第三十一章 戦いの中段
ノーム達が囚われている場所から充分に離れた位置にテューイ達は転移した。キーブーの案内でゴブリン達の捜索範囲に入り、一人目のゴブリンをイージャが従属させた後、偶然、人間達の軍勢を遠くに発見して身を隠した。
「あれは、どこぞの領主様と、傭兵団だな。しかもあれは<鉄槌兵団>て顔見知りだ」
というテューイの報告に、ザギは当然の質問をした。
「じゃあ、そいつらとは戦わないで済むって事か?」
「そう単純でもない。王都から逃げ延びてる間に、第十席だった大商人から契約を解除されたと噂を聞いた。もし本当ならあいつら金欠の筈だ。相当ケチな雇い主だったらしいし」
「で、強いんですか?」とビブも尋ねた。見えている人数は、領主の軍勢で鎧まで装備しているのが三十人未満。鋤などの農具を携えてるのが同じくらいいて、その両者とは明らかに違う鉄槌を携えた男達がやはり三十人くらい。その先頭を進む男はテューイよりも大柄で、その隣にも女装した大男や魔法使いに見えるのが四人ほどいた。「総勢で百人ほどですか」
「モーマニー商王国の十大商人の一角に雇われてたんだ。弱い筈が無い。団長のレーヴァは、俺でないと相手にならないだろうな」
「ザギでも?」
「たぶん瞬殺される」
「んーなのやってみねぇとわかんねぇだろ?俺にやらせてみろって!」
「優先順位を間違えるな。今回の目的は何だ?」
「ロザルを助ける事。それと出来るだけ、ロザルにとっての大切な人達も助ける事」
「そうだ、ビブ。俺達の人数は少ない。連中が仕掛けるのとタイミングを合わせれば、事をうまく運ぶのはそう難しくないだろう。ゴブリンの内通者も確保出来たしな。もう何人か増やせれば確実だろう」
ザギは不服そうだったが、ビブは構わずに別の質問をした。
「少し離れた場所でエミリーに中空に浮かばせられているプヘルテ達はどうするの?」
テューイはビブの質問に答える前に、キーブーに質問した。
「人間達の多くは、その元領主のデギャン候の所から逃げ出してきたのは間違いないんだな?それをプヘルテ達が引き取ってるというかかくまっている」
「プヘルテ、ある時、逃げ出してきた連中を助けた。その領主の兵士達撃退した。その時の人間の女が主導して、故郷の仲間達を少しずつ逃がして引き入れてる」
「じゃあ、人間達も見殺しには出来ないか。オーガ達と討ち死にする事選びそうだし」
「領主軍討ち取っちまえばいいんじゃねぇの?」
「そしたら金欠連中が野盗団にでもなりかねない。まぁでも、攻撃するだけしてもらってこっちの目的果たしたら、お引き取り願うしかないか」
「顔見知りだというなら、どうにか連絡つけて連携は取れないでしょうか?」
「良い案かも知れないが、その領主様に嗅ぎつけられたらもっと厄介な事になる。成り行き任せにした方が連中も知らなかったとシラを切れるだろ」
「なるほど・・」
「連中もすぐには仕掛けないさ。団長のレーヴァは脳筋の代表みたいな奴だが、慎重さも持ち合わせてる。偵察して、おそらく、自分達がオーガに当てられる事も承知してるだろう。同行してる魔法使い達もそちらに回される筈だ」
「領主軍はそこに参加しないのですか?」
「おそらく砦に逃げ込んでくる連中を包囲して逃さない方を優先するだろうな。その為に来てる訳だし」
「オーガ達、負けるんじゃねぇの?そんなにその鉄槌兵団てのとレーヴァて奴が強いんなら」
「全滅させられるだろうな。そう時間をかけずに」
「そこにプヘルテ達ぶち込んでやれば少なくとも混乱はするんじゃね?」
「このまま浮かべておくだけじゃ、俺かエミリーの手が取られてしまうし、君は殺すつもりが無いようだしな。いくつか誓約させればいいか」
「あなたやグリラをつけまわさないよう、復讐をあきらめるよう誓わせる?」
「人間や他の種族を無闇に殺したり従属させない事とかも付け加えれば充分か」
「従うかな?」
「目の前で自分の仲間達が全滅の危機にさらされてれば選択の余地は無くなる。さ、動こう。向こうがいつ動き出すか分からないし、こっちは助けなきゃいけない人数が多い」
「ロザルの家族はどうするんですか?」
「たぶん、一番警戒が厳重にされてて、オーガ達の居住地が突つかれても、そこにだけは見張りが残されるか別の場所に移される筈だ。そこを俺とエミリーの二人だけで急襲して連れ去る。他のノーム達はザギやビブとゴブリン達に誘導させる。集合場所は、その第三の出口でいいだろう。キーブーやウルベ、イージャはそこで待機」
「ぼぼぼくは?!」
「ファボ、君はクルコと一緒に砦の周囲で待機。攻め手に見つからないよう隠れてるんだ。砦が突破され中に兵士達が乱入する時に、きっとデギャン侯は同行しない。護衛を身近に残すにしてもかなり手薄になるだろう。何がどうなるか分からないから、デギャン侯を人質に取ってしまえ。それだけでも戦いは停止出来るようになる」
「重要すぎる役割ですね・・・!燃・え・てきたぁー!ぼくの英雄譚の華々しい第一章きたぁーー!」
「そーいうのはうまくいってから盛り上がらないと格好悪いよ、童貞君?」
「童貞言わないでくださいよクルコさーん!」
「君の持ってる雷の双剣があれば、一人二人や三人四人くらいは楽に気絶させられるし、もしへましても私だけでもその領主様を捕らえられるだろうしね。気楽にしてていいよ」
「頼りにされてるようでされてなくてほっとするような嬉しくないような!」
そうしてテューイ達は、もう何人かのゴブリンを引き入れつつ、居住地側に陣取ったレーヴァ達鉄槌兵団と、砦側に潜んだ領主軍の双方から離れ気づかれない位置にある第三の出口周辺へと移動し、プヘルテ達の同意も取り付け、レーヴァ達の仕掛けと同時に行動を開始した。
ザギとビブは、ロザル救出の前に、地下通路内に囚われているノームを他のゴブリン達と解放していき、その途中で発煙装置をあちこちにばらまいていった。
あらかた避難させ終え、外の騒ぎも激しくなってきて、二人は見張りの居なくなった鉄格子を、ビブが鍵穴に合わせた鍵を鉄の元素から生成して開け、奥にいるロザルと見張り役が出てくるのを待ちかまえた。
そこにいるとは予想していなかったがキーブーから話は聞かされていた人間の中年女と、ロザルらしきノームの女と、人間の少女、そして怪しい布に身を包んだ人間の男が出てくると、打ち合わせ通りに、顔見知りのバーグワに話しかけさせ、その間にビブが男の背後に回り込んだ。
男を無力化し、ロザルとイフェンテ達の避難をビブに任せた後、ザギは去っていった中年女の後を追って裏口から地表に出て、そこで行われている戦いの推移を観察した。
雨の様に飛んでくる矢は空気の盾を傘のようにかざして防ぎ、アジェンダと呼ばれていた中年女性を探し、ひときわ高い場所にある櫓の上に見つけた。
「グレドー、状況は?」
櫓に上ってきたアジェンダに、グレドーは顔を向けないまま答えた。
「あんまし、良くないですね。すぐには落とされないでしょうけど」
櫓の中にはグレドーの他に二人の人間と一人のノームが同じ狙撃向きの銃で弓矢に応戦していた。
アジェンダが砦の周囲を見渡してみると、オーガの背丈よりも高い杭による柵は健在で、砦の居住地側の門も、外側の門にも、デギャン候の兵はまだとりついていなかった。
「デギャンの野郎の姿は見えるかい?」
「残念ながら。今はまだ弓矢でこっちを釘付けにしようとしてるだけみたいです。オーガ達は?ノームやゴブリンが加勢してくれるだけでも、砦を包囲してる連中は蹴散らせそうですけど」
アジェンダが砦を攻めているのと反対側、居住地の方を見ると、オーガ達が向かっていった森の中は霧に覆われ、オーガ達と人間達がぶつかる戦いの喧騒だけが耳に届いていた。
「あそこだけ霧に包まれてる。あれが魔法だとするとやばいね。オーガ達がやられたらあたし達は孤立する。ノーム達は逃がされたよ。もし一緒にいてもオーガ達を助けなきゃいけない義理は無いだろうしね」
「いいのか?ノーム加わらないと、お前達負けるのに」
櫓にいたノームの問いに、アジェンダは笑顔で答えた。
「お仲間は第三の出口の先に逃がされてる。別口の連中の手引きでね。キーブーに頼まれたらしい」
「キーブー、戻ってきてるのか?じゃあプヘルテ達も?」
「さぁねぇ。でも、ロザルはきちんと助ける辺り、あいつも男だね。あんたも逃げたくなったら逃げな。引き留めないよ」
「分かった。それまではお前達と戦う」
「ありがとよ。状況は私が見て回って伝えるから」
「頼んだ。おれもここでは死にたくない」
「よろしく、アジェンダ姐さん!」
「あいよ、任せな」
アジェンダが櫓を降りようとすると、いつの間にかさっき出会って別れた筈のゴブリンがいた。
「あんたここで何してるのさ?」
「ロザルに頼まれた。お前を出来る限り助けて、危なくなったら逃がしてくれってな」
「あたしが逃げるのは一番最後だよ。どきな」
ザギは素直に従い、櫓を降りたアジェンダが砦の中に逃げ込んできた人々に武器を与えて持ち場につかせたり、老人や子供はロザル達を逃した方へ向かわせたりする姿を見守り、砦を巡る攻防が今すぐには動きそうにないのも見て取ると、オーガと人間の断末魔が交錯する霧の方にむしろ注意を払った。
「領主様ってのはファボ達に任せてあるしなー。俺だけで飛び込むなってビブに釘刺されてるし、レーヴァて奴には俺じゃ瞬殺されるってテューイのおっさんには断言されたし。あー、何かうずうずするっていうかじれってーなもー!」
狙撃している人間やノーム達の集中力をザギが邪魔している頃、レーヴァ達は視界を奪ったオーガに三人一組で襲いかかり、確実に仕留め数を減らしていた。
「俺も加わりてーなー」
「ダメです。あなたが出るのは、他の団員で手に負えない奴が出てからです」
「でもプヘルテとかいう奴いねーんだろ?ならいーじゃんよ」
「レーちゃん。あまり四の五の言うなら霧張るの止めるわよ?こっちだって直でぶっ殺してまわってた方がすっきりするんだから」
「分かった分ーかったよ。でも、手に負えない奴が出たら、俺が・・・」
と話していたレーヴァは、突如足下が地面に埋まったジバニーを押し倒した。倒れ込んだ二人の頭上には槍の様に隆起した土が交錯していた。
「なんだ、いるじゃねぇか!俺がもらったぞ!」
「じゃ、霧はもういいわね」
「グスタブとジパニーでお付きは片付けろ。俺が頭をもらう!」
霧がだんだんと晴れてくると、ごつい鉄製のブーツを履いた片腕の雌オーガと、三人の屈強な雄オーガが姿を現した。
「群を荒らす奴、殺す!」
「お前がプヘルテか?俺ぁレーヴァっていうんだけどさ、一瞬で終わってくれるなよ?!」
レーヴァが氷気を漂わせた両手槌を地面に叩きつけると、何かを察知したプヘルテはその場から後ろへと飛び退き、立っていた場所に地中から出現した氷柱をかわした。
「へっ、そうこなくちゃな」
「ギーガ、魔法使いの相手を。グーガとドーガはもう一人を片付けたらギーガを手伝え」
「プヘルテ、一人で大丈夫か?」
「私一人でないと、お前達巻き込んでしまう。それぞれの相手終わらせたら、手伝え」
「おお!」
剣と盾持ちのオーガが両手に水球と火球を手にしたジパニーへと突進し、槍持ちとフレイル持ちのオーガにグスタブは挟まれ、
「一人で大丈夫か?」
とレーヴァに心配されたが、
「見た感じ、持ちこたえるのは難しくないでしょうね」
「上等!」
レーヴァはプヘルテへと駆け寄りながら地面をハンマーで叩いたがつららは地面を貫かず、その前に氷の元素が土の元素に阻害されて不発に終わった手応えを感じた。
「いいねぇ。直にぼこりあおうぜ!」
片腕しかないプヘルテは短槍を構えつつ、土槍をレーヴァの前後左右から突き出したが、槌で打ち砕かれるかかわされ、槌が直接届く距離にまで踏み込まれた。
「うりゃあぁっ!」
レーヴァの雄叫びとともに振られた槌をプヘルテは短槍で受け止め、ようとしてやはり氷の元素の集中を感じて下から弾き、槌のハンマー部分から木の梢のように枝分かれして飛び出した氷のつららをかわしたが、腕の無い方の体の側面にいくつもの傷を負わされた。
「やるじゃん!おじさんはうれしいよ!」
「お返しだ!」
プヘルテは片足を地面にねじこみながらレーヴァの片足を地中へと捕らえ、もう片足を振り上げてレーヴァももう片足を踏み潰し地中に埋めようとした。
「土の元素操作できるみてーだが、その選択はおすすめできるかわかんねーぞ?」
レーヴァはつららの梢を槌から落とし、地面へとめりこんでいる方のプヘルテの片足へと槌を振るった。
プヘルテは目論見通り片足でレーヴァの片足を踏みつけて地中へと埋めながら、レーヴァの槌の柄と自分の足の間に短槍を突き立ててハンマーに打たれるのを防いだ。
「悪かぁねぇが、充分じゃねぇ!」
槌のハンマー部分から鋭く伸びたつららは、間に割り込もうとした土槍をも貫き、プヘルテの膝を狙ったが、地中から引き抜かれた鉄製のブーツに当たって折られた。
自由になった片足をレーヴァも引き抜き、自分の片足を捕らえたままのプヘルテの膝へと蹴り込んだ。
プヘルテはあえてその蹴りを受け止め、その間にレーヴァの股間の下から土槍で体を貫こうとした。
レーヴァは下から感じた殺気に反応して体を前に倒して土槍をかわしたが、プヘルテは待ちかまえていたようにレーヴァの得物に掴みかかり、奪い取って掲げた。
「もらったぞ、お前の魔法の武器を!」
「あー、おすすめしねーぞ、それ」
「何?」
驚いている内にも、柄を握っているプヘルテの手が凍り付き、ふりほどけなくなっていた。
「俺の二つ名、<つららのレーヴァー>て言うんだわ。その一つは、地面打ち付けた時に飛び出してくるのとか、ハンマーから伸ばせるつららなんだけど・・・」
プヘルテの足がどけられてレーヴァーはプヘルテから数歩退き、残った片腕から上半身までが凍り始めたプヘルテに言った。
「武器を奪えば何とかなるんじゃ?、と思った連中がそうやって凍り付いてくれるんよ、その武器。呪いって奴か。俺以外の奴が使おうとした時のな」
レーヴァが背後を振り返ってみると、グスタブは二匹のオーガをいなし続け、ジバニーは剣と盾のオーガのあちこちを焼き焦げさせ、足下をぬかるませていたが、まだ戦闘は続いていた。
「ぐ、ぞおおおおおっ!」
「もう終わりか、プヘルテ?お前が終わればこの群も終わりだが」
肩口から上半身の大半、首から顎の先まで凍り付いていたプヘルテだが、体を土で覆い氷の勢いに対抗しようとしていた。
「間に合うのか、それ?」
レーヴァが見物しているうちにも下半身を覆った土は確かに氷に覆われるのを食い止め、逆に氷に覆われた上半身を、頭部や手にしたままの槌も一緒に土で覆ってみせた。
「んで、そっからどーするのよ?そのままだと呼吸出来なくて死ぬんじゃねーの?」
氷柱ではなく土柱となっていたプヘルテの目がぎょろりと動き、地面に突き刺さったままだった短槍が地中へと姿を消すと、ほとんど間を置かずにレーヴァの足下から突き出されてきた。
レーヴァはかわしてみせたが、すぐにまた地中に埋まり足下から突き出てくる攻撃をかわし続けるのは難しく、だったらとレーヴァは前に出た。
「氷柱だろうが土柱だろうが打ち砕けば終わりだろーが!」
だが、振りかぶられた拳が打ち込まれる前に、プヘルテは自分の体そのものを地中へと埋めた。
「なんだぁ、もぐらにでもなれたってのかよ?」
「レーちゃん危ない!逃げて!」
「何でだよ?ハンマーも取り返さねぇとおおっ!?」
気が付けば一気にレーヴァの体も地中に引き吊り込まれていた。体の自由がいっさい効かない中、指の先に愛槌が触れた感触があり、
「これで、呪い解けた!死ね!」
地中からプヘルテの声と、無数の土槍が自分の体を貫こうとしてくる感触を捉え、レーヴァは死を覚悟した。
あー、悪かねぇ人生だったが、最後はやっぱ負けて殺されて終わるのかー。どーせならテューイの旦那ともっかいやりたかったなー。
そんな戯言をレーヴァが思い浮かべている間に、背後から地面を抉る大きな衝撃が伝わってきて、気が付けば地中から空中へとプヘルテと共に弾き出されていた。
レーヴァはまさかと思い衝撃が伝わってきた方を見て叫んだ。
「テューイの旦那!無事だったんすか!?」
「おう。戦いの邪魔して悪かったな」
「いえまぁ俺ぁあのままなら殺されてたでしょうしね、でいでっ!?」
地面に頭から落とされたレーヴァとプヘルテだったが、二人ともテューイを前に戦闘を継続しようとはしなかった。
テューイは地面に転がっていたレーヴァの得物を重力操作だけで投げてよこし、
「この勝負はプヘルテの勝ち、って事で落とし前のつけ方は俺に預けてもらえるか?」
「俺ぁかまわないけどさ」
「ふざけろ!こいつの仲間、私の仲間たくさん殺した!」
「それぁある程度お互い様だと思うんだがなぁ」
「プヘルテ。お前の群もまだ半分以上は生き残ってる。ゴブリンやノームは逃がしてある。人間達は元領主様と戦ってるがな」
「そいつだけは殺す。止めるな」
「まー、どっちかが終わらないと戦いも終わらないかもだが、支払いが済むまでは待って欲しいんだよね」
グスタブもジパニーも、二人と戦っていたオーガ達もそれぞれの主の元に戻ってきていた。
「テューイ様、壮健そうで何よりですが、状況は?」
「ここの喧嘩がプヘルテの勝ちで終わったっていうなら、全体もプヘルテ達の勝ちで終わりだろ。地中に一人ずつ引き込まれて終わりたかったか?」
「いいえ」
「あたしなら何とか出来たかもだけどねぇ。相変わらずいい男ねぇ、テューイ。あたしに掘らせてくれない?掘ってくれるんでもいいけど」
「どっちも断る。ジパニーでもここの全員を一度には相手取れないだろ。順番を最後にされた後は袋叩きで終わる」
「まぁねぇ。認めるわ」
「そういえば戦いの音が聞こえなくなってるのは、どうしてだ?」
「エ・・、うほん、リーがな、止めたよ。後は始末をどうつけるかだけだ」
「リー?」
「誰よそれ?何したっていうの?」
「浮かべただけさ、全員をな」
「全員て・・・」
グスタブやレーヴァやジバニーがそこら中を走り回ってみると、森のあちこちに互いの手や武器が届かない高さに浮かされて中空でもがいているオーガや兵士達の姿があった。
負傷者は同行していた兵団の二人の癒し手にヒールを受け、すでに死んでいる少数を除いてはほとんど無傷で、オーガ達も紫色の肌をしたゴブリンが癒して回っていた。
「参ったねぇ、テューイの旦那。やっぱあんたにこの兵団任せたいんだけどよ?」
「断っておく。俺にも収入源なんて無いからな」
「そっかー。残念」
「じゃあ、名誉団長って事でどうです?」
「それいいかも!名案だグスタブ!テューイの旦那どうすか?!」
「どうすかじゃない。とりあえず自分達の稼ぎは確保してから先を考えろ」
「どうせデギャン候の身柄も確保してあるんじゃないんですか?」
「手は打ってあるが、どうなってるかは知らん。こっちも忙しかったからな」
「砦が落ちた様子は無いですけどねぇ」
「レーヴァ達は兵団をまとめろ。プヘルテ達はオーガ達を居住地まで退がらせろ」
「その後は、どうなる?」
「さあな。ザギ達の首尾次第さ。確認しに行くぞ、リー」
テューイが歩き出すと、オーガや人間達を下ろして回っていたフードで顔を隠した女魔法使いがテューイの後に続いていき、レーヴァは
「こっちのが面白そうだ、グスタブ、後頼むわ」
「ダメですよ。ハック、スタック、後頼んだ。俺は団長のおもりでついていく!」
ジバニーも当然の様にレーヴァについていったが、
「リーなんて魔法使いいたかしら?でも、重力をあれだけ扱える魔法使いなんて、そんなの数限られてた筈。サラ様も使えたけど、亡くなった筈だし」
とつぶやいていた。
プヘルテがレーヴァとぶつかった頃、砦の守備をどうするかでオーガ達は紛糾していた。
「打って出で、全員殺ず!ぞれで戦い終わる!」
ゲベルがそう主張すると、アガンダや年若いオーガ達は賛同したが、群の最年長のガンダは反対した。
「霧の向こうに突っ込んでいった連中負けるかも知れない。ゲベルやアガンダ、お前達までやられたら、誰がこの群立て直す?」
「向こうがやられても、敵の頭はごっちいるっで聞いた。そいづやっつげれば俺達の勝ちだ!」
「あ”たじ、づいてぐだ、ゲベルに!」
ゲベルに肩入れする娘を見て、ガンダはその場にいたアジェンダに助けを求めた。
「この数で人間達に突っ込んでいって勝てるか?」
「減らせはするだろうけど、負けるだろうね」
その時、炎をまとった鉄球が飛んできて砦の中庭に落ちて炸裂し、その周囲にいた者達に裂傷や火傷を負わせた。次の弾は外側への門に当たり、門を半壊させ炎で包んだ。
「見ろ、このまま待っででも負げる!おれぁ行ぐぞ!」
ゲベルがノーム特製のナックルを両拳にはめると、
「あだしも行ぐ!」
アガンダも魔法の鞭を振るい、他に年若いオーガが三人ほど、門を開けはなって外へと突撃していってしまった。
「ゲベルも弱くないけど、やられちまうだろうね」
「頼めるか、アジェンダ?」
「ああ、あんたはここをとりまとめて、やばくなる前に逃げてくれ」
「済まん。本当なら役割は逆だろうに」
「いいさ。あたしもこの機会にケリつけておきたい相手もいるしね」
「死ぬなよ」
「あんたもね」
そうして門へと向かったアジェンダの横に、ザギは並んで走りながら尋ねた。
「倒すのか、その領主様とやらを」
「それじゃ終わらないよ。殺さないと」
「相手も取り戻しにきたってよりは殺しにきてるよな」
「投石器みたいのを改造したんだろうけどさ。逃げ出した連中をまとめて焼き殺したいんだろうね」
「思い切りやれよ。出来るだけ守ってやっから」
人間でいえばまだイフェンテと同年代の子供にしか見えないゴブリンの言葉にアジェンダは微笑んだ。
二人の前方では、農兵達の囲みをたやすく突破し、鎧を着込んだ兵士達に囲まれながらも蹴散らしているゲベルやアガンダ達の姿があった。
「助け、必要無くね?」
「デギャンはね、狡くて残酷な奴さ。きっとまだ何か隠してる筈だ」
「そっちにも仲間が行ってた筈なんだけどな~。ファボ達しくじったのか?」
その少し前。オーガ達をすぐに鉄槌兵団が全滅させて砦を完全包囲できると踏んでいたがそうはならずに焦れたデギャン候が、投石器から炸薬弾を発射しようとしているのを見て、クルコはファボに言った。
「まずいね。あれを使われ始めたら、砦は保たないかも」
「でも、地下通路に逃げ込めば大丈夫じゃ?」
「そうなんだけどね。自分達が逃げたらいずれ追いつかれてみんなやられるだけって思い込んだら、踏みとどまっちゃうかも」
「でもでも、まだまだたくさん護衛いますよ?!むしろ護衛しかいない感じじゃ?」
「確かにあの人数だと君だけじゃ厳しいだろーね。その雷の双剣をあたしが使ってればまだしも」
「ううう、この状況にかこつけて取り返すつもりですか?」
「そーしたいかもだけど、サラ様に怒られちゃうかもだから、まだ預けておく。あの程度の護衛じゃ護衛になってないし、デギャン候を殺してもいいなら楽だったのに。雷撃、どれくらい撃てるようになった?」
「全開なら三発くらい。小刻みのなら十発ちょいくらいですかね。それ以上はへばります」
「君の身の安全を確保するなら、もうちょい護衛がばらけるまで待った方がいいか、と」
炸裂弾の射撃が始まり、砦に着弾し、門が炎上すると、そう間を開けずにオーガが五匹飛び出してきた。農兵達が取り囲んだが相手にならず、鎧を着込んだ兵士達がデギャン候との間に立ちふさがったが次々と打ち倒されていた。
「このまま傍観してるだけで終わるんじゃ?」
「デギャン候ってね、その悪名はモーマニー商王国の辺りにまで届いてたのよ。このまま終わる玉じゃない。護衛減ったし、もう少し近づくよ。いつでも雷撃撃てるように準備してて」
「りょ、りょうかいですっ!」
デギャン候は、身辺にいた護衛達に、わざと自分への正面を開けさせ、先頭にいた一番活きの良いオーガだけ通すよう伝えた。
豪勢な輿に担がれ、輿の中央に据えられた立派な椅子に座るデギャンの姿は、戦いの中に在るゲベルにも相手の首領だとすぐに判じられた。
「おま”え、殺ず!」
ゲベルの両拳のナックルには、弓矢の鏃や人間の剣や血糊などが吸い着けられていたが、デギャンは少しも動じず、額の中央を飾る宝珠に触れながら唱えた。
「隷属しろ」
後一歩踏み込めば、振りかぶった拳でデギャンを打ち潰せる位置で、ゲベルは停止した。
「仲間のオーガから殺せ」
「ぐ、ぐ、ぐぁぁおおっ」
雄叫びを上げたゲベルは踵を返し、自分に一番近い位置にいて兵士達を鞭で寄せ付けていなかったアガンダに駆け寄り、その腹部にナックルをめり込ませ振り抜いた。
異変に気付いたアガンダは咄嗟にナックルと体との間に肘を割り込ませてダメージを軽減したが、それでも2.5メートルはある体は宙に浮き、地面に叩きつけられた。
人間の兵士達のただ中に落とされたアガンダは夢中で鞭を振るって兵士達を近づけなかったが、突然のゲベルの転向に驚いている他のオーガ達も次々と打ち倒されていた。
「ゲベル、じっかりじろおお!」
そう呼びかけてもゲベルは正気を取り戻さず、逆にアガンダを次の標的と見定めて突進してきた。
「目を覚まぜぇ!」
アガンダが振るった鞭をゲベルはナックルで弾き、もう片方の拳をアガンダに振り下ろしたが、その拳は寸前で見えない何かに当たってはじき返されていた。
「お前、誰だ?」
「ザギ。覚えとけよ。そこらのオーガよりも強いゴブリンだってな」
そしてザギの背後にアジェンダが膝立ちでデギャンに向けて銃を構え、
「死ねぇっ!」
と放った弾は、ゲベルがその間に割り込んで身代わりとなって受け止めた。
「アジェンダ、久しぶりだな」
「お前とかわす言葉なぞ無い!」
「そうか、では死ね。娘にも後を追わせてやる。もちろん逃げた連中全員にもだ。やれ」
銃に弾を再装填しようとしたアジェンダにゲベルが拳を突き出すと、銃も弾もナックルに吸い付けられてしまい、ほとんど同時に振り下ろされたもう片方の拳にアジェンダは死を覚悟したが、ザギが再びその攻撃を見えない空気の壁で受け止めた。
「お前の相手は俺だってんだよ!」
「ぐおあああっ!」
ゲベルは両拳をザギに打ち付けようとしたが、どれだけ乱打しても一撃もその見えない壁を貫けなかった。
デギャン候がオーガの攻撃を防ぎ続けるゴブリンをどうしてやろうかと思案していると、輿に仕掛けられた魔法障壁に、敵性の魔法が防がれた感触があった。背後を振り向くと、雷をまとわせた双剣をかまえた青年がいた。
「あれは、雷の双剣か?なぜこんな所に?ちょうど良い、今度はお前を操ってやる」
デギャンは先ほどのオーガとゴブリンがまだ対峙しているのを確認してから額に飾られた<隷属の宝珠>に触れ、解放とつぶやいてから、雷の双剣を携えた青年を操ろうとしたが、その姿は木立の合間に消えていた。
「どこに隠れた?お前達、さっきの青年が視界に入るよう移動しろ。まだ近くにいるは、ずっ!?」
デギャンが腰掛けていた椅子も輿も無事なままだったが、輿を担いでいる従者達が何者かに打ち倒されて輿は急激に傾き、椅子に座っていたデギャンも地面に放り出されていた。
「くっ、誰が、何を?私を守れっ!」
しかし地面に倒れ込んだデギャンを背後から引き起こし、額にかけていた宝珠を奪い、首筋に剣を当ててきたクルコが告げた。
「悪名もそうだけどさ、魔法の武器とか道具とかって、希少で高名な物になればなるほど、持ち主が変わったりするとその情報はその筋には流れたりするんだよね~。私の使ってた雷の双剣もそうだし」
「お、お前、何者だ?侯爵の私にこんな真似をしてただで済むと思ってるのか?」
「ただの一辺境貴族が、ウルザ商会に喧嘩売れるっていうならね。私の名前はクルコ。<暁の車輪>の一員。次期ウルザ商会の頭目の情人でもあるんだけど?雷の双剣を使ってたのも私」
「く、お、お前達、私を助けろ!」
「おっと、おとなしくしててねみんな。じゃないとこのまま領主様の胴体と頭がさよならする事になるから。砦への攻撃も中止しなさい、今すぐ」
その指示はすぐに周囲に広められ、一帯からは戦闘の音が止んだ。ザギと打ち合うゲベルを除いて。
「指示はもう解除されたんじゃないの?」
「その筈だ!私はもう何もしていない!殺すな!」
「だいじょうぶ。身代金たーっぷり請求させてもらうから安心して」
クルコから見ても操られていたゲベルの眼に正気の光は戻っていたが、何故か、意地になってザギに拳を振るい続けていた。
「ゲベル、止めな!そのゴブリンは敵じゃない!味方だ!」
「だとじても、オーガ、ゴブリンに負げるわけいがない!」
ゲベルが胸の前で両拳を打ち合わせると、ナックルとナックルの間にこれまでより何倍も強い磁場が発生し、ザギが握り留めていたハンマーピックも吸い付けられてしまった。
「これで、お前の、負げだぁっ!」
「それはどーかなー?」
ザギは体の左右から迫るゲベルの拳をしゃがんでかわすと、その懐に踏み込み、鳩尾に手を当て、ゲベルの体の内側を通じてその拳の先にある<親指潰し>の感触を探り当て、ゲベルの体から全ての重みを奪い、自分の体重の何倍もの重みを体全体に乗せゲベルの体を殴りつけた。
自分の目で見ていても信じられずにアジェンダは両目をこすったが、人間の子供の背丈ほどしかないゴブリンがオーガを上空へと打ち上げ、木々の梢が何本もへし折られてから、重みを取り戻したように落ちてきたゲベルの体を、そのゴブリンはまた片手で受け止め、地面へと下ろし、ナックルに貼り付いたままだったハンマーピックを取り戻すと、周囲にいた全員に言った。
「うし、これで終わりでいいだろ?」
ぽかんとしたままの人間もオーガ達も、バカみたいにこくりとうなずいたのだった。
pixivの方で、ガルパン二次創作のGuP Zweite(http://www.pixiv.net/series.php?id=687596)という作品も書いてますので、よろしければそちらもどうぞ。