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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
133/207

座学の時間

 夜も更ける頃、村上(むらかみ)綾香(あやか)はヴァンシュタイン城の図書館にて、一冊の本を手に耽読(たんどく)していた。


「まだ残っていたんですか? あまり根を詰めないでくださいね?」

「七瀬さん」

 声を掛けたのは七瀬(ななせ)(あおい)、炎龍討伐においてクラスメイトの編成担当を行う参謀であり、勇者言峰を凌ぐ実力者であり、暇さえあれば図書館に籠る本の虫だった。


「何を読んでいるの……ダンジョン博物誌!? あなたが持っていたのね?」

「は……はい、その通りです」

 突然様子の変わった賢者に、村上は上ずった声で返事をする。

 ダンジョン博物誌とは、ダンジョンに挑んだ先人が生息する魔物(モンスター)から植物、鉱物や地形に至るまでを記した人類の挑戦の結晶である。

 ダンジョンと深いかかわりのある王国ならではの書物であり、何か新しい発見があると冒険者ギルド編纂部が、数年ごとに更新を行って王城図書館に寄贈していた。


「最新刊が五冊あったはずなのに、いつの間にか四冊に減っていたからおかしいとは思っていたの……長期間借りるなら、借りる際に司書に相談するのがマナーですよ」

「す……すみません! 何と言うか、ゲームの攻略本みたいで面白くて面白くて……複数あるから一冊くらいずっと借りておいていいかなって……」

 長年RPGゲームをやりこんだ村上にとって、ゲーム攻略本は聖書(バイブル)に等しい。ましてや自らで潜ることの出来る現実のダンジョンの攻略本、借りることが出来た彼女は嬉しさのあまり一カ月ほどは抱えながらベッドで寝たものである。


「しょうがありませんね。司書には私から言っておきますので、その本は満足したら返してくださいよ?」

「はい……ごめんなさい」

 まだ日本で学生だった頃、七瀬は図書委員長を務めていた。マナーの悪い読者を人より多く見てきた経験が、少しだけ彼女の語気を強くした。


「……賢人くんも、この本好きだったんです」

 村上の口から想い人の名がぽつりと呟かれる。

「賢人くんとスキルやアイテム、ダンジョンや魔物(モンスター)のお話がしたくて、よく私の部屋に招待するんですけど一度も来てくれませんでした。

 かと言って私が中村君の部屋にお邪魔しようとすると、すごい勢いで拒否されるんです」

「……そうなんですか」

「思えばこの世界に来てから、結局一度もまともにお話しできませんでした」

 中村がクラスで中曽根に裏で虐められていた事実を知っている七瀬はなにも言えなかった。


 突如村上は立ち上がり、拳を胸に当てる。

「だから私は決めているんです! 次に賢人くんに会ったら、今度こそ隣でこの本を広げて一緒に日が暮れるまで語り合うんだって」

 固い意志で村上は窓の空を見上げる、夜空に浮かぶ二つの月が瞳に映った。


◆◆◆


「それでは問題です!」

 夜の師走しわす亭にて、自分こと影山亨(かげやまとおる)の横でクラマの闊達な声が響く。

「たとえ品物が道に落ちていたとしても、持ち主が明確である財産を役所に届けず、自分のものにしてしまうのは、何法の何条に違反するでしょうか?」


「え~~と、国家……商業……法の…………第21条!」

「惜しい! 第28条です!」

「もう少し後ろだったぁ……」

 わざとらしく両手でばってんを作るクラマに中村が項垂(うなだ)れる。彼の首には芽の刻印が(ほどこ)されたプレートが月の光を浴びて輝いていた。Dランク冒険者のギルドプレートである。


 中村達の成長は予想以上だった。午前中にFランクの依頼を四件終わらせたEランク冒険者に昇格した後、午後にEランクの依頼を五件終わらせてDランクへと昇格していた。

 Fランクが依頼を一つでもこなせば上に昇格できる、仮免許のようなランクであることを考慮しても、一日に冒険者ランクが二つも上がるのは久しぶりだとカレラさんは嬉しそうに話していた。

 そんな期待の若手(ルーキー)が、何故勉学に勤しんでいるかというと、Bランク昇格に必須の資格となっている『国家認定冒険者証』取得のためである。


 Bランク冒険者からは、Cランク以下とはギルドからの待遇が大きく異なる。専用の金庫、住処や装備の支給、さらに一代限りであるが四等男爵の地位が付与される。

 それは彼らが周囲に一目置かれる実力者であり、国家からもいざという時の戦力と見込まれている期待の表れだった。


 しかし、そんな人間が『マナーが分かりません』『法律なんて知りません』『常識なんてクソくらえ』などという問題児であったなら目も当てられない。

 そのため、ルべリオス王国は『この人は最低限守るべき行動と知識を備えています』という証明として国家認定冒険者証を発行しているのである。


 中村達にはBランク冒険者に上がってもらう予定だったため、二週間前……つまり特訓初日の夜から冒険者の知識を頭に叩き込んでもらっている。

「あ……頭が……上から新しい内容を入れたら……下から前の内容がこぼれていく……。こんな難しいことを覚えているなんて、Sランクのフィンケルさんやセシリアさんって、すごい人たちだったんだなぁ」

「弱音を吐くなリーダー。俺たちのために時間を作ってくれている師匠とクラマさんに失礼だろう」

「はい……ごめんなさい」


 この勉強会を行うといった時の中村の顔は覚えている、まさか異世界で苦手な勉強をするとは夢にも思っていなかったのだろう。

「僕はライトノベルを読んでいるんですけど、実力さえあればどんどん昇格していってSランク冒険者に成れるものという甘すぎる認識でいました……

 考えてみればそうですよね……常識の無い人間をホイホイと高ランクに上げてしまったら、困るのはその業界に関わる全ての人たちですもんね」

 どれだけ絵がうまくとも、一流の美大に行くには一定の学力が必要となる。どれだけ高い技術力を所持していても、人とうまく付き合えなければ大手企業には就職できない。『みんなが出来ていること』をこなせて、人は初めて才能を周囲から認められるのだ。


「……一応、特別Sランクというランクが存在してな。試験に合格していなくても、単体で国家を揺るがすことの出来る実力者は、戦力の流出を防ぐためにここに組み分けられることもある」

「そんなものあるんですか!?」

 中村が一瞬期待した表情を向けたので、苦笑いで言葉を続けた。

「だが、これは本当にお勧めしない。あくまで特別だから正式なSランクに昇格できないし、同業者からは『所詮腕っぷしだけ』と陰口を叩かれて働いていく羽目になるんだ」

 実力が高くとも実力を行使する責任はない、と周りに宣伝しているようなものだ。自分もそんな人間とは仕事をしたくない。


「それは僕からすると地獄みたいな話ですね……」

 周囲から失望されたくないという考えを持つ中村は、思わず眉をしかめる。

「そんなランクにつく人っているんですかね?」

「ついた人は見たことないけど、つきそうになった人なら今君たちの目の前にいるよん」

 横からのクラマの言葉に中村はおろか、遠藤すらも驚いてこちらを凝視する。


「だよねクロード、つい最近あたしに愚痴ってたあれだよね?」

「……むかし、似合わないやんちゃをしたときに、ギルドマスターからこのランクに振り分けられそうになった事があるんだ。あの時はただただ目立ちたくないから拒否したが、後で特別Sランクの存在を知って本当に断ってよかったと思ったものだよ」


 人差し指で机を叩き、二つの視線を勉強教材に戻させてから、あの髭面を思い出して深いため息を吐いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作中最健気ヒロイン候補筆頭は間違いなくこの人! と思わずにはいられないくらい村上さんが健気で… 早く二人ともなるべく無事に再開できると良いですね。 [気になる点] 中村・遠藤の両氏の苦労を…
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