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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
129/205

チュートリアル

 王都から離れた森の奥、影山亨がギルドマスターから報酬として与えられた屋敷。

 最近『師走しわす亭』と名付けられたこの建物から、ひとつの影が飛び立った。


「少し遅れた、飛ばしてくれリーダー」

 片膝を立てて騎乗している狙撃手が、翼を広げた龍へ語り掛ける。

「その言い方どうにかならない遠藤君? なんというかむず痒いんだ」

 龍はその荒々しい見た目に似合わない、ハスキーな声でパーティメンバーに不服を返す。

 

「これからパーティを組む俺たち二人のリーダーになったんだ、今から()()らしておいて問題ないだろう」

「そうなんだけどさ……」

「ところで、ちゃんと師匠から渡された計画書には目を通したか?」

「うん……まあ。読みはしたけど……」

 納得がいかないとばかりに龍は首をかしげる。


「僕はなんだか気乗りしないというか何と言うか。つまりマッチポンプをするわけだし、みんなを騙しているみたいで気が引けるんだ」

「俺たちが目立つためには何かしらの『イベント』が必要になる。

 『天然のイベント』が都合よく起きてくれる訳がないだろう、『人工のイベント』をおこすしかないんだ」

 計画に消極的な龍を、遠藤が正論で納得させようとしたその時である、


「止まれ! 止まらんか!」

 男の怒声を一人と一匹は耳にする。 

 見ると森の中を一人の少女が必死に駆けていく、その後を見るからに怪しい外套を纏った五人の男が追っていた。


「一人の非武装の少女が、重武装のならずもの五人に囲まれているようだ」

「うん」

 犯罪者を治安部隊が追っているという雰囲気ではない、年端もいかない子供が狩りのように追い詰められていく気分の悪い光景だった。


「……王都に急ごう……遠藤君」

 龍はこの状況を見逃すという選択肢を取った。

「助けたいとは?」

「出来るならそうしたいけど……我儘(わがまま)言える立場じゃないよ」

 勿論彼女を助けたいという気持ちはあった。

 しかし、今の自分は影山亨の庇護(ひご)を受けている身、これ以上恩人に迷惑を掛けるべきではないと、断腸の思いで先を急ごうとした。


「遠藤君も同じ結論でしょ?」

「いや……助けていこうか、リーダー」

「ぅえ!?」

 いつも徹底的に現実主義な遠藤の意外な言葉に、龍の(あぎと)から素っ頓狂な声が漏れる。


「で、でも、いや、う~ん」 

 師匠に迷惑が掛かると言おうとして、その言葉を飲み込んだ。

 頭の回る遠藤の事なのだから、こちらの言おうとしていることは全部理解しているはずである。それでも『助けよう』と口にしたという事は、自分がまだ理解できていないことを考慮したうえでの発言という事なのだろう。


「ほ、本当に助けていいんだね?」

「援護射撃は俺に任せろ、好きに暴れてこい」

 遠藤は外皮に覆われた背中で立ち上がり、手を横に伸ばす。

要請(リクエスト)系統(タイプ)狙撃銃スナイパーライフル

 特異(ユニーク)スキル【銃器魔法(サモン・ウェポン)】を使用し、この場所で戦うのに最もふさわしい武器を手にする。

 創造した銃を抱えて龍の背中から飛び降り、上空100mからパラシュートなしで森の中へと消えていった。


「よし!」

 龍は翼を力強く羽ばたかせ、弾丸のように地上へ降りて行く。

 少女をかばうように着地すると、ならずものたちに向かって啖呵を切る。

「彼女から離れてください! 相手なら僕がします!」


「ドラゴン!? なぜここに……」

「臆するな、目撃者も始末しろとの命令だ」

 突然現れた敵に戸惑いはしたものの、踏んできた場数のおかげかすぐに体勢を立て直して襲い掛かる

 五本の斬撃が龍の体に直撃する、

「こんなもの……痛くない!」

 龍は腹に力を籠め、力づくで刃を押し返した。

 全員で切りかかれば一つは致命傷となるだろうと、高をくくっていたならずもの達は想定外の事実に隙が生じる。

 中村は右の拳を右端の男の腹に、もう一つの拳を別の男の顔に繰り出した。

 まるで車にはねられた如く、二人の身体は後方にはじかれて樹木に激突する。


「ふん!」

 続けざまに中村はその場で体を素早く回した。長い尾が鞭のようにしなり、残ったならずものを吹き飛ばした。


 敵全員を気絶させたと目視で確認した龍は、急いで少女の状態を確認する。少女は腹部に切り傷を負っており、白い服が血液で(くれない)に染まっている。

「死なないで!」

 怪我人へ駆け寄る龍の体には、恐るべき変化が起きていた。背中に生えた翼は小さくなり、強固な外皮は柔らかい肌となる。

 すべての変身が終わった時、そこにはならずもの五人を瞬殺した荒々しい龍はおらず、むしろ大人しそうな少年が少女の脈を計っていた。


「……良かった、まだ脈はある」

 中村が触れると手のぬくもりを感じたのか、薄っすらと少女の意識が戻った。

「う……」

「喋らないで! 手当ての出来る場所まで運ぶから!」


 中村が気遣いの言葉を掛けるが、それでも少女は無理をして三つ言葉を喋った。

「う……し……ろ!」

 瞬間中村の周囲を影が覆った、振り返ると先ほど気絶させたはずの男が剣を大上段に構えて今まさに振り下ろそうとしていた。


「せめてこいつを!」

 繰り出した刃は少女に向かっていた、中村は慌てて腕で少女をかばう。


 剣先が中村の腕に届こうとした次の瞬間、乾いた音をたてて男の手が破裂した。。

 切り付けようとした男の顔がみるみる青ざめていく、先ほどまで手のひらの形をしていたはずの肉は柘榴(ざくろ)の花のように裂け、もはや再び剣を握ることなど不可能なほどに変形していた。


 咄嗟に中村は少女の目を手でふさぐ。年頃の彼女には生涯のトラウマになりそうな光景だった。事実、他の男たちは目の前の不可思議に戦意を喪失し、中村に背を向けて撤退を始めていた。

 しかし、力を入れていた足の太ももが破裂したように血潮が飛び散る。

 驚いて足を止めるもの、我関せずと脱兎のように逃げるもの、だれ一人謎の破裂から逃れず、たちまち周囲は(あけ)に染まった。


 すべてが終わった後で我に返った中村が再び怪我人を見やる、先程の発声もかなり無理していたのかぐったりと気絶していた。

「……急ごう」

 中村は少女を抱き上げて森の奥へと消えていく。後には男たちの野太いうめき声しか残らなかった。





 中村と少女からおよそ500m離れた場所で、うつぶせ(ブローン)の姿勢を取りながら遠藤はライフルを構えていた。

 その瞳に感情はない、狙撃手(スナイパー)の目であった


◆◆◆


「という経緯がありまして、彼女をギルドまで連れてきました」

「なるほど」

 遠藤から事の経緯聞きながら、自分こと影山亨(かげやまとおる)はギルドの廊下を歩いていた。


 中村が耳長族(エルフ)を抱えてギルドに飛び込んできた後、素早くカレラさんが対応してくれたので今二人は医療室へと通されている。

「中村は師匠が計画した『人工のイベント』には周囲への後ろめたさを感じておりましたので、『天然のイベント』が拾えるならばそうしようと切り替えました」

「よくやってくれた遠藤。予定通りではないが予想以上の結果だ」

「恐縮です」

「それで、少女を襲った刺客たちはどうした?」

「逃げきれないことを悟ったのか、全員服毒自殺を行いました。防ぎきれませんでした」

「いやその道のプロだったんだ、あの子の殺害を阻止しただけで素晴らしいことだ」

「そうおっしゃっていただけると幸いです。それと彼らの着ていた、外套についてなのですが……」

 そこで遠藤は言葉を詰まらせる。

「何か気になるところが?」

 自分の質問に頷き、こちらにしか聞こえないほど小さな声で囁いた。


「……二週間前、俺が殺されかけた人物と同じ種類の外套を着ていました」 

「なるほど、あながち私たちも無関係ではないという事か」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新感謝です^^ おかげさまで今年のGWは例年より少しだけ楽しみなことが多いようです♪
[良い点] 連続更新やったー! また新たな幕が開くようで楽しみだわ
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