教会
Dランクパーティ『リベリオンズ』一行は、回復職の後輩冒険者ローザを登録するため教会を訪れていた。
「ふあぁぁぁぁ、なんて大きな建物なんだろう」
首がへし折れそうなほどに上を見上げる中村が、口から感嘆の声を漏らす。
さすがは『王政』と『元老院』に並び立つ権力の総本山とでも言うべきか、天まで届くような四つの搭を中心とした造りは、ヴァンシュタイン城にも引けを取らない規模と威厳と優美さを兼ね備えていた。
「『俺はすごいぞ! 歴史と力があるぞ!』みたいな圧力がめちゃくちゃある! 中に入ろうとする人間をはじき返しそうなオーラを出しているよ!」
「建物としてそれはダメじゃないか?」
中村が賞賛として選んだ言葉に、思わずローザが突っ込みを入れる。
「だが、ある意味ではその威圧感も必要なのかもしれない」
二人の後ろで遠藤が真剣な表情で考察を始める。
「ここで登録を行う回復職は基本的に戦闘向きではない、つまり普通の冒険者よりも命の危険が高まる職種という事だ」
建物の最上部を睨みつける、臆さないように自らの気を引き締めているようであった。
「……であれば、生半可な覚悟の者は入ることが出来ないようにするという意味では、この建物の荘厳さは必要とされるものだのだろう」
「入る前から試されるなんて、回復職の道のりって険しいんですね……」
参謀が出した結論に納得しながら中村は歩みだす、リーダーに続いてメンバーも彼の後を追った。
しかし、突然中村が立ち止まる。慌ててすぐ後ろを歩いていたローザが、その後ろを歩いていた遠藤も足に急ブレーキをかける。
「うみゅぅ」
そして最後尾を歩いていたクラマが、顔面を遠藤の背中に衝突させて情けない声を上げた。
メンバーが何があったのかと停止したリーダーに注目すると、彼は困ったような表情でこちらを振り返った。
「……入口って、ここで合っているよね?」
教会には十を超える入口が設置されており、人が出入りしている様子も見ている。しかし、冒険者が入って良い入口が分からず、その迷いが足を止めた。
「もしさ、もし何も考えずに入った入り口が、関係者以外立ち入り禁止とかだったら、とても相手に迷惑が掛かるじゃないか……て」
「それは……確かに」
中村の言い分に頷いた遠藤がクラマに視線を移す、彼女は鼻をさすりながら涙目で首を傾げた。
「実はあたしもここに来たのだいぶ前でさ、しょうじき自信がないんだよねぇ」
どうしたものかと四人が顔を見合わせたその時である。
「そこの迷える人、こちらに何か用でしょうか?」
入り口付近での騒ぎに気が付いたのか、リベリオンズに対して一人の僧侶が尋ねた。
天に届くような身長に、鍛え抜かれたはちきれんばかりの筋肉が、語らずとも質実剛健の強者の気迫を周囲へ伝える。
スキンヘッドに太い眉と、人によってはたじろいでしまいそうな風貌であるのだが、それをかき消すような柔和な表情を浮かべている。
「あの! 僕は中村と言います! 僕たち教会にこの人を登録しに来たんですけれど、どこから入るのが正解なのでしょうか?」
渡りに船とばかりに、中村が顔を喜ばせて困り事を相談する。余計なプライドを持たずに、素直に人へ聞くことが出来るのは彼の美点であった。
「おぉ回復職の登録でしたか、その道を選んだあなたに祝福があらんことを」
質問を聞いた僧侶は顔を綻ばせた。見た目相応の太い声に不快感はなく、むしろ腹に響く心地の良い感覚であった。
腰を落として目線を少年に合わせて、丸太のような腕をこれまた厚い胸板にあてた。
「確かに初めていらっしゃる方には迷いやすい建物でございます。よろしければ私が案内しましょう」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
中村は反射的に右手を前に出す、僧侶は身を屈めてしっかりと握手を交わした。
◆◆◆
「それでは、こちらにお名前をご記入ください」
「はい」
教会内の受付で、ローザが職員の指示に従って登録書にペンを走らせる。
「どうして回復職は、教会に登録する必要があるんだろう?」
設置された長椅子に腰かける中村が、ローザの様子を見てポツリと呟いた。
「気になりますかな? ナカムラ殿」
消えて無くなるはずだった言葉を、隣に座っている案内を引き受けた僧侶が拾い上げた。
独り言のつもりで発していたため、慌てて補足を加えようとする。
「あ……えっと何と言うか冒険者登録と合わせて二回もするのが、その……ええと」
「言葉を選ばずとも大丈夫です。確かに他の冒険者よりも手順がかさんでしまい、面倒に思われてしますよね」
千年生きた大樹のような、穏やかで堂々とした雰囲気の彼に、中村は恐る恐るこくりと頷いた。
「そうですね……ナカムラ殿、
その疑問を解決するには、冒険者内での戦闘職と回復職の関係を改めてお話しする必要があります」
僧侶は両手の人差し指をピンと伸ばして、それらを打ち合わせる。
「冒険者として働いていく以上、常に何かしらの要因で戦闘が発生します」
「はい」
ダンジョンであれば魔物、ダンジョン以外であっても敵対種族やならず者など、和解出来ない相手と遭遇する可能性は存在する。
「戦闘の際、戦闘職は前線で敵と戦い、回復職は彼らを回復する。これが基本的なパーティー内での役割となります。
一見きちんと役割が分担しているように見えますが、ある存在によって完全には分担しきれていないのです」
「ある存在……ですか?」
僧侶は中村の腰を指差す、そこにはいざという時のため回復のポーションがぶら下がっていた。
「ポーションがですか!?」
「便利でございますよね? ギルドでお金さえあれば手に入ることが出来て、いつでも好きなタイミングで使うことが出来る」
「あれ?」
ゲームで鍛え上げた中村の脳味噌に電流が走る。
「……そしたら……最悪ポーションを買えれば……回復職をパーティーに加えなくても……?」
「お気づきになられましたか?」
一つ一つ言葉を選びながら紡ぎだした結論に僧侶は同意した。
「回復職がいなくてもアイテムが代役となって冒険者を続けられる戦闘職、
戦闘職がいなければ安全に冒険者が続けられない回復職。
この違いが余計なこじれを生み出しました」
悲しい表情を浮かべながら僧侶は瞼を閉じる、中村は口をつぐんで話の続きを待った
「……だんだんと冒険者の間で回復職を軽く見る風潮が出来始めました。
無論全員ではありません。しかし、『回復職は戦闘職がいなければ何も出来ない』という意見を持つ者が現れてしまったことも確かです」
きっとこの僧侶も同じような目に遭ったんだ。中村は直感で何となくそのように思った。
「そして回復職を酷使するパーティーが現れ始めました。
分け前を安くされたり、暴言を浴びせたり、暴力を振るわれた方もいるようです」
「回復職は抵抗が出来ませんでした。下手に反発すれば、パーティーから追い出されてしまうからです。
別のパーティーに移れるか分からず、かといって一人では冒険者として仕事が出来ない。結果として目の前の不条理を受け入れるしかなかったのです」
「……さっきの僕と同じ考え方を持った大勢の人が、回復職の人に酷い扱いをしたという事ですよね? ……不快にさせてしまってごめんなさい」
僧侶は首をふって彼の謝罪に笑顔で応える。
「その言葉が自然と発せる時点で、あなたはそのようなことはしないでしょう。罪を犯したわけでもないのに過剰の謝罪は、相手を困惑させるだけですよ?」
「は、はい」
「さて、話を続けましょう。そんな状況に教会が立ち上がりました。回復職たちをこちらの保護下に置き、不当に扱ったパーティーには社会的制裁を行ったのです。
この新制度によって、彼ら彼女らの立場は回復したのでございます。回復職だけに……」
そのとき神殿騎士がパチンと自らの頬を叩いた。衝撃波で中村の前髪がふわりと揺れる
「……失礼しました。
自分で『上手い事が言える!』と思ってしまうと口に出してしまう、私の悪いところです」
「な……なるほど、丁寧にありがとうございます! えっと……」
お礼を述べようとした中村は、ここまで懇切丁寧に対応してくれた僧侶の名を、一度も聞いていない事に気がついた。
「忘れていました、お名前をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「はい、私の名前はアーガーベイン。この神殿にて戦闘滅魔神官を務めております」
「お偉いさんじゃないですか!?」
夜の勉強会で聞き覚えがあった。回復職の中でも戦闘にも長けたエリートである。教会内でもかなり高い地位についていることが多く、とりあえず会ったら失礼な態度は取らないようにと師匠から釘を刺されていた。
中村の慌てように、僧侶は笑って落ち着くよう促す。
「気にしないでください。
誰からも気軽に話しかけられる、私の良いところです」
何も裏のない、善意に満ちた笑顔がとても輝いていた。
中村は思わず目を泳がせる。偉い人を正面から見ることができない、小心者の特性であった。
すると、奥に設置された水色と赤の水晶が視界に映る。
「あの……」
質問しようとして、先ほどと同じように気軽に話して良いのか迷いが生じる。
「あれは職業変更の水晶、隣の赤色のものは職業昇格の水晶でございます」
年の功とでも言うべきか、中村の思考を察知して、アーガーベインは先ほどと変わらない態度で説明してくれる。
「もしよろしければこちらも解説いたしましょうか? この建物の全てを説明できる、私の良いところです」
もうこの人には、自分の薄っぺらい思考などお見通しなのだと悟り、中村は何度も赤べこのように頷いた。