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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
207/207

中幕・現れ出たる亡霊公

 予想外の証言者は、刺繍が施された絨毯を一歩ずつ踏みしめる。

 驚愕する周囲の喧騒をよそに、当人は覚悟を決めているのか無表情を貫いている。


 やがて、言葉を失っているクシュナー元老の隣で、前進をピタリと止める。

 その刹那である、元老は確かに少年と目が合った。


 盤上全体を俯瞰(ふかん)するような、眼前の理不尽を諦観(ていかん)したような、集団外存在(アウトサイダー)が如き深淵の瞳であった。


 あぁ、と度肝を抜かれた老人は歯噛みする。

 彼は、この小僧の視線がたまらなく嫌いであった。


 『光と影』作戦において、クシュナー元老が生贄にこいつを選んだ理由もこの目に起因する。

 クシュナーにとって、盤上の駒を操り、その行く末を見届ける権利は、己ただ一人が持つべきであった。


「……貴様は、確か名を「見覚えがあるであろう? クシュナー」


 クシュナーの発言に被せるように、国王カイゼルが問うた。


「『光と影』作戦において、そなたが選んだ生贄だ。

 勇者コトミネ殿との決闘で瀕死の重傷であったところを、我が保護し治療させたのだ」

「……その……ようですな」


 国王は、返す言葉を見つけられない元老を一瞥した後、証人へと視線を向けた。


「国王カイゼル・フォン・ルべリオスが問う。

 そもそも勇者との決闘は、そなたが従者を辱めた事に端を発する。

 これは事実か?」

「いいえ、国王陛下。

 私は、当時の従者であったティファの手に触れたことさえありません。

 辱めなど(もっ)ての(ほか)です」


「お待ちを! お待ちを陛下!」


 証人の供述を、狼狽した声が遮った。

 国王との会話に勝手に割り込むなど、不敬罪で広間から締め出されてもおかしくない愚行である。しかし、今のクシュナーにしてみれば、それを気にするどころの状況ではない。


「陛下。まさか加害者の言葉を、すべて鵜呑みにするわけではありますまいな!」


 元老の発言は正論であった。

 容疑者の『それでも僕はやっていない』発言で無罪がまかり通るならば、先人が積み上げてきた秩序の理が一夜にして崩壊する。


 現に、広間に集う権力者は何も口を挟まない。

 信頼に値する情報が足りず、元老を糾弾するか擁護するか決めかねているのである。


「無論だ、クシュナー元老。

 一方の証言だけでは、裁定にはまだ早い」

「おっしゃる通り……一方?」


 国王の発言に同調しようとしたクシュナーは、その発言の不自然に気が付いて舌を止めた。


「憲兵。次の証人をここに」


 カイゼルの勅命を受けて、入り口の扉が再び開きだす。

 まだ潰すべき害虫がいたのかと、クシュナーが振り返ったその先には、


















 メイド、ティファが立っていた。


「ティ……ファ? ティファなのか?」


 勇者言峰の戸惑う声も、今の元老には耳に入らなかった。


「かっ…………あ?」


 何故……だ。

 何故だ! 何故だ? 何故だ⁉ 何故だ‼


 使い古された老人の脳味噌が、何故の白文字で漂白される。


 確かに目の前で処分を下したはずである。

 確かに処理したと、部下から報告されたはずである。

 我が世は()べて事もなし、既に『最悪』からは逃げおおせた。


 その『最悪』が、地獄の淵から這いずって、喉元に破滅の刃を突き付けている。


「辱められた、とされた従者。ティファである」


 今更行う必要性があるのか分からない紹介を、国王カイゼルが粛々と行う。

 名を呼ばれた少女は、緊張した面持ちで前に一歩踏み出す。


 これを合図に、一人目の証人である少年が、広間の中心から勇者陣営の列へと下がる。

 役目を終えた証言者が法廷から退席する、何も不自然ではない行動であった。


◆◆◆


 証言を終えた少年――影山(かげやま)(とおる)は、元クラスメイト達が並ぶ列に向かっていた。

 『元老院の策謀に嵌められた勇者の仲間』としてこの場に登場した以上、勇者たちの列に()()ことが適当なためである。


 背後でクシュナー元老が、始末した亡霊の登場に泡を食っている。

 影山が監獄からナイトハルトのついでに救助し、枢機卿(カーディナル)の回復を受けさせ、国王に『第二の切り札』として紹介したわけであるが、予想以上の効果を発揮した。


 ティファという予想外の登場人物。

 加えて影山が気配を消せば、横を通り過ぎる彼に気が付くクラスメイトなど誰一人いない。

 問題なく列の最後尾に辿り着く……




 ……はずであった。


 音も無く、ひとつの握りこぶしが影山の横に差し出される。


 それは、クラスのほとんどが影山に疑いの眼差しを向けた時、ただ一人迷いなく信じてくれた盟友ので片手あった。


 影山が視線をやると、ただでさえ憎たらしい顔面が、わざとらしくすまし顔になっている。

 もしかすると、影山がこの場に登場した意図さえ察しているのではないか、という表情である。


 察しているのであろう。

 影山は確信した。


 ()()()に、遠藤(えんどう)秀介(しゅうすけ)のような卓越した頭脳も、中村(なかむら)賢人(けんと)が持つ鋭い直感は無い。

 あるのは長年の友情のみ、それで充分であった。


 影山は、目の前の拳に対して、何も言わずに己の拳を合わせる。

 盟友の拳は前よりも皮が厚く、頼もしくなっていた。


 そして、何事もなかったかのように、列の最後を目指して歩き始める。


 一年ぶりの正式な再会であるからといって、両者特別何かをやるつもりはなかった。

 二人の間に野暮な言葉は必要なかった。

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― 新着の感想 ―
やっとこの時が来たか〜とても清々しい気分です。そして勇者(笑)の心中はどうなんでしょう。とりあえず謝罪くらいは最低ラインだとおもいます!
クロードとしてはともかく影山亨としての彼のバディは柿本ってことなんでしょうね 何も言わなくても互いの意図は分かるし信頼は揺るがない 離れていても彼ら二人が親友なのだと良く分かる遣り取りです さて追い…
投稿感謝です^^ ひゃっほーいヾ(*´∀`*)ノ最新話だーヾ(*´∀`*)ノ そして見どころ満載だーヾ(*´∀`*)ノ その一つ一つが派手さ控えめな辺りが実にこの作品らしくて実に好ましい。 自身が…
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