第五章 エミリーの背景と、ザギの助言
晩ご飯のメニューは、朝焼いたパンと、キッチンの床底の氷蔵庫の中に保存されていた新鮮な野菜類と鶏肉とミルクを使ってエミリーがシチューをふるまった。
「リー、見直したぞ!」
「生意気言わないの、ぱしりのくせに」
「でも美味しいよ、本当に。次からはぼくでも作れそうだけど」
「ビブ君もほめてくれてありがとだけど、でも小憎らしいわね」
「どういたしまして。それじゃ、みんな食べ終わったみたいだし、食器片づけてから話の続きをしようか」
「わかった。おれやる」
調理にはほとんど加わっていなかったザギが自分から食器を手早く片づけ、キッチンの流しに張った水で次々に洗って拭いて食器棚にきちんと戻してしまった。
「あなた達って、ほんとゴブリンとして規格外よね」
「お世辞、いらない。それより、詳しい話、聞かせろ」
ビブはザギが食器洗いなどを済ませている間に、お湯を沸かしてお茶を煎れ、三人分のカップに注いでそれぞれの前に置いた。
「もっと詳しい話、って言っても、あの場で話した事が事の大半なんだけどね」
今朝も夢見た過去の記憶に体が震えたが、ごまかすようにエミリーは熱いお茶を口にして、その意外な上品さに驚いた。
「こんなの、王宮で飲んでたお茶並じゃない」
「えへへ、ありがと。トウイッチ用のだから、本当はぼく達が飲んじゃいけないかもなんだけどね」
ビブの気遣いにリーはふと微笑み、彼らに尋ねた。
「何が聞きたい?」
「リーは、本当は王女様なの?」
ビブの直接的な質問にも、エミリーは怯まず答えた。
「違うわ。本名はまだ伝えないでおくけど、テューイの知り合いってだけの、一般人の家に産まれたの。たまたまサラ王女と似てる顔だからって、商王の金満宮に取り立てられて、身代わりとされたの。役に立たなかったけどね」
「でも、リーがリーで生き延びてなければ、おれは<穀潰し>とも出会えなかったし、それはリーに感謝してる!」
「うん、フォローになってないフォローありがとね、ザギ」
「とにかく、リーとサラ王女は、じっくり見られなければ見破られないほど似ていたんだね?」
「そうよ。他人の空似ってあるじゃない。広い世界には全く関係が無いはずの他人の中に何人かは自分と全く同じ外見の人がいるって。そんな感じだった」
ビブは腕を組んで考え込みながらリーに質問した。
「年齢も近かったの?」
「同じ年だったみたい。だから本当の姉妹みたいに過ごしてたわ」
「二人が実は親類だったとかはないの?お父さんかお母さんが同じとか?」
「それはサラにも他の人にも良く訊かれたけど、サラのお父さんはモーマニーだし、お母様はサラを産んで間もなく亡くなってしまったらしいの」
「じゃあ、リーのお母さんは?」
「生きてるらしいけど、ずっと遠い所にいるみたいで、会った事ないの」
「何だそれ?」
「ゴブリンに言われたくないけど、確かに珍しいわよね。昔々、お父さんがまだモーマニーに雇われる前のテューイと世界のあちこちを旅してた時に出会った女の人との間に産まれたのが私で、いろんな事情があってお父さんが私を引き取って育てたんだって。だから、モーマニーにもサラのお母さんだった人とも、私のお父さんもお母さんも関係無いみたい」
「でもよ、テューイってつながりはあるんだな?」
「鋭いね、ザギ」
「そこに気がつく人達も確かにいたけど、モーマニーが住んだり行商してた地域と、お父さんやテューイが旅してた地域は全然離れてるし、テューイとモーマニーが知り合ったのは十年前よ。私もサラもその頃には6歳になってたし」
「むー、そーなのかー。じゃー関係無いのかー?」
ザギはそう言って諦めたが、ビブはまだ何か考えていた。
「もしそうだとしても、モーマニーは驚いたんじゃないのかな、リーと会って?」
「まぁ、ね。私とサラ様を並べて見比べて、何も言葉に出来なかったくらいだから」
「それ、他人の空似ってレベルじゃなかったのかもね」
「そうね。でも、<最悪の災厄>は私とサラ様を取り違えてはくれなかった・・・」
しんと静まり返ってしまった食卓からビブはいったん離れ、お湯を沸かし直し、それぞれのカップにお茶のお代わりを注いだ。
「ビブ君て本当ーに気が利くわよね」
「そうかな?」
「リー、こいつをあんまり信用するなよ。毒薬マニアなの忘れるなよな」
「そう言えばそうだったけど、人柄とのギャップがすごいわね」
「そうかな。飲むとそれだけで体の中の働きを変えてしまう存在に興味があるだけだよ」
「ふ~ん」
「それじゃ、話を<最悪の災厄に>に戻そうか」
「そいつ、何なんだいったい?」
「その正体は誰も知らないんだよ、ザギ」
「そんなの倒せるのか?」
「そもそも人かどうか、生きてるか死んでるかどうかすらも分からないんだ。強大な魔法を使い災厄をまき散らす存在として知られてはいるけど、世界で唯一公認されている亡霊って言われる事もある」
「世界にはびこり過ぎた人類を諫める為に精霊達が凝り固まった存在とか、世界の創造主が天罰として下した存在とか、諸説あるけど、誰も真相を究明した人はいないってのが通説ね」
「リーも、いろいろ調べたんだろうね」
「仇だからね。もっとも、調べ始めたのは商王国が崩壊して逃げ始めてからだから、いろんな伝承とか噂話を拾い集めた程度だけど」
「でも、目の当たりにして生き延びた希少な存在ではある」
「今までも少なからずいたわよ」
「言葉は交わしたの?」
「会話ってほど交わしたわけじゃないけど、そうね。お前等は依頼内容に含まれてないから見逃す、みたいな」
「依頼というのが商王モーマニーと王女サラの暗殺だとして、その依頼人なら探し出して殺せるかもね」
「少なくとも、<最悪の災厄>を相手にするよりは、よほど賢いし成功率も高そうね。だけど、モーマニーやサラ様を狙うような輩はそれこそ世界中にいただろうし、側近だった他の豪商達が逃げ散ってしまった今、その依頼人を探し出すのはとっても難しいと思うわ」
「でも、リーは探し出すんでしょ?」
「そうね。連中を探し出して復讐する。殺す前に<最悪の災厄>にどうやって連絡を取り依頼したのかも確認できるしね」
「勝てるとは思ってるの?」
「正直、無理だろうなってのはわかってる。でもだからこそ、あなた達のお師匠様なら、不可能を可能にする何かを発明してくれるんじゃないかと思って来たのよ」
「それは、テューイさんの助言?」
「そうね。私が復讐をあきらめないって言ったら、トウイッチならもしかしてって。あの<穀潰し>を作ったのもトウイッチだったし、他にも世界の歴史に名が残るような何かを作ってきたらしいわ。その実物の大半はもう失われてて、確認できるのは<穀潰し>の他はほとんど残ってないみたいだけど」
ザギは、ビブを真似て腕を組んで考え事をしていたが、
「リー、トウイッチに頼りすぎるの、良くないと思うぞ」
と言って、エミリーを驚かせた。
「どういう事なの?」
「口で言うより、実物で見せた方が早い」
ザギは席を立ち、自分の訓練スペースの壁際に積み重ねられた用途不明な何かの山を漁ると、二本の腕と二枚の盾の付いた得体の知れない何かをエミリーの前まで引きずってきた。
「ビブ、着るの手伝って」
「了解、ザギ」
エミリーの見ている前で、ザギは二本の腕の合間にある背甲に寝そべり、ビブが跳ね上がっていた胸甲を閉じ、背甲と胸甲とをバックルで留めると、ザギはビブに背中を押してもらいながら苦労して立ち上がった。
「強そうに見えるわね。それこそ、ファボなんてぺちゃんこに出来るくらいに」
十三歳の子供くらいの身長のゴブリンの両腕の外側に人間の物よりもだいぶ太い鋼鉄製に見える両腕を備え、背中から生えている別の二本の腕が二枚の丸い盾を支えていた。
「外部装甲ってトウイッチは呼んでる。見た目は、おれも嫌いじゃない、けど」
足下をふらつかせながらザギは訓練スペースに戻り、
「何でもいいから投げてみろ」
とリーに言った。
「何でもって何でも?いきなりそう言われても」
戸惑ったエミリーは、握っていたスプーンを投げてみたら、太い両腕の一本に見事に受け止められた。
「もっとだ」
「えーっと」
「いいや。見てて、リー」
ビブが訓練スペースの壁際に積まれたがらくたらしき物を前後左右から次々にザギに投げつけても、二枚の大盾がその悉くを弾き返した。
だが、そこにザギの意志は無いようで、腕と盾が勝手に動くなかで倒れないように踏ん張るのが精一杯らしかった。
「リー、おれに、短剣を思い切り投げつけろ」
「その外部装甲とやらが勝手に防いでくれるんでしょうね?」
「そうだ。だから安心しておれを殺すつもりで投げろ!」
「まったく、知らないからねどうなっても!」
そうは言いつつも、エミリーは片手に残っていたフォークをザギの顔に向けて、続けて短剣をザギの太腿に向かって投擲した。
ほとんど同時にザギに命中するかに思えたフォークを盾の一つが防ぎ、盾が届かない腿への短剣は太い左腕が手のひらの指の間に挟んで止めてみせた。
「すごいじゃない、それ!」
「ザギが人間の戦士よりも強くなりたいって言ったら、トウイッチが面白半分に作ってくれたけど、使ってない」
「どうして?」
「リーは、自分の腕や盾が思い通りに動かなくて戦えると思うか?」
「・・・・・」
「トウイッチの名誉の為に補足しておくと、太い両腕はザギが自分の腕を動かした通りに動かせるし、二枚の盾も思い通りに動かす事が出来るけど、それは四本の腕を同時に動かせっていうのと同じ事なんだ」
「それとな、これ着てると、着てる誰かが倒れない様に倒れないように外部装甲が四本の腕の動きでバランス取ってくれるんだけど、そんな勝手な動きされたら、戦いたいように戦うなんて出来ない。ビブ、脱ぐの手伝って」
「はいはい」
ビブの助けを借りてザギは寝そべった状態から外部装甲を脱ぐと、無造作にそれをがらくたの山の上に放り投げた。
テーブルの席に戻ってきたザギにリーは意地悪な質問をした。
「でもさ、あれ着てれば、<穀潰し>だって使えるかもよ?」
「それ、ザギも考えたけど、無理。何も持ってなくても振り回されるのに、あんな重い物持ったらもう戦うどころじゃなくなる。いきなり襲われてもすぐに着られないし、あんなのずっと着てもいられないし」
へぇ、とエミリーは感心した。知識的な面は確かにビブの方が秀でているが、ザギは自分の体と動きを通して得た知見を見事に活かしている。やたらと強い武器や魔法の品々ばかりを求める人間よりもザギは前を進んでいるかも知れない。
「つまり、あんたはこう言いたいのね。トウイッチが何かの指針を与えてくれたり、ものすごい何かを作ってくれるかも知れなくても、それが役に立つかどうかは分からないって」
「そう。ザギ、偉い、賢い?」
「自分で言うもんじゃないのよ、そーいうのは」
でも、人間の子供と見比べても愛くるしくなくもないゴブリンの頭を、エミリーはぐりぐりとなで回してあげた。
「さ、それじゃ明日は私専用のスペースを掘ってもらうから、もう寝ようか」
「そうだね。ビブも明日はファボを実験台にいくつかの薬試したいし」
「毒はだめよ、ビブ」
「分かってる。ゴブリンに効く薬が人間にも効くか試しておきたいし」
「リー、一つ教えておくよ。ビブが何か薬の小袋差し出したら、まずはビブ自身に一舐めさせてみろ。毒の場合はそれでビブが引っかかったりする」
「あー、ダメだよ教えちゃあ。ひどいなぁ、ザギは」
「どっちがよ」
エミリーは苦笑しつつ、お茶の入ったコップを洗って片づけ、さて寝るかと思って昨日も寝転がったスペースに落ちてたゴミを拾い、食材屑を捨てた屑籠に捨てたのだが、その時になってふと気が付いた。
「そう言えば、掘った土ってどうやって外に捨ててたの?」
「んっと、転移装置で」
「言われてみればそうだよねって納得するしかないんだけど、もしかして、外から中にもそれで入れたりするの?」
「そうだけど、普段は使ってないし、トウイッチが登録してくれた誰かにしか使えないから、リーには無理だよ」
少しだけがっかりしたものの、エミリーは尋ねた。
「どうして普段は使わないの?」
「目立つことはしないに限るからだってさ。穴からごそごそと出入りしてる方が、いきなりどこからともなく現れたり消えたりするより警戒されないだろうからって」
「もっともらしいような、らしくないような・・・」
あんな外部装甲とやらも、当然木の幹の穴を通れないし着た状態で縄梯子の扉もくぐれないだろうから、この家の内部に詰め込まれたほとんどの物は考えてみればそうやって内部に運び入れたのだろうとエミリーは納得した。
「それじゃおやすみ、リー」
「おやすみなさい、リー」
「ええ、おやすみなさい、ザギ、ビブ」
相変わらず一息で寝入っている二匹の姿に安堵して、エミリーは彼らに自分の本名くらいは教えようかと悩みつつ、程なくして彼女もまた眠りの中に落ちていった。
章カウントが間違っていたのを訂正(第四章→第五章)