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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
147/207

水面下

 王都から龍の翼で()んで一日の距離に存在するエクムント領。

 星の数ほど並ぶ店舗の一つに、リベリオンズの若きリーダー中村(なかむら)賢人(けんと)の姿があった。


「これを五つください!」

 店頭に売られていた果物を指さす。

 恰幅の良い店主が袋に詰めて手渡すと、早速一つを手に取ってそのままかぶりついた。

 しゃくりと心地の良い歯ごたえと、新鮮な果汁が口の中を満たし、少年の頬が思わず緩む。


 売った商品で客が笑顔になったことが嬉しかったのか、ねじり鉢巻き巻いた店主が声を掛けてきた。

「兄ちゃん、ここは初めてか?」

「はい、とても活気のあるいい街ですね」


「そうだろう? この市場の規模は王都に引けを取らないと俺は信じている」

 期待通りの返事に気分が良くなり、満足そうに腕を組んだ。


「昔はひどい重税で活気はなかったんだがな……

 当主様が今のエクムント様に変わってからいろんな改革を試してくださってな。

 ここまで発展できたわけよ」

 年を食った人間の(さが)なのか、聞いてもいないのについつい過去の苦労話を語ってしまう。しかし、中村はそれを面倒くさがらずに真剣な表情で聞いていた。

「……いい当主なんですね」

「あぁ。税も現場の事を良く考えて決めてくれるし、裁判も公平で人当たりも良い。

 後は良い婚約者が見つかってくだされば、未来は安泰ってものなんだがなぁ……」


 店主と別れた少年は、根城にした二階建ての宿『臥せる悪魔亭』へと向かった。

 押さえた部屋の扉を開けるとパーティーメンバーが揃っている。

「へ~い!」

 クラマは中村の手元の食べ物を目ざとく見つけると右手を上げた。

 苦笑しながら果実を一つ投げてやると、ぱしっと乾いた音を立ててしっかりキャッチする。


 ほおばる彼女を通り過ぎて、ベッドに腰かけている遠藤に声を掛けた。

「連絡は取れた? 遠藤君」

「応援が夕方頃に到着する予定だそうだ。夜に決行だと」

「うん、分かった」

 ここは敵の領地、誰がどこで聞いているか予測がつかない。必然的にぼかした言い方で確認を行う。


「……何かあったのか? 懸念点でも?」

 リーダーの晴れない表情を機敏に察知したローザが問い掛ける。問われた少年はしばしの沈黙の後、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「……ローザ、人間って難しいね」

 困ったような表情は、受け取った事実を心の中でかみ砕けていないようであった。




◆◆◆




 街を一望できる高台に居を構えるエクムントの屋敷の一室、薄暗い部屋の中央で壮年の男が足を組んで窓に映る街並みを見下ろしていた。

 中肉中背の身体にブロンズの髪を短く切り揃え、装飾が少ない衣服から落ち着いた印象を受ける。

 彼こそ事の元凶である、エクムント・ド・アルベルト二等伯爵であった。


「……ヘルムートにオボロか?」

 瞼を閉じて二つの名を呼ぶ、いつの間にか男の背後には二つの影が立っていた。


 執事姿の男が深々と頭を下げる。

「主様、街にねずみが入り込んだようです」

 その腕には何の装飾もない銀色の腕輪、ローザリンデを無理やり従わせたヘルムートであった。


 敵の知らせにエクムントは眉一つ動かさず、椅子の手すりに肘を置いて頬杖をついた。

「なにか情報が入ったのか?」

「いえ、経験から分かるのです。いつも見慣れている街に少しの違和感を覚える程度ですが」

「お前が言うのなら間違いないのだろう」

「ありがたきお言葉」

 


「やはり奴隷の一件が憲兵に漏れてしまったと考えるのが妥当でしょうな」

 二人の会話に参加したのは、オボロと呼ばれた長身の男だった。手入れを怠ったぼさぼさの髪に隈の深い目はどこか落伍者を連想させる。

 部下の中では新参者ではあるのだが、その天性の卓越した頭脳はエクムントに重宝され、今では伯爵家の筆頭軍師に成り上がっていた。


 彼の発言に思うところがあったのか、ヘルムートの眉が訝しげに寄る。

「他人事のように話さないでもらえるかな? そもそも奴隷の提案はあなたのものであったはずだ。

 主の前ではもう少し責任を持った態度を示した方がよろしいかと」

「これは失礼」

 肩をすくめて老人の怒りを躱す。同じ主人に仕えているとはいえ、二人の仲は良好とは言えなかった。


「よせヘルムート、最後に提案を採用したのは私だ」

「……主がそうおっしゃるなら」

 エクムントの制止に、執事が渋々といったように軍師への追及を止めた。


「時にオボロ、ナイトハルトはどうした?」

「あぁ……奴隷の片割れでございますか。

 仰せの通り昨日クシュナー元老の元へと極秘に送りました、今頃はどこかの地下室で家畜以下の扱いを受けているのではないでしょうか?」

「そうか」

 軍師の事後処理に、主は興味の無いような相槌を返した。

 エクムントにとって(ナイトハルト)彼女(ローザリンデ)は己の私欲を満たすために必要ではあったが、立場を脅かしてまで守るほどの貴重品ではなかった。


「ヘルムート、一般の使用人にしばらくの暇を出せ。オボロ、部下を指揮して憲兵の対応に当たれ」

「かしこまりました」

「仰せのままに」

 快諾と同時に気配が消える。部下の技量を信じている領主は、再び自らが(はぐく)んだ街並みを眺めた。


「……ようやく裁きの日が来たということか」

 自らに破滅の危機が迫っているというのに、その表情は笑顔にすら見える。


 静寂を取り戻した薄暗い部屋、椅子のぼんやりとした影がわずかながら動いた気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう冷静な変人って強敵やでぇ・・・
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