術式 解明
「一番上から読み解いていくよん」
細い指先が、文章の最上段を指し示す。
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①:勇者召喚術式は以下の条件が全て揃った場合にのみ起動を成功させる。
条件1:術式を起動させた人物が、神聖ルべリオス王国の王族であること。
条件2:術式を起動させた時に、天上側の特異点の近くに勇者サトウの血縁者がいること。
条件3:勇者サトウの血縁者の年齢が、成人を迎えていないこと。
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「つまりこの三つの条件が全て揃うと、勇者召喚が実行されるという訳か」
「ご名答。逆に一つでも欠ければ、術式はうんともすんともいいません」
先ほど蘇った召喚初日の記憶を、更に丹念に掘り返す。
異世界に招かれた自分たちを囲んで、魔術師達は術式の成功を確かに喜んでいた。
あれは、召喚条件が揃うまでに経験したであろう幾多の失敗を、懸命に乗り越えたからこその歓喜なのである。
「召喚場所には、カトリーナ・フォン・ルべリオス王女が控えていた。
彼女が術式を起動したと考えれば、ルべリオス王族による起動という条件1は満たしている。
問題は残りの条件ふたつだ」
「はい、あたしは気になりました! 条件2の『勇者サトウの血縁者』って部分が!」
勇者サトウ。
百年前、まだルべリオスが地方の小国家であった時代。
当時の王によって勇者として召喚され、魔王と刺し違えて世界を救い、救国の英雄として語り継がれた存在である。
「勇者サトウって血縁者いたんだ⁉ 子孫を自称するおバカは山ほどいたけど」
「それは命知らずな」
クラマをはじめとするこの世界の一般人は、勇者サトウという人物について、天上世界からの使徒という情報しか与えられていない。
世間で語られる勇者サトウの伝説も、『サトウが何を成し遂げたか』ばかりで、『サトウが何者なのか』については一切触れていないのである。
かく言う自分も、勇者サトウという人物について詳しく知らない。
名前から考えて、この世界へ招かれた日本人である、と推測できる程度か。
「勇者サトウが自分たちと同じ場所から来たと仮定するなら、
よほど特殊な事情がない限り、天涯孤独の身であったとは考えにくい。
親や親戚ぐらいはいるだろう」
「王国はそこに目をつけたのか、過去の人間をそっとしてあげようとは思わんのかねぇ、ホントに」
偉人の威光に、あやかれるだけあやかろうとする権力者を嫌悪するように、クラマはハンッと鼻で笑った。
「その血縁者が天上……つまり日本側の特異点に近づいた時が条件2か」
「クロードの元居た世界にも、あの黒い渦はあったのかい?」
「あの情報に溢れた世界でも、特異点の存在は見たことも聞いたこともない。
ただ、関わりがありそうな現象については、多少心当がある」
「そうなの⁉ 教えて教えて」
日本には古くから『神隠し』という言葉が存在する。
特異点を知った後となっては、原因の何割かは、この異世界を繋ぐ穴によって発生していると思えてくる。
興味津々な紅い視線から逃れるように、夜空に浮かぶ月を見上げた。
「一から説明すると日が昇る、術式の読了を最優先にしたい」
「そうでした、こりゃ失礼」
クラマは、わざとらしく手の平で自らの額を叩いた。
「個人的には、条件3の意図が分からない。
戦わせるなら、心身共に未熟な未成年ではなく、肉体が全盛期である大人の方が都合が良いと考えるが?」
「クロード君、それは嫌な大人の発想じゃありませんぜ?」
眉を顰める自分の前で、クラマは指を三本たてた。
「自立した大人よりも言う事を素直に聞く『駒』になる、
大人になるまでに戦闘技術を教え込めるから『戦力』として使える期間が長くなる、
見た目が若々しい方が後で『物語』にするときに映えやすい」
薬指、中指、人差し指の順に指を曲げた後、ニヤリと悪どい笑みを浮かべる。
聞き手の反応を観察する姿は、人間の艱難辛苦を哄笑する妖怪そのものに見えた。
「良い事づくめだろう?」
「……想像力が欠如していた」
悪党の笑みに応えるように、こちらも口の端を曲げて笑って見せた。
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②:勇者サトウの血縁者を召喚対象とする。
②-1:勇者サトウの血縁者の周囲に人間が存在する場合、それらも召喚対象とする。
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「王国側は勇者サトウの血縁者を、出来れば一人で召喚したくなかったようだ」
「そりゃそうさ。
知らない場所にいきなり連れてこられて、周りに知己どころか同郷の人間すらいないなんて。
まともな神経ならまいってしまうよん」
彼女の解説を聞いて思い浮かんだのは、柿本であった。
振り返れば自分が突然の召喚に対して、安定した精神状態ですんなりと受け入れられたのは、傍に盟友であるヤツがいてくれたことが大きい。
「ただ……召喚に巻き込まれた周囲の人間側からすれば、たまったものではないな」
ここまでの説明から、クラスメイトの中に勇者サトウの血縁者が存在したこと、彼を起点としてクラス全体が召喚に巻き込まれたという驚愕の事実に辿り着く。
「クロードは巻き込まれた側なのかね? それとも……巻き込んだ側?」
「それについては自分の中で結論が出ている。後で話す」
「ほう⁉ そりゃ残りの説明をちゃっちゃか片付けましょうか」
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③:召喚対象に対して召喚を実行する。
③ー1:召喚できる人数の最大は36人までとする。
③ー2:召喚対象が36人を超えてしまった場合、勇者サトウの血縁者を除いた召喚対象から、勇者サトウの血縁者との関係が薄い者を切り捨てる。
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次の文章は、召喚できる人数の上限についての説明であった。
「無制限に人を召喚したくないのは、管理面から感覚的に理解できるが、なぜ最大人数を36という中途半端な数に設定した?」
「教会にとって最も聖なる数字として尊ばれているからさ」
回答した彼女の眼は、どこか遠くを見つめていた。
「かつて『神代四柱』と呼ばれたえげつない連中に、果敢にも挑んだ四大天使と九天将と呼ばれる13柱の天使がいるんだよん。
この四と九の数字を掛け合わせた36という数字は、特別な意味を持っているのさ」
思い返せば、教会の切り札である戦闘滅魔神官の席も36であったか。
「……出来れば39、あと3つ多く設定してほしかった」
召喚時、生徒会長の町田唯花が、親友の鬼塚を含めた3人のクラスメイトがどこかへ消えたと説明していた。
この日まで謎に包まれていた現象であったが、目の前の文章が真相を明らかにしてくれた。
自分たちのクラスは学生37人に担任1人、転校生の桐埼琴葉を加えて、あの日あの場所には39人が集まっていた。
これら全員が召喚対象になったと仮定した場合、③ー2によって3人が弾かれてしまう。
弾かれてしまった鬼塚達の行き先は何処か。
日本へ送還されている場合が一番望ましいが、世界と世界の狭間に取り残された可能性もあり得る。
「……悪い、鬼塚」
確認と救出の手段が見つからない今は、後回しになってしまう事柄であった。
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③ー3:召喚完了時、称号『異世界人』と100Spを付与する。
④:勇者サトウの血縁者に対して、職業【勇者】を付与する。
④ー1:勇者サトウの血縁者に既に職業が付与されていた場合、職業【勇者】の付与を中断する。
④ー2:勇者サトウの血縁者に既に職業が付与されており、尚且つ召喚対象が複数の場合、残りの召喚対象からもっとも適当な人物に、職業【勇者】を付与する。
④ー3:召喚対象が複数の場合、【勇者】と関係が深い者に、職業【聖女】【賢者】【剣聖】【拳闘士】【軍師】【忍者】を付与する。
④ー4:④ー2の処理の後、残りの召喚対象に適当な職業を付与する。
④ー5:召喚対象に付与した職業に、対応する特殊スキルを付与する。
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「この辺りは、召喚対象を戦力にするための力を与えている処理か」
「だねぇ。かみ砕いて言うと、
一番ふさわしい奴に【勇者】を、
【勇者】と親しいヤツに特異職業を、
それ以外には適当な職業を、
ついでに称号とSpとスキルをあげちゃうって感じかな?」
紙面の文字をなぞっていたクラマの指が、特異職業【忍者】の部分でピタリと停止した。
「そういえば。
あんたはさっき、国王様に己の職業は忍者だって言ってたよね?」
「……その通りだ」
今の彼女の表情は見なくとも察せる。
④ー3の文章から、さぞ顔一面に好奇心を張り付けている事であろう。
「勇者コトミネと親しかったのかい?」
「無い。
それは無い。
断じて無い」
「……そこまで否定しなくてもいいじゃん。コトミネ君可哀想に……」
言峰の人間関係は、七瀬・町田・皆瀬が一番親しく、その次に担任の緒方先生、再会した幼馴染桐埼が続く特殊なものである。
男子生徒とは軽く話す程度で、あえて言うなら交友関係の広い柿本が親しかったか。
自分との間柄は、同じクラスになっただけの他人の一言で片づけられる。
特に親しくもなければ、喧嘩になるほど険悪でもない。
どこをどう間違えても、自分は【勇者】に選ばれた言峰に関係が深い人物ではなかった。
「ただ……術式の誤作動で手に入れてしまったこの職業のおかげで、様々な場所に潜入することができ、人よりも多くの情報を持っていると思う」
「羨ましいよね、バレずに覗き見し放題じゃないか」
「……だからこそ、気が付かなくて良い事まで気づいてしまった」
「クロード?」
こちらの雰囲気の変化に気づいたのか、気遣う声色で名を呼ばれた。
「……一年ほど前だったか、自分はダンジョンの奥深くでとある祭壇に刻まれた文字を見つけた。
『ワレサトウリョウタロウ、ハチジュウカイソウニトウタツセリ』と」
「サトウリョウタロウって……まさか」
「……場所の到達難易度、刻まれた跡の古さからして、恐らく勇者サトウ本人のものと考えるのが自然だろう。同時にこれが勇者サトウの姓名である可能性が高い。
そして……自分はこの世界に来てから、佐藤良太郎という名前を一度だけ聞いたことがある」
彼女の形の良い喉がゴクリと鳴った、こちらの拙い推理を真剣に聞いてくれている証拠である。
「クラマ、後回しにしていた自分の結論を言おう」
「中村賢人は中村……苗字が変わる前の佐藤良太郎、つまり勇者サトウの息子だという事だ」