警鐘は鳴り止まない
リベリオンズが重傷の中曽根を回収していた頃、自分ことクロードもとい影山亨は、ヴァンシュタイン城のロビーにて椅子に腰掛けていた。
「ふふ~ん」
中村が龍の尾を受け止めた勇姿を見届けて、隣に座るクラマが満足げな表情を浮かべていた。
言葉にはしなかったものの、内心では目を掛けていた中村に、後ろ暗い選択をしてほしくはかったのであろう。
自分が弟子の決断に口をださないなど言い出さなければ、何かしら介入しようと動いていたかもしれない。
「クラマ、すまない。
こっちの勝手な自己満足に付き合ってもらって」
思い返せば中村達との特訓期間中、クラマはこちらの気持ちを汲んで文句こそ言えど反発はしなかった。
情けない話であるが、彼女の寛大さに甘えていたのかもしれない。
そんな出来た相方である山伏は謝罪に何を思ったのか、細くも鍛錬による筋肉がついた腕が自分の首に回された。
軽く締める程度の力が込められている。
「謝るんじゃないこの阿呆。
この程度でいちいち何か思うほど、あたしは狭量じゃないよん」
「だが、君の気遣いの有難さを忘れてしまったら、人間として終わりだと思っている」
クラマは反論に対して、まるで根を詰めている息子に呆れる母親の如く、口元に笑みを浮かべながらため息を吐いた。
そんなに疲れている様に見えたのであろうか。
「ちょっとまいっているのさ、あんた。
これだけ想定外が立て続けに起これば無理もない。うん」
「……君も城内についてきてしまったわけだしな?」
「おっと、痛いところをついてくるじゃあないですか」
同行者は冗談を笑った後、回していた腕でこちらの肩をほぐすように揉む。
「弟子の決断を喜ぼうじゃないか。
あんたはあの時、口を挟む権利がないなんて言ってたけどさ? 本当はこんな未来になって欲しかったんだろう?」
「分かっていたのか」
仮面を被り顔を隠したというのに、この賢人には本心がお見通しであったらしい。完敗である。
この先、心理戦という分野において、自分は彼女に生涯敵う事はないのかもしれない。
悔しさはない。今は肩にかかる圧が、心底心地よかった。
「取り込み中失礼するぜ」
部屋の奥から、良く知っている野太い声が飛んでくる。
見るとはちきれんばかりの筋肉に、貴族の服を貼り付けたような男がこちらに歩んできた。冒険者ギルドマスター、バットである。
「会談についてだが、相手方にこれから緊急の会議があるそうでな。
お前と会うのはその後だとさ」
「承知した」
事前連絡を伝え終わった後、ギルマスは自分とクラマをじろじろと観察する。
「珍しい恰好じゃねぇの、お二人さん」
彼が好奇の視線を向けるのも無理はない。
「着せておいて何を言うのさ。
でも、これはこれで悪くないよん」
クラマはいつもの山伏衣装ではなく、黒いドレスに半透明のグレースカーフを羽織っている。
これから謁見を行う人物を考えて、あの服装ではまずいと判断したギルマスが貸し出してくれた一流品であった。
自分の服装はいつも通りの黒い外套に身を包んでいる。
にも関わらず、ギルマスが『珍しい』と言及したのは、外套の下に着こんでいる服を指しているのであろう。
同意見である、何しろこれを引っ張り出したのは実に一年ぶりなのだ。
先ほど一度見せたというのに、もう一度拝みたいとばかりに、隣の見た目淑女が外套の裾をめくってくる。
「……これがあんたの正装なのかい? 見たことがない服だねぇ」
「これから名乗る立場を考えたら、これが最適だと考えている」
何とか好奇心の手を掻い潜り、フードを深く被り直す。
元知り合いが多くいるこの場所で、不用意に素顔と服装を晒したくはなかった。
「そういえば、言峰との決闘の日もこんなフードを被っていたっけか」
あれから様々な経験を積んで、この場所に辿り着いてしまった。
今から為すことを過去の己に話したら、一体どれほど呆れらるであろうか。
「……クラマ」
「はいどうした?」
気持ちの良い返事をくれる黒髪の少女へ、その紅い双眸に視線を合わせる。
「今起きている騒ぎがひと段落したら……ずっと保留にしていた私の過去を聞いてほしい」
言い終わると同時に、相手の喉がゴクリと鳴った。
来るべき時が来た興奮からか、頬に赤みがさして見るからに高揚している。
「……いいの?」
「酒の肴に聞きたくなければ別に」
「聞きます! 聞きます! 酒の肴にする!」
嬉しそうなクラマが、こちらの両肩を掴んだその時であった。
「……クロード、ヤバイ」
「こっちも今確認した」
やはり室内で見つけた異物というものは、解消しないと気が済まないものなのかもしれない。
「ギルマス」
「おう、どうした?」
「この場を整えてもらって上で本当に申し訳ないのだが、今すぐにとある人物へ次の言葉を伝えてほしい。
この中で一番社会的信頼がある、ギルドマスターにしか頼めない事なんだ」
「おいおい、なかなか楽させてくれねぇな」
ギルマスはやれやれといった態度で、年季の入ったメモを取り出した。
◆◆◆
ボス部屋扉の手前、騎士団の駐屯地。
リベリオンズは中曽根を救出するという大手柄を立てて、地獄から生還していた。
勇者を通す失態を犯した騎士団一同としては、彼らは最悪の事態を回避してくれた救世主といっても過言ではない。
首の皮一枚繋がったと、新進気鋭の冒険者パーティにそれぞれ賛辞を送った。
そんな歓迎ムードの中、感謝とは無縁の視線を投げる者たちがいる。
中曽根の取り巻き達である。
「おい……あれ本当に中村なのか?」
恐る恐るといった様子で、円偉が仲間に問い掛ける。
先に騎士団と合流していた彼らにとって、この場所は実に居心地が悪かった。
勝手な行動を叱責されたこともあるが、それよりも過去に散々貶めた男が、遥か格上の存在となって舞い戻ってきたのである。
復讐という言葉が、嫌でも脳裏にちらつく。
ギロリという擬音語が似合う目つきで、遠藤が彼らをけん制する。
慌てて全員が俯くように目線を逸らした。
「遠藤君、そこまでしなくても」
「第一印象が重要だ。
こちらに復讐の気がないと知るや、途端に調子に乗り出す可能性も十分にある」
「だったら心配しないで。もうこれ以上、いじめられてやらないから」
「……ならいい」
気の弱そうな少年からとは思えない強気な発言に、参謀はリーダーの成長を感じながら武器を光の粒へと還した。
「……中曽根君達、これからどうなるんだろう」
「これだけの騒動を引き起こしたんだ。勇者とはいえ何かしらのペナルティが科されるだろう」
「そっかぁ……」
この先の未来を想像すると、縮こまっている彼らがさらに小さく見える。
「……どうして中曽根君達は、僕が落ちた場所へ行ったんだろう。
危険ばかりで何も宝物はないのに」
「後で本人に聞けばいいだろ」
「そっか! 今聞いてくる!」
「おい」
相変わらずの行動力に呆れながら、中村の駆け足を遠藤が止めようとしたその時であった。
けたたましい衝突音が広間に響き渡った。
発信源はボス部屋の扉、正確には扉の裏側からである。
そんな場所から、これだけの物音をたてられる存在など一体しかいない。
「夢であってくれよ……」
騎士の誰かが、この場に集った全員の心情を代弁する。
しかし、その僅かな願いを嘲笑うように、甲高い金属音が警鐘代わりに轟いた。