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影の使い手  作者: 葬儀屋
日常編
45/208

その大きさは器か実力か

「クロード様、例のものが準備できたそうです」


 ギルドの端にひっそりと作られた、自分専用のカウンター。目立つのが嫌だろうとギルドマスターのバットが作ってくれたものだ。

ここに今回の依頼の鉱石を置く。

 自分ことクロードは、受け取った受付嬢からそんな言葉を聞いた。


「そうか」

 先日、自分がギルドからもらうはずだった金貨10000枚のうち8000枚。

 様々な問題が起きたため直接渡す事が出来ず、ギルドマスターと話し合って金貨8.000枚の代わりになるものを自分に渡すことで話がまとまった。


 どんな物になったのだろうか。

 出来る事なら持ち運びができて、目立たないものを。


「今夜、ギルドマスターから案内されます」

「分かりました」

 金貨8000枚の価値という観点から見ても、簡単に渡せないものであることは明らかである。


「しかし案内、ですか」

 普通『手渡されます』なんて言葉を使うはずなのだが。余程貴重で金庫か何かにしまってあるのか、それとも手渡すことができないほど大きくて重いものなのか。


 あのバットのことだから自分の意思をくみ取ってくれているとは思うが、いかんせんまだ渡されるものを知らないと期待と不安が高まっていく。


「では、日が沈んだ頃に伺います」

「はい、お待ちしております」



◆◆◆



 日も暮れて夜に2つの月が輝きだした頃、森に2つの足音が響いていた。

 一定のリズムを刻みながら森の奥へ奥へと入っていく。


「なぁ」

「なんだ、クロード」

かれこれ2時間、このギルドマスターについてきたわけだがさすがに一度質問するべきだろうと声をかける。


「もう一度質問するが、私は金貨の代わりを受け取りに来たんだよな?」

「ああそうだ」

 なぜか意味ありげな笑みを浮かべ、バットは返答する。


「ならなぜわざわざ山に登っているんだ? ギルドで渡すことはできないのか?」

「まぁな」

 ますます謎が深まる、渡すものはこの先にあるということか?

 ……まさかとは思うがこの深い森の奥で自分を亡き者にしようとしているのだろうか。

 今現在自分よりもこのバットのほうが戦闘力は上だ、その気になれば自分を倒すことも可能である。


「着いたぞ。」

 不穏なことを考えていると彼から声がかかる、どうやら知らずのうちに目的地に着いたようだ。


 前を向くとバットは前方を指差していた。

 その指先に沿って視線を移動させていくとまず最初に見えてくるのが森の中にはあるはずのない石畳だった。

 しかしバットの指先は石畳の上を通過している、さすがに石畳が金貨の代わりではないのだろう。

 顔をあげ石畳の先を目で追っていく、すると自分の正面には山がそびえており、石畳は階段へと形を変えてその白い線を伸ばしていった。


「……もしかしてこの山かな?」

「正確には、この山を含めたここら一帯の森だな。」

 少し待ってほしい。


「2つ程質問を」

「何だ」

 自分は彼に向き直った。

 バットといえばまるで悪戯が成功したような、したり顔でこちらを見ている。

 先ほどの自分の反応は、いたく彼のお気に召したようだ。


「これは本当に金貨8000枚の代わりになっていいのか?」

土地のことはあまり知らないが、日本に住んでいた身からしたらかなり破格の額ではないかと思う。


「それにこんなものを貰ったら、すさまじく目立つのではないか?」

 明らかに一人の冒険者が貰うものの規模を超えている、なぜこの男はここを自分に渡そうと思ったのだろうか。


 バットは自分の質問を聞いた後、しばらく間を置いて話し始めた。

「ここの森は道も悪く人通りも少ない、開拓しようという貴族も現れず困っていたんだ。それにここは王都から離れていてな、もしお前がこの土地をもらったとしても遠すぎて知られないんだ」

 確かにここから王都までの距離はかなりある、高いステータスを持つ自分とバットですら2時間の移動時間を必要とした。速足で移動したので軽く30㎞は超えているだろう。

、自分に近づき息をひそめて喋りだす。


「あとこれは秘密なんだが、この辺りには危険度の高い魔物モンスターなんかが出てな、時折Sランク冒険者に討伐依頼を出しているんだ。」

「なるほど。」

 自分がSランク冒険者の代わりにそいつらを倒せということか。


「準備というのは此処の所有権のことだったのかな?」

「まぁな。」

 どんな手腕を使ったのかは知らないが、こんな広大な土地の所有権を扱えるあたり目の前にいる男がただ物でないことを示している。

 逆らわないほうが得策だ。


「ただこれだけじゃぁないんだ。クロード、階段を昇っていくぞ。」

「まだあるのか?」

 正直これだけで十分満足しているのだが、ほかに何があるというのだろう。


 山の頂上に向けて長いひたすら長い階段を昇っていく、自分の中の段数のカウントが3000段にあと一歩差し掛かった時、自分は『それ』に対面した。

「家……いや屋敷といった方がいいか」

 思わず呟いてしまう。

 自分が見たのものは山の頂上付近の開けたところに作られた、大きな木造建築の建物だった。

 王都の建物がレンガなど中世ヨーロッパに近似したもので作られていたに対し、こちらは木造のどちらかというと昔の日本特有の横に広い屋敷だった。

 こんな場所にこんなものを建てるとは、よほどの物好きもいたものだ。


「どうだ? 所々崩れてはいるが、修理すればちゃんと住める立派な家だろ?」

「この建物について何か情報は?」

 さっきまでファンタジーの世界にいたのに、今はまるでどこか日本の田舎にいるようだった。

 自然と建物の経緯に興味がわく。


「俺も詳しい事は知らんが、何でも東の帝国から逃げてきた奴が人目を忍んでこの場に居を構えたそうだ。噂で聞いた程度だからどこまで本当かわからんがな。」

 ギルドマスターの言葉に興味を惹かれる事柄があった。

『東の帝国』

 この建物の構造といい日本に似た文化を持つ国なのかもしれない、もし機会があれば行ってみたいものだ。


 ただ今は自分の中に起こった問題を解決するのが先だ。

「なぁギルドマスター」

「なんだ?」

「この家を金貨の代わりに出すという事は、自分がこの家に住むことを想定内に入れてか?」

「その通りだが?」

 だとすると矛盾する。


「いつもの仕事はまだいいとして、Sランク冒険者の仕事やらを受けるときに一々この場所から王都に向かうのは時間がかかりすぎるのではないか?」

 片道2時間かかるのだ、いざという時に対応しづらい。

 彼はそのことを理解したうえでこの土地と屋敷を進めているのだろうか?


 するとバットはフッと笑って、言葉を返す。

「お前の【影魔法】なら大丈夫だと思ったんだが?」

 その言葉に一瞬、緊張感が走る。


「……知っていたのか。」

 半ば関心しながら肩の力を抜いて、ギルドマスターに話しかける。

【影魔法】の事はギルドマスターに話していなかったはずだ。

「鑑定スキルを持っているのはお前だけじゃないってことさ。」

まいったな、特殊エクストラスキルの【変装】で誤魔化していたというのにそれが意味をなさないとは。どうやらこの男の前では下手に嘘はつけないようだ。


「しかし金貨の代わりが、危険な森とその中にある建物の所有権何て思ってもみなかったな」

 そう言うとギルドマスターはクククと笑って答える。

「お前ならいい修行の場になると思ったんだが、どうだ?もし気に入らないなら別の物を用意してあるが?」


「いや、いい、これがいい」

 ギルドマスターの言うとおり強い魔物モンスターがいるのならその分自分の成長に役立つ。

 ダンジョンをクリアしてからLv(レベル)の上がり方が芳しくなかった自分にとっても悪くない物だ。


「契約書に名前を書いたな?」

「あぁ」

 この土地と屋敷の権利を受け取って、晴れて自分はこの厄介な土地の持ち主となる。


「それじゃ俺はこのまま帰るがどうする?お前の宿だったらこっちでとってあるが?」

 契約書を懐にしまい、ギルドマスターが訊ねてくる。

「しばらくここにいるとしよう、先に帰ってくれてもいい」

 この屋敷を探索してみたいという気持ちが強かった。


「そうか。じゃまた明日」

 バットは後ろでに手を振り階段を下りて行く。


「さてと……」

自分は屋敷を改めて見上げる、ここが自分の新居だ。


「よろしく」

 ポツリと呟いた言葉に風が吹き、屋敷が自分の挨拶に答えているように見えた。

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