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影の使い手  作者: 葬儀屋
双竜編
86/207

羨望を送る側、送られる側

 赤い鱗が豪快に動きその身をにぶく光らせる、その隙間を縫って黒い翼が縦横無尽にその巨体をかき乱した。

「そいやっ」

 ダンジョン28階、規則正しく積み上げられた石をランタンの灯が怪しく照らすこの迷路に、場違いなほど明るい声が響きわたっていた。

 自分ことクロードは目の前の戦いを静かに観戦している。

 構える魔物モンスターの名前はドラクルライダー、子竜ドラクルとは言っても見た目は蜥蜴を大きくしたようなものだが、その防御力と猪突には並々ならぬものがある。

 加えて騎手である石像騎士との剣術の連携が厄介な、この階層で最上位に入る戦闘能力の持ち主だ。

 いま、その騎士の大剣がクラマを二つに分けようと襲い掛かってきた。


「よっと」

 しかしクラマはそれに臆することなく、仕込み刀を軌道上に乗せた後、大剣が当たる瞬間に刀の向きをずらして破壊力を殺す。

 お返しとばかりに無防備になった騎士の体に、逆袈裟斬りを繰り出した。

 華やかさに欠ける地味な石の表面に一つの筋が入ったかと思えば、右肩から頭に当たる部分が竜からこぼれ落ち、仰々しい音を立てて砕け散る、残った部分も蹴飛ばしてやれば同じく上半身の後を追って石塊となり果てた。


 主がいなくなったことを悟ったのか、竜は泣き声を一つ上げると身震いを始め、背中に乗っている彼女を落とそうと試みる。

「どうどう」

 その揺れに耐えながら、クラマは竜の弱点を見定めていた。

 彼女の刀の腕をもってすれば、竜の堅い鱗を断つことなど造作もないのかもしれない、しかしそれでは使用した仕込み刀の刃が欠けてしまうだろう。

 被害は少ないほうがいい、別に鱗を断たなければ勝てないというわけでもない。

 どんなに頑強な鎧であっても、動かすための柔軟な個所を持たせる必要がある。

 竜の後頭部より少し下、ちょうどうなじに当たる部分がそれだった。


 クラマはひゅっと口笛を吹くようにして肺の空気を押し出した後、腕を横へ振り切って一閃した。

 途端に竜の首筋からおびただしい量の血が噴き出してくる、竜は暴れることを止め、その場に突っ伏して起き上がらなくなった。

 まだ生きているは生きているだろうが、脊髄を切断されたのでもう体を動かすことは出来ないだろう、あと数分もすれば出血多量でこと切れる。


「どうだった、この階層の魔物モンスターは」

 彼女は布巾ふきんで刀に付いたあぶらと血をふき取った後、こちらの質問にニコリと笑って返した。

「別に圧倒的な力があるわけでも、奇抜な能力があるわけでもない、これぐらいの強さだったら、大丈夫だよん。

何ならもっと下の階層でも構わないけど?」

「それはまた今度。

今はこの先の薬草を採取しないと」

 懐から折りたたんであった袋を取り出し、一度はたいて元の大きさに戻す。


「そんで、今回は何の薬草何を集めるんだい?」

「ゾンビグラスという名前で、成分を抽出するとステータスのATK(攻撃力)を大幅に強化できるブレイブポーションの原料になる」

「ほ~お、あの薬はそうやって作られてたのかい」

 クラマは周囲を見渡した後、自分の足元に生えていた青みがかった紫色の草に視線を落とした。

「これかな?」

「正解」

 まだ名前しか説明していないのに見つけたのは鑑定系統の能力を使ったからだろう。


「いやぁ、毒々しい色だね。

ポーションの奴はあまり気にも止めずに飲んでいたけど、こうやって原材料を改めて見ると複雑な気持ちになるよん」

「戦闘職の人間は、日頃お世話になっている道具アイテムの元を知らない人が多いか…」

 ギルドの冒険者の大半は戦闘をする、採取をするといったように大まかな専門職ができている。

 器用貧乏になるぐらいなら一つの物事を極めて、それぞれのエキスパートでパーティを組んだ方が圧倒的に効率がいいからだ。

「こうやって見ると不安にならないのかね、見ず知らずの誰かが作った道具でダンジョンに挑むなんてさ」

「それだけ多くの冒険者が、ギルドの道具の製作能力を信じているという何よりの証拠なのかもしれないよ」

「そうともとれるか…」

 クラマは、一応は納得したという様子で体をかがめ、手甲越しに草をむんずと掴んだ。

 その光景を見た途端、背中にヒヤリとしたものが流れる。

「待った」

「おん」

 慌てて彼女の前に片膝をつき、彼女の腕を上から押すようにして抑えた。

「そのまま引っこ抜くのはやめてほしい」

 腰からナイフを取り出して、掴んでいる草を根元を残して刈り取る。

 持っていたロープの束から一本抜き取り、まとめた草を一つにくくって袋に入れた。

「これで一つ、あと39回同じことをやればいいんだ」

「ねぇクロード」


 振り向くとクラマが釈然としない表情でこちらを見つめていた。

「根は回収しないのかい?

鑑定結果によると、ゾンビグラスの中で一番成分が濃く含まれているのはそこだって出たんだけど」

「それは間違っていない、間違っていないのだけど…」

「けど?」

 いったん頭をかいて、言いたいことを整理する。


「ゾンビグラスは一から育てるのには三か月かかるんだが、根を残したまま放っておくと三日で元の姿に再生するという特徴があって、出来るなら引っこ抜かないほうがいいんだよ」

 数十年前、この草の効能が発見されたとき多くの冒険者は、ゾンビグラスをあらかた丸ごと持ち去って、高品質のポーションを手に入れることに成功した。

 しかしその代償として、ゾンビグラスは絶滅の危機に瀕してしまい、伴ってブレイブポーションの価格は高騰、一時期は回復薬の300倍にまで上がってしまったそうだ。

 結局価格が下がるまでに三年以上の月日を擁し、冒険者たちの攻略効率を四割は下げてしまったらしい。

 そうした過去の教訓をふまえ、少しぐらい効果が落ちても、安定した需要と価格で長く付き合っていく今の方法に落ち着いたそうだ。

「ギルドの規則には載っていないが、採取を主とする冒険者たちの間では暗黙の了解になっているんだよ」

「ほお~、先人たちの知恵というわけですな」

「まあね」

 まだギルドにくみして日が浅いころ、根っこごと持ってきてカレラさんに注意されたのはいい思い出だ。


「さすがはクロード。

後方勤務のスペシャリストにして熟練の雑用係の二つ名は伊達じゃないね」

「ありがとう、最高の誉め言葉だ」

「ちょっと、からかったんだけど?」

「あいにくこれからの私の人生設計はね、この先老人になるまで採取と書類仕事を繰り返した後、冒険者を引退して『最近の若い者は』とかありきたりなことを言いながら、本でも読んで晩年を送るんだ」

「なんて面白みに欠けるものなんだ!」

 隣の烏族テングは大げさに驚いた後、こちらの肩に肘を乗せてきた。

「しょうがないな、ここはあたしがその無地の画板に絵の具を塗ってやろうじゃないか」

「それは構わないがね、午後にもう一つ依頼が控えているよ。

さっさと片づけてしまおう」

「承知したよん」

 ため息をつきながら仕事をしろと急かす、どうやらこの先の冒険者生活、『目立つ』ことはなくとも『平穏』なものにはならないらしい。

 憂鬱な気持ちになりながら、クラマに紐とナイフを渡して作業に取り掛かった。



◆◆◆



「それではゾンビグラス40本の納品を確認いたしましたので、依頼達成となります」

 受付嬢の達成確認の判が受諾判の隣へと軽快に押される、正午を迎えたギルドは依頼を達成した冒険者の群れで賑わっていた。

「こちらが報酬の金貨4枚です、お確かめください」

 右から2番目の貨幣を手に取って軽く歯を立ててみる。

「確かに」

 跡がついたことを確認し、金貨を握りしめてカウンターを後に、近くで待機していたクラマと合流する。


「報酬の分け前は半分ずつで構わないか?」

「あぁクロード、そのことなんだけどやっぱり私は報酬いらないよん、その代わり」

 そこまで言ってこちらに意地が悪そうな笑みを向けてくる。

「その代わり?」

「今日の昼食代はクロードが持ってくれないかい?」

 そう来たか。


「そうだな…

その場合君の食べた料金が金貨2枚を超えた場合、午後の依頼の頑張りでその金額を返してもらうことになるが?」

「あんた、あたしを何だと思っているんだい。

この王都のいい店を紹介してくれればいいんだよん」

「すまないけど、王国の裏の事情まで調べられる私の情報収集能力を以ってしても、君の酒と食事の許容量は推しはかれなかったのでね」

「褒められた、と思っておこうか」

 無論冒険者ギルドの中でも食事をとる施設は備わっているが、先に仕事を終えていたほかの冒険者に埋め尽くされており、自分たちのように椅子取りに敗れた多くの冒険者は泣く泣く外で済ませることとなる。

 できるだけ多くの冒険者が行きそうな店を、頭の中で思い浮かべていたところで。


「む?」

 何やら入り口の扉の向こう側が騒がしくなっていることに気が付いた。

 大勢の人の歓声、口笛と黄色い声とが入り混じりながら、徐々にこちらへと向かってくる。

 それに伴っていくつもの気配がこの冒険者ギルドへと近づいていることが分かった、耳に聞こえる足運びと身に纏っている雰囲気は常に最前線で戦っている一流の戦士のもの、特にずば抜けて強い二つの気配はSランクの魔物モンスターにも匹敵した。


 両開きの扉が勢いよく開け放たれ、その向こう側から赤いローブを身に着けた男を先頭に2パーティほどの集団が意気揚々と入場した。

「おい、トップのご帰還だぜ」

 近くにいた誰かが、こっそり呟く。

 先ほどまで午前の依頼の愚痴と、午後の依頼の願望で騒がしかった冒険者たちは一瞬静まり返り、それとは別の統一された話題の喧騒がよりこの場を騒然とさせていた。


 ローブの男はその変わりようを我関せずといった表情で、カレラのカウンターまで歩を進めてくる、その直線上にいた自分は傍のクラマの袖をつまんで、近くの群衆に紛れ込んだ。

「遠征部隊冒険者代表『レッドギガンテス』リーダー、フィンケルだ。

勇者ダンジョン遠征の事前打ち合わせに来たぜ」

「承知しました。

ギルドマスターは奥の部屋にご在室です、『俺と合流次第、すぐに王城に出発する』との言伝を承っております」

「おうよ分かった」

 そんな短いやり取りを交わした後、その一団は息つく暇もなく早歩きで、受付の横にある扉から奥の廊下へと姿を消していった。


「相も変わらず、調子がよさそうだね。

いい熱風が体中に吹いているよん」

「だろうね、でなければ強者ひしめく冒険者の頂点なんてとれやしない」

 その言葉に何を思ったのか、クラマはこちらに意味ありげな表情を作ってきた。

「あいつらと勝負したら勝てるかい?」

「無意味な質問だ、彼らと勝負する気もないし理由もない」

 突拍子もなく何を言い出すのだろうか、この烏族テングは。

「いやね、東西に龍虎揃えば種族関係なく、どちらが勝るか興味を持たざるを得ないじゃないか」

「買い被りされるのはいい気持ちがしないね、毎日土いじりをしているような奴が、最前線で命を懸けている強者と張り合えると思うのかな」

「かもしれないね」

 肯定の後に彼女は言葉を続ける、

「けどあんただって只の実力者じゃないはずだ、少なくともあたしの5倍は強いと見た」

「色眼鏡でもかけているんじゃないか?」

「まさか、昔から性格が悪くて目がいい烏族テングとして里の有名人だったんだよん?」

 なぜ逆にならなかったのだろう。


 真面目に考察しようと顎に手を当てたその時、キュルルとどこからか小動物の鳴き声のような音が聞こえてくる。

 途端に横からの声が止み、先ほどまで鳴いていた烏が借りてきた猫のように静かになった。

「…これ以上この話を追求するなら、このまま午後の依頼に赴こうか?」

「待って、あたしが悪かった、この話題はよそう、もう扉から有名人が出てくることはないだろうし、すぐに向かおうじゃないか」

 自分の口角が意地悪気に上がる感覚を覚える、彼女と交友を持ち始めてはや数か月、ようやくじゃじゃ馬の運転の仕方が理解できたような気がした。


「う~ん、何か別の話題はないものかね…」

「君は黙ったら死ぬ病気にでもかかっているのか?」

 どうやら彼女は、昼食を逃さないための行動の選択肢に、ただひたすら黙るという項目は抜け落ちているらしい。

 こちらとしては、自分の実力を他人と比較して、どうこう言われなければ別に構わないのだが、どのような人生を送れば彼女の人格が形成されるのだろうか。


 まだ揺れが続いている扉を押し開き、眩しい朝日が仮面に当たったところで彼女の会話が再開した。


「そういえば『レッドギガンテス』のパーティメンバーに、伝説のSランクパーティ『ユグドラシル』の兄弟がいるっていう噂、知ってる?」

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