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第三十六章 乱入者と旅立ちと

 スライムとの戦闘と後片付けが終わり、ロザルやビブ達が姿無き声から飛空船の構造と操作方法について教授されている時、彼らは唐突にやってきた。

「何なんだ貴様等は!?控えおろう!我こそがこのイアーリアを継ぐ正当な主、デュアンゴ十六世である!」

 ロザルもビブも、いったい何が起こったのか直後には理解出来なかったが、金ぴかの装飾品をたくさん身につけたノームの背後には十人以上の配下の者達と、三層の番兵機械と比べてさえ尚大きく凶悪そうな八本足と四本腕の機械が控えていた。

 ロザルやキーブー、そしてビブは、さっと小声で相談した。

「たぶん、この都から離れた王侯貴族の末裔。障害が排除されたと何らかの手段で認知されて、様子を確かめに戻ってきたのだろう」

「だとしても、障害を排除したのは我らだ」

「面倒な事にならなければいいんだけど、たぶん無理だよね・・・」

 ゴブリンのビブが飛空船の艦橋にいるのを見咎めたデュアンゴが唾も飛ばしながら叫んだ。

「なぜここにゴブリンがいる?汚らわしい、排除せよ!即刻だ!」

 物騒な短身の銃を構えたデュアンゴの配下がビブ達に迫ると、ロザルとキーブーが立ちはだかった。

「お前等、遅れてきて何を言っている?ここにいるのは、この都を救ってくれた大恩人だぞ?」

「何をばかな。お前等こそどこの誰だ?ここは王侯貴族か選ばれた者のみが入れる区域。その中でも飛空船に入り込むなど度し難い所行、許されるなどと・・」

「お前等こそ黙れ。我らは姿無き声と交渉し、正当な資格を与えられてここにいる。枯渇した燃料は障害となっていたスライムを駆除する事で一年分は確保された。ここにいるゴブリン達のお陰でだ。お前達がその危機を回避する為に何をしたというのだ?」

 言い返せなかった手下達は、主であろうデュアンゴを振り返ったが、それがさらに彼を刺激した。

「ええい、かつての偉大な祖先達で成し得なかった事をたかがゴブリンが成し遂げられる筈が無い!」

「だったら姿無き声に訊いてみるがいい」

「くっ。おい、イアーリアの後継者たる資格を持つデュアンゴが問うぞ!この者達が申している事は真実であるか?」

「真実です。イアーリアでも高等技術者として名を連ねる者達を母に持つロザル、そして市民キーブーとともに訪れたゴブリンや人間達によって、この都市が廃棄される事になった障害、スライム達は鉱脈から一掃されました」

「ななんぬあんと!?いったいどうやってだ?」

「私にも解析不能な手段によってですが、長年の間スライム達に蓄積された鉱脈の物質によって、都市の当面の活動に必要な資源は確保されました」

「ぬうううっ。お前がそう云うのなら疑いようも無いのだろう。だがしかし!その飛空船は限られた者のみが乗り込み操る資格を持つ物!お前達には」

「私が許可しました。あなたにその決定を覆す資格はありません」

「何だと!?お前に何の権限があって」

「はい。私の権限ではなく、この都が棄てられる時に立てられたノーム指導者達の間の誓約によってです。曰く、この都を再び蘇らせた者こそが、この都の新たな指導者の資格を得ると」

「だが私こそが正当な血統を継ぐ」

「ノームで血統は尊重されない事をお忘れになられましたか?それは優れた技術や実績などによって裏打ちされて初めて評価を長らえます。裏打ちされなければただの看板倒れでしょう」

「ぐぬぬぬぬ。それで、貴様等はその飛空船をどうするつもりなのだ!?」

「ここからおよそ三日ほどの距離の場所へと飛ぶ。無事に済めばまた帰ってくる」

「何をしにだ?」

「それをお前が知る必要は無い」

「無礼なっ!」

「お前なぞ本来なら口を利ける立場には無いと思い知れ!」

 短身の銃を構えた者達がロザル達に銃口を向けたが、ビブが彼らのすぐ側にまで歩いていき、銃身に手をかけていった。

「ぼく達にあなた達をどうにかする気も、この都をどうにかしたい気もありません。ただ数日、飛空船を使わせてもらえれば、それだけで十分なんです」

 デュアンゴの配下の者達は、それでも銃口をビブに向けて引き金を引こうとしたが、銃身は元素(オルガ)へと分解され、武器としては役に立たなくなっていた。

「おのれ、何をした!?」

「対魔法防御は施してあった筈だ!」

「魔法っていうのかな。元素を操作してつながりを断っていっただけだから」

「ニーチャ、ハテニュ、いったん引くのだ。スライムを倒したというのなら、一筋縄ではいくまい。先ずはこの都市の現状を把握するのだ」

「ははっ」

「おい、お前、覚えてろよ!」

 デュアンゴの手下達に睨まれ捨てぜりふを吐かれ、テュアンゴ達は去って行ったが、ビブ達は出立を早める必要に駆られ、都市の全権限が掌握される前に、少なくとも飛空船を都市外部へと乗り出しておく事にした。

「幸い、燃料の補給や整備は終わっている。後は人や食料とかだけだな」

「鉱脈の探索に出てもらってるザギやテューイやエミリー達を呼び戻さないと」

「浮遊機械を何機か姿無き声に回してもらおう。最悪、ザギ達が戻る前にも飛び出すぞ」

「そうだね。飛空船はこちらの手にあったとしても、頭上には湖とか荒れ地の地層とかもある訳だし」

「姿無き声よ。先ほどの者達が、我らに与えられた権限や資格などを剥奪してしまう事はあり得るのか?」

「あり得ます。ノームの指導者には、この都市の管理機構が異常をきたしたとみなした時は、初期化再起動する権限が与えられていましたから」

「ならば、この飛空船を先に運び出しておく事は可能か?」

「可能ですが、急いで下さい。先ほどの者達は、今まさにその初期化が出来る装置へと移動しています」

「急ごう」

 ビブの意見に反論する者はおらず、ロザルの要請により飛空船は天蓋部分が透明な殻に覆われ、格納庫から湖水の只中へと動く床によって運ばれていき、駆動音と振動が響いたかと思うと湖面へと上昇し始めた。

 湖面から地下大空洞の天井部まではほんの僅かな距離でしかなかったが、きしみを上げて楕円形の空洞が頭上に開いていった。

「このままっ!」

 おそらく最後の一枚が開いた先には青空が覗き、左右に引き込まれていく蓋の上に積もっていた土砂が降り注いだが、飛空船は構わずに上昇を続けた。

 地表まで後わずかという所でほぼ開ききっていた蓋が閉じ始め、飛空船の左右ではばたく翼がかかりそうになった。

「翼が無くなったら」

「畳むんだ、ロザル!」

 キーブーの声にロザルも即応。船体の左右にぴったりとくっついた翼でもぎりぎりの幅をすり抜け、地表へと飛び出してから再び翼を展開して、飛空船は空へと逃れた。

「ひゅ~。危なかったね」

「とりあえず、イージャ達を収容しよう。最悪、あの番兵機械が全部ザギ達に向けられる可能性も有るし」

 ロザルとキーブーが操る飛空船は、イージャ達が留まっていた入り口近くへの地表に浮かんだ。ビブが降りていくと、イージャとウルベと留守番を守っていたゴブリン達が駆け寄ってきた。

「中の様子は?」

「お主達の空飛ぶ船が飛び出してきたのと同じ頃、入り口も閉ざされて開けなくなってしまった。今ここにおる者達以外は、全員閉じこめられてしまった」

「ザギ達は?」

「坑道へと付き添っていた者がおるし、姿無き声も浮遊機械を同伴させておったから状況は伝わっておる。ザギ達は鉱脈から直接外へ出る抜け道へと案内されたようじゃ。だが・・・」

「そうだね。クルトやアビエトさんやラヌカルさんとか、ファボやクルコさん、ここにいないゴブリン達は」

「ああ、捕らわれの身となった。未だ無事ではあるようだが」

「とりあえず、ザギ達と合流して、それから対策を立てよう」

 船体の長さがおよそ30メートル、幅が6メートル、翼を広げた幅がおよそ20メートルほど。船体には100人以上が余裕で乗れそうなほど大きかった。

 イージャ配下の者との感覚共有や、ビブとザギの互いの存在感知を併用して、一時間もかけずにザギ達とは合流出来たが、その後の行動をどうするかで意見が別れた。

「ミミシュを助け出すってのに、クルトのおっさんは一番の当事者じゃねえか。なら、助け出して連れてくしかねぇだろ」

「待ってよザギ。ガルドゥムは誓いを立ててる。クルトとの果たし合いはミミシュも望んではいない。むしろいない方が二人の殺し合いは避けられる」

「だからって連れてかない訳に行くかよ!」

「ザギ、落ち着くんだ。取り返しに行くとして、あの数の番兵機械は厄介だ。ノーム王侯貴族の末裔というなら、どれほどの魔法の品々を手にしているかも分からない。それで今ここにいる誰かが命を落としたり虜囚とされたら、それこそ取り返しがつかないぞ?」

「そりゃそうだとしてもよ。もし首尾良くグリラとか<最悪の災厄>をどうにか出来てすぐ帰ってきてもみんな殺されちまってたら、こっちも取り返しがつかないじゃねぇか」

 その後の話し合いもぐるぐると同じ様な内容が続いた後、エミリーが言った。

「ミミシュは、クルトには死んで欲しくは無いと思う。だからこそ望んでなかった子を産み育てるという誓いを立ててまで、ガルドゥムにクルトを狙わせる事を諦めさせたんだから」

「それも分かってはいるさ。だが引き返せば妨害は免れない」

「この都をあいつらがどうにかしたいって言うなら勝手にしろってだけなんだけどな。どーして邪魔するかなー」

「ゴブリンや人間達に助けられて、自分達の祖先もどうにも出来なかった問題が解決されちゃったのが我慢出来ないんだろうね」

「ノーム同士だとしても、連中は手柄を取り上げてしまっただろうがな」

 う~む、と一行が頭を悩ませていると、飛空船の艦橋内にデュアンゴの声が響いた。

「おい、聞こえるか、反逆者達よ!」

 ザギ達は顔を見合わせ、ビブが答えた。

「聞こえるけど、そっちにもこっちの声が聞こえる?」

「ああ、聞こえておる。いいか、お前等の仲間の身柄は抑えた!残念ながら全員では無いようだが、連中の命を助けたくば即刻投降し、飛空船を返せ」

「・・・その後は?」

「ふん、勝手に飛空船を持ち出した罪は、この都市の危機を救った手柄と相殺にしてやろう。全員この都から立ち去り二度と戻ってくるでない」

「ふざけるなっ!そんな取引が見合っているものか!」とロザルが憤り、

「何も出来なかった愚図の能無しが。我々も用事が済めば飛空船は返すと言ってあるだろう。人質はそれまで預かっておけ。もし一人にでも手をかけてみろ。この飛空船は返されぬし、お前達の所行は世界の隅々に散らばったノーム達に残らず触れて回ってやる!」キーブーも脅迫した。

「そ、そんな事が、出来ると」

「思うさ。こっちは飛空船に乗っているんだからな」

 ぐぬぬとロザルとキーブー、デュアンゴの双方が唸りあうような間が空いてから、ザギが提案した。

「なぁ、お前よ。要は手柄が欲しいんだろ?」

「ぶぶぶ無礼な!誰だお前は?」

「俺がそのスライムを倒したゴブリンだよ。他のみんなにも手伝ってもらったけど、直接倒したのは俺だ」

「事実です」

 通信機の両側で、姿無き声が双方に返答した。

 ビブはそれで一つの可能性を考えたがこの場では黙っていることにした。

「よう、どうなんだよ?手柄はくれてやる代わりに人質は返せ。用事が終わったら飛空船も返してやる。お前に損な事なんて何も無ぇだろ」

「人質を返したら、もう戻って来ぬかも知れぬ。我らの手の届かぬところでお前達が手柄を吹聴して回れば、もう取り返しはつかぬ・・・」

「だからって誰か一人でも残してけばもっと面倒になるしな。こーいう時はあれだ、決闘しようぜ」

「何をばかな」

「お前はさ、自分の体面のが大切なんだろ。人質の命がどーなろーが知ったこっちゃ無いんだろ?」

「もしそうなら、どうして決闘なぞ受けると思うのだ?」

「もし受けなけりゃ、俺達は言いふらす。ノームの都を取り戻したのは誰かってな。そんで遅れて手柄だけ横取りしようとしてきたのが誰で、その恩人に対してどんだけ酷ぇ事をしようとしたのかをな。お前が人質を殺したとしても取り返しはつかねぇ。恥の上塗りになるだけだし、用事が済んだら、お前は俺が絶対に殺してやる」

 本気で凄んだザギというのは、ビブにとってもあまり記憶になかったが、交渉の主導権を握って相手に渡そうとしていないのは明らかだったので、口をさし挟まなかった。

「・・・決闘を受けたとして、勝った時と負けた時の条件はどうなる?」

「こっちが勝った時は、人質は全員連れていく。用事が済めば飛空船も返してやる。負けた時は、人質の大半は置いていく。ただどうしても連れてかなきゃいけない奴は連れていく。こっちにも譲れない用事があるんだよ。用事が済んだら戻ってきて、飛空船と人質は交換だ。人質が全員無事に戻ったら手柄も都もお前の好きにするがいいさ。俺達にはどうだっていい」

「決闘と言ったな。こちらがお前を殺してしまった時はどうなるのだ?」

「そん時はそん時さ。別に逆恨みはしねぇ。残った仲間がお前を狙おうともしねぇよ。人質に手を出したり約束を破ったりしなけりゃな」

「一つ、条件を変えろ。こちらが負けた時、人質は渡そう。だが手柄は」

「いいよ。くれてやる」

 そうしてザギとデュアンゴは決闘の時間と位置などを決め、通信を終えた。

 ビブは電気の元素(オルガ)の流れから、通信を行っていた機械の動作が停止している事を確認してから、誰にともなく問いかけた。

「姿無き声よ。いるんでしょう?」

「はい。おります」

「あなたの記憶は維持されている?」

「デュアンゴに出来たのは、私を初期化再起動し、自らを都市の第一管理者として設定する事でした」

「じゃあ、ロザルやキーブーやぼく達に対する権限は取り上げられた?」

「はい。しかし直前に私が記憶の複製(バックアップ)をこの飛空船の電子脳内に行いましたので、この飛空船に限って言えばデュアンゴの支配は及んでいません」

「最悪、都市内の番兵機械とかを総動員して、決闘の結果がどうなろうとぼく達を皆殺しにしてくる事とか、あり得るのかな?」

「あり得ますね。場所に指定されたあなた方が入ってきたのは21番ゲートですが、各ゲートの周囲には、侵入者を背後から襲撃できるよう、番兵機械達向けのゲートが複数隠されています」

「知らないで決闘に臨んでいたら皆殺しにされてたかもね。ありがとう」

「いいえ。あなた方がイアーリアの危機を救って下さった恩人ですから」

「何のかんの理由付けて、人質を全員連れてこない可能性もあるよな」

「相手の罠を全部叩き潰したとしても、悪足掻きするかも知れないよね」

「事情を分かってなくても、もし負けたりしたら、たまたまクルトさんを相手側が残すよう言ってくると面倒だしね」

「なあ、俺達を逃がしてくれた坑道以外にも、秘密の出入り口みてぇのあるんじゃねぇの?それこそ、あの王侯エリアってのに直結してて、権限の上書きてぇの?出来る場所とかによ」

「坑道などからだと厳しいですね。いくつもの扉を開け閉めしている間に気付かれてしまうでしょう」

「では、転移装置ならどうだ?ノイングシュタットにもあった」

「・・・可能でしょう。デュアンゴもそこまでは気が回っていなかったのか、イアーリアから各疎開先に設置された転移装置は起動されたままです」

「ここからノイングシュタットまで行って帰ってくるまでにどれくらい時間がかかる?」

「一時間はかからないでしょう」

「なら、間に合うかな」

 ビブやザギ達は移動中にもさらに作戦を詰め、転移装置を使って内部から潜入する人員を選択。キーブー達の故郷の人々は突如現れた飛空船に騒然としたが、潜入部隊を下ろしてからは、すぐにイアーリアへと引き返し、約束の時間にはザギ、テューイとエミリーの三人のみを降ろしてすぐに上空へと退避した。

 決闘開始前、飛空船を外へと飛び出させた蓋が左右へ開き、そこから天板に乗せられた八本足に搭乗したデュアンゴと手下達が姿を現した。

 デュアンゴは、最低限の人数しか降ろさず、遙か上空へと遠去かっている飛空船の姿を見て舌打ちしたが、ザギとテューイとエミリーを取り囲むように手下達を散開させ、自らはザギの50メートルほど前方に停止した。

「人質はどこだ?」とザギ。

「決闘に巻き込まれて死なれても面倒だろう。終わったら必要になった分だけ返してやる」

「ふん、だったらどうして手下連中を連れて来たんだ?」

「少なくとも我は自分の手駒を傷つけるようなヘマはせんからな」

「んじゃ、始めっか?」

 軽く屈伸したザギを見て、デュアンゴは念を押すように尋ねた。

「お前を殺してしまっても、恨むなよ。復讐も無しだ」

「あー、そん時はそん時だよ。気にすんな」

「ならば心おきなく」デュアンゴは八本足の胴体や四本腕に仕込まれた数々の武装を展開し、「死ぬがいい!」と過剰なほどの攻撃を降り注いだ。

 大口径の銃弾を絶え間なく連射する中には様々な魔法の障壁を打ち破る細工が施された物がランダムなタイミングに混ぜ込まれ、炎の玉、雷撃、風刃、さらには逃げ道を塞ぐようにザギを背後と左右を巨大な土壁が出現して遮っていた。

 雨霰とつぎ込まれる攻撃は膨大な爆炎と粉塵を巻き起こし、デュアンゴの手下達からすれば、無謀な決闘を挑んだゴブリンが跡形も無く消え失せていても、それは当然の結果として捉えていたが、対峙しているデュアンゴはさすがに違った。

「真下か、速い!」

 八本足からの攻撃に紛れるように超加速して飛び込んできていたザギの初撃をかわしたのはデュアンゴの操縦ではなく、八本足の自動制御システムによる回避行動だった。

 最初の連撃が空振りに終わり、腹の下に潜り込まれた事を察知したデュアンゴは、後ろへと跳びすさったが、ザギはその間に装甲の継ぎ目にピックを突き当てていたものの、負わせられたのはひっかき傷といった所だった。

 ちらと背後を振り返ると、テューイもエミリーも無事で、周囲に展開した手下達が余計な手出しをしないように睨みを利かせてくれていた。

「へ、まだハンマーが当たる分、スライムよかやりやすいかもだけど、当たる事が意味無い分、<最悪の災厄>への練習台にはなるかもなぁ」

 距離を取った八本足からは絶え間なく銃弾が浴びせられたが、弾着によって巻き起こる粉塵でザギを見失わないようその勢いは制御されていたし、ザギの逃げる先に重力操作がかけられたが、ザギは<親指潰し>の機能で相殺し、その効果範囲と程度などを推測していった。

 最初の激しい攻防からは一転して、互いの手の内を探る小康状態になったが、ザギは何度か敵の脚や胴体に打ち込んでみて、相手の重みを奪えない事を確かめた。

「強引に浮かべたりするのは出来るかも知れないし、ひっくり返せるかも知れないけど、あんま意味無さそうだよな」

 その程度で倒されるようでは王侯貴族なんて連中が中に乗り込めるようにされて無いだろうしとあてもつけ、相手の攻撃をかわしいなしながらザギは考えた。

 外部からの物理的な攻撃が効かなくても、中に乗り込んでいるデュアンゴの魂の尾を切れば決闘には勝てたろうけれども、それは練習にならないとザギは選択肢には含めなかった。

 もう一つの手としては、ビブがやっていたような物体の元素への分解だが、あれはあれで元素の取り扱いが非常に面倒なので、見様見真似では、少なくとも今のザギには出来なかった。

 魂を持たない存在を消滅させるにはどうすればいいのかも、今のザギには分かっていなかった。それでもハンマーを振れば当たるし姿は見えるし、相手の攻撃をかわせる。ザギを捉えようと八本脚の胴体上部から放たれた蜘蛛の巣のような網も、視界を完全に奪う範囲魔法をかけられても、肉眼だけに頼る戦いは卒業していたザギには通用しなかった。

 八本脚の動かし方加重のかけ方体の向きの変え方から攻撃の方向もだいたい知れたし、今までにない装置が解放されて新たな元素(オルガ)の流れが生まれれば、攻撃が放たれるまでの間にそれがどんな性質の物なのか、ザギには先読み出来ていた。

 <最悪の災厄>にそんな甘い事は期待できねぇし、そろそろ何とかするか。

 この決闘の前に、テューイから受けたアドバイスは、武器も魔法も効かなかったとしても、物理効果が全く効かなくなる訳ではあるまいといったごり押しの作戦と、ロザルやビブからはもっとわかりにくいアドバイスというより提案を受けていた。

「<最悪の災厄>が魂持たないとしたら、それは生命というより、たぶん、機械や道具に近いと思う」

「この世界の存在に働きかけるのに、依り代が必要だって話だしね」

「その話は、せいぜい操り人形くらいに考えておいた方がいい。人形を倒しても、操ってる相手倒せる訳じゃない」

「でもよ、そもそも<管理者>だって、どっちかって言えばこっち側じゃなくてあっち側にいる存在なんだろ?分裂したっていうくらいなら<最悪の災厄>もそうだろうし」

「うむ、だから呪いとか流し込むという案が出ているし、それはそれでいいと思う。ザギが直接対面してどうにかしないといけないのは、依り代。魂を持たぬ存在。武器も魔法もすり抜けてしまうだろう何かを倒せないと、たぶん先に魂の尾を切られるなりして終わる」

「切られなくてもあっち側とつながっている蓋を閉じられるとかな」

「それで魂持たぬ存在をどうするかだが、逆に考えてみる。偉大なるノームの技術者達、魂持たぬ存在に魂を込められるかも研究していた」

「それは、うまくいったの?」

「魂や人間そのものを創り出せたかというと、否だ。ただし、彼らが精魂を込めて生み出した道具や魔法の品々には、普通では得られない効果が付与されてることもあった」

「なんかすげー魔法の効果とか?」

「そういうのはありきたりの物だ。そうではなく、聞いたことないか?自ら意志を持つような伝説的な魔道具などの存在を?」

「あー。トウイッチの本とかで、そんな話は見聞きしたような。人を殺しすぎて、持ち主が誰だろうと誰かを殺そうとさせる魔法の剣の話とか」

「それはノームからすれば失敗作だったろうがな。だがこの話を逆に考えろ。元々は意志が無かった物に意志が込められたのだ。ならば」

「逆の事も出来る筈だな」

「でもどうやって?」

「それこそ、意志の力でしか出来ぬだろうな。それも闇雲に願うのではなく、対象の何かに食い込み埋まり込んでいるだろう意志を引き抜いて無効化するような、そんな荒業(あらわざ)だ」

「魂の尾を切るのとはまた違うだろうけど、それなら確かに<最悪の災厄>と依り代の間の関係は断てるだろうし、何度依り代をさしむけられても少なくともやられるだけにはならないかも」

 そんな会話を思い出しつつ、ザギは意識を一段階上に上げた。地中の太い管を通って、都市内にいた番兵機械達が地表へと姿を現すタイミングを待ちかまえているのが知覚出来た。

 八本足の体内を巡る元素だけでなく、様々な武装が装填されたり、操縦するデュアンゴの悪態や呼吸まで感じ取る。もちろん、あちら側へとつながる魂の尾もだ。ザギは流れ作業の様に、あちら側からデュアンゴの魂へと縁を結び、さらにその先、意識の流れが八本足へと伝わる接続箇所を見極めた。

 何本もの棒や踏み板、さらに鍵盤のような何かを叩きながらデュアンゴは八本足を操作していたが、ザギはその全てをどうにかする必要は無かった。デュアンゴの伝えた意識の流れ、命令の塊は、八本足の胴体の中央部において、厳重な装甲で守られていた。

 おそらく外から何度ハンマーで叩いても、それこそテューイの<穀潰し>のピックで十度貫いても達するかどうかという場所。

「これで終わりだ、忌々しいゴブリンめ!」

 また一際複雑な操作をデュアンゴが鍵盤に叩き込み、八本足の中枢に伝えられる。命令を受け取った八本足は脚の付け根に備えられていた重力を制御する機械の向きを反転。その巨体を中空へと浮かばせた。

「どうだ!虫けらのように焼き殺されるがいい!」

 八本脚の胴体下部に開いた大穴から重力の球が射出され、地表面で炸裂。その周囲に重力の檻を展開してから属性の異なる魔法の凄まじい連打。まさに相手が数メートルの巨体を持つオーガだろうと何だろうとその手の届かぬ高さから圧倒的な暴力で粉砕する攻撃だった。

 だが、八本脚が重力制御を逆向きにする前にはザギはすでにその胴体の背中に乗っていた。

「存在しないけど、存在する何か、か」

 物理的に装甲版を剥がしてという手段は選ばなかった。縁を通じ、デュアンゴの意識の流れを通じ、その命令が伝えられる先へと自らの意識を潜り込ませ、その接続経路を断った。具体的には接続されている線を引き抜くような動作だった。

 初めての事でうまくいくかどうかわからなかったが、地上への乱打が止んでいた。操縦席では、外傷が無く、内部への損傷も無いのに、一切の命令を受け付けなくなってしまった機械にデュアンゴはパニックに陥っていた。

 反転していた重力の支えも失った八本脚は地表へと落下。それなりの重量物だ。魔法により重みや動きや衝撃を制御していた支えを失った今、物理的な衝撃で脚の大半は折れたりねじ切れたりしていた。

 腕の大半は無事だったので戦う力は残っていたかも知れないが、操縦者の意識が衝撃で失われていたので、八本脚はぴくりとも動かなくなった。

「さーてと、この決闘、俺の勝ちだと思うんだけどよ?」

 ザギが八本脚の操縦席背後をいろいろいじっていると、上半身の背中が開いたので、ザギはデュアンゴを引きずり出した。

「そのお方に手を出してみろ!お前らの人質も全員殺してやる!」

「つーか俺が勝ったんだから、人質はもう解放されてるんじゃねーの?」

「バカめ!下賎なゴブリンとの約束を我らが守ると思ったか?お前等を殺し飛空船も取り戻す」

 すると、地表のあちこちから番兵機械達が出現し、ザギ達の周囲を十重二十重に包み込んだ。

「さあ、生きている内に投降し、飛空船を呼び戻すのだ」

 デュアンゴの手下達が包囲の輪を狭めてきたが、その眼前に立ちふさがったのは番兵機械達だった。

「な、何を。お前等が捕らえるのは」

「ええ、あなた達ですとも。デュアンゴの王侯貴族身分はさきほど剥奪され、あなた達を含めて残らず犯罪者として登録されました」

 姿無き声が番兵機械達から響き、その両腕の武装を向けられ、自分達が処断する側からされる側に陥った事を理解した。

 デュアンゴの手下達が残らず武装解除され、特にデュアンゴ当人が身につけていた魔法の品々は、ロザルがその効果などを姿無き声に確かめつつはぎ取り、地底湖の底の先にある牢獄へと閉じこめた。

 ロザルやキーブーやビブ達は姿無き声と相談し、ノイングシュタットからノームの住民を一部でも連れてくるかどうかという判断は先送りにした。牢獄を除いた都市の全機能は、ロザル達が戻るまでの間はいったん凍結する事にした。

「半日近くは無駄にしたか」

「まあでも、完全に無駄では無かったんでしょ?」

「<最悪の災厄>と依り代との関係がどうなってるか次第だけどな」

「そんなのは誰も解明してないだろうから、下手に心配するだけ無駄だ」

 ロザルの言葉はもっともで、キーブーが飛空船の舵を握って、すでにザギが関知したミミシュ達のいる方角へと飛空船を進ませていた。

 ロザルは飛空船に乗ってからも、デュアンゴから奪った魔法の品々を、姿無き声とその効能などを改めて確かめて、最終的に二つの小さな品をザギとビブに示した。

 片方は極小の釣り針のようでもあり鈎爪のようでもあり、もう片方は何の変哲も無さそうな二股に枝分かれした枝のレリーフだった。

「それらは何?」

「どうしてその二つだけを?」

「この鈎爪は<蓋を開け閉めする物>(ポートオペレーター)、もう片方は、これまた希少な物だが、魂を分岐させる魔法の道具だ」

「それぞれどんな事が出来るんだよ?」

「<蓋を開け閉めする物>は、対象者に備わってる蓋を開け閉め出来る道具だな」

「すげえじゃねぇか」

「だが、使い方や副作用などは姿無き声にも確信は持てないらしいから、使うとしても注意が必要だ」

「もう片方は?」

「魂を分岐させる。おそらく、<最悪の災厄>戦ではこちらの方が重要になるだろう」

「分岐って、サラとエミリーみたいな事が出来るの?」

「それは分からない。最大の問題は、枝分かれさせた物を元に戻せるかどうかが分からない事だ」

「つまり、俺の魂の尾の先をビブの方に付けたり」

「もしくはそれぞれの魂の尾の先はそのままで、二人の魂の間につながりを持たせたりとか?」

「・・・もしその片方か両方が出来たとする。どちらか片方の尾が切られても緊急措置として誰かの魂に接続出来れば死なないで済むかも知れない。だがもしそうだとしても、元に戻れないかも知れないという危険性はどうする?」

「戻れないと、何がどうなっちまうんだよ?」

「正確には分からない。何せ、危険過ぎて実際に使われた試しがほとんど無いのだ」

「ほとんどって事は、有るんだね?」

「ああ。重罪人の死刑囚なんかを使ってな。その結果、存在が混じり合ってしまって戻せなくなったり、そうならなくても己の自我が保てなくなって発狂してしまったり」

「使い物になってねぇじゃんそれ」

「その通りだ。だからこそ偉大な発明品として遺されてきたものの、使用例が極端に少ないのだろう」

「ただ、まぁ、使いどころは有ると思うよ、うん」

 そうビブは請け合ってみせたが、詳細な説明はいざという時の為に秘密にしておくと決めたのと同じ頃、飛空船は大陸から果ての無い大海の上空へと達していた。


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