幕間6 バルローの指摘
歓迎の宴の準備を指揮していたバルローをエミリーが強引に長の家に引き込んでも、オーク達は特に騒ぎ立てなかったが、戸口に空気の蓋をして誰も入れなくするだけでなく、自分とバルローの周りを薄い空気の幕で覆って音を完全に遮断した様子を見て取って、バルローはエミリーに座るよう促した。
「何やらただならぬ様子だが、落ち着くが良い」
エミリーは指し示された床に腰は下ろしたものの、バルローに早口で尋ねた。
「あ、あの、呪術って、習ってその場で出来ちゃったりするものなんですか?」
「普通は、出来ないだろうの」
「でも、出来ちゃったとしたら?」
「とてつもない才能の持ち主か、もしくは」
「もしくは?」
バルローは、エミリーの背の向こう側を透かし見るような視線を送ってから、エミリーに尋ねた。
「さっきの弓の持ち主は、まだ生きておるのだな?」
「たぶん、ですけど」
「その者とお主とは特に強い関係は無いのだな?」
「はい。でも、私・・!」
「待て。それを口にするでない」
エミリーは、自分の成果の確認を急ぐあまり、それが何をもたらし得るか完全に失念していた事に気がついた。
「すみません、つい・・・。でも、どうして私を止めたんですか?」
「ザギが言っておったろう?あやつらが倒そうとしている相手が誰かわしに教えれば、わしだけでなくこの群にも害が及び、避けようのない死につながると。その相手はお主の姉の仇でもあるのじゃろ?」
「そうですけど、でも、私が感じたのはその仇じゃなくて」
「教わってすぐに相手の反応を得られるなど、相当に強い間柄なのだろうの。おそらくは血縁者、家族という事も察しはつく。だがな、だとしても何の呪術も行使していない状態で遙か彼方の相手の所在を掴むなど出来すぎなのだ。ありえないのだよ」
「じゃあ、どうして?」
「それなんだがな・・・、お主、感じとらんのか?」
バルローの言いにくそうな表情に、エミリーは首を傾げた。
バルローはまたエミリーの背後をじっと凝視し、しばし黙考してから、質問した。
「お主の姉は、確実に死んでおったのか?」
「どうしてそんな事を?確実、でしたけど?」
エミリーの苦い表情からそれが真実だと受け取ったバルローは、質問を重ねた。
「そなたの姉は、呪術を使えたのか?」
「まさか!私の知る限り、全ての元素の魔法を扱えたとんでもない人でしたけど、さいあ・・、いえ、姉を殺した相手には全く通じず、外傷も無く、ふつりと事切れて、死んでいました。心臓も、脈も、呼吸も止まってて・・・」
「なるほど。お主達が揃って全員殺されるというのは誇張でも何でもないようじゃの。それ以上わしに語ってくれるな」
「はい。でも、最初に言いかけた言葉の、もう片方は何だったんですか?」
「とんでもない才能か、もしくは、か」
「はい」
「答えは、言葉でない方がよかろう。姉の遺品は何か持っておるのか?」
「いえ。そんな余裕は無かったので」
「では、姉が殺された場所に行ってみるが良かろう。そこは呪術を成功させるに絶好の環境とも言えるからの」
「それは、殺された相手の魂を辿るにはですか?」
「おおむねな。さて、そろそろ宴の準備も整っておるじゃろう。囲みを解いてもらえるか?」
「はい。いろいろ、ありがとうございます」
エミリーが空気の囲いと蓋を解除するとバルローが扉を開き、そのすぐ外側には心配そうな顔をしたゲリドとファボが並んでいた。
「心配せんでも、わしではこの嬢ちゃんをどうにも出来んわい。のう?」
エミリーはあいまいな表情を浮かべ、バルローはかかと笑い飛ばしてゲリドの肩を抱いて集落中央の広場へと立ち去った。
エミリーはまだ不安な表情を浮かべているファボに言った。
「あのおじいちゃんの言った通りだし、私からあのおじいちゃんに聞きたい事があったの」
「どんな事を?」
「ここではまだ話さない方が良いような事よ。トウイッチの森に帰ってから話すわ。いえ、その前に寄り道して帰った方がいいかも」
「分かりました。でも、頼りないかもしれないけど、ぼぼぼくを置いてかないで下さいね!絶対ですよ!?」
「正直、私一人の方が何かあった時にも簡単に逃げられたりもするんだけどね~?」
冗談とも本気ともつかないエミリーの言葉に、ファボは本気で涙目になったので、エミリーは少し慰めてあげる事にした。
「でもね、一緒についてきてもらうわ。あなたについてきてもらって、あなたにしか出来ない事もあるだろうから」
「エ・・リー様からの愛の告白来た~~~っ!?さぁ今すぐここで二人きりで生まれたばかりの愛を育み確かなものと、ってむぐぅ?!」
空気の玉の口の中に詰め込まれたファボは言葉どころか呼吸を継ぐ事すら出来ず、懲りた様子を見せてからエミリーに解除してもらって必死に呼吸した。
「り、リー様、今のはひどい!」
「どっちがよ。調子に乗るんじゃないわよ、ぱしり二号」
「がっくし・・・」
「罰として、あなたが毒味役ね。食べられそうな物かどうか味を確かめて」
「そしてぼくが咀嚼した物を口移しで!?」
エミリーは無言でファボの体を浮かべて、沼の水面に落としかけたが思いとどまって、広場の中央で火にかけられた大鍋の煮立ったスープ表面すれすれにファボを浮かべてひとしきり反省させ、オーク達が大きな肉切り包丁や調味料を持ち出すまでファボをその場から動かさなかった。




