第二十三章 王宮跡に棲む者達
ザギ達は、バルロー達の集落を去ってから、数日かけてゆっくりと元マリガン商王国の王都へと向かった。
人が多くなってくると移動はほぼ夜間に限定して、ゴブリン達とエミリーはフードを深く被って外見から中身を看破されないように努めていたが、都の内部にまで入り込むと予想してたよりずっと多い人の数に一行は困惑した。
「何か、誰もいなくなったとかって雰囲気じゃないぞこれ」
「何百とか何千とかって数じゃ効かないよねこれ」
「ザギ様ビブ様。ぼくが見てきた感じでは3、4万人はいそうですけど、モーマニー商王を筆頭として十大商人が治めてた頃は、その何倍もいたんですから」
「みんな、王国崩壊直後の混乱が落ち着いてから、恐々とでも戻ってきたんでしょうね」
ザギ達は、ファボが取った宿屋の大きな一室に集まっていた。さすがにゴブリンが気安く外をぶらつける状態ではなく、一行は焼け落ちた筈の王宮跡の下見までファボに依頼し、戻ってきた彼に報告を受けていた。
「それで、王宮の様子はどうだったの?」
「ちょっと意外だったんですけど、しっかり見張りも立ってて入り込めませんでした」
「誰かが王宮跡を占拠してるって事?」
「どっかの盗賊とか、それとも七大商家の一つとか?」
「王宮近くにいた人達に聞いてみて分かったんですが、王宮跡を支配しているのは、暁の車輪という傭兵団です。七大商家の一つに仕え、噂ではモーマニー商王の持っていた至宝を探しているとか」
「それは、あったとしてもおかしくない話だな」
「とすると、外部からの侵入者は歓迎されてないどころか、見つかったら普通に殺されるだろうね」
「エミリー様。お姉さんのサラ様が亡くなったのは王宮中枢の玉座の間だったんですよね?」
「ええ、そうよ」
「抜け道とかは無いんですか?隠し通路みたいな」
「逃げる時にもそーいうの使ったんじゃないのか?」
「んー。抜け道といえば抜け道だったかも知れないけど」
「じゃあそれを今回も」
「無理ね。どうしてって言いたいでしょうけど、テューイも私も重力制御が出来たからね。壁や屋根を音も立てずに伝って逃げたから」
「今回は使えないね。リーが一人で潜入するんでない限り」
「まぁ、ぶっちゃけ、暁の車輪には知った顔も少なく無いから、上の方の顔ぶれが全部入れ替わったりしてない限り、捕まっても何とかなるとは思うわ」
「その上の方の連中って、やっぱりテューイくらいに強いのか?」
「テューイほどじゃなかったけど、世界でも有数の商家に召し抱えられるくらいの傭兵団を率いている人達なんだから弱くはないわ。ファボ、あなたも暁の車輪についてなら詳しいんじゃない?」
くすくすと笑ったエミリーにザギが質問した。
「どうして暁の車輪についてならファボでも詳しいんだ?」
「それはですね、ザギ様。かつて暁の車輪と言えば巷にあふれるもてない系男子達の怨念の的となっていた傭兵団だからですよ!」
「どういう事?」
「傭兵団を構成する兵士の大半はうら若き女性ばかり!しかも一人残らず粒ぞろいの美人!その彼女達が剣と操を捧げるのは当代随一の美丈夫剣士と名高かったクールー!暁の車輪の名の由来も由来ですし、別名はクールーのハーレム兵団!王宮に用事がある度に殺意を何らかの形で昇華出来ないか知恵を巡らせたものです・・・」
「ふ~ん。きっと強いんだろなそいつ」
「強かった、ですね。商王国崩壊の際の混乱で団員を救おうとして命を落としてしまったらしいですから」
「なんてこと。殺しても死なないような風体の人だったのに」
「ですよね、エミリー様!しかし死んでしまいましたが!ふはははは!」
「力説してくれなくていいからそこ。あと高笑いするだけ自分の格下げるから注意しなさい。それじゃ、今は誰が指揮を執ってるの?」
「えーと、確か、ラメニー、クルコ、シャイラって3人だとか聞きました。残留したり戻ってきた市民への窓口になってるのも彼女達だと」
「ん~、どうしようかな。下手に潜り込もうとする方が後から何かあった時が面倒かな。ちょっと話を通してみようかしら」
「どうやって?」
「ま、私に任せてみて?たぶん、悪いようにはならないから」
エミリーを除く一同は若干不安な眼差しを交わし合ったが、下手に戦闘に陥れば誰かは命を落としかねない事もあって、誰もエミリーに強くは反対しなかった。
夕日が沈み夜の帳も降りた頃。ファボは篝火を炊いた王宮の入り口を警備する女兵士達の目の前まで歩いていって尋ねた。
「あの~」
「貴様、何者だ?」
「ウェブ家の三男のファボール・ウィンゴットなんですけど~」
「商人か?我々はウルズ家の支援を受けている。何か細かい商談があるというなら、明日朝に出直すがいい」
「おー、十大商人の中でもモーマニー様に次ぐと言われてた七大商家の筆頭ですね!いえそれはともかくみなさんお強そうだしお綺麗ですよね!」
「貴様、ナンパに来たのか?もしそうなら顔の造りを変えてから出直すがいい」
「ひどい!顔の造形やり直せって最上級の罵倒!てそんな場合じゃなかった。えーと、暁の車輪の舵取りをされてるラメニーさん達にお目通りを願いたいのですが」
「どんな用向きだ?」
「我が主からの要望です」
「主?ウェブ家の当主か?」
「いえ、私です」
いつの間にか、ファボの背後にはローブをまといフードを深く下ろした4人が佇んでいた。そのフードの奥から門番の兵士の一人の顔と名前を思い出したエミリーは、
「ケラ、ちょっといいかしら?」
とその手を引いて脇に導いた。
「あん?どうして私の名を知っている?」
「いい?決して私の名前を叫んだりしないでね?」
「どうして私がそんなことをおおおおぉっ!?」
エミリーがケラに対してだけそっとフードの覆いを外してみせると、ケラは名前を叫びそうになったが何とか思いとどまった。
「詳しい話はここじゃできないの。ウルズの人にも今ここに私がいるとも知られたくない。ラメニー達だけにこっそりと引き合わせてもらえないかしら?」
「ええ、それはもちろん可能ですが、しかし、よくぞご無事で!」
「えーと、あのね、正確には無事じゃなかったんだけど、そこら辺に関しても詳しい話はここでは出来ないの。案内、お願い出来る?」
「はっ!それではついてきて下さい!」
ラメニーとクルコ、シャイラの三人は、夕食後の一時をいつも通りラメニーの暁の車輪の団長執務室でだべりながら過ごしていた。
執務室の中央には王宮の地図が広げられ、細かく区分けされたその表面にはくまなく赤い旗がみっちりと立てられていた。
「これでもう金満宮の全区画の調査が終わったわけだが」
「終わっちまったねぇ」
「ウルズ家が血眼になって探してるモーマニーの至宝は影も形も見あたらず」
「どころか、当人やその娘の死体すら見つからなかったから」
「んー、やっぱり、死んだって噂流して当人はどっかに逃れたんじゃないのかな。お宝と一緒に」
「でもなぁ、テューイの旦那とかからはっきりとした死亡確認の報告も上がってたからなぁ」
「腹心中の腹心に嘘つかせられれば生存率も上がるよね」
「そんなんで<最悪の災厄>を誤魔化せるもんならな」
「で、ウルズの旦那達にはどー報告するんだい?」
物憂げな美人のシャイラの問いかけに、生真面目そうなラメニーは朴訥に返した。
「端的に伝えるしかあるまい。隅々まで探し直してみたが、見つからなかったと」
「そーれが通るかなー?」
まだ年若いクルコの明るい問いかけにも、ラメニーは淡々と返した。
「探して、見つからなかった。それが事実なのだから」
ラメニーの曲がらない物言いに、シャイラとクルコは顔を見合わせて苦笑した。
そもそも、クールーという絶対的な人物の元に引き寄せられたのが、暁の車輪という傭兵団だった。王宮崩壊時に彼を亡くした後も団の結束が崩れなかったのは、実務を回していた三人が新たな中核となったからだった。シャイラはクールーの姉、ラメニーはクールーの幼なじみという団の最古参の二人で、クルコは一番年若な方だったがクールーとも互角に戦えた団最強の戦士だった。
そんな三人のもとに、夜半までの門番組を任せていた筈のケラが駆け込んできた。
「ラメニーさん、姉さん、クルコ!良かった、三人とも揃ってた!大ニュースですよ一大事ですよ天変地異ですよ!」
「落ち着きなケラ。門で何かあったのかい?」
「あったというか来たというか、待ち望んでた方が現れたというか!」
「ありがとうケラ。後は自分で話をさせてもらうわ。顔を見せて直接話をしないと混乱を招くだけだろうから」
「は、はい、サラ様!」
「サラ様だと!?」
長椅子などに腰掛けていたラメニー達は一斉に立ち上がった。
「えーとね、私はサラ様を演じてただけの身代わり。エミリーよ。あなた達の間でも、気付いていた人はいたと思うけど」
エミリーはローブのフードを外しながら、部屋に足を踏み入れた。
「サラ、様、ではない・・・?」
「でも、外見は、サラ様にしか見えない、けど、違うの?」
「サラ様は殺されたわ。<最悪の災厄>に、この私とテューイの目の前で・・・」
シャイラとラメニーは、さっと視線を交わすと、エミリーの前に並んでひざまずいて言った。
「エミリー様だけでもご無事だったのは何よりです。しかし」
「何故お戻りになられたのですか?」
「もちろん、こんな自分が生きてるって周囲に喧伝して回るつもりは無いけど、どうしても戻って来てみないといけない用事が一つ、ううん、二つあったの」
「それは、私共にも聞かせて頂けるような内容ですか?」
「片方は、特にね。あなた達が一番最初に王宮に戻ってきて中を占拠し続けてたって聞いたから、どうしても聞いておきたい事があって」
「サラ様の遺体なら、見つかっておりません。モーマニー王の遺体もまた見つかっておりませんが」
「そうなの・・・。あまり滅多な事は想像したくないのだけど、どこかの誰かがきちんと葬ってくれたのだと思いたいわ・・・」
「私共の方からも、お尋ねしてよろしいですか?」
「モーマニー様の至宝の行方なら、私は知らない。テューイも知らないと思うわ。たぶんだけどね」
「テューイ殿は今どちらに?」
「トウイッチの森に滞在してるわ。私もそこに身を隠してたんだけどね」
「なるほど。悪くはない場所ですが、あまり言い触らされませんよう」
「あなた達が秘密を守ってくれれば、まだ大丈夫だと思うわ」
ラメニー達は再び顔を見合わせ、エミリーに進言した。
「我ら暁の車輪内部だけであれば大丈夫でしょう。しかし、ウルズ商会の者も少なからず王宮内に滞在しております故、一刻も早くもう一つの用事を終わらせ、王宮や王都から立ち去られた方がよろしいかと」
「確かにそうでしょうね。玉座の間まで案内してもらっていいかしら?」
「構いませんが」
「ええと、私のお供達も連れていきたいので紹介しておくわね。ケラ、連れてきて」
「は、はい」
隣室に待たされていた4人の内、3人までがゴブリンだった事にラメニー達は驚いたが、トウイッチの手の者という説明だけで納得して、エミリーを含めて全員にフードを深く被り直すように念押しした上で、一行は足早に玉座の間へと向かった。
2016/2/20 続きお待たせしました。たぶんもう少しペースアップできると思います。(姪探偵物語Ep4を執筆掲載などしてました。http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=6431541)