五分咲・力侮り難く。
「うまくいったようですね」
「そうらしいです」
計画の第一段階が成功したことを確信し、相槌を打つ。根の群れは見当違いの方向へと進んでいき、今はもう遠くに消えていた。
あと数十分で小屋へとたどり着く事ができる。
「ケロの実が役に立ちましたね」
「はい、運よくこの辺りに落ちていて助かりました」
この世界にも松のように、樹脂を含んでいて燃えやすい植物というものは存在する。ケロの実もそのうちの一つだ。
生命力がとても高く大陸全土に広く分布しており、一度森や林に入ればお目にかかれるほど身近な木でもある。
ライターやマッチがないこの世界では燃料として重宝されるため、冒険者や旅人は野外活動の初歩の初歩で先輩方から教わるらしい。
見張り小屋の近くの林で見つけたとき、私はこれらを神樹との戦いで有効活用出来るのではないかと考えた。
この実に火をつけた後、周り覆う布の量を変えてあげれば燃え上がるまでの時間が変えられるため作戦に大いに組み込める。
「しかしよかったのですか? あの見張り小屋を燃やさなくともほかにも木材がありましたけど……」
木の実を火種にして、燃やす準備は整いつつあった。
しかし炎を盛大に燃やすための木材を探す話になったとき、彼がこの小屋を提供すると言い出した。
「いいのですよ、どうせあの根に押しつぶされて最後を迎えるのなら、ワシがこの手で終わらせたい」
言葉ではあきらめたように言いつつも、その目は小屋が燃えている方角一点を見つめている。
さぞかし盛大に舞い上がっている火も、ここまで来れば蝋燭のような灯のように小さい。
しかし彼は目に焼き付けるようにじっと見据えていた、やはり本心では燃やしたくなかったのだ。
「……いや、時間を取らせました、先を急ぎましょう」
「分かりました、リン」
私が呼びかけるとフルフルと震えながら、返事を返す。
リンの背中には今回の戦いにおいて使う道具が入った袋が搭載されており、傍からはスライムというよりカタツムリに近い見た目をしていて思わずクスリと笑ってしまったのは内緒だ。
急ぎ足で数分、無事神樹本体の足元に辿り着いた。
里に着いたときに初めて見たこの木は天にも届きそうで、とても神聖で不可侵なものに見えた。
しかし、この里の歴史を知ってからは、もはやその大きさと重厚さからは恐怖しか感じ取れない
「……と、いけないいけない」
気後れしてはだめだ、私は今からこの魔物と戦わなくてはならないのだから。
深呼吸を行い、気持ちを今一度落ち着かせてから前を見る。
目の前には人一人がやっと通れるかという不自然な裂け目が、私たちを飲み込むかのように口を開いている。
初代パラウトの巫女が結界を張る際、神樹を依代にするために彼女が作った道なのだそうだ。
巫女が変わるたびにここに入り、神樹と契約を交わすという。つまりここからつながる場所こそが、神樹を神樹たらしめている根源なのだ。
「行きましょうシッドさん、リン、ここからが山場です」
「はい」
シッドは心強い声で、リンは震えて返事をする。
それを胸に私は、シッドすら入ったことのない未踏の地へと足を踏み入れた。
裂け目から内へと続く道は思ったより整備されており、細長い道の所々に灯篭が等間隔に下げられている。
炎の優しい光が、木の中という特別な空間と相俟って、言葉にできないような幻想的な世界を創り出していた。
そんな細道を速足で歩いていく。
鎧の隙間に布を入れて金属同士がぶつかる音を防ぎ、冷水で濡らした厚手のマントを被って体温を感知されることを凌いでいる。
『大丈夫です』
『はい』
声で会話することができないため、あらかじめ決めておいた合図を使って安全を確認していく。
陣形は一列に、見張り役の私、臨戦状態のシッド、荷物持ちのリンとなっており、万が一の状況に備えている。
確認し終えた後、懐の中から複雑な幾何学模様が描かれた紙を壁に1枚ペタリと張り付ける。
この魔法具の名前は『呪符』。【魔術師】がある1種類の魔法を込めることによって、好きな時に魔法が発動できるという、いわば『インスタント魔法』という代物だ。
使用するときは呪符に描かれている紋様の部分に使用者が指を触れることで『起動状態』となり、その状態から『発動』と唱えればその魔法が使えるというわけだ。
この呪符はとても需要がある。
一番の利点はなんといっても【魔術師】以外の、魔法が使えない職業のものでも使用することができることだろう。
この世界では他の職業と比較しても【魔術師】系統の職種の人口は少なく、冒険者のパーティでは悩みの種でもある。
そのため運悪く【魔術師】を仲間に加えられなかったパーティは、代わりにこの呪符を購入しパーティ内のバランスを補うというわけだ。
しかし、呪符が持つ魔法の威力は、魔法を込めた【魔術師】の力量次第だという欠点も存在する。
呪符の魔法の威力はそのほとんどが、初級か運良くて中級のものばかりだ。
これは呪符に魔法を込めている【魔術師】はボランティアではなく、お金をもらうビジネスとして行っていることに起因する。
強大な力を持つ【上級魔術師】はどのパーティからも引っ張りだこであり、お金に苦労はしない。
結果として呪符に魔法を込める作業は、大体が下級の【魔術師】達のアルバイトとなっているのが現状だ。
しかし、このことによって【魔術師】と呪符の均衡が取れているといえる。
仮に、強力な呪符が大量に出回ったとしたら、【魔術師】たちの存在意義がなくなってしまうからだ。
……閑話休題。
私は亨君の荷物からこの大量の呪符を見つけた。なんでもこの旅のために、購入したらしい。
【賢者】という魔法職の私が加わる前の話だったので、呪符を購入する理由はわかる。
しかしなぜか呪符はどれも『魔法が込められる前の状態』だった。
ギルドマスターに頼んで、あえてそうしたという話らしいが、何度考えてもわからない。
だが今は、そのほうが都合がよかった。
魔法を込めていないので、作戦に応じて好きな魔法が込められる、これは私たちが練ることのできる戦略の幅を大きく広げた。
亨君にはあとで弁償するとして、この呪符はありがたく使わせていただこう。
彼に感謝しながら一定間隔でペタペタと呪符を張り付けていく。もしこの下準備が終われば、この先の戦いがはるかに楽になるはずなのだから。
『七瀬さん』
『はい』
先頭の彼が前進するのを止め、私に合図を出す。
彼から視線を外し前を見ると、通路の終着点、すなわち神樹の中心部へと到達したのだと理解できた。
神樹の中心は、円柱状にくり抜かれた巨大な空間が広がっている。
床は硬質な黒一色で、樹木が素材であるはずなのにまるで金属を思わせるようだ。
壁を見てもほかに穴は見当たらない。どうやら私たちがたどってきた道以外に入口は存在しないようだ。
ふと、周りが異様に明るいことに気が付く。
細道の時は小さい蝋燭の明かりだけが頼りだったというのに、この空間は火の気が一つもない。自身が着ている服の、細かな柄まで確認することができる程だというのに。
疑問は上を見上げた瞬間に解決した。
まるで太陽のように輝き続ける光源が一つ、私たちの真上百数十mに存在した。
木の中にあれほどの炎が持ち込めるわけがない、私の特殊スキル【魔力眼】がその正体を捉えた。
『太陽』という表現はあながち間違いでないのかもしれない、あれは、神樹が今まで吸収してきたエネルギーの結晶体なのだ。
『まちがいない!!』
心の中で確信する。
あれが、あれこそが私たちが立ち向かう敵の正体で、すべてを握る文字通り『核』なのだと。
頂上から一本の線が壁沿いに走り、螺旋を描いて地面に到達している。
近づいてみてみると、それは緩やかな段差の階段であることが分かった。
おそらくパラウトの巫女たちはこの階段を上って、あの光球と契約を交わしていたのだ。
『七瀬さん』
『えぇ』
敵も見据えることができた。そこへたどり着くための手段も確立した。
後は間に合う事だけを祈るばかりだった。
◆◆◆
『?』
『体内から音と熱を感じる。』
『あの小僧のものではない。』
『使い魔たちはみんな殺された。』
『では……』
『!!』
『なぜ!?』
『なぜ奴らがここに!?』
『ではあの炎は?』
『!!っ』
『囮だったと!!』
『……』
『…………』
『許さない』
『餌のくせに俺を騙すなんて』
『特別な存在であるこの俺を』
『許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない』
『すべての足と手を引き寄せる』
『今度こそ逃がさない』




