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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
157/207

犠牲者の一意見

 エクムントの去り際の発言を否定しようと、リベリオンズは必死に屋敷中をくまなく捜索した。


 万が一という可能性に(すが)って、血眼になって駆け回ったが、ナイトハルトはおろか彼が何処へ消えたのかという証跡すら見つからない。


「もう、生きている彼には会えないのかもしれないな……」

 隷属として過ごした部屋の隅で、ナイトハルトが使用したベットに腰かけるローザ。もう残ってはいない温もりを探すように、かつて彼の使っていた枕を指先で撫でた。


 視線を落とす端正な顔は酷く疲れているように見える。執事(ヘルムート)との戦闘から休みなしで動いている肉体的疲労と、想定していた中でも最悪の状況に直面してしまった精神的苦痛が明らかに顔に表れていた。


 中村が何も言わずに見上げると、鉄格子が外れた窓から月光が差し込めている。ローザが前に語ってくれた、ナイトハルトの知恵と腕力が発揮された確かな痕跡であった。


「彼一人なら奴らから無事に逃げ切ることが出来ただろうに……私という足手纏いさえいなければ」

 (みずか)らの至らなさが原因で誰かに迷惑を掛けた、変えようのない結論が責任感の強い彼女に重くのしかかる。


「もしかしたら……逃走の協力者が私であったことを、彼も内心後悔しているかもな」

「それは!」

 ローザが吐き捨てるように言った自虐の言葉に、中村の心の芯が反応してまった。


 大人しい少年の大声に驚くローザと、発した声に自分で驚いてしまった中村。やがて、中村は瞼を閉じて大きく深呼吸を行なった。

「それは違うと思う、ローザ」

 頭の中に浮かんだ否定の根拠を整理して、はっきりと断言する。


「僕は恐らく君の人生の何十分の一しか生きていないと思う。けれど、そんな短い時間でも全部かき集めれば一つぐらい言えることがあるんだ。聞いてほしい」

 中村賢人は、伯爵に隷属されていた三年間に起きたであろう、ローザリンデとナイトハルトの細かなやり取りを把握していない。

 それでも、彼女が話してくれる彼の断片的な情報が、話すことを躊躇していた少年の背中を押してくれた。


「もしかしたら、部外者の綺麗事にしか聞こえないかもしれないけれど」

「そんなことはない、ナカムラ」

 ローザは即座に否定した。長い睫毛(まつげ)が綺麗に生えそろった双眸で、目の前の反論者をしっかりと見据える。


「聞かせてくれ、君は部外者などではない。

 死にかけていた私を救い、この因縁ある屋敷まで導き、元凶であるエクムントとヘルムートへの復讐の機会を授けてくれた。そんな大恩人の言葉を無下にするほど私は恥知らずではない」

「……ありがとう」

 賛辞の照れくささを心の奥に押しこめて、胸に手を当てて纏めた考えを言葉へと変えていく。


「僕は過去に、好きな女の子のために命を掛けたことがあるんだ」

 忘れもしない、かつて村上(むらかみ)綾香(あやか)やクラスメイトと共に挑んだダンジョン遠征。階層ボス部屋の急な変化と、(いにしえ)の英傑であるビルガメスの登場、そして、目の前で生まれた火龍という絶望的強者。

 窮地に立たされるには十分な異常事態(イレギュラー)であった。


「どんどん悪くなる状況になにか出来ないか、そう思って僕は龍の口に目潰しを投げ込んでみたんだ。

 結果として好きな人とみんなは助かったんだけど、僕は死にかけてしまったんだ」

 あの血の池で感じた暗く深い恐怖は、もう二度と味わいたいとは思わない。


「もっと上手くて痛い思いをしない方法があったんじゃないかって後悔もあったし、まだ生きていたいっていう望みも無かったと言えば嘘になる。でもね」

 しかし、その恐怖の中で確かに彼女の幸せを願っていた。


「大好きな人のために役に立てたんじゃないか、っていう気持ちは確かにあったんだ」

 想い人の名は口にしていないにも関わらず、『好き』という言葉を重ねるたびに頬が熱くなっていく。村上への情熱的な好意が、言葉によって再確認されていくようだった。


「だからこそ、きっとナイトハルトさんは、君と一緒に逃げたことに後悔していないと思う。

 男の子が仲良くなった女の子を助けるっていうのは、それぐらい誇らしいと思うんだ」

 内気で話下手な二十年も生きていない少年にとって、気になる異性を助けたという事実は、何にも代えがたい小さな心の勲章であった。


「思ってあげるのはいいと思う、けれど引きずらないであげてほしい。これが誰かを助けるために自分を犠牲にした人間の一つの意見……です」

 全てを出し切ってから、口を結んで目立たない喉仏を鳴らす。話した内容がちゃんと文章として成立しているか、ローザの神経を逆なでするような言葉を使っていないか、中村の脳内は文言の校正作業でぐるぐると回っていた。


「そう心配しないでくれ、十分気持ちは伝わった」

 話し手の少年の不安を払拭するように、利き手の少女はふんわりと笑みを浮かべた。


「すまない、迷惑を掛けるが少し時間が欲しい、私なりに気持ちを整理して立ち直るから」

「むしろ少しの時間で立ち直れるなんてすごいことだよ! 僕だったら二ヶ月ぐらい落ち込んで、さらに二年ぐらい引きずると思う!」

 何とも情けない励ましを行う中村の後ろで、(からす)の翼が羽ばたいた。


 (くれない)の瞳が二人を捉える。

「ここはあたしが見ておこう。ちょっと遠藤の所に行ってきてくれないか?」

「分かりました、クラマさん」


 頭領であるクラマであれば、傷心のローザに適切な対応をしてくれる。

 そう判断して出口へと向かったリーダーへ、山伏はすれ違いざまに耳打ちした。

「決めるところを決めたじゃないか、かっこよかったよん」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 中村君が格好良かった。 ただもう格好良くて素敵な今話でした。 そして最後のクラマの一言がそれまでの重みのある湿り気を吹き晴らして軽やかな気分にしてくれて、とても心地よかったです [一言]…
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