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影の使い手  作者: 葬儀屋
日常編 参
122/207

屍喰鬼は吸血姫の夢を見ない Ⅸ

 曇天の下、なだらかな丘陵の頂上にて少女は花束を手に立ち尽くしていた。


 眼下には喪服に身を包んだ男女が列を成している。今日は少女、マーガレット・ディ・ファールハイトの母親の葬式であった。

 死因はダンジョンの魔物(モンスター)の攻撃による傷である。

 マーガレットの育った村ではLv(レベル)の低い村人は、Lv(レベル)の高い村人の協力を得て魔物モンスターを討伐しLv(レベル)を上げ、いざという時に備えるという風習が存在した。

 Lv(レベル)の低かった母もその例に漏れず、魔物(モンスター)討伐によるLv(レベル)上げを行っていた。しかし、父が十分に弱らせたはずの魔物(モンスター)が最後の力を振り絞り、とどめを刺そうとしていた彼女に致命傷を与えたのだ。

 とどめを刺した者しか経験値を得られない世界の(ことわり)が招いた悲劇だった。


 マーガレットは来月で五歳になる。まだ甘えたい年頃の女の子には抱えきれない絶望は、彼女に一種の現実逃避を引き起こさせ一つの素朴な疑問を生み出すに至った。

Lv(レベル)ってどうしてあるのかしら? 経験値って何なのかしら、どうして最後に攻撃した人しか受け取れないのかしら?」

 世界の片隅で生まれた一つの疑問は、彼女のその後の人生を大きくかき回していくこととなる。


 少女は翌日から人々が『当たり前』と済ませていた経験値やLv(レベル)の研究に没頭するようになる。

 村に存在する書物は片っ端から読み漁り、時には覚えたての魔術を力にダンジョンへと潜り、魔物(モンスター)の戦闘と捕獲も行った。

 マーガレットの行動が理解できなかった村人たちは彼女を避けるようになり、それを理解した彼女は村から遠く離れたダンジョンの近くに一軒家をこしらえ、そこで暮らすようになっていった。


 研究を続けて10年ほどの年月が経ち、その日はやってきた。彼女はついに経験値が魂と魂の間で受け渡される一種の力であると解明したのである。

 発見した理論を応用して何かできないかと試行錯誤を重ね、さらに1か月が過ぎたある日のことであった。


「やったわ、ついにやったわ!」

 マーガレットは研究室の中心で一枚の紙を掲げて喜びに身を震わせていた。

 倒された魔物(モンスター)から発生した経験値を、とどめを刺した魂ではなく、別の物体に受け渡す技術を確立したのである。

 その成果物こそ、彼女が手にしている『共罪証明書アンハルト・スクロール』であった。

 倒された魔物(モンスター)から発生した経験値を一旦保管し、あらかじめ記述した名前の人物達へ再分配する。Lv(レベル)の低い者がとどめを刺す必要がなくなり、母のような犠牲者を出さなくて良いという優れものであった。


 早速マーガレットは村へと赴き、村人たちへと配っていった。

 始めは半信半疑だった村人たちも、その非常識な効果に狂喜し、彼女を救いの女神と称して慕うようになっていった。

 彼女も研究をやめて安穏とした日々を過ごすようになり、やがて一人の男と結ばれた。


 しかし、どこからか噂を聞きつけた国の大臣によって兵士が派遣され、半ば無理やりの形で王都に連れていかれてしまう。

 反抗した父は邪魔に思われた兵士の手で、彼女の目の前で切り殺された。

 両親を失い泣き崩れるマーガレットを前に大臣は、すべてを成し遂げれば故郷に返すという口約束で、二つの課題を彼女に強要した。

 一つ、共罪証明書アンハルト・スクロールとは別の画期的な発明。

 二つ、一つ目の発明と共罪証明書アンハルト・スクロール作成の技術を宮廷魔術師へ伝授。


 泣いていても仕方がないと、故郷の夫への思いを胸に、新たな環境に身を投じていくことになる。

 一つ目の課題については、すぐに成し遂げることが出来た。

『知恵の実』

 食べるだけで蓄えられていた経験値を獲得できるという、夢のような代物であった。

 しかし、この発明に感心した大臣からさらにもう一つの課題を加えられてしまう。


 三つ、知恵の実による武官の強化。


 文句をいう事も出来ず、二つの課題に取り組んだのだが、これが彼女を大きく苦しめた。


 武官たちは憤慨し、知恵の実を何かと理由をつけては喰らおうとしなかった。

『戦闘を他人に代行させ、その成果だけ横取りする共罪証明書アンハルト・スクロール

『戦うことなく齧るだけで強くなれる悪魔の果実』

 経験値を得るための努力を取り除いたような発明品が、敵との命の取り合いの果てに今の地位を築いた自分たちの苦労に対する最大の侮辱に思えたからである。


 宮廷魔術師たちは嫉妬し、彼女の技術を学ぼうとはしなかった。

 はるか格下に思える小娘が、(おのれ)らが一生掛かっても成し遂げられないような偉業を打ち立てた屈辱に耐えきれなかったからである。


 そんな薄暗い感情を抱いた家臣たちは非協力的であり、代わりに一つの蔑称を付け、いたる所で陰口を叩き続けた。

 戦いの努力を放棄させる『怠惰の魔女』と。


 課題の進展が一向にない日々が続き、王国に対して実績は出しても実益が伴わない魔女に、連行した大臣でさえも『頭は良いが周囲との協調性がない』と吐き捨て。次第に彼女を邪魔者として扱うようになっていった。

 そんな針の(むしろ)の日々が30年ほど続いたときのことである、大陸の覇権をめぐって吸血鬼の軍団が王国に攻め入ってきた。

 圧倒的力の前に王国側は成す術もなく、虐殺の憂き目に()う。


 そんな悲惨な状況の中、吸血鬼勢力の一角を担っていた幹部の一人が、マーガレットの研究に大層興味を持った。

 彼は故郷に返すことを条件に、アイテム作成を強制した。

 初老を迎えていた彼女は、辛いばかりの王国にもはや未練などなく、これを快諾して念願の帰郷となった。


 しかし、故郷は度重なる戦火によって荒廃しており、元夫は兵役によって命を落としている事実を知って愕然とした。

 僅かばかり救いはあった、元夫はマーガレットが去ってから10年ほどして再婚しており、再婚相手も夜盗に殺されたが、二人の間に生まれた子供が生きているというものである。元夫の忘れ形見だけは失わせまいと、四方八方手を尽くしてその行方を捜した。


 しかし、彼女がその子供の元へと駆けつけた時には、子供は馬小屋の片隅で息絶えていた。

 死因は餓死である、親を失った子供の末路としては当然であった。


 悲しみに打ちひしがれるマーガレットは、せめて最後は安らかにと少女の死体を川沿いの墓地に丁寧に葬った。

 そしてダンジョンの上に小屋を建て、辛い現実から逃れるように研究に没頭する日々を過ごした。


 しかしここで意外な奇跡が起こる。

 少女の死体が屍喰鬼(グール)として復活し、流れ着いたのだ。

 凍えた小さな身体を抱き上げ、魔女は優しく語り掛ける。

「もう大丈夫よ、これからは私が付いてるわ」




 マーガレットがなぜメリヘムにここまで尽くしてくれたのか。

 それは、家族を失い続けた一人の女が最後に見せた、母親の無償の愛だったのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 発明品の有用性はエグいんだけど、プライドと嫉妬から食わなかったのは失敗だろう。
[一言] なるほど!それでここまで助けてくれたんですね。合点がいきました。 更新ありがとうございます!これからも楽しみに待っています!
[良い点] たぶんですが外伝としてこの章は別立てした方が良かったかと思います。クロスオーバーする場合にも都合が良いですから。
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