第三十二章 戦いの後段と、ロザルの示唆
プヘルテがレーヴァを負かした事と、ザギ達がデギャン候を捕らえた事で、戦いは終結した。
オーガ達と少なからぬ人間達はデギャン候とその部下達の即刻の処刑を望んだが、身柄を確保したザギ達とその後見役とも言えるテューイの意向で、逃げ出した領民と彼らと暮らすオーガやノームやゴブリン達を二度と狙わない事を誓って死は免れた。
「だけどさ~。身代金とか鉄槌兵団への支払いとか、残ってる領民達にもっと重い税金課して取り戻そうとするよね~、この悪い奴は」
クルコに図星を突かれたデギャンは顔を真っ赤にして否定しようとしたが、
「あり得る」
「そうしない方がこいつとして不思議だ」
とグスタブやアジェンダに太鼓判を押されて窮地に陥った。
「部下の何人かを捕虜という形で同行させて、鉄槌兵団に取り立てに行ってもらった方がいいだろうな。領民達への重税や暴力や狼藉を禁止する誓いも立てさせた上で、ありったけの財貨をむしり取って、領民の間で分けさせればいい」
「さすがテューイの旦那!やる事が半端無ぇっす!うちも契約した分はきっちりもらいますけどね!」
「それでは我が侯爵家が窮地に陥るではないか?!」
「今すぐ地獄に落ちるのとどっちがい~い?」
クルコに短剣の腹でひたひたと首筋を撫でられ、
「じ、地獄で無い方を!」
デギャンに選択の余地は無かった。
鉄槌兵団の半数と少数の捕虜が先行して領地へ戻る事になり、プヘルテ達はオーガ達と、キーブーとロザルはノーム達と、アジェンダ達はデギャンに同行させられていた農兵を含んだ人間達と、今後の身の振り方を相談しあった。
イージャに謁見したゴブリン達は、大半を占めるオスが全員イージャの支配下に入った為、メスも全員イージャに従う事を誓った。だが、急激に群れを拡大する事を避けたいイージャの意向で、1/3ほどがトウイッチの森の側の巣窟へ同行する事になった。
オーガと人間とノームの三者の間で、ノーム達が最初に、譲れない条件を明らかにした。人間や、最大限譲歩してゴブリンとは共生出来る。が、オーガ達がここに残るなら自分達は去り、自分達が残るならオーガ達には去ってもらうという内容だった。
「無理も無いやね」
アジェンダはノーム達の要求も踏まえて討議したが、圧政が止むなら故郷に戻りたい者が半分近く、こちらの豊かさを見てしまい戻りたくはないという者が半分近くいて、差し引きの人数はあまり変わらなそうだった。
一番紛糾していたのがオーガ達だったが、中でも厄介だったのがゲベルで、イフェンテとは絶対離れたくない!と言い張り続けていた。
当のイフェンテは元の村よりはこちらの方が馴染んでしまったし、特に仲良しになったロザルとは離れたくないと言い、ロザルもイフェンテとはこれからも友達でいたいと言ったがオープフは絶対にいらず、オーガの顔も出来るなら二度と見たくはないと言い切った為に、三種族の交渉役を負かされたガンダとアジェンダとキーブーは頭を悩ませた。
「誓いを迂回する手段が無い訳じゃ無ぇし、オーガはつかず離れずくらいの距離に置いといた方がいいんじゃねぇの?」
とザギが提案し、
「そうだね。互いの間の行き来は絶やさず、人間やゴブリンに連絡役してもらえばいいだろうし」
とビブも賛同した。
「それよりもさ、俺はとっととロザルから呪術教わりてーんだけど」
「簡単に言ってくれるな。一夕一朝で身につく筈も無いのに」
「そしたら俺らもしばらくここに留まるか、トゥイッチの森に来てもらうしかないか~」
「お前達、トウイッチの森から来たのか?もしかしてお前の武器もトウイッチ作ったのか?」
ザギはちらりとビブと視線だけ交わしてから肯定した。
「だよ」
「もしかしてトゥイッチとも会えるか?」
「それは無いかな。ぼくやザギ達が直面してる試練を越えるまではね」
「越えられなければ死ぬけどな」
「だね」
あははと軽く自分達の死の危機を笑い飛ばすゴブリン達に他の者達は驚いたが、ロザルは決断した。
「わかった。私がついていこう」
「なら、俺も!」
「いいや。キーブーはノームをとりまとめてくれ」
「しかし」
「私、ここで生まれてから、ずっと、この辺りしか知らなかった。もっともっと広い世界見てみたい。トゥイッチの作品にももっと触れてみたい。そしたら、私も、自分を納得させる何かを作れるかも知れない」
「ロザル・・・。わかった。俺、待ってる。みんなの事、任せろ」
「ありがとう、ロザル。ザギに呪術教えたらあちこち見て廻って戻ってくる」
「一人で大丈夫か?」
「オープフに使わせてたこの魔法の布あれば大丈夫。小型の銃なんかも持っていけば、たいていの危険は何とかなる」
「わかった。無事で帰って来い。待ってるから」
ノーム同士で親愛の情を示す、相手の両肘を掴み、互いの両頬をすりあわせる儀式を済ませ、
「では、私の道具類取ってくる。ここで待っててくれ」
ロザルがそう言って立ち上がると、アジェンダの後ろでこっそり話を聞いていたイフェンテが母親に耳打ちした。
「ね。私も行っちゃダメ?」
「ダメだ。ロザルは遊びに行く訳じゃないんだぞ。帰りだって、自力で帰ってくるらしいし」
イフェンテが見るからに落ち込んだのを見かねて、ロザルが提案した。
「帰りだけなら、何とかなるかも」
「どうやって?」
アジェンダは驚いていたが、キーブーは驚かずに問いただした。
「あれ、使えるのか?」
「たぶん、一回くらいは」
「何の話してるんだよ」
「転移装置でもあるんですか?」
「ああ。昔の偉大なノーム達が造った。大昔には、それで各地のノームがあちこちを行き来したらしいが、今ではもうその用途には使えなくなって久しい。だが、誘導装置を身につけてスイッチ押せば、転移装置に戻ってくる事は出来る筈」
「すごいじゃんそれ!」
「いや、でもずっと起動しておくだけの燃料無い。その時だけ連絡取れるようにしておかないと」
「プヘルテが偵察役達と連絡取れるように渡されてた魔法道具、キーブーが持っておけばいい。私とイフェンテが、あちらに行ってから、偵察役の人間から彼らが持ってたの渡してもらう。それで解決」
「でもあれ、もうずっとずっと使ってない。試運転してみて使えるかどうか確かめないと危ない」
「むぅ・・・」
「私も、イフェンテを危ない目にあわせたくはないよ」
「あのー、その燃料って何を使ってるんですか?」
「ミーニアという物質から精製される液体だ」
「見せてもらえれば、何とかなるかも知れません」
ビブの提案にロザル達は驚いた。
「ミーニア、とても希少な鉱石。採れなくなって久しい」
「鉱石そのものは無理かも知れませんが、精製された物の元素の構成次第では、たぶん」
そうしてロザルとビブを先頭に一同はノーム達の地下住居区の最奥にある転移装置のある部屋へと移動し、ビブはロザルに見せられた中身がほぼ空な燃料タンクから少量を掬って手に取ると言った。
「これなら何とかなるかも」
「どうやって?原料が無いのに」
「万物を構成する元素は、大半が周囲に存在します。それらを取り合わせ混合していけば・・・。この液体だと、アンフェルメとコジツェッタ、それからモルベンかな」
ビブの指先が淡い光を放ち周囲の空気をまさぐると、染み出してきたように粒子が目に見えるくらいの大きさで現れ群れ始め、ビブは浮かぶ粒子同士を組み合わせてロザルが取り出してガラス容器に注ぎ、混合する割合を調整して、ミーニアと外見上は見分けがつかない液体を造成してみせた。
ロザルは信じられない物を見た驚きでビブの両肩を掴み、
「お前、それ、何に対しても出来るのか?!」
「その元になる元素が周囲とかにあれば、だけど」
「フルオックスやジャークェオン、ヌルジフやザンビルなんかも創れるか?!」
「えーと、聞いた事無いのも混じってるし、精製比率とか見本が無い物は厳しいかも知れませんけど、トウイッチが資料とか持ってればいけるかも」
「私、お前と一緒にいる!決めた!」
「はぁっ?何言ってるんだロザル!?」
驚愕するキーブーに、ロザルは落ち着いて答えた。
「昔のノーム達が創った魔法の道具や武器に必要な材料、創れないのはその原料が希少すぎて見つからなくなってるせいもある。でも、このゴブリンとならその不安無くなる!すばらしい!お前しかいない!」
「ちょっと待ってくれロザル。おれはお前と・・・」
「ならキーブーも来ればいい。ここに暮らしたくないノーム達も移住すれば、オーガ達から離れられるぞ」
「ロザル、落ち着いてくれ」
「私は冷静だ。これ以上無い相方だ!お前がいれば何だって私は創れそうだ!」
「あのー、盛り上がってるところすみませんけど、ぼくとかザギ達も、下手したら、あと一ヶ月経たない内に死にますよ?」
「どういう事だ?なぜお前が死なねばならん?」
「事情を全部説明は出来ないんですけどね。<最悪の災厄>が絡んでるとだけ言っておきます」
「なるほど。そういう事か。ザギ、お前の呪術もその為のものか?」
「そうだ。話が早くて助かるぜ。とりあえず魂を関知したり見たり触れたりできるようにならないとその先に進めねぇんだよ。呪術はそのとっかかりになるって聞いててな」
「それと、蓋を開けないといけないと聞いてます。何の蓋か、どうやって開ければいいのか、何も分かってないですけど」
「呪術、そして蓋か。確かにつながりはあるな」
「そうなんですか?!」
「ああ。魔法の道具、ノームが創るのは、その魔法を起動するのに、使う者の魂からその動力を得る。だから魂にその接続経路を付けられないとお話にならない。祝福も呪いも同じ理屈の上に成り立っている」
「蓋ってのは、何なの?」
エミリーの質問に、ロザルは淀みなく答えた。
「たぶん、向き不向きと同じ。魔法を使えるのと使えないのがいて、魔法を使えるのでも、どの魔法を使えるかは生まれつきに決まる。勉強とか訓練とかではどうにもならない事がほとんど。それが蓋ではないか」
「なるほど。わかりやすいわね。でも、魂に接続経路を開くって事は、蓋を選んで開ける事も出来るの?」
「むずかしいだろうな。例えば炎の魔法が使いたいからといって、誰でも出来るようにする方法なんて確立されていない。それが答え」
「でもよ、そしたら呪術を身につけても魂を見たり触れたり出来ないって事か?」
「そこ、微妙。昔の大呪術師は、肉体を離れて魂だけで行動したり、死者を蘇らせたりしたとも伝えられてる。本当かどうかは分からない。だけど、魔力を得る為に魂に接続経路開けるなら、魂に触れたりする事も出来ないとおかしい。その為の蓋もきっと有る筈」
「ちょっと待って。ノームの魔法道具って、どうやってその経路を付けたり開いたり接続させてるの?」
「魂と肉体、重なって存在してる。魔法の道具や武器使う時、肉体が触れてるなら、魂も触れてる事になる。その接触部分に切れ目を入れて吸い上げるのが基本」
「痛みとかは感じないの?」
「肉体でなく魂だからな。呪いのかかった魔法の道具使って手放せずに衰弱死するなんて珍しくも無い話」
「でも、魂に切れ目を入れるって事は、触ったり傷つけたり出来るって事だよな」
「出来る筈だとしか言えない。だけどザギ。がっかりさせてしまうかも知れないが、ノームの魔法の道具とその魔力の接続経路の付け方知っても、ザギの目的は叶わないかも知れないぞ」
「どういう事だよ?」
「魂の傷付け方知って出来るようになったとする。でも、相手が魂持ってなければ役立たない。違うか?」
鋭い指摘に誰もが黙り込んでしまったが、ビブが静寂を破った。
「今ここで全部を説明は出来ないけど、当たってるとだけ言えるかな」
「やはりそうか。でも、魂は究極の存在。この世に存在するどの元素も混じっていない異質のモノ。でも、どの命もその魂持ってるという矛盾。死んだら死体は残るけど魂は残らない。物を元素に分解したら元素はそのまま残るのと全く違う。死んだ魂どこ行く?きっとこの世界ではないどこか。魂が元来たところへ還る。ではお前達が戦わなくてはいけない相手はどこから来る?何から出来てる?それ知る事出来たら、戦いはたぶん半分以上終わってる」
「それはそうかも知れないけど、それを知るのは魂を見たり触ったり出来るようになるのよりも難問じゃないかな」
「ザギ達が開けなくてはいけない蓋はきっとそれ。本来この世界に存在できない筈の何かを知覚して接触出来るようになる事」
「でも、そんな事可能なの?」
「その存在がこの世界に介在して影響を及ぼせているのなら、接触して、こちらからも影響を及ぼせる筈」
「どんな武器も魔法も効かなかった相手に?」
「ああ。魂を知覚して接触できるようになるという方向はたぶん間違ってない。その手伝いは私にも出来るだろう。その先は分からないが」
「そうね。とりあえずは一ヶ月以内に人探しをして、そこまでたどり着かないといけないから、その先の事はその時に心配しましょう」
「人探しの呪術、初歩だ。ザギの練習にも丁度良いだろう」
「オークの呪術師のじっちゃんもそう言ってたんだけどよ。感じろって言うくらいで、具体的にどうしろっての教えてくれなかったんだよな~」
「探す対象の依り代があるなら、私がやるのは簡単だけど、それじゃザギやビブの為にならない。その先にももちろん進めなくなる」
「でも、じゃあ、どうやったら今の状態から一歩でも先に進めるの?」
「蓋を開ける。そうすれば一ヶ月足らずでも人探しくらいは出来るようになるだろう。運が良ければ魂も感じ取れたり見れたりするかも知れない」
「・・運が悪ければ?」
「死ぬかもな」
「蓋を開けるとどうして死んじゃうの?」
「目には見えない魂に、閉じられない傷口を開くような物だからだ。生まれついての物なら開けるのも閉めるのも体得している。使う時だけ開く。魔法の道具のも、道具使う時だけ経路開くようにしてる。でも、本来開く筈の無かった蓋を無理に開こうとすれば、魔力が止めどなく流れ出て止まらなくなって死ぬだけかも知れない」
「どうやって無理に開くの?魔法の道具で?」
「そうだ。昔の強力な魔法の道具、たくさんのノーム達が魔力を供給しあって起動したりしていた。その為の道具を使って、本来魂に入りきらないくらいの魔力を他の誰かに注ぎ込む。それで限界超えたら、どこかの蓋が開く」
「そんな単純なようで無茶な方法でうまくいくのかな」
「やるしか無ぇんじゃねぇの?他に方法が有るわけじゃねぇだろ?」
「でも、蓋が開いても閉じられなくてそのまま死ぬだけかも知れなくて、必要な蓋が開くかどうかも分からないのに」
「どの蓋が必要なのか、当たりなのかも分からないのにか?手当たり次第やってみるしか無いじゃん」
「そんなのいくつ魂があっても足りないって!」
「ザギの言う事もビブの言う事も正しい」
「んじゃ何か方法があるって事だな?」
「ある。だけど、無限に試せるわけではない」
「不要な蓋を閉じる方法はあるんだけど、・・もしかして、他の魂が必要とか?」
「正解だ、ビブ。魂、魔法の道具動かすのだけが出来る事じゃない。それに取り出す魔力、それぞれに向いた蓋がどれかは分かってる。今回はそれらをあえて避ければいい。
それに魂、くっついたり、離れたりする。削ったり、貼り付けたりするような事も出来る。魔法の道具使う為に魔力減らしても、時間経てば回復するように、その為の道具も昔の偉大なノーム達創った」
「て、その道具あれば魂も傷つけられるし<最悪の災厄>とも戦えるんじゃねぇの?」
「忘れるな。相手が魂持ってるかどうかも分からないのだろう?生きてない相手はそもそも殺せない」
「えーと、ちょっと考えを整理するね。彼女はこの世界の創造主ではない。魂も創造してないし出来ない。でもこの世界に関与するために”それ”を生み出したとするなら、魂ではないけど、疑似的な何かを生成した?必要な時だけ生成して、必要なくなったら回収してる?もしそうなら、その場で”それ”を倒せたとしても意味無いよ。たぶん相手は何度でも”それ”を生み出せるだろうから」
「そしたらそもそも戦いになんてならねーじゃん!魂が見えようが触れられるようになろうがよ!」
ヤケになって叫んだザギに、ロザルが言った。
「いや、たぶん、無駄ではない」
「どーしてだよ?倒しても倒してもまた現れてくるんだろ?」
「だとしても、その生み出されるモノと生み出してくるモノはつながってる筈。接続経路は開いて維持されてる筈。この世界の存在に影響を及ぼす為に、魂ではなく疑似的な何かを生成しているなら、それは魂と同類の性質持ってる筈。なら話は簡単。そこに傷をつけ、毒を流し込んでやればいい」
「毒なんて、実体持ってないかも知れない奴に効くのかよ?」
「ううん、ザギ違うよ。毒ってのは例え。呪いの事ですね?」
「そうだ、ビブ。お前ほんとに頭いい。ゴブリンとは思えない。呪いは実体の無い力。だけどこの世界の存在に影響及ぼせる。呪いを流し込めばきっとそれは接続経路を辿って、お前達の敵にまで届くだろう。それで何がどうなるかは、誰も知らないだろうが」
「だろうね。でも試す価値は十分にある。じゃ、話は決まったね!この転移装置を動かせるようにする。何度か試運転してみて、ちゃんと動作するか確認してからトウイッチの森へ帰る。蓋を開いて、魂を関知できるようにして、ザギの武器を更新する」
「その間もグリラおばちゃんと戦う為の訓練も欠かせないけどな」
「ふ、ふ。楽しみだな。過去のどんな偉大なノームの発明者達も挑んだ事の無い課題だろう。震える」
その後燃料を注ぎ足され、誘導装置単体や、森の生き物などで何度も試運転をして問題無い事が確認されてから、ザギ達はロザルやイフェンテを伴ってトウイッチの森へと還っていった。
だが、共同居住地の群れの集団から離れたゲベルとオープフはひっそりと徒歩で旅立ち、その後をアガンダも追って姿を消したが、プヘルテは偵察役の人間達に状況を伝えるだけで、連れ戻す為の追っ手は出さなかった。