら喜ばしげに呟くヴァルストーム伯爵を見やり、自分が魔神と遭遇して生き残った喜びより、魔人の部下として苦労していくのだなと言う感慨の方をバラッジは強く抱いていた。

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