第二十四章 顕現
玉座の間には先客がいた。それも、飛びきりやっかいな先客だった。
「サラ!ぼくの永遠の憧れの人!このぼくに唯一ふさわしかった女性!どうして君は死んでしまった!?結ばれるべき夫だったこのぼくを置き去りにして!」
エミリーは唐突に聞こえてきた声に立ち止まり、通路の角から玉座の間をのぞき込んだ。床に座り込み、サラの死を嘆いている見目麗しい若者と彼を取り巻く護衛達の姿を目にすると、素早く手前の通路まで引き返してラメニー達に小声で問いただした。
「どうしてエフェリスがいるのよ?!」
「どうしてと言われましてもご覧になられた通りですが」
「十大商人で主席のモーマニー様に次ぐ第二席だったウルズ商会総代ゼリング・アル・ウルズ様の孫として、第五席フェビー・エル・ウルズ様と共に、モーマニー様の至宝捜索の任に当たられています」
「というのはただの名目で、亡くなられたサラ様を悼んで金満宮から離れられなくってー、夜も昼もなくサラ様の姿を追い求めてあちこちをうろつき回ってるんだなこれが~」
三人の説明にエミリーは頭を抱えてうずくまった。
モーマニーの後継者であるサラに公然と求婚していたウルズ商会総代の孫エフェリス。その美貌と、ウルズ商会の次々代総代と目されている社会的地位と財力などを兼ねあわせ、周辺諸国の独身淑女達から最も熱い注目とアタックを受けていた人物。
しかしそれらの女性を誰一人として相手にせず、サラただ一人に愛を告げ続けたが、サラにその気はなかった。一人学問や魔法の研究に打ち込む事を好んだ彼女の代わりに、エフェリスを何度となくふる役目を仰せつけられていたのが当のエミリーだった。
「一番会いたくない相手がよりにもよって・・・」
「<最悪の災厄>を除けば確かに出くわすのに最悪な相手ですね。しかも玉座の間でサラ様が亡くなったのはエフェリス様も知ってますから、一度居座ると一晩中でもそこを動きませんよ」
「それは、困る・・・。ね、どうにか、穏便に、彼とその護衛をどこか余所に誘導できないかしら?」
「俺がやろうか?適当に騒ぎ起こせば、どっかもっと安全な場所に逃げて行くんじゃないか?」
ザギの提案を、ラメニーは却下した。
「それは良策とは言えない。すぐにでも彼の護衛達がエフェリス様のいる場所に非常呼集され、王宮が封鎖されてしまうのだ。サラ、いえエミリー様以外は誰も逃げ出せなくなってしまうだろう」
「じゃー、そのエフェリスってのを人質に取るのは?」
「それは下策だ。ウルズ商会がその威信にかけて君を八つ裂きにするまで地の果て海の果てまでも追い続ける事になる」
「本当なら、そっとしといて、頃合いを見ていなくなったら戻ってくるのが一番いいんですけどね」
「そうなんでしょうけど、でも、長く滞在すればするほど、どこからか私が王宮にいるって情報は漏れてしまうでしょうし・・・」
エミリーのあきらめきれない様子を見たクルコが提案した。
「うまくいくかどうかわからないけど、あたしが試してみましょっか?」
「何を、どうやって?」
シャイラとラメニーはあまり好ましい顔をしていなかった。
「いやー、あたしね、フィビーのおっさんにはちょっとだけ顔が効くんだ」
「顔っていうか、体だろうに」
「姉さん容赦ないな~」
「当たり前だ。私達は家族みたいなものなんだからな」
「それに、フィビーもウルズ商会の中枢を占める人物の一人。エミリー様の存在をかぎつけられたら、とても厄介な事になる」
「そりゃそーかも知れないけどさ、今は目の前のエフェリス様をどーにかしたいんじゃないの?まー、あたしはどっちだって構わないけどねー」
クルコから判断を求める視線を送られたエミリーはビブ達に助言を求めた。
「ね、何かいい考えない?」
「本当は、あいつがいなくなるのを待つのが一番良いんだろうけど、誰か見張りを残してく可能性もあるし、不意に戻ってきたりする事も考えるなら」
思慮を巡らすゴブリンという存在に、ラメニー達は素直に驚いたが、ビブは彼女達の反応を気にしなかった。
「エミリー、薬を、気付かれないように吸い込ませられる?」
「たぶん、出来るわ」
ビブは腰に下げた小袋のいくつかの中身を確認しながら、ラメニー達に尋ねた。
「あの護衛の中に、元素の操作に気付ける人はいますか?」
「いる。エフェリス護衛隊長のイエレンは、その仕事柄、魔法の検知と防御にとても秀でている。気付かれぬようエフェリス様に目的を果たすのは非常に困難だと思われる」
「じゃあ、その人の注意を他に向けられればいけるかな」
「その役目はあたしがやってあげてもいいけど」
クルコは目の高さをビブに合わせて言った。
「どんな薬を使うつもりなの?」
「ただの眠り薬だよ。毒じゃないです」
「よしわかった。君を信用するよ。ラメニー、姉さん、ここは任せてもらえる?」
「いいけどさ、後からもめ事に巻き込まれるんじゃないかい?」
「そしたら新しいダーリンに守ってもらうよ~。じゃ、エミリー様、ビブ君、うまくやってね!」
「待っ!」
ラメニーの制止は間に合わず、クルコは玉座の間へと堂々と姿を現し、エフェリスとイエレン達に近づいていった。
「やぁー、こんばんわ~!エフェリス様、相変わらずめそめそ泣いてますね~!」
エフェリスは泣きはらした赤い目をクルコに向けて嘲るように言い返した。
「ふん、誰かと思えばフィビー叔父上の娼婦か」
「あー、ひっどーい!お金なんてもらって、たりはするかも知れないけど、でもそれはウルズ商会から暁の車輪に対して支払われてる傭兵契約に対してだよー。せめて愛人て言い直しておぼっちゃま」
「クルコ、貴様が叔父上のお気に入りの情婦だとしても、このぼくと対等に口を利ける存在だと思うなよ」
「思ってませんて。なはは。ただしー、王宮内の警備はあたし達暁の車輪に任されてるお仕事でもあるんですよ。その契約の重み、おぼっちゃまにもお分かり頂けてるものと思ってましたけどね~」
エフェリスはクルコに興味を無くしたように顔を背け、代わりにイエレンがクルコに告げた。
「その様子だとお主は今非番だろう。フィビー様もここにはおられない。お部屋でも訪ねてみればよかろう」
「まー、そーだよねやっぱりー」
クルコはさりげなくエフェリスとイエレンの間に割って入り二人の間をイエレンの背後へと通り過ぎながら、イエレンの顎先に指をかけて自分に視線を向かせて告げた。
「てゆーか、見つからなかったら、イエレンさんでもいいかなー。たまにはあたしと遊んでみない?」
「遠慮しておく。お主と遊ぶというなら閨の技ではなく剣の技をもってだろう」
「そーかなー。あたしはどっちだっていいんだけどねー」
イエレンがクルコの指先を外したのと、床に座り込んでいたエフェリスがせき込んだのは同時だった。
「ぐ・・・ふっ」
「エフェリス様!これは!?」
目に光りを無くし、床に倒れ込んで寝息を立て始めたエフェリスを見て、イエレンは何が起こっているのか一瞬で状況を把握して息を止めたが、彼と共にエフェリスにつき従っていたもう二人の兵士もやはり何かを吸い込まされてそのまま意識を混濁させて床に崩れ落ちた。
イエレンは無言のまま剣を抜き、クルコに向かって切りつけたが、クルコもまた獲物の不揃いの長さの双剣を抜いて受け止めた。
「あれー、やっぱりあたしと遊んでくれるのー?つきあってあげてもいいよー?」
イエレンはクルコに殺気が無い事を悟ると息を止めたままエフェリスの肩を担ぎ、数メートル移動してから尋ねた。
「どういうつもりだ?団長自らが命をかけて築いた信頼をお主はたった今損なったのだぞ?」
「何のことかな~?」
「ふざけろっ!」
イエレンは左肩にエフェリスの体をもたれかけさせながら、クルコに剣を振るったが、不自由な剣は易々と弾かれてしまった。
ふと、イエレンの体にかかっていたエフェリスの体の重みが唐突に消えた。驚いたイエレンが振り返ると、十歳の子供ほどの背の高さの何者かが、ローブのフードで顔を隠しながら、エフェリスと自分の体から体重を奪い、二人の体を宙に浮かせた。
「ばかな、これは、テューイ殿も使われた技!?何者?っぐ!?」
エフェリスとイエレンの体は肩を組んだまま天井に向かって上昇を続け、その途中でエミリーによって操作されたビブの眠り薬を吸い込まされ、やはり眠りに落ち、床にゆっくりと降ろされた。
「もー大丈夫だと思うぞ?リー」
「ありがとう、ザギ。それにクルコも。でも、大丈夫なの?」
「あたしは通りがかっただけですからね」
「その言い分が通れば良いのだがな・・・」
「姉さんてば心配しすぎー。さ、エミリー様、お早く」
「ありがとう、クルコ。それに他のみんなも」
エミリーは足早に、かつてサラの死を確認した玉座の間の片隅へと向かい、その場所に膝と手をついた。
「サラ様。いえ、姉さん。あの時は置いていってごめんなさい・・・」
エミリーはしばし黙祷した後、バルロー達の集落で母達の気配を感じようとした時の様に、すでに亡くなっている姉の気配を感じようとしてみた。
反応は、当然の様に、無かった。母達の時と同じように気配を探る方角を微妙に変えてみたが、結果は変わらなかった。
「リー、何かわかったか?」
ザギの質問にエミリーは首を左右に振って答え、さらに疑問を口にした。
「もし感じられないのなら、どうしてバルローは私をここに導いたのかしら・・・?」
エミリーはローブのフードも外してみた。それで特に何かが変わるわけでもなかったが、クルコの背後の別の通路から一人の壮年の男性が入ってきた事に気がついた。
「お久しぶりです、サラ様。いえ、おそらくエミリー様ですね」
顔を見られたエミリーは開き直り、挨拶を返した。
「お久しぶりですね、フィビー。やっぱりあなたも私という存在を知っていたの?」
「あまりウルズ商会を甘く見ない事です。公然と知っていたのは総代だけでしたが、それとなく観察してれば分かる事です。エフェリスは気付いてなかったようですがね」
フィビーはクルコの隣に立つとその腰に腕を回して言った。
「あまりに君が遅いものだから探しに来てしまったよ」
「待たせてごめんねダーリン。でも、収穫はあったんじゃない?」
「収穫につながるかどうかは微妙なところだな」
フィビーが踵を打ち鳴らすと、王座の間への通路は全てウルズ商会の手勢でふさがれた。
「あなたがサラ様ならこんな囲みに意味は無いがね。エミリー様、モーマニー様とサラ様は今いずこに?」
「二人とも殺されたわ。<最悪の災厄>に」
「なるほど。そうだとして、モーマニー様の至宝は今いずこに?」
「知らない。テューイも知らないと思うわ」
フィビーは頭ごなしには否定せず、ラメニーに問いかけた。
「ラメニー、再度の捜索の結果は?」
「探せる限りを探しましたが、影も形もありませんでした」
「なるほど。ではエミリー様。あなたはなぜここに戻っていらしたのです?災厄の渦中に自らを投じる事は分かりきっていたでしょうに」
「長くなる話を要約するなら、私達はね、<最悪の災厄>を倒さなきゃいけないの。もし失敗したり逃げ続けたりすれば確実な死が待ってるの」
「なるほど、あなた達もモーマニー様やサラ様と同じように目をつけられてしまった訳ですね。しかしここに戻ってくる事に何の意味が?」
「<最悪の災厄>を倒す為の手がかりが、ここに来れば掴めるんじゃないかってある人に教わってね。危険なのは分かってたけど来てみたの。怖じ気付いても仕方なかったしね」
「なるほど。嘘をついてるようには聞こえませんが、もし本当なら確かに厄介な状況です」
「だから、今はあなた達に関わってあげられる暇は無いの。エフェリス達には申し訳ない事をしたけど、私というかサラ様が生きてるだなんて希望を持たれたら始末に終えないから、出来れば伝えないでおいてあげて」
「確かに、ウルズ商会の利益という見地からしても、それは合理的な判断でしょう。しかし」
「しかし?」
「あなたが亡くなる前に、モーマニー様の至宝は我がウルズ商会が手に入れます。その為に、あなたは何らかの役には立つはずです。黙って見逃せる筈もありません」
各通路を塞いでいる男達がじりじりとエミリー達に距離をつめてきた。
「知らないって言ったわよね。それ以上、私に手伝える事なんてないわ」
「それを判断するのはあなたでなく私達ウルズ商会です。拘束させて頂きますよ」
「出来ると思ってるの?」
「サラ様なら無理だったでしょう。しかしエミリー様、あなたなら、使えるのは重力制御とそれを応用した空気の魔法だけの筈。なら、対処は如何様にも出来ます」
「あらそう?私が知ってる秘密を今ここであなた達にも聞かせれば、あなた達にも確実な死がもたらされるけどそれでも?」
フィビーは一瞬だけ怯んだが、エミリーを守るように立つラメニー達の姿を見て言った。
「今ここにいるのが私とウルズ商会の者だけならあなたはそうしたかも知れません。しかし暁の車輪の顔なじみ達まで同じ危機にさらすでしょうか」
今度はエミリーが怯んだが、ザギはフードを外して励ました。
「リー、こんな連中相手にびびってんじゃねぇぞ。こいつら全員合わせてもグリラのおばちゃん一人相手の方がずっとやばいんだからな」
「くすっ。それもそうかもね」
「もーここまで来たらなりふり構わなくてもいいだろ。ビブ、そこの寝てる髪長い男、人質にとっちまえ。ファボとウルベはその周りの連中をふんじばっちまえ」
ビブがエフェリスに駆け寄ろうとするのと、クルコが間に割って入ろうと駆けだしたのは同時だった。
ビブが腰に下げた袋の一つを開こうとするのを見て、クルコは片方の剣でその手首を、もう片方の剣で首筋を切りつけようとした。
「させねぇっ!」
ザギが<親指潰し>を取り出して下から上へと振り上げると、クルコの体は中空へと浮き上がり、その双剣はむなしく宙を斬った。
「およ~、君のそれ、テューイさんのと同じ魔法の力持ってるんだね」
「おうよ。分かったらしばらくそこでじっと」
「してあげなーい。なぜならー、魔法の武器持ってるのは君だけじゃないからー!」
クルコの双剣の柄がぼうっと青白く光った直後、二条の雷鞭が迸ってザギとビブの体を貫いた。
「ぐぎゃっ!」
「痛てぇぇぇっ!?」
ビブは一瞬で気絶してエフェリスの側に倒れ込み、<親指潰し>で受け止めたザギも感電して痺れて床に膝をついた。
重力制御を解かれて着地したクルコは、続けてファボとウルベにも雷鞭を振るった。
ウルベは木と皮の盾で防ぎ、クルコとザギ達の間に割り込むように剣を振るった。盾を持たないファボは思いつきで剣を体の前にかざし、直前で手を離すことで感電を防いだ。
「へぇ、やるじゃん!」
クルコはウルベの斬撃を易々と弾き、ファボが床に落とした剣も弾き飛ばすと、ファボの鳩尾に蹴りを叩き込んで昏倒させた。
「ファボ!」
「エミリー様、他人の心配してる場合ですかー?」
クルコが一気にエミリーへと踏み込もうとした時、その前にはシャイラが立ちふさがった。
「クルコ。あんたがフィビー様と懇ろな仲になるのは大目に見てたけどね、いつからウルズ商会の私兵になったんだい?」
「おやおや~?あたしは気が向けば誰とでも寝ますし~、それに姉さんの許しはいらない筈ですし~、暁の車輪はウルズ商会に雇われてるんですから命令を聞くのは当然じゃないですかー?」
「うちらは雇われてはいるけどウルズの私兵じゃない。暁の車輪の頭はウルズ商会じゃなくてラメニーさ」
「じゃーラメニーさんに聞きますよ。ここでエミリー様を取り押さえるのがウルズ商会からの命令ですけど、ラメニーさんは逆らうんですかー?」
クルコの双剣に宿る稲光はウルベをして近寄るのを躊躇うほど大きく激しいものになっていた。
「暁の車輪がウルズ商会から請け負ったのは、モーマニー様の至宝を探す事。その為に王宮内部を外部から守る事。一連の目的の為にウルズ商会を警護する事。以上の三つだ」
「その中にはエミリー様の確保は含まれてないって言い逃れるつもりなんですかー?」
「エミリー様は知らないと仰られてる。本来なら協力を求めるべきだが、確実な死が迫っている状況下ではそれも難しいだろう」
「だから死んじゃう前に情報を絞りだそうと」
「望んだ情報が出てこなかったら殺し損ではないか。取り返しもつかない。後から協力を仰いだ方がよほど目的の達成には近づけるようにも思う」
「ラメニー、君の言い分にも一理ある。私も何も手荒な手段でエミリー様から情報を引き出すつもりもない。彼女に我々に協力するよう説得してもらえないか?」
「フィビー様。私達暁の車輪は、ウルズ商会との契約を違えるつもりはありません。しかし今のあなたのお言葉を鵜呑みに出来るほど私達が単純な訳もありません。あなたはウルズ商会の次の総代として君臨する為に、モーマニー様の至宝を手に入れる為には何でもされるでしょうから」
「では、協力を拒否すると?」
「モーマニー様の至宝の捜索は継続します。エミリー様を助ける事で、目的を達成する可能性は高まる筈です」
「残念だよラメニー。クルコ、やれ」
「あいあいー!」
返事をしたクルコの体には普段の数倍の重みがかかって床に足がめり込んだが、それでもクルコは双剣の雷撃をエミリーに振るった。
シャイラがとっさに投げ込んだ刀子は間に合わず、ラメニーも雷撃に斬りかかったが既に通過していた。
エミリーは空気の盾で防ごうとしたが、雷撃は盾を貫通してエミリーを直撃し全身を稲光に包み込んで気絶させた。
「よくやった、クルコ。エミリー様を拘束しろ。ラメニー、シャイラ、これまでの抵抗は見逃す。だが、これ以上の抵抗はウルズ商会への反逆と見なす」
フィビーが通路を固めていた男達に命ずると、彼らは恐る恐るではあるがエミリーに近づいた。
「そんな怖がる必要無いって。ほら、こんだけばっちり気絶してるんだしー」
エミリーの傍で立ち尽くすラメニーとシャイラの間をすり抜け、エミリーの両腕をクルコがかつぎ上げようとした時だった。
エミリーの瞳がしばたき、
「相性があまり良くないとはいえ、エミリーはまだまだ甘いわね」
「へ?」
「受けたものは、お返ししておきます」
ぱりっ、とエミリーの両掌に電光が弾け、そのままクルコの全身を電撃が包み込み、クルコは床へと崩れ落ちた。
床に自分の足で立ち上がったエミリーは近寄ってきていた男達を見渡すと、彼らとの間に炎の壁を展開し遠ざけた。
「サラ様ですね?」
フィビーの質問に、エミリーは答えた。
「今エミリーの体を動かしているのは、そう、私よ」
「ご無事とは言いかねますが、やはり亡くなってはおられませんでしたか」
「そうね。けれどここであなたと長話をする時間はありませんので、あなたの知りたがっている事だけ伝えます。モーマニーの手にしていた至宝は、ウルズ商会の手には渡りません」
「やはりあなたは、それが今どこにあるかご存知なのですね」
「あれは、モーマニーに与えられた物です。もし再び世に現れるのなら私の手によるでしょう。エミリーやテューイはどこにあるかを知りません」
「しかしあなたの、いえエミリー様の身柄を押さえれば同じ事では」
「それは叶わぬ事だと思い知りなさい」
サラは床石を細かく砕いて宙に浮かべ、フィビーの身につけていた首飾りや耳飾りに投げつけて壊した。
「くっ!?」
「これであなたを護る存在は無くなった。どう死にたい?」
フィビーの全身を冷気が包み、つま先から徐々に凍り付いて下半身から上半身、喉から顎下まで氷で覆い尽くした。
「私を殺したとしてもウルズはその野望をあきらめはしない!」
「そうね。じゃあ、こんなのはどうかしら?」
エフェリス達の横たわる床の天井がぼこっと音を立てて外れ、巨大な石材が音もなく落下して彼らを押しつぶそうとした。
「わかった!」
フィビーの声とともに落石は止まった。
「サラ様、いえエミリー様達の邪魔をする事を今は諦めましょう」
「私達が<最悪の災厄>を終わらせるまでの間は諦めなさい」
「しかしそれは・・・」
落石はじりじりとエフェリスに近づき、フィビーを包む氷は頬までを覆った。
「わかり、ました・・・。しかし、あなた達が目的を果たされた暁には」
「その時は、モーマニーの手にしていた至宝も世に戻るかも知れません。それをウルズ商会が手にする事はありませんが、その益は世の全ての者が共有する事でしょう」
フィビーが無念そうにうなだれた姿を見て、サラはラメニーとシャイラに言った。
「あなた達にも迷惑をかけてしまったわね。ごめんなさい。そしてありがとう。エミリーを助けてくれて」
「もったいないお言葉。サラ様は今は亡きクールーも気に入っておられましたし、何かあれば親友のテューイ殿を頼るよう申しつけられておりました」
「クールーは、エミリー様の存在にも気が付かれていましたし」
「でしょうね。テューイは今でもあなた達の力になってくれるでしょう。そして、ザギ」
「なんだよリー。てかサラって死んだんじゃなかったのかよ?」
「死んだようなものです。ある目的の為に」
「何だよその目的って」
「今ここでは言えませんが、その内の一つは<最悪の災厄>を終わらせる事でもあります。その為にはあなたにももっと強くなってもらわないといけません」
「グリラのおばちゃんなら何とかなると思うんだけどなー。殴ってなんとかなる相手じゃ無ぇんだろ、<最悪の災厄>ってよ」
「そうですね。どんな魔法も効きませんでしたし」
「じゃー、どうしろってんだよ?」
「彼女がこの世界に介在する為の依り代がどこかに存在する筈です。それを壊しなさい」
「どこにあるんだよ?」
「さあ、私も探していますが見つかっていません」
「トウイッチも知らないのか?」
「彼は知っていたとしても言えないのですよ。取り決めによって」
「またそーゆーのかよ。それ壊したら全部カタがつくのか?」
「ではないでしょうね。あなたには、今の私の存在を感知し、触れられるくらいになってもらわなくてはいけません。そうすれば、<最悪の災厄>とも戦えるでしょう」
「どーすればそうなれるんだよ?」
「もう呪術を習い始めているのでしょう?その先に答えはあります」
「ちぇ。わーったよ。で、サラってのかお前。お前はいつでも出て来られるのかよ?」
「それは今は言わないでおきます。時間もあまりありませんし、あなた達をここから無事に抜け出させなくてはいけませんし、ファボ」
「ぐは、は、はぁ。サラ、様?」
「そうです。体はエミリーの物ですがね。あなたは、決してエミリーを裏切りませんね?」
「もちろんです!この身命にかけて誓います!」
「よろしい。では、クルコの使っていた雷の双剣をあなたに与えます。使いこなしてエミリーを守りなさい」
「え、でも、これはウルズ商会が彼女に与えていた物では?」
「今回、私に働いた無礼の対価として徴収します。いいですね、フィビー?」
「あなたが後日、モーマニー様の至宝を世に戻される事の対価の手付け金としてならば安い買い物でしょう。その申し出、承りました」
「私が存在している事、止めてもあなたは総代に伝えてしまうでしょうけど、エフェリスには伝えないでおく事。いいわね?」
「それは勿論でございます」
「じゃ、これはもらっておくわ。私達の後もつけない事」
「分かりました。目的を達成されるよう心からお祈りしております」
「ありがとう。それじゃまたね」
「ははっ」
クルコの手にしていた双剣が宙に浮かび、ファボの腰帯に収まった。
「ファボ、あなたはエミリーを背負ってあげて」
「よよよよ喜んでーっ!」
「何か不埒な事をしたら、何が起こるかは言わないでも分かるわね?」
「もももちろんですっー!するわけがー」
「無いよね。ザギ、ビブをお願い。ウルベは先導して。みんなフードで顔隠してね」
「私が王宮とそれから都を出るまで付き従いましょう。それで無事に抜けられる筈」
「お願いね、シャイラ」
「私は今しばらくここに残り、残務を済ませます」
「面倒をかけてごめんね、ラメニー」
「いえ、その後はクールーの遺言に従いますから、お互い様です」
「くすっ、それじゃまたね」
「はい、サラ様。エミリー様達をよろしくお願いします」
「任されました。それじゃ、行きましょう」
シャイラとウルベに先導された一行はウルズ商会の妨害や尾行にあう事もなく、王宮や王都からも無事脱出し、シャイラとはそこで別れた。
途中で気が付いたビブは、ファボに背負われたエミリーの様子が普段と違う事に気が付いた。
「ビブ、目が覚めた?」
「あなたは、エミリーではない?サラ?」
「そう。あなたには、今の私が見える?」
「いいえ」
「そう。私は常にエミリーと共にいるわ。私を見れるようになりなさい」
「はい、でもどうしたら・・・?」
「蓋を外すのよ。そうしたら見れるようになるわ」
「蓋?」
「そう。あなたの手助けをザギもエミリーも必要としているの。頼むわね・・・」
そしてまるで寝入るように瞳を閉じ、サラとしての気配は消えてしまった。