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影の使い手  作者: 葬儀屋
双龍編
128/205

そして物語は始まった

〜〜


 (いにしえ)の人々が(えが)きし召喚陣、その中心で乙女は願う。

『偉大なる創造主よ、我らを救いたまえ。願いを聞き入れたまえ』


 すると陣は光輝(ひかりかがや)き、(いかずち)が走る。

 落雷の如き轟音の後、目の前に金色(こんじき)の鎧を着た精悍(せいかん)な青年が、九人の従者を連れて姿を現した。


『勇者コトミネ、願いを聞き入れ馳せ参じた』

 笑みを浮かべたその美貌に、乙女の頬は赤く染まる。

 少女の細い指先を黄金の小手が手に取り、目を合わせて勇者は優しく語りかけた

『「ヘイヘイ、飯だぞクロード」


〜〜


 冒険者ギルドの酒場。

 椅子に腰かけた自分こと影山亨(かげやまとおる)は、読んでいた小説から目を離し、両手と口で皿を持つクラマを見上げる。(くわ)えながら何故そんなに器用に話せるのだろうか?

「そっちはソーセージで良かったんだよね?」

 こちらが頷くと、鼻歌交じりにテーブルに料理を並べて左隣の席に座る。


「何読んでたの?」

「いま王都で流行っている勇者コトミネの英雄譚だそうだ」

 王国側でオイレンという名の小説家を雇い、言峰達の活躍を本として発売しているそうだ。現時点では勇者召喚までが執筆されているのであるが、なかなかに売れ行きは好調らしい

 あと二週間と迫った言峰たちによる炎龍討伐も、無事に討伐成功すれば偉業(エピソード)としてこの英雄譚へ加えられることだろう。


「おっ、気になるもの読んでるじゃねぇか」

 後ろから声を掛けられ首だけ振り向くと、眼帯に見事な顎髭の中年がチーズを片手に近づいてくる。彼の名はザイード。冒険者としてはBランクの実力者で、正直目立ちたくない自分としては話しかけてきてほしくない名の知れた男である。

 この世界で生きていくための名前、『クロード』を決めるときに参考にした人物でもある。


「この英雄譚すげえ人気でよ、俺も買いに行ったんだが二時間本屋に並ばされるなんて初めての経験だったぜ」

「そりゃご愁傷様」

 ザイードの苦労話にクラマが合いの手を入れる。


「噂によると早くも続編が出るって話でよ、俺としては楽しみにしている部分がどう描写されるか期待しているわけよ」

「楽しみにしている箇所というと、具体的にはどの辺りを?」

 自分の質問に対して、ザイードは待っていましたとばかりに顔を(ほころ)ばせる。その話題を人と共有したくて、話しかけてきたのかもしれない。

「あの悪党との決闘がどう描かれるのかだな」

「……決闘した悪党というと、メイドを辱めたと噂されている?」

 隣の山伏少女の補足に、ザイードはチーズを口に放り込みながら大きく頷く。

 その会話に自分の眉が寄っていくことが分かる。この英雄譚を読んだ時点で察してはいたが、やはりメイドのティファが原因で起きた言峰との決闘内容も書物として世に出回るのだろう。

 それは、『悪人・影山亨』という名を後世まで残すという事であり、自分としては何としても阻止しなくてはならない。


「そうそうあいつ……名前何だっけか?」

「はい?」

 意外な言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

「おいおい。楽しみにしているというのに、肝心の悪役の名前を忘れてしまうというのはいかがなものさ?」

面目(めんぼく)ねぇや」 

 クラマの突っ込みに、ザイードは頭をかく。


 その時、遠くからザイードを呼ぶ若い男の声が聞こえた。

「おっと仲間が呼んでるわ、話邪魔して悪りいな」

「お構いなく」

 語りたがりの中年を見送った後、顎に手を当てて思考を巡らす。考えてみれば悪役など読者からすれば、その程度の扱いなのかもしれない。

 極論を言ってしまえば人々が欲しているのは、勇者コトミネが悪者を対峙したという勧善懲悪であって、悪者の名が影山だろうが田中だろうが気にはしていないのだ。


「これは……上手く使えるか?」

 頭に一つ案が生まれた。うまくいけば『メイドを辱めた影山亨』という存在を、この王国の歴史から消し去ることが出来るかもしれない妙案だった。


「んで、ナカムラ達はそろそろかな?」

「そろそろだ、計画に支障はない」

 自分が裏でコソコソと動くために、中村と遠藤には冒険者として盛大に目立ってもらうつもりである。そのため、今から行うギルドでの冒険者登録でも、周囲の耳目(じもく)を集めるための工夫をするつもりでいる。


「……ねぇクロード、計画表もう一回見せて」

 手のひらをこちらに差し出してきたので、懐にしまっていた四つ折りの紙を取り出して乗せた。

 受け取ったクラマは書かれた文字を指さしながら、認識確認するようにこちらへと読み上げる。


「ナカムラが受付で冒険者登録しようとする」

「はい」

 クラマが首を少しひねる。


「……中堅冒険者がナカムラを『ガキが来る場所じゃない』と馬鹿にする」

「うむ」

 クラマがさらに首をひねる。


「……それを無視したナカムラに、逆上した冒険者が殴り掛かる……と」

「間違いない」

 クラマの視線がこちらと文章を何度も往復する。


「…………ナカムラがそれを撃退して、ギルド中から喝采と注目を集めちゃう……と」

「何度聞いても完璧な作戦だ」

 柿本が言うには『お約束』なるものらしい。自分としては最も注目を集める展開だと思うので採用させてもらった。


「いやぁ……、ふ~む、ん~~~?」

 クラマは取れそうなほどに首をひねる。ここまで得心がいかない彼女を見るのは、初めてワサビを食べさせて『こんなの食べ物じゃない』と言われて以来かもしれない。

「こちら数十年冒険者ギルドかよっているけどこんな、光景見たことないよん。

 新人をいびったら袋叩きに遭って最悪ギルド出禁にされるって話だぜ? 誰が中村に突っかかる危険な役をやるのさ」

「安心してくれ、私が変装してやる」

「うそぉ」

「一応、ギルドマスターとカレラさんにも話を通してあるから、冒険者ギルド側にも迷惑が掛からないようにしている。あとは実行あるのみだ」

「自作自演もここまで手が込むと、呆れを通り越して感心さえ覚えるよ」


 クラマは手を添えて目を凝らす、彼女のスキルである千里眼を発動させる際の動作である。

「さてと、そんであんたをぶっ飛ばす不届きな弟子は今どこですか……と」

 もう時間だというのに、なかなか来ない共犯者を心配しての行動であろう。

「おっと、もうギルドの近くまで来ているようだ」

「ならこちらも準備に取り掛かろうか」

「いってら」

 かませ犬冒険者へ変わるためにはスキル『変装』を使用するため、人気のない場所へ移動する必要がある。


 席を立とうと膝に手を当てたところで、腕をつつかれる感覚を感じる。隣に目を向けると、自分の真っ黒な裾を白い指が突っついていた。

 予期しない状況に小突(こづ)いた当人の顔を見やると、不審なものを見つけたような表情でこちらを向いた。 

「クラマ?」

「……様子がおかしい、何抱えてるんだあいつら」


 どのようにおかしいのか、抱えているとは何かと質問する前に、ギルドの扉が乱暴に開けられた。

「あの、えっと、すみません! この子の応急手当をするのでベッドを貸していただけませんか!?」

 入ってきたのはこれから自分を殴る予定である中村賢人(なかむら けんと)、彼の姿を見てクラマが何故眉を顰めたのか納得した。


 二週間の特訓で若干逞しくなった彼の腕には、一人の少女が抱えられていた。

 長い耳、どこか浮世離れした美貌、金髪。

 耳長族(エルフ)である。

2023/10/29 修正 十七人の従者→九人の従者

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[一言] 更新&GWの素敵な贈り物に感謝です^^
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