第二十六章 オーガ達の襲撃
トウイッチの森を遠くに臨む丘の上で、あちこちが不自然に隆起した地面の背後に隠れながら、ザギは悪態をついた。
「くっそ、こいつら、どっから出てきやがった!?」
「ほらほら、隠れてていいのかい?とっとと出てこないと、あんたのお仲間達はみんなやられちまうよ?」
女オーガの野太い声が挑発してきた。
「うっせー!お前は俺が倒してやる!」
ザギは隠れていた隆起の上に飛び登り、仲間達がまだ無事に戦っている姿を見つけて内心ほっとした。
襲ってきたのはオーガが4人に、ノームが1人。
ザギが相手のボスと見られる片腕の女オーガと向き合うと、近くにいたファボが助けを求めた。
「ザギ様、ちょっと、ほんの一瞬でいいから手伝ってくださいいっ!」
「せっかくの魔法の武器も使えなけりゃ宝の持ち腐れだな。そんくらいの隙、何とか自分で作れ!」
「そんなー!ってひぇぇぇ!?」
ファボの頭を両断すべく振り下ろされた長剣をファボは双剣で受け止めようか迷ったが、その勢いを殺せないと賢明な判断を下して脇へ飛びのいて何とか回避した。
オーガの剣は勢いあまって地面に深々と刺さったが、ファボが好機と見て雷撃を溜めようとする前には引き抜かれて次の一撃を繰り出していた。
何とかその一撃を弾き、互いの武器が触れあった時にオーガの動きは一瞬止まるのだが、短すぎてビブの反撃は間に合わなかった。
ファボの脇ではビブが相手の武器から逃げ回っていた。太く長い鎖の両端に大きな鉄球をつけたフレイルから、薬の効果で普段より素早く動き、地面を大きく抉る鉄球の連続攻撃を身軽にかわしていた。
「ビブ、余裕あるならとっとと片づけてファボ助けてやってくれ」
「そう軽く言わないでよ。こっちだって一度間違ったら頭つぶされそうなんだから」
そう言いながらもビブは腰に下げた袋の一つの口を開き、かわした鎖に袋の中身の液体を振りかけていった。
ウルベは自分より背丈が1メートル以上高い相手の剛槍の連撃を剣と盾で防いでいたが、なかなか攻撃の間合いにまで踏み込めないでいた。
ドォン!
爆裂音が響き、ゴブリンよりも背の低いノームの手にした鉄筒の先から放たれた細かい鉄の弾の雨がエミリーの空気の盾に防がれていた。ビブ曰く銃という武器だった。
「エミリー、そっちもまだかかりそうか?」
「ええ。あちこちに隠れながら撃ってくるから、まだかかりそう!」
ノームの男は、分厚い土壁もぶち抜いてくる大きな単弾と、広範囲に小さな鉄の弾をばらまく散弾を使い分けながらザギ達を複数射線上に捉えるよう撃ってきていたので、エミリーが防いでいなければ何人かはとっくにやられてしまっていたであろう厄介な相手だった。
「余所見してていいのかい?」
そして、ボスの女オーガ。左腕が肩の付け根辺りから無く、右腕には短槍を携え、頭部や胸部は鉄板鎧で、それ以外は鎖かたびらを着込んで覆っていたが、異様なのはその両足にはいている無骨過ぎる金属製の靴というか膝までを覆うブーツだった。
「ふん!」
女オーガが片足を上げて踏み下ろすと、ザギの足下の地面が槍状に変化してザギの体を下から貫こうとした。
ザギが後ろに下がりながら槍の先端をハンマーで打ち砕くと、女オーガはもう片足も地面に打ちつけた。
ザギの視界にも足下にも地面は隆起してこなかったが、ザギは背後からの殺気を感じて前方に転がった。
ザギの後背の地面から伸びてきていた土槍は正確にザギの心臓があった位置を貫き、前転したザギを追いかけるようにその槍先を伸ばしてきていたが、ザギは起き上がり様に追ってきた土槍を打ち砕いた。
「やるねぇ」
「お前もな。だけどこれで手の内全部明かしたわけじゃないんだろ?とっとと見せてみろよ」
「お望みとあらば見せてやろうじゃないか」
女オーガが両足に力を込めてつま先を地面にめり込ませると、ザギの両足が地面に埋まり込んで抜けなくなった。
「おおっ!?これずるくねぇ?!」
「戦いってな、そーゆーもんだろ?」
女オーガはためらいなく短槍をザギに向かって投げつけた。短槍といってもザギの背丈くらいはある鉄製の槍をザギは<親指潰し>で作り出した空気の盾で受け止め、そのままくるりと槍先を女オーガへと回して投げ返した。
女オーガは太腿に投げつけられた短槍を易々と受け止めて言った。
「あんたのだって十分ずるいじゃないか」
「お互い様ってことだな」
ザギはピックを足下に突き入れ、地中に空気の盾を展開することで両足を捕らえていた土塊を粉砕した。
「てめぇぇ、このチビ何をしやがったー!?」
ビブが相手をしていたオーガの両手は、握り込んだ鎖から手を離そうとしても離れなくなっていた。激昂したオーガは距離をつめ、ビブの体を両手の間の鎖で捕らえようとした。
ビブは腰の後ろに手を回し、自分自身で開発した武器を握り込んだ。首の周りに円を描いた鎖の輪をかいくぐると、身長3メートルはあるオーガの股の間に立って刺突武器を両手で突き上げた。
「ぎょっふっ!?」
奇妙な悲鳴を上げたオーガは、鎖がくっついたままの両手でビブに刺された場所を庇おうとしたが、数度ぴょんぴょんと飛び上がったかと思うと、全身を痙攣させ口からは泡を吐きながら気絶した。
「グーガめ。あれほど油断するなと言ったのに情けない」
女オーガが再び両足に力を込めてつま先を地面にめり込ませると、今度は相手を倒して喜んでいたビブの足下が地面に埋まり込んだ。
「ビブ、よけろ!」
「ふん!」
ビブが女オーガの方に向き直るのと、短槍がビブの体の正面を捉えたのは同時だった。ザギは完全に間に合わず、そのまま短槍がビブの体を貫く様を想像してしまった。
だが、短槍はビブの体の寸前で動きを止めたかと思うと、はるか彼方の方角へと投げ飛ばされていった。
「エミリーか?」
「そうよ。油断しないで、早いとこその女オーガをやっつけなさい!」
「えらそうに言うなよリー!」
「あんたは私のぱしり一号でしょ」
「助かったよエミリー。ザギ、二人であいつを倒すよ」
「ファボのが危ねぇけど、今のをやられたらそのまま殺られかねないし、やるか」
再びドォンという銃声が上がり、エミリーの背後から散弾が襲いかかったが、予め展開されていた空気の盾によって全て防がれた。
エミリーは自分にもかけていた浮遊の魔法をビブにもかけると、一か八か、地表すれすれから5メートルほどの上空に上昇した。
「見つけた!」
あちこちが不自然に隆起した地面の背後に隠れて弾を込めていたノームに向かって、エミリーは数倍の重力をかけて押し潰そうとした。
ノームはその寸前で銃口をエミリーに向け、引き金を引いた。
弾頭に特殊な細工を施された三種類目の弾は、エミリーの重力の檻に捉えられて減速しわずかに狙いをそらしたが、ノームの傍らから離れると加速し、エミリーが慌てて展開した空気の盾をも貫き、その脇腹を抉っていった。
激痛に悲鳴を上げたエミリーは、傷口を押さえながら地面へと落下した。
「リー!」
間髪を入れずにザギはリーの元へと急いだが、ノームの男が次弾を装填し、エミリーに向かって発射する方が早かった。
ドォン!
と無情な銃声が再び響き、数十の散弾が身動きの取れないエミリーに襲いかかった。ザギは強引に身体を散弾とエミリーの間に割り込ませ、空気の盾で弾を防ごうとしたが、十分な大きさでなかったそれは全てを弾き返すことは出来ず、右足と左肩に傷を負った。
ザギは自分の傷にはかまわずエミリーの様子を確かめたが、幸運にもいくつかの弾がかすめただけで済んでいた。
「ビブ、悪ぃけどそっちしばらく持たせてくれ!」
「わかったよ、ザギ!リーを助けてくれてありがと」
「ザギ様ありがとうございますていうかこっちも出来たら早く助けて助けてもう死ぬ死ぬ死んじゃうー!」
「順番だ。てか、お前がリーの守護戦士じゃなかったのかよ!」
「そうなりたいけど今はまだなれてないのはわかってますー!」
そんなやりとりをしつつもザギはノームへと距離を急速につめたが、土の隆起の背後に隠れたノームは何かをザギの足下へと転がしてきた。
それが何かザギは知らなかったが、ノームの気配を探ってそこだと思った辺りにハンマーでその球体を打ち返した。
自分の身体を覆うように空気の盾を展開した直後には球体がバンッ!と音を立てて弾け、中からは数え切れない尖った鉄片が飛び出した。
「ぐぎゃっ!」
という叫び声と鉄片がぐさぐさと生身に刺さる音が響いた。
ザギは声のした方に向かい、隆起した土の裏側で倒れ、傷をあちこちに負って悶えているノームを発見した。
ザギはハンマーでノームを気絶させ、銃をさてどうしたものかと迷った。引き金がおそらく重要な部品なのだろうと当たりをつけて壊してから情勢を改めて確かめた。
ビブは地面に手を突きながら、おそらくは女オーガの地面に対する干渉を土の元素操作で打ち消して時間を稼いでいた。ウルベは一進一退の攻防を続け、ファボは危うい状況が続いていたが、ザギはまずエミリーの傷の具合を確かめに戻った。
「リー、おい、リー!?エミリー?起きろ!まだ戦いは続いてるんだぞ!」
そうは言っても脇腹の傷は深いらしく、着ている服と地面が真っ赤に染まっていっていた。
「サラ、おいサラ!このままじゃエミリーが死んじまうぞ?それでいいのかよおいっ?!」
しかし先日王宮で見たような入れ替わりは起こらず、ザギは舌打ちしてビブを手助けする事に決めた。
「ビブ、リーの傷がヤバい!とっとと片づけるぞ!」
「わかった!この相手の土の元素操作は抑えてるから!」
「おうよっ!」
女オーガは土の元素操作ではらちが明かないと見て肉弾戦で片を付けようとビブに駆け寄った。ファボと相対していたオーガは雷の双剣を握るファボの両手を器用に下から盾で跳ね上げて銅をがら空きにさせ、
「終わりだ」
と告げ長剣をファボの胴に振るった。
ザギもビブも女オーガに意識を向けていてファボは悲鳴を上げる暇さえなかったが、唐突に飛び込んできた人影がオーガの長剣を跳ね上げつつ肘の内側にもう片方の剣を突き込んでファボの命を救った。
「だっさいなー君。童貞でしょいや間違いなく」
「童貞って言うなやってあなたはー!?」
「クルコ。君はこれで一生の恩を負ったの。サラ様でもエミリー様でもなく、あたしに対してね。そこ、重要だから忘れないように!」
クルコは両手に短剣を構えて長剣と盾を手にしたオーガを防戦一方に追い込んで言った。
「ザギ君とビブ君はとっととそこの女オーガをシトメなさい!」
「言われまでも無ぇ!」
ザギは自らにかかっている重みの大半を打ち消して急加速し、ビブを蹴り飛ばそうとした女オーガのごつい魔法のブーツにハンマーを打ちつけた。
「吹っ飛びな!」
そう言ったのは女オーガの方だったが、渾身の力を込めた筈の片足からは重みが全て奪われ、自分の半分くらいしか高さの無いゴブリンの一撃で打たれた片足は宙に弾き返され、反動で女オーガの上半身は顔から地面に激しく打ちつけられた。
顔が地面にめり込んで何が起こったのかも分からずに身体を起こそうとした女オーガは、しかしザギに後頭部を強打されて気絶し、地面に横たわった。
「プヘルテ様!」
まだ抵抗を続けていた長剣と盾のオーガだったが、ザギがピックを女オーガの頭部に突きつけ、
「降参しなければこいつを殺す」
という脅迫に屈して長剣を地面に突き刺し、
「分かった。しかしプヘルテ様は助けろ」
と降参しようとしたが、クルコは躊躇わず降参したオーガの両首筋に切りつけようとした。
「殺すなっての!」
クルコの斬撃は身体が宙に浮かされた事で空振りに終わった。
「ザギ君はゴブリンのくせに甘いなー。そのうち命取りになるよ?」
「うっせ。こいつらの素性も襲われた理由も分からねーのにただ殺してもしょーがねーだろ」
「どうせその後も殺さないでしょーに」
「そんなんその時にならねーとわかんねーよ。ていうかファボを助けてくれた事については礼言っとく。あんがとよ」
「どういたしまして。こっちも下心あって助けたしね」
「どーせ取り上げられた武器目当てだろ」
「当たりー!てそりゃゴブリンにだって分かるか」
「あたりめーだ。てかビブ、さっさとリーの治療を」
「もうやってるよ。けっこう深い傷だけど止血はしたし、内臓とかはあまり傷付けられてなかったみたいだから、何とかぼく程度の生命の元素操作でも治せた、ぽいよ」
ウルベと戦っていた長槍のオーガは、ザギ達に言った。
「俺ら、おまえらに負けた。手下になってやってもいい。けど、プヘルテ様は助けろ。助けてくれるなら、俺を殺してもいい」
「俺もだ。先に倒されたグーガもきっと同じ事言う」
「ええと。いろいろ聞きたい事があるんだけどさ」
ビブはオーガ達に尋ねた。
「あなた達はどうしてここにいたの?たまたま?」
「俺ら、プヘルテ様と一緒に、モーマニーの宮殿跡に行くつもりだった」
「どうして?国が滅んでしまったのは知ってるみたいだけど」
「オーガ、魔法の武器あれば人間に負けない。でも魔法の武器持ってたガーポはオーガを裏切った。あいつ、人間とオーガの間に生まれた半端者だったくせに」
「ガーポは殺されたよ。グリラに」
「そのグリラも、テューイも、狙うつもりだった。プヘルテ様のいた群、連中に滅ぼされたから」
「でもトウイッチの森には入り込めなかったから、近づく連中を狙ってればもしかしたら会えるかも知れないと思った」
「マジかよ。俺とビブもその同じ群にいたけど、プヘルテなんていたかなー」
「オーガがゴブリンの見分けがつかないように、ゴブリンもオーガの見分けがつかないせいかもね。とにかく、ザギはオーガ達の武器取り上げて運んで。ぼくは鎖使って枷作るから」
「作ってもぶっちぎられるだけなんじゃねーの?」
「気休めだとしても、やらないよかマシだよ。ファボ、傷は負ってないよね。エミリー運んであげて」
「はははいっ!喜んで!」
「サラがいつ起きてくるか分からないから、よけいな真似はしないようにね」
「もちろんですよやだなーもう、そんな信用無いですかーぼく?」
「もちろんだよ。だって君、さっきもサラ様というかエミリー様守れてなかったじゃん?」
「クルコ様厳しい!でも相手はぼくよか二倍は大きなオーガでしたし雷撃を生成する余裕もくれませんでしたし!」
「言い訳はいいからさ。ま、お説教は後でしてあげるからあたしに付き合う事。いいよねー?だってあたし君の命の恩人なんだし」
「ぐうう・・・。こんなかわいい命の恩人なら泣いて喜ぶべきなんだろうけど複雑」
「ファボ、ウルベも手伝って。クルコさんは枷作る間にオーガ達が変な事しないように見張ってて下さい」
「あいよー、ビブ君。君は相変わらず優秀そうだね」
ビブはグーガの手に貼り付いた鎖を溶剤を使って溶き放ち、重い鉄球も含めてオーガ達の両足を連ねる足枷とした。
ビブはそれからノームの武器になるような物はすべて取り上げてから傷を治療し、両手足を拘束してから起こし、一行はトウイッチの森へと向かった。




