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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
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恋愛アクセラレータ

 村上(むらかみ)綾香(あやか)による中村(なかむら)賢人(けんと)への抱擁を見届けた後、クラマは何も言わずにその場を後にした。


 長年のわだかまりが氷解し、最高の形で心を(さら)け出し合って再会できた今、橋渡(はしわた)し役の自分がいるのは野暮(やぼ)であろうと、年長者の経験から察したのである。


 向かった先は、街の中心部から外れた人気のない路地裏。

 手ごろな木箱を見つけ、休憩とばかりにその上に腰掛けた。


「お疲れ様」


 幽霊にでも話しかけるように、突然石塀へと(ねぎら)いの言葉を掛ける。


 すると、石塀に伸びていた建物の影の一部から、白い仮面が浮き出てきた。

 別行動をとっていたクロードが、役目を終えて帰還したのである。


 外套の下には、無数のナイフに始まり【黒剣・双影】【黒刀・繊月宗近(せんげつむねちか)】と臨戦態勢の出で立ち。


 強敵との激戦を覚悟した重武装であるが、結果としてそこまでには発展しなかったことが雰囲気から伝わる。


「最初から見させてもらった。

 期待以上の成果に舌を巻くばかりだ」

「……あんたがナカムラの相談に乗ってあげるのが、一番だったんじゃないかい?」


「残念だがそれは無理だ。

 私は諸事情で村上に会う事は出来ないし、中村から本音を引き出せるほど聞き上手ではない。

 だからこそ、感謝している」

「そうであろう? 感謝しろい。あと十回、別々の言葉で(ねぎら)って」


 山伏は自慢げに胸を張った後、何かを思い出したように大きなため息を吐いた。


「でもさ……明日になったらまたムラカミは王城に帰っちゃんだろう?

 せっかく心が通じ合えたのにまた別々なんて、なかなかじれったい(つが)いだねぇ」

「そんなクラマに一つの朗報を持ってきた」

「ほう?」


「今回の遠征を指揮した教皇猊下が、『勝利の余韻に水を差すのも何だろう』と(おっしゃ)っていて。

 村上や七瀬ら討伐に参加した勇者は、ダンジョン街内限定ではあるものの、明日まで留まって良いと通達が来たそうだ」

「そりゃあ最高だ。

 これ以上ない追い風じゃないか」


 少年少女が語り合う時間が丸一日伸びた事実に、クラマはまるで自分の事のように嬉しそうに両手を合わせた。


「今日はここで解散としよう。

 夜遅くまで付き合ってくれて助かった」

「ちょい待ち。

 あんたはどうするのさ?」


 彼女の問いに、影山は人差し指で天井へと差す。

 示した場所は、地上の冒険者ギルドであった。


「ギルドマスターへ、今自分が持ちあわせる全ての手段を使って、試験の日程を延期させるように働きかける」

「すごい事言いだしたよ、この師匠。

 ナカムラを気遣っての事かい?」


「試験勉強真っ最中の中村に、炎龍討伐の準備をさせてしまった負い目がある。

 それに、」


 言葉を切って、クラマが歩いてきた方角へ優しい視線を向ける。


 両想いであったことをようやく受け入れられた少年が、少女と語り合っている様子を見守っているようであった。


「今の中村には勉強よりも大切な事があるはずだ、それを曲がりなりにも師匠として最大限尊重してあげたい」

「なるほど。あんたの心意気は理解したよん。

 その上であえて口を挟ませてほしい」


 木箱から降りて、カラコロと影山の前まで迫る。


「やらん方が良い。

 ただでさえ龍討伐の後始末で忙殺されてるってのに、新しい仕事増やしたらギルド職員死ぬって」

「珍しい、ギルドマスターを心配しているのか?」


「あいつはいいよ。

 心配しているのはカレラちゃんの方さ」

「……炎龍討伐の際に、冒険者を集めるために王都中を走り回ったんだったか。

 確かに、酷か」


「それに、目的がナカムラの試験合格ならより、ね?」

「この夜の一連の出来事は、勉強の阻害にはならなかったと?」


 影山の懸念点を払拭するように、クラマは自信満々な表情で胸に手を当てた。


「好きな子の前なら、いつも以上に頑張っちゃうのが男の子ってもんだろう?」


◆◆◆


 鬱屈していた少年の心は晴れ渡った。


 中村は思いが通じ合った彼女を連れて、リベリオンズの元へと戻ったのである。


 パーティメンバー一同は、突如出現したリーダーの想い人に驚愕した後、ここに至る経緯を説明されて快く受け入れた。


 さらに、ダンジョン内の街から出れない村上の事情を考慮して、ローザの提案にて洞窟内の宿に泊まることに決まる。


 流石パーティ随一の切れ者というべきか、影山の『今晩臨戦態勢』という指示から予測していた遠藤は予め宿一件を抑えており、宿探しに街中を歩き回る苦労は免れた。


 そして、街中が討伐の興奮冷めやらぬ朝。 


「スライム系の魔物(モンスター)の名称は、似た名前が多いから気をつけてね」

「いろんな種類に進化しすぎだよ! シャドースライムって何⁉ もう、どんとこい!」


 宿の一角から、ほんの少しだけ逞しくなった勉強苦手少年の悲鳴が聞こえた。


 勉強会の存在を知った村上は、是非中村の手伝いをしたいと名乗り出てくれたのである。


 ダンジョン博物誌を隅々まで読み込んだその知識量は本物であり、幼馴染の勉強の癖を熟知した指導法は、追い込みをかけたい中村にとっては大変ありがたかった。


 龍の討伐という寄り道は、勉強の妨げにはならかった。

 結果としてこれ以上はないであろうという、万全の布陣が完成したのである。




 国家認定冒険者証の試験は、明日に迫っていた。

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― 新着の感想 ―
やはり影山、心配性の母親みたいになってるな(笑) 中村君も一皮むけたようだし、そこまで心配しなくても大丈夫でしょ クラマさんをはじめアーカーベインさんや教皇様など頼りになる大人も周囲にいるし 何より、…
投稿感謝です^^ 気配り上手のクロード&クラマが見守る中、弟子たちは国家認定冒険者試験を無事突破出来るのか?? もとより遠藤君は心配していませんでしたが、最高の一夜漬けのご利益でパワーアップした中村…
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