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第二十七章 グリラ再訪と課された期限

 トウイッチの森に帰りついたザギ達を迎えてくれたのは、テューイでもグルル達でもなく、グリラだった。

「あら、ちょうど良かった。入れなくて困ってたのよね」

 先頭に立っていたザギがハンマーを構えてたずねた。

「森に入って何するつもりだったんだ、グリラおばちゃん?」

「おばちゃんって言ったら殺すって何度も言ってるけど、今日のところはまだ見逃してあげるわ」

「それじゃ何しに来たんだよ?」

「クルトに用事があって来たの。呼んできてもらえない?」

「殺すつもりなら呼ばないぞ」

「そう言われて、殺すつもりよとか言う間抜けがいると思う?ただ大事な伝言があって来たの。今日は誰かを殺すつもりは無いわ」

 グリラは、ザギ達の背後にいるオーガ達に目を留めて言った。

「どこに行ってたかは詮索しないでおくけど、お仲間にオーガを加えるというのはあまりお勧め出来ないわね」

「仲間じゃねぇし」

「さっき襲われて返り討ちにした感じだけど、でもグリラさんのお仲間にもいたんじゃないんですか?」

「いたわね。ハーフオーガだったけど」

 ばきんっ、と鎖が弾け飛ぶ音がいくつも連なり、

「グリラっ!殺すっ!!」

 プヘルテが叫び、グリラの両足が地面に埋まり込んだ。

「あら、これは相手を殺しても正当防衛よね?」

 涼しい顔をしたグリラの前後から土槍がグリラの心臓と頭に向かって鋭く伸びた。グリラは上半身をよじるだけで前後からの挟撃をかわすと、素手で土槍を軽く打ち砕き、両足に力を込めるとあっという間にプヘルテの眼前にまで迫った。

「あら、あなたの顔どこかで見たわね。もしかして殺し損ない?」

「そうだ!我が父と片腕を奪ってくれた恨み、今こそ!」

 プヘルテはグリラの頭をすっかり覆えそうな大きな手でグリラに掴みかかったが、見えない何かに弾かれてプヘルテは地面に倒れ、心臓があった辺りにはグリラの拳が握り込まれていた。

「ザギ君。獲物の横取りは感心しないわね」

「獲物って意味ならこいつはついさっき俺が倒した相手だ」

「ま、土の元素オルガ操作が出来るくらいで他に見所は無いみたいだし譲ってあげる。それで、クルトは呼んできてもらえるの?」

「ぼく達で代わりに伝えるんじゃダメなんですか?」

「ダメね。二人、いえクルトを含めれば三人か四人のこれからを変えてしまう言伝なの。クルトにしても、私から伝えられた方が納得出来ると思うわ」

「もしかして、ミミシュさんからの?」

「君は相変わらず聡いわね」

 グリラは戯れにビブに対して生命力吸収ドレインを仕掛けてみた。即時というわけにはいかないようだったが、攻撃を受けてからあまり間を置かずに生命力吸収ドレインは防御された。

「修行も順調な様ね」

「お陰様で。いつ殺されるか分からないので」

「それはそうね。私もその時がいつになるか知らないくらいだもの。それで、誰でもいいのだけどクルトは呼んできてもらえるの?」

 ザギとビブが小声でひそひそと相談しているのを横目に、グリラはファボに背負われているエミリーを見つけて言った。

「それで、お姫様は負傷して搬送中というわけ?」

「そそそうです!もし狙うというなら、雷の双剣の使い手となったこのファボール・ウィンゴットがお相手します!あのサラ様からも、ごふっ!?」

「サラ?サラがどうかしたの?それは確かに雷の双剣みたいだけど、よくウルズ商会が手放したわね?」

「君はよけーな口きかないの、ファボ君。ま、暁の車輪に貸与されてあたしが使ってたんですけどねー。ちょっとした事情でファボ君が今のところ暫定保持者になってるんですよー。永遠の処女オバさん」

 ぴきっ、とグリラのこめかみに青筋が現れた。

「クルコ。男漁りが行きすぎて、ついにこんな肥満童貞にも手を出すようになったの?趣味というより人間性を疑うわ」

「あなたに言われたくないですね、グリラ。あたしの今のダーリンはフィピーさんですよ。次期ウルズ商会総代のね。あなたなんてガーポに言い寄られて実はまんざらでも無かったんじゃないの?振り向いてもらえないテューイに迫り続けるくらいなら、ガーポに膜を破ってもらえば良かったのにー」

「死になさい」

 ほとんど瞬間移動したグリラの一撃を、クルコは予測していたように短剣で弾いた。

「決着つけるの?あたしはいいけど」

「止めに入ってくれる暁の車輪のお仲間はここにはいないわよ。あ、そうか。あなたが殺してしまったんだっけ。クールーも哀れね」

「違うっ!」

 グリラの目元を撫で切る右手の一撃が<魔封じの宝球>が取り付けられたサックで弾かれると、クルコはグリラに抱きつくように密着して左手を背中に回し、短剣を逆手に持ち変えてグリラの肝臓を背後から突こうとした。

「相手が私じゃなければ、ね」

 グリラは右肩をクルコの心臓の位置に当てて、全身の生命の元素を凝縮して一気に放った。

 びきびきびきっ!と地面に放射状に亀裂が入り、クルコの体は5メートルほども宙を吹き飛ばされた。地面に叩きつけられたクルコは息をしていなかった。

「あら、殺すつもりは無かったんだけど仕方ないわよね。 この子(クルコ)が挑発してきたんだし」

 ビブはクルコの心臓を生命の元素オルガでマッサージして息を吹き返させようとしたが、悲鳴を上げた。

「だ、ダメだ。このままじゃ、今のぼくじゃ、この人を救えない!」

 ファボは息をしていないクルコにトドメを刺しそうな雰囲気のグリラに言った。

「グリラ様!どうか、クルコさんを助けてあげて下さい!お願いします!」

「あなた、エミリーから乗り換えるつもりなの?もしそうなら」

「違いますって!さっきオーガ達との戦闘中に助けてもらったから、命を救ってもらったからです!断じてクルコさんが若くてかわいいセクシーな女性だからじゃありません!」

 グリラは冷え切った眼差しでファボを一瞥してから提案した。

「じゃあこうしましょう?あなた達の誰かがクルトを呼んでくる。私はこの生意気な娘を生き返らせる。公平な取引じゃない?」

 ビブは迷ったが、即座に判断した。

「分かった。ザギ、クルトを呼んできて。さっ、グリラさん。早く蘇生してあげて下さい!じゃないと」

「分かってるわよ。蘇生が遅れれば遅れるほど蘇生できたとしても記憶に傷害が出たりすることは。ザギ君、急ぎなさい?」

「わーったよ。ファボ、お前も来い」

「はははいっ!」

「待ちなさい」

「へっ?」

「エミリーは置いていきなさい」

「そそそれは出来ない!」

「誤解しないで。たぶんさっきの戦闘で負傷して、ビブ君の未熟な治療を受けたのでしょう?ついでに治してあげるってだけ」

 ためらったファボから判断を求める視線を向けられたビブはすぐに指示した。

「ザギは急いでクルト連れてきて。ファボは心配ならエミリーと残ってていいから。グリラさん、急いで。クルコさんから!」

 ザギが森へと駆け入っていく姿を見送ると、グリラはクルコの傍らにひざまずき、心臓の上に手を当てて言った。

「ビブ君。誰かを蘇生させたことは?」

「いいえ。まだ一度も」

「そう。生命の元素の扱いは理屈じゃなくて、死にかけた相手を救えるかどうか、癒せるかどうか、どの器官がどの程度傷ついているのか、見るのじゃなくて感じなさい。小器用になるだけじゃ、私には届かないわよ。永遠に」

 ビブが見たところ、グリラはほんの一欠片の生命の元素オルガを注入し、電気の様な刺激を心臓に与える事で、

「かはっ!」

 あっと言う間も無くクルコの息を吹き返させた。

「また切りかかられるとうざったいから生命力吸収ドレインしとくけど、邪魔しないでね」

 目を覚ましたクルコが身動き一つ出来ない状態を確かめると、グリラはビブを伴ってエミリーの傍らにしゃがみ込み、手を傷口付近にかざして具合を検査した。

「つぎはぎしただけね。これじゃ激しく動いたら傷口が開いてしまうわ」

「すみません・・・」

「蘇生と同じ。場数を踏みなさい。ゴブリンも人間もオークもオーガもノームも他の生き物も、それぞれ少しずつ体の構造は違うから」

「はい」

 グリラは、当て布を充てただけに近かったビブの未熟な治療を、エミリーに痛みを一切与える事なく一滴の血も流さずに、生命の元素で細胞を再生させて傷跡を完全に消し去り、新たな血液まで複製して血管に注ぎ足した。一連の動作には一切の無駄が無かった。

 ビブに崇拝の眼差しで見つめられたグリラは立ち上がって言った。

「慣れれば誰でも、いえビブ君にもこれくらいは出来るようになるでしょう」

「あなたに殺される前にですか?」

彼女(管理者)のご機嫌次第かしらね」

「お世話にもなっておいてこんな質問するのも気が引けるんですけど」

「言ってごらんなさい」

「あなたに自由意志は認められているんですか?テューイに認められてるのは見れば分かりますけど、でも」

「その先は口にしないでおきなさい。下手すれば私が手を下す前に彼女自ら手を下すかも知れないんだから」

「そうですか。結構気が短いんですね」

「そうとも言えるわ。もう何百年と誰かを待って、これから後どれくらい待てばいいかわからず、待ってても来るかどうか誰も知らないし教えてくれないんだから。仕方ないとも思わない?」

「何となく、あなたが選ばれた理由がわかりました」

「それ以上は言わないでおきなさい。少なくとも、私の前では」

「はい」


 そしてザギがクルトとテューイを連れてくると、グリラは言った。

「テューイ、今日はあなたには用は無いの。変な気起こさずに離れてなさい」

 テューイが口を開かずに引き下がると、グリラはクルトに歩み寄って告げた。

「ミミシュからの言伝よ。彼女はガルドゥムの子を身ごもった。ミミシュがガルドゥムの側に留まって彼の子供を産み、育てる限り、ガルドゥムはあなたの命を狙う事をあきらめる。二人の約束は<管理者>の名において誓いと認められた。だから、あなたとはお別れという事ね」

「認められるか、そんな戯けた約束を!そんな誓いが正当な物である筈も無い!グリラ、あなたなら私を二人のもとに連れて行けるのだろう?彼と私を立ち合いさせ給え!それで全ての決着はつく!」

「バカね。そうしたくないから望まぬ誓いをミミシュは立てたんじゃないの」

「そんな誓いを私が認める筈が無いのもミミシュなら分かっている筈!」

「だったら、自分の力で至りなさい。彼と彼女のもとへ。けれど覚えておきなさい。例え彼らの元にたどり着き、彼を討ち取って彼女を救い出せたとしても、あなたは彼女に宿った子供の父親を殺すのだという事を」

「ミミシュとて望まなかった子であろう。ならば!」

 グリラが殺気をみなぎらせて凄んだ。

「彼女が望んだ子を宿せなかったのは誰のせいなのかしら・・・?そんな誓いをレウゾに立てさせられたのは誰のせいなのかしら・・・・・?!」

「わ、私の、せいだ・・・。だが」

「口を閉じなさい。そして選びなさい。ここで死ぬか。レゥゾを選ぶか。愛人ミミシュを選ぶか。ミミシュを選ぶというならレゥゾはあなた達に対して刺客を差し向けるでしょう。禍根を断ちミミシュを選ぶというなら、先ずレウゾを殺してきなさい。そうしたらあなたをミミシュ達がいる場所へと連れていってあげる」

「それは・・・、出来ない。あなたには理解し難いだろうが、私は二人を」

 がごっ!という大きな音が響き、グリラのつま先がクルトの股間にめり込んでいた。

 クルトは声もなく地面に倒れ込み悶え苦しんだ。

「感謝なさい。<管理者>の制止が無ければ、いいえミミシュの懇願が無ければ、お前はこの場で私が何度でも殺した。四肢を分断し、お前のそっ首を叩き切っても生かした上で、お前自身の両手両足でお前の全身をめちゃくちゃに解体してから目をくり貫き鼻を耳をむしり取り、最後は頭蓋骨を外してからお前自身の両手で脳髄を掻き出してお前の口に詰め込んで殺してやった。ガルドゥムになどらせはしない。この私の手で!」

 息を荒くしていたグリラだったが、ザギやビブやテューイが自分を見つめる怯えた表情に気がつき、呼吸を整えてから、袖口から小袋を一つ取り出してザギに投げ渡した。

「何だよこれ?」

「ミミシュの髪の毛。一ヶ月。その間に辿り着きなさい」

「どうしてこれを、っておい待てよ!」

 ザギの質問には取り合わず、グリラは姿を消してしまった。

「<管理者>が後ろについてるんだし、こっちの行動は逐一全部ばれてると思った方がいいよね」

「だとしてもな、面白くねーぜ。おい、クルトのおっさん、生きてっか?」

「生きてたしても、壊れてたりしたら、ぼくには修復できるかどうかわからないよ」

「ま、まぁ、ダメ元でもやってみるしか。何事も経験でしょう。グリラも言ってた通り」

「器用貧乏じゃダメってのは、確かにそうかもだしね。あと一ヶ月で出来る事は限られるだろうし」

「だな。サラを見たり触ったり出来るようにならないと全部がダメってか」

「ぼくが蓋を外してあげられればいいんだけどね」

「まだ何の蓋かも分からないんじゃなー」

「トウイッチのあの薬改良したの使ってる間は、いくつかの元素オルガを操作出来るようにはなったんだけどね。グリラは見るんじゃなくて感じろって言ってたし」

「焦ったってしょーがねーし、出来る事か、出来そうな事からやってこーぜ」

 そうしてザギ達は、オーガ達をテューイに中空に浮かべてもらって連行しながら、トウイッチの森の中へと帰還を果たした。

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