第四章 エミリーの告白
反省部屋に移動する間、ファボは後ろを振り向きたい誘惑に駆られる度に首のすぐ脇に乗せられた剣を見て諦め、
「どーこでだったかなー?あんな自分の好みいや理想の極致な美しさ拝見したら忘れるわけないんだけれども・・・?」
とつぶやいた。
やがてこんもりと盛り上がった森の斜面に頑丈な扉が設置されている場所へ行き当たり、開かれた扉の内側からは灯りが漏れていた。
内側を見たエミリーが正直な感想を漏らした。
「これ、牢屋に見えなくない?」
ほぼ円形の室内の両側の壁にベッドのように寝れるだろう窪みが設けられ、壁も床も天井もみっちりと石で覆われ、中央奥の窪みにはトイレらしき設備まで設けられていた。天井や壁の四隅には発光する岩が差し込まれていて、十分な明るさが保たれていた。
「もしかして客用にも使われてたりしないの?」
「めったに使われないぞ?」
「使われてるんじゃないの!私こっちでも良かったんじゃないのかなー」
ぶつぶつと検討しだしたエミリーにビブは言った。
「でもここは外からじゃないと鍵開けられない。内側からは閂かけられるけど」
「牢屋向きの用途に使われてるんだものね。全面石壁なのはどうして?」
「ゴブリン、爪鋭い。道具無くても土いくらでも掘り返せるから」
「なるほどね。それじゃ、あなた達の地下スペースの脇に、私用の客室ぽいの作る事もできるんじゃ?」
ザギとビブは顔を見合わせて言った。
「でも、お前ずっとここにいるのか?」
「トウイッチに聞いてみないと」
「当分はお世話になるだろうからね。よろしく頼むわよ、二人とも」
「ビブ、リーのぱしりじゃない。ぱしりなのザギとファボだけ」
「土掘るのは訓練になるからいいけど、ファボはあそこ通れるかなー」
「無理だろうし、あそこには近づけないでおきたいわ。それじゃぱしり二号は大人しく牢屋に入って・・・」
ザギやビブと対話していたエミリーの顔を、ファボは中腰になって下からじっと見つめていた。
「な、何よ。とっとと中に・・・」
「店に来たお客様でも、街中で見たんでもない。とすれば、外商か?お得意の貴族のご令嬢の方々には口コミで接触禁止例ががが・・・・なんてトラウマはこの際置いといて、だとすれば、王宮?父上や兄上の付き添いの荷物持ちで行った時か?」
エミリーはもう一刻の猶予も無いとばかりに戸口付近にいたファボの背を反省部屋の中へと蹴り込んだ。
前転して何回も頭を打って抗議の声を上げようとしたファボは、逆さまになった視界でエミリーを見上げて大声を上げた。
「閃いた思い出したぜいやっほうこれでもうお前等は俺に平服するしかねーぜ、んんん?」
「なんかこいつまた変になったけどどーするリー?」
ザギが見上げたエミリーの顔色は真っ青になっていたが、コボルトの子供達を慌てて反省部屋の外へと閉め出して扉を閉めて閂をかけた。納得のいかないグルル達は扉を激しく叩いて抗議するが取り合おうとするそぶりさえ見せなかった。
「どうしたんだリー?」
「へっへっへ、どこの誰とも知れない女が<穀潰し>なんて持ってる筈無ぇーよな?商王モーマニーの戦士団長テューイの武器だったんだから。元々モーマニーの直属の護衛だったテューイが王女サラの護衛につけられてしばらくして、モーマニーは暗殺され、商王が築いた豪商達の国は崩壊。後継者に指名されてたサラ王女も父親殺したのと同じ相手に殺された。テューイと<穀潰し>は行方不明のままだったけど、サラ王女が殺されたのは確からしい。じゃーなんでここにその<穀潰し>があるんだ?」
「何が言いたいの?」
「お嬢さん、口の効き方に気をつけな。俺が外の世界に戻ってこの事を言い触らせば、あんたはたちまちいろんな奴らから狙われる。決して逃げきれないだろうな。だとしたらこの俺様の扱いは、んん?わかるだろ?お前が何をすべきかも!」
「残念ながら、そうね。このバカは殺すしかないみたい」
「へ?何がどうしてそうなるんですかっ!?」
「あなた、今自分がどんな状態に置かれてるか忘れてるでしょ?」
「だから、はやくこの拘束を解いて、俺様と熱々な夜をたっぷりねっとりと過ごした後に二人で波瀾万丈な逃避行に」
「出る訳ないでしょ。テューイでさえずっと逃げ続けるのは無理だって断言してたんだから。ザギ、これ貸してあげるから、あいつ殺しなさい」
エミリーからファボの長剣を渡されたザギは尋ねた。
「どうしてだ、リー?こいつ、俺の練習相手になるのに」
「練習相手は私か、たぶんまた誰か紛れ込んでくるのを捕まえればいいでしょ。でもこいつはもうダメ。万が一逃げられたら私が危なくなるから」
考え込んでいたビブが言った。
「つまり、リーは殺されたサラ王女の関係者だったんだね。戦士団長がサラ王女じゃなくて、リーを守って逃げたっていうなら、普通に考えて答えは一つしかない。王女はサラじゃなくて、リーの方だったんだって」
「そ、そうそう!それしかないだろ!安心してくれよ!ぼくだってサラ王女が実は生きてたなんて言い触らすつもりはないんだ!ただぼくと来れば、その<穀潰し>はもったいないけど持ち歩かない方が安全だろうから諦めた方がいいだろうけど、普通の一市民として暮らせるよ!その方がきっと君にとっていい筈だきっとそうだ是非ともそうしようよ!」
「違う、そんな訳無い!」
エミリーは大声で否定した。
「私はサラ王女の身代わりだったの。影武者だったの!テューイが本物じゃなくて偽物について守ろうとしていれば、暗殺者だって騙せると思ったの!でもあいつは、モーマニー様とサラ様を殺した<最悪の災厄>はそんな小細工には騙されなかったの!隠れてたサラ王女を見つけだして、私たちの目の前で殺しやがったの!テューイもかなわないって言い切った。サラ王女は私なんかよりずっと頭が良くてずっとすごい魔法も使えたのに、<最悪の災厄>には全然歯が立たなくてあっさり殺されちゃったの!だから私は今は逃げてるけど、いつかあいつを倒してやるの!私なんかを守って死んじゃったサラ様の仇を討つのよ!」
言い切ったエミリーは、鞘から短剣を抜き、床に転がっているファボに歩み寄った。
「ね、解放してくれる雰囲気じゃないよねそれ?てやめてやめてやまて童貞のまま死にたくないというか好きな人にまともに告白する事も女の子と手つなぐことすらまだしたことないのに死にたくなーいい誰か助けてーーー!」
「あなたが私の復讐の邪魔になるなら、私はあなたを殺すしかないの。ゴメンね」
エミリーは申し訳なさそうに、後ろ手に縛られたファボの手を軽く握ってから、短剣を振り上げ、振り下ろした。
「手握ってもらったけどそれだけじゃまた死にたくなーーーっい!」
ファボが絶叫する間にもエミリーの短剣はファボの首筋めがけて振り下ろされ、ファボが死を覚悟した瞬間にかきぃんと音がして、その刃は別の刃に止められていた。
「何してんの、ぱしり一号?」
「こいつの命、今奪うの許さない」
「どうしてあんたがこいつを庇うの?あんただって殺されかけたじゃない?」
「リー、うれしそうな顔してない。つらそうな顔してる。だから止める」
エミリーの短剣を持つ手が緩んでファボの目の前の地面に短剣は突き立ち、ザギは短剣を拾い上げてファボの足の間を縛る蔦を切り、忠告した。
「ファボ、お前助けたの、お前のためじゃない。おれや、リーのため。それ、忘れるな」
ファボは安堵の余り涙も鼻水も垂れ流していたが、ザギの前に膝立ちになって感謝した。
「あああありがとうございまふっ!このご恩は一生忘れませんっっ!リー様の事も他の誰にも言い触らしたりはしませんから!誓います!」
「とりあえず逃げだそうとするなよな。そしたら殺さなきゃいけなくなるから」
「は、はいいいいっ!おとなしくしてなすですっ!」
「食事は、朝と夜に差し入れるから」
「ありがとうございますビブ様!」
ビブは照れたそぶりを見せてから、ザギとエミリーを反省部屋から連れ出し、外から鍵をかけた。
「ビブ様、中で何があったんですの?」
「俺たちにも教えろ教えろ!」
「教えないなら絶交だぜがううう!」
コボルト三兄妹に絡まれたビブはしばし目を空に泳がせてから、苦し紛れに嘘をついた。
「特に何も無かったんだけどさ、その、ファボがまたわけのわからないことを、特にコボルトのひどい悪口を言いそうだったから、みんなには外に出ててもらったんだ」
「なにいっ、これからでもぼこってやる!」
「三対一でタイマンしてやる!」
「もちろんあいつは手足を縛ったままね!」
「それタイマンて言わねーし。とにかくお前等が聞く必要は無い話だとおれも思ったぜ」
「それは、確かにね」
ザギとエミリーもビブの嘘を後押ししたので、三兄妹達はしぶしぶと引き下がった。
「ビブ様がそう言うのなら」
「ザギはともかく」
「そう、ザギはともかくとして!」
「お前らなあ。今からでも三対一でもぼこってやるぞ?」
「やめてよザギ。シルル達はもうすぐ帰らないと暗くちゃっちゃうよ?お父さんとお母さんも心配するでしょ」
ゴブリンの様に夜目は効かないコボルト達は、暗くなる前には家に帰るよう両親から言いつけられていたし、ザギとビブはその言いつけを守らせるよう協力していた。
「グーゴルラとフーメルにも、ファボの事伝えておいてね。間違っても殺さないようにって」
「わかった任せろ」
「任せろー!」
「ちゃんと伝えるわ、ビブ様!」
「じゃー寄り道しねーでちゃんと帰るんだぜお前ら」
ビブと自分の扱いの差に釈然としないものを感じつつも、ザギはコボルト達を家路につかせて、やれやれとため息をついた。
「聞かれてたら面倒な事になってたなー」
「だね。リー、良くやった」
「知る人は少ないほどいいから。あなた達も、誰彼となく言い触らしちゃダメだからね!」
「でもトウイッチと、それから三兄妹の両親には伝えておいた方がいいと思うぞ?」
「どうだろ。冒険者達とかが来た時に、知らないものは知らないって言いはれなくなるよ」
「私もビブ君に賛成かな。巻き込まれる人は少ないほどいいから・・・」
「でも、グーゴルラとフーメルにリーの事紹介はしておいた方がいいかな。全部伝える必要は無いけど、いざという時に助けてもらえると思うし」
「ん、じゃあそこはビブ君の判断に任せてみるわ」
「了解。今夜シルル達から話聞いて、明日の朝にはやって来るだろうから紹介するよ」
「腹も減ってきたし、そろそろ帰ろうぜ」
「そだね。鎖の足枷みたいのもトウイッチの作ったがらくたの中にあった筈だから、戻ってご飯食べたら探してみる」
もう薄暗くなりつつあった森の中をビブを先頭に二匹と一人は言葉少なに歩き続けた。
トウイッチの住処に着くと、ザギはエミリーに言った。
「おれは、逃げないからな」
「何のこと?」
「お前を追い出したりもしない。ファボが入ってこれたんだ。他の連中だってまたやってくるかも知れないけど、そいつらも倒しておれはもっと強くなってやる」
「でも、あんたがいくら強くなってもね。テューイでさえ戦わずに逃げるしか出来なかったのよ?」
「おれはテューイよりも、<最悪の災厄>てのよりも強くなってやるよ!」
力強く宣言するザギと呆れるエミリーの両方を見て、ビブは言った。
「とりあえずご飯の支度をしよう。ご飯食べながら、リーからもう少し詳しい話を聞いて、二人がいずれ目指すだろう<最悪の災厄>についてぼくが知ってることも教えてあげるよ」
「うっし、頼むぜ相棒!」
ばしっと背中を叩かれたビブが、痛いなーと文句を言いつつ、でもザギとほがらかに笑う姿を見て、<最悪の災厄>に人の身で立ち向かうという無謀さは、テューイよりも強くなるというゴブリンよりも無謀かどうか五十歩百歩だなとエミリーは苦笑いした。
「それじゃ私も料理手伝うわ」
「出来るのか、リー?」
「当たり前でしょ。王宮勤めになる前は、普通に家事の手伝いもしてたんだから」
そうして一人と二匹は夕食の準備にとりかかったのだった。
2015/9/25 誤字等訂正