隠しているもの
「んで……だ。どうすんだい?」
庭先で跳ね回るリンを目で追っていると、横の烏族が不意に尋ねる。
「どうする……とは?」
「国王様との約束があるから術式関係はダメだけどさ、ナカムラに『君のお父さんは勇者サトウなんだ』あたりは話せるだろう? 伝えないのかい?」
「伝えない。先ほど話した内容は、クラマ以外には今後一切口外しないつもりでいる」
「……ふ~ん」
兜巾の紐を指先でいじる少女の表情は、口元が僅かばかり緩んでいる。
秘密を共有する唯一の相手に選んでくれたことを、嬉しがってくれているように見えた。
「理由は三つある」
先ほどの彼女に習って指を三本立て、まず人差し指を折った。
「第一に、この説は半分以上が自分の妄想によって成り立っているから」
勇者サトウが中村賢人の父親であるという前提は、名前が一致しているだけという浅い根拠によるものである。
他の有力な証拠が見つからない現状で誰かに語るのは、浅慮且つ危険極まりない。
「確かに……酒の肴程度ならまだしも、真実として伝えるには説の強度が足りない……か」
己のこめかみを指でつつく山伏の前で、次の中指を折った。
「第二に、この話を中村に聞かせて、余計な良心の呵責を与えたくないから」
中村の傍には、あの遠藤が控えている。
頭脳明晰な彼にかかれば、勇者サトウの息子が中村であるという断片的な情報から、王国が勇者として召喚したかったのは中村であり、己を含めたクラスメイトはそれに巻き込まれたのだという結論に、容易に辿り着ける。
しかし、そうなれば中村は、自分のせいでクラスメイトを巻き込んでしまった、と思い悩むことは想像に難くない。
まだまだ成長途中であり、未熟と言わざるを得ない彼の心身が、この大きな罪悪感に耐えきれるとは思えなかった。
「そして最後は」
「あ、言わんでいい」
説明を遮ったクラマの手が、そのままこちらの薬指を勝手に曲げた。
「こんな重大な情報を、主人公達に伝えるなんで端役らしくない。
出来れば自力で辿り着いてほしい、なんてとこじゃないかい?」
「……お見事」
こちらの意図を、訂正の必要もないほどに読心されてしまい、ただ賛辞を贈ることしかできなかった。
回答者は、回答が正鵠を得ていたことに、くっくっくと含み笑いを漏らした。
「あたしってさ、あんたの哲学に大分歩み寄れていると思わないかい?」
「理解者が増えてくれることは素直に喜ばせてもらおうか……からかいに悪用する事は控えてほしい」
眼前でくつろぐ女傑の本質は、茶目っ気のある悪戯っ子である。
こちらへの被害を出来る限り減らすため、守られるとは到底思えないが、一応釘を刺しておいた。
◆◆◆
炎龍との攻防は総力戦へと突入し、熾烈を極めていた。
増援の到着によって、火竜たちが一匹ずつ確実に駆逐され、ルべリオス王国側優位に形勢が傾いてはいる。
しかし、あくまでも傾いているだけである。
七瀬葵の魔法、アーガーベインの車輪、セシリアの剣閃、遠藤の銃撃、いずれも龍の強靭な外皮を突破することはできない。
善戦している中村でさえ、周囲を翔び回って相手の気を散らすのが精いっぱいという有様である。
雑魚を一掃しようとも、本丸を崩すにはもう一手足りない。
一見状況が好転しているかのようであるがその実、徐々に千日手がちらつき始めていた。
これを打破するには火力、それも暴牛王ビルガメスの暴風や影山亨の次元之太刀級の圧倒的火力が必要であった。
「あの巨体と硬度では、麻痺弾も効かないだろう。
だとすると残りは……」
「エンドウ!」
火竜の翼をもいだフィンケルが、別の火竜の右目を撃ちぬいた射手へと駆け寄った。
「増援代表として聞いておきたい。
あのデカブツを倒す策は考えているのか?」
「ひとつ『とっておき』があります、ただ」
リベリオンズ軍師は周囲の戦場を一瞥した後、回答を続ける。
「私とリーダーの事前準備が必要となり、発動までに時間が掛かるため、フィンケルさん達に多大な負担を背負わせてしまいます。
増援の皆さんに碌な説明も出来ていないその切り札に、賭けてくださいますか?」
「後輩が先輩を気遣うなってんだ。
やるだけやってみろ。ダメだったらギルマスを叩き起こして相手させる」
『智炎』の二つ名を持つ男は、鉄火場の空気を肺に取り入れた後、前線の方角へと首を向けた。
「アーガーベイン! セシリア!」
フィンケルは大声と同時に手信号による合図を送る、受け取った戦闘滅魔神官と氷姫が前へ駆け出した。
「リーダー!」
続いて遠藤が合図すると、中村が待ってましたとばかりにリベリオンズの方向へ旋回した。
大きな隙を見せた小竜へ、すかさず巨大な龍の爪が振り下ろされる。
鋭利な切っ先が小さな背中に届く刹那、黒鉄の車輪が爪に直撃し、中村を絶命の危機から守りぬいた。
予想外の出来事に巨大な体躯が一瞬硬直すると、冷気を纏った斬撃が外皮に覆われた掌を刺激する。
この瞬間、炎龍の怒りは飛び回っていた『蠅』から、邪魔をした『蟻』へ矛先を変えた。
最短効率で『引き付け役』が交代したのである。
無事にパーティメンバーの元へ戻れたリーダーは、己を呼び寄せた右腕へ興奮気味に駆け寄った。
「遠藤君、『あれ』だよね? 」
「そうだ、準備しろ」
指示に大きく頷いた中村は、細く長く息を吐きながら自らの身体を新しい形態へ変形させていく。
遠藤もまた、覚悟を決めたような表情で、腰にさげていたMP回復のポーションを呷った。