プロローグ
おそらくこの世界で、男は僕だけだ。
地下からの冷たい突風で、ずっと被っていたフードが脱げる。今となっては不要なものだ、フードは戻さない。
ここの寒さと静けさは地上とは比べものにはならない。侵入者を拒む、作為的なものかもしれない。
全ての生命はマザーから誕生するなんて夢物語を
父親を知らない彼女たちは信じて疑わない。
遥か昔に会ったことはあるが、こうして地下で眠るあいつを見るのはこれが初めてだ。あいつさえ居なければ、この運命を仕組まれた異世界から、ようやく開放される。
マザーより遥かに高位であるあいつの存在など、
話しても信じる者のほうが少ないだろう。
長く続いた一本道の階段を降りた先には、誰が設置したのか壁掛けの松明に、ぼんやりと照らされる祭壇らしき一室があった。中央には、赤に金のラインをあしらわれた棺桶が立てかけられている。ここにあいつが眠っているのだ。
無知で純潔で、真っ白に生きてきた彼女達は
今日この日から、色鮮やかに輝けるはずだ。
「自分で自らの祭壇を造るなんて……」
サラは不気味そうに言う。全くその通りだ。あいつは結局、自分こそが全てなんだ。僕のことも、サラも、花園を生きる彼女たちも、あいつが力を取り戻すための道具に過ぎなかった。そんな運命を変えるため、この日を待っていたんだ。僕は棺桶の蓋に手をかけた。
運命を仕組まれ、まるで監獄のようなこの楽園を
僕の手で、必ず、本当の楽園へと変えてみせる。
今日は記念すべき日だ。これが終わったら何をしようか。耐え忍ぶ日々はもう終わるんだ、皆で祝い、歌い、踊って幸せを噛みしめよう。影に徹してきた長い年月の物語を、語り合ってもいいかもしれない。僕は棺桶の蓋を、そっと、外した。
もうすぐだよ、僕の娘たち――
蓋が床に倒れる大きな音が地下全体に鳴り響くと、昔みたままのあいつが、確かにそこに眠っていた。
「ねぇ、バーグ……」
心配そうに僕を見つめるサラに、頷いて返す。僕たちの覚悟は決まっている。
もうすぐだ。