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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
179/207

盤面詰まず

 空気を切り裂いて、炎龍の尾が鞭の如く襲い掛かる。

 風圧に頬を撫でられながら急速旋回にて難を逃れる。


 炎龍がすかさず右腕を振り下ろす。狡猾にも回避先を予測した一撃であった。

 断頭台(ギロチン)の刃を彷彿とさせる巨大な爪へ、龍化させた拳で側面から殴りつける。僅かに斬撃の軌道が逸れて何とか避けることが出来た。


「っ!?」


 背後で雷鳴が轟き、うなじに熱風を感じる。振り向くと龍の左腕が目の前まで迫っていた。

 あと少しで中村の背面を切り裂こうとしていた怪物の手は、外部からの妨害を受けたのか灰煙を纏って停止している。


 このような攻撃を与えらるのは、中村の記憶の中には一人しかいない。


「遠藤君!」


 すぐに龍から距離をとって狙撃手へ振り返ると、遠藤の腕に火竜が切りつける光景が見えた。

 彼も余裕がある訳ではない。それでも、リーダーに迫る危機への対処を最優先したのである。


「ちっ」


 抉られた右腕を無視して、拳銃を相手の目に押し付けて引き金を引く。

 竜は脳髄をまき散らしながら倒れた。


「……これで3体目。

 火竜を3体始末するのに、MPが半分も持っていかれた」


 戦況はリベリオンズと騎士団の劣勢であった。


 この場において火竜に有効打を与えられるものは、リベリオンズの中村と遠藤だけである。

 中村が炎龍と相対している現況では、遠藤だけが頼みの綱であった。


 しかし、遠藤も無限の火力を持つわけではない。

 銃を生み出す、弾薬を生み出す、射撃を行う、全てに魔力(MP)が必要であった。


 残りの火竜は33体、虎の子であるMP回復のポーションを計算に入れてもとても足りない。


 遠藤の補助に回るべきローザとエストも、守り耐えている騎士たちの援護で手一杯であった。


「まだ応援は来ないのか? このままではじり貧だぞ」


 傷の痛みなど問題ないように、冷静な声で隣の騎士団長へ訴える。


「私の部下に伝令を頼んだ。

 ちょうど今頃、王城に伝わっていることだろう」

「なるほど、絶望的というわけか」


 報告を受け取っても、すぐに応援が派遣されるわけではない。


 権力者たちによる長い会議を行った後、討伐部隊の長い事前打ち合わせがあり、ようやくダンジョンの入り口からここへと出発するのだ。


 応援が着いた頃には、騎士団とリベリオンズは龍に焼き殺された後か、それとも竜に嬲り殺された後か。


「このままでは全滅が必至である以上、一時撤退して戦力を増強した後、龍と竜の各個撃破に専念するべきだと強く進言する」

「それが正解なんだろうな、行ってくれ」


 騎士団長の回答に、遠藤の眉がピクリと痙攣した。

 ここから騎士団は、リベリオンズとは別行動になるという旨の言い方であった。リベリオンズの軍師は、相手の言葉の裏を探ろうと試みる。


 明晰な頭脳が、答えに即辿り着いた。


「上が癇癪を起すからか?」

「察しが良くて助かる」


 先日のダンジョン遠征にて、護衛の騎士たちはビルガメスから勇者を逃がすため、多大な犠牲を支払いながら奮闘した。


 しかし、元老院は『勇者の命を危険に(さら)した』として、生き残りの騎士たちに対して粛清を行ったのである。


 それらの傍若無人ぶりから考えれば、仮にここから騎士団が撤退すると、それに戦略的な意味があったとしても、元老院は敵前逃亡であると怒り心頭になる可能性が高い。

 その後に待っているのは、良くて一生獄中暮らし、最悪死刑に処される。


 現場の人間にとって一番の敵は、華々しい結果しか興味のない会議室の首脳陣であった。


「そちらの事情は理解した。が、俺たちは引かせてもらう」

「それでいい、私たちの骨を拾ってくれ」


 ここで情に流された選択肢を選ばないことが、遠藤秀介という男の長所であった。

 それとは別に、こちらを気遣うような騎士団長の言葉に、僅かばかり顔を歪めてしまう。


 非常な決断が出来るといっても、本人が完全に無感情という訳ではないのである。


「踏ん張れ! 龍の少年の奮闘を無駄にするな!

 応援がくるまで俺達で持ちこたえるんだ!」


 遠くから聞こえる仲間への鼓舞に反応して、何体もの火竜が唸り声を上げながら突進していく。


 遠藤は崩れていく戦線を無理矢理無視しながら、自分たちのリーダーへ撤退を伝えようと喉に力を込めた。






















 その時であった、襲い掛かった竜の胴体に氷の巨塊が突き刺さる。

 思わぬ致命傷に、火竜は千鳥足で数度歩いた後に絶命した。


「横から失礼します」


 突如話しかけられた相手を認めて、遠藤は言葉を失った。


 賢者、七瀬葵(ななせあおい)

 中曽根達の脱走に対して、王城で後始末に奔走していたはずの苦労人が構えていた。


 隣の仲魔が、もの言わぬ(しかばね)に成り果てた事実に驚愕するもう一体へ、暗い絶望を切り裂く熱線が放たれる。

 生まれてから生涯使う事が無かった両翼のうち、片方が無惨にもがれた。


 痛みを訴えようと咆哮した首が、細剣(レイピア)の斬撃によって胴と泣き別れる。


「は?」


 遠藤が疑問符を漏らすのも無理はなかった。

 

 視界に(とら)えた援軍は、Sランクパーティ『レッドギガンテス』リーダーであるフィンケルと、同じくSランクパーティ『ウォルフ・セイバー』リーダー、セシリアなのである。


 援軍候補から真っ先に外した存在、この場にいる事さえ禁止されている者たちであった。


「大丈夫か? エンドウ」


 援軍を代表して、フィンケルがリベリオンズの軍師へ話しかける。


「ご助力感謝します、フィンケルさん」


 流石は遠藤というべきか、目の前の状況の変化を素早く受け入れて、眼前の大先輩冒険者に感謝を述べた。


「しかし、フィンケルさん

 立入禁止期間内にダンジョン(ここ)に入ると厳しい沙汰を受けるのでは?」

「そこは気にしなくて良くなった」

「良くなっ()?」


 当然の疑問に対して、引っ掛かる返事をもらった遠藤。


 ようやく余裕が生まれたローザに傷を癒してもらいながら、ダンジョンの外でいったい何の奇跡が起こっているのかについて考察を始める。


 真実への道筋(ヒント)は向こうからやってきた。何かを潰す不愉快な音と、獣の断末魔が同時に聞こえる。


「主よ、生まれたばかりの無垢なる魂に、理不尽な制裁を与えることをどうか許したもう」


 見ると火竜の1体を巨大な車輪で轢き殺し、もう1体の頭蓋を握力で握りつぶしているアーガーベインが立っていた。


「こんなこと……こんなことって」


 エストが我が目を疑うのも無理はなかった。

 ルべリオス王国の王都において、考えられる限りの最大戦力が今この場所に集結しているのである。


「なるほど、大体理解しました。

 あのお方が有言実行のために、動いてくださったという事ですね」


 竜を相手に無双する戦闘滅魔神官クルセイダーから答えに辿り着いた男へ、フィンケルは興味深そうな視線を投げた。


「……噂通りの慧眼と切れる脳味噌だな。

 どうだ? この戦いが終わったら俺たちのパーティに入らねぇか?」


 冗談半分、本気半分のスカウトである。

 しかし、遠藤は無表情で首を振った。


「お断りします、俺は中村賢人(なかむらけんと)の参謀、遠藤秀介(えんどうしゅうすけ)です」


 MP回復のポーションを飲み干し、召喚していた(ライフル)を抱えて、仲間と共に孤軍奮闘するリーダーの元へ駆け出す右腕。


「引き込める隙がねぇなぁ、フラれちゃったぜ」


 眩しい後ろ姿を見送りながら、中年の魔法使いは笑みを浮かべて肩をすくめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神聖ルべリオス王国屈指の戦力たちの面目躍如! [気になる点] この国の王侯貴族らは権力闘争に明け暮れすぎたからか、実働力たる人材たちの活かし方が下手なのかもしれない? [一言] 更新感謝で…
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